第61話 学生最強対変態
第二異能学園の石動神奈は索敵を行っていたら、奇抜な格好をした一真に出会って一秒ほどフリーズする。その一秒で自分が何回やられたかなど彼女には想像もつかないだろう。一真がその気であったならば、彼女達のパーティは既に脱落していたことは間違いない。
「なんや、けったいな奴がおると思うたら、自分クラウン持ちやないか」
この仮想空間内で実際に王冠など装備していたら丸わかりである。一真は忍者の格好をしており、顔を頭巾で隠しているので分からないが、彼の頭上には王冠マークと名前が表示されている。
ようはゲームのように表示されているのだ。ただし、本物かどうかは区別できない。倒すまではだが。
「にしても、自分なんなん? そないなコスプレして。しかも、武蔵坊弁慶かっていうくらい武器持ってるし!」
一真のあまりにもおかしな格好に神奈はお腹を抱えて笑っていた。
「もしかして、ウケ狙いやったん? それなら、大成功や! めっちゃオモロイもん!」
「(すげ~。敵の前でペラペラと喋ってる。ここが戦場って言う自覚はなないのかな? まあ、学生だから仕方ないか。会長も最初はそうだったし)」
ある意味で一真は感心していた。神奈は標的が目の前にいるというのに余裕を見せつけて流暢にお喋りを続けている。一体、どれだけ自信があるのだろうかと一真は思っていた。
「(不愉快ではない。この反応が普通みたいだし)」
しかし、ずっとこのままと言う訳にもいかない。一真は一番最初の撃破をしてみせると意気込んでいた。それゆえに、一真は余裕綽々の神奈が笑っている内に懐へ手を突っ込み、飛び道具のクナイを彼女の背後で一緒になって笑っていた選手に投擲する。
当然、相手は気づかない。正確無比な一真から放たれたクナイは見事に笑っていた選手の額に突き刺さり、後ろへ倒れる様に二人が死亡判定を受けて消えた。
「は?」
パーティの二人がやられた神奈は何が起こったか理解できず、後ろにいたであろう仲間の方へ振り返るが、それは最悪な行動であった。
「はい、ドーン!!!」
「へ?」
後ろへ振り返る瞬間を一真は待っていたかのように狙っていたのだ。神奈は自身のお腹に槍が突き刺さっているのを見て、初めて理解した。自分は敵の前で何をしていたのかを。
「お、おま――」
文句を口にしようとしたが一真は容赦なく神奈を切り捨てた。敗者に用はない。残っているクラウン持ちの生徒に歩み寄る一真は静かに槍を突き刺した。
「さて、次行くか」
空に花火が上がり、クラウンバトル最初の撃破が報じられた。第七異能学園支援科一年生、皐月一真の名前が世界中に知れ渡った瞬間である。
その光景を見ていた観客達は全員がポカンと口を開き、間抜けな顔を晒していた。一真を貶した者、一真を蔑んだ者、一真を笑った者、一真を称えた者、一真を評価した者、それら全てが一斉に叫び声を上げる。
『ええええええええええええええええッッッ!!!!』
ただのコスプレ野郎ではなかった。ただの痛い馬鹿でもなかった。
彼が持っている武器はお飾りでもなかった。
彼は紛れもない強者であった。
「な、なんとーッ!? クラウンバトル最初の撃破は第七異能学園支援科一年生、皐月一真選手! これは一体どういうことだー!? 第二異能学園の石動神奈選手率いるパーティが一瞬の内に倒されてしまいました!」
「一瞬ではありませんでしたけど、いえ、ある意味で言えば一瞬の出来事でしたね」
「い、一旦、リプレイを見てみましょうか。僕も何が起こったのか理解できませんでしたので」
と言う訳で混乱している司会の言葉通り、リプレイ動画が流れる。
お腹を抱えて笑っている神奈に対して一真は両手の槍を離し、懐へと手を突っ込んだと思ったら、目に見えぬ速さでクナイを彼女の背後にいた二人へ投擲し、撃破。
そして、何が起こったのかと後ろに振り返った神奈に一真は素早く槍を拾い上げると、一歩で彼女のもとへ近づき、串刺しにしてお終い。
あとは残ったクラウン持ちの生徒を軽々と倒し、一瞬にして四人を撃破してみせたのだ。
意味が分からない。まず、懐からクナイを取り出して投げるまでの動作があまりにも早すぎる。人の目では全くおえていない。スーパースローカメラでやっと捉えることが出来るのだ。この時点で頭がおかしい。
「いや~……リプレイで見返しても全く分かりませんね」
「ええ。スーパースローにしてようやく彼が飛び道具を投げたのだと分かりましたが……彼は本当に忍者なのでは?」
「あ、今、資料が送られてきました。え~っと、第七異能学園、支援科一年生、皐月一真君。運動神経はずば抜けているようですが、彼の異能は置換らしいですね。物を置き換える異能だそうです」
「なるほど。運動神経がいいわけですね」
「ですが、それだけじゃ、あの動きは説明出来ませんよ」
「しかし、VRマシンが生体データをスキャンしているので不正は不可能ですよ? ドーピングすら出来ないんですから」
「そうなると、彼は見た目通り、忍者ということでしょうか?」
「分かりませんが、考えられる可能性としてはそれしかないかと」
現代に蘇った忍者、そう言えば納得の強さであるが、少々理不尽である。支援科は一般人と変わらないのでパワードスーツの着用を許可されている。しかも、身体能力を五倍にまで引き上げる高性能のものをだ。
それを最初から身体能力の高い人間に渡され、なおかつ武術の達人ならば話は変わってくる。普通の戦闘科ではまず勝てない。
いや、炎や氷、電撃、水、風といった自然系の能力を操れる異能なら距離を開けて攻撃すれば問題なく倒せる。普通の人間であったならばの話だが。
「しかし、かつては彼の様に武術を極め、立ち向かうという生徒はいたようですね。古い記録ですが、確か古武術の使い手が戦闘科を三人ほど撃破している前例がありますよ」
「そうなんですか? 私は知りませんが、そのような例もあったんですね~」
「とても古い記録ですからね。知っているのは、もう高齢の御方ばかりなんじゃないでしょうか?」
「では、もしかすると、皐月君はかつての達人達に育てられた可能性があると?」
「さあ? そこまでは分かりませんが、先程の動きを見る限り、彼は普通の学生を遥かに凌ぐ戦闘力を持っているでしょうね」
解説役の初老の男性が言う通り、一真はその隠されていた実力を遺憾なく発揮していた。モニターの向こう側で遭遇した第八異能学園のパーティを軽々と撃破し、彼は真っ直ぐに廃墟エリアへ向かっている。
「(う~ん、楽勝過ぎて欠伸が出るな~。骨のある奴はいないし……。上空に誰が誰を撃破したとか出るんだから、警戒はするだろうに。どうして、俺が一人だと分かると油断するんだろ)」
普通、クラウンを持った支援科が一人でノコノコと歩いていたら、よほど慎重でもない限りはただのカモだと判断して油断するに決まっている。そもそも、まだ学生なのだ。一真のように常在戦場の心がけをしている方がおかしい。
廃墟エリアへと辿り着いた一真は一番高いビルを登っていく。残念なことにエレベーターは使えないので階段を使ってゆっくり登っていた。
敵に遭遇することなく一真は屋上へと辿り着く。端の方まで進んでいき、眼下を見下ろして一真は佇んでいた。
「(さて、俺はここらでゆっくりさせてもらおうかね)」
槍を床に突き刺し、両腕を組んで、ラスボス感を出す一真。各地では多くの生徒達が戦っているのだろうかと、周囲を見渡していたら人の気配がする。一真は屋上の入口へ振り向くと、そこには宗次がドアにもたれ掛かって立っていた。
「よう、一真」
「…………」
「おいおい、だんまりはやめてくれよ。もうバレてるから」
「あ、そっすか? じゃあ、普通に話しますけど、どうしてここに?」
「俺の天才的な閃きさ」
「うっそだ~」
「ハハハ、まあ、嘘だ。正確に言えばお前への信頼だ」
「まさか……赤い糸でつながっている運命の相手は先輩だったんですね……」
「気色悪いこと言うなよ。たんにバカは高いところが好きって言う言葉があるだろ? お前なら必ずここに来るって思ってたんだよ」
「くそ……! 普段の行いの所為か!」
「そうだな。おかげで予想が当たったぜ。しかし、お前、やっぱり実力を隠していたんだな」
「能ある鷹は爪を隠すって言うじゃないですか」
「お前は違うだろ」
「てへ!」
「本当は隼人と戦うのを楽しみにしてたんだけど…………それ以上にやばい奴がいるじゃねえか」
「俺としても宗次先輩は会長にお任せしてたんですけどね~。まさか、最初から俺狙いだったとは想定外ですわ」
「隼人から戦ってもよかったんだが、そうなるとお前と戦う時には疲労困憊、満身創痍になってるかもしれない。だから、最高のコンディションで万全の状態である最初の内にお前を狙おうと考えたんだ」
「なるほど……。まあ、話は分かりました。やります?」
「ああ、やろうぜ。学生最後の思い出として先輩を勝たせてくれるよな?」
「何を甘っちょろいこと言ってるんですか? ここは初出場の可愛い後輩に花を持たせるべきですよ」
「抜かせ! お前が可愛い後輩なわけないだろ! 得体の知れない化け物って言う方がしっくりくるわ!」
「クックック! ならば、その通りにしてやろう! 得体の知れない化け物で上等! 真の絶望を刻んでやろう!!!」
戦闘態勢に入った宗次と一真。モニターの向こう側では学生最強の宗次と突然現れた謎の支援科一年生皐月一真の戦いが始まる瞬間を楽しみに見ていた。
一真は床に突き刺していた槍を引き抜き、宗次に向かって構えると大声を出して叫んだ。世界中の人間すべてに聞こえる様に彼は腹の底から大声を張り上げる。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!!! 我こそは皐月流継承者、皐月一真! 古くは飛鳥、奈良時代から続く殺人術の使い手なり! 腕に自信がある者は見事この首討ち取ってみせよ!!!」
見事な口上である。大半の者は息を呑み、驚きに固まっていた。しかし、中には感心している者もおり、皐月流という聞き慣れない流派に首を傾げていた。
そして、一番頭を抱えていたのは一真から事前に連絡を受けていた穂花である。迷惑をかけると聞いていたが、ありもしない殺人術をでっちあげることであったかと穂花は頭を悩ませる。
名前からして、穂花も皐月流の使い手ということになる。なにせ、一真は孤児であり、育てたのは穂花だ。間違いなく彼女にも疑いの目は向けられるだろう。
「…………あのバカは」
「お母さん。一真兄ちゃんが言ってる皐月流ってお母さんが教えたの?」
「そうよ。でも、あれは一子相伝の秘儀だから一真以外に教えないからね?」
「え~」
モニターの向こう側でばっちり決めている一真を見て、子供達は自分もやってみたいと思っていたが穂花に釘をさされてしまい、不満そうに頬を膨らませていた。
一真の口上を聞いた宗次は目を丸くして驚いていたものの、すぐに獰猛な笑みを浮かべて、同じような言葉で返した。
「第一異能学園エースにして学生最強とは俺の事! 剣崎宗次! いざ、尋常に勝負!」
お互いに自己紹介が終わり、獰猛な笑みで睨み合った後、走り出した。
「「おおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」」
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