第59話 あと二日だよ~

 ◇◇◇◇


 学園対抗戦まで残り二日を切った。明日は学園対抗戦の一連の流れを確認する作業を行い、最終日はトレーニングルームやVRマシンの使用は禁止されており、強制的に休日となっている。


 つまり、今日が最終日なのだ。一真のスパルタ特訓の。


 途中から、弟子が増え続け、最終的には代表メンバー全員を鍛え上げた一真。

 今、その彼は最後の仕上げということで一真対代表メンバー全員という勝負を行っていた。


 すでに残りのメンバーは少ない。初期から一真に教わっていたメンバー以外は退場している。残ったメンバーは一真が手塩にかけて育て上げた戦士達だ。


「ぬッ!」


 氷の牢獄に囚われた一真は唸り声を上げる。抜け出すのは容易だが、僅かな時間を労する必要があるのだ。その時間があれば一真なら数人は倒せる。そして、それは一真が育て上げた弟子達も同じことが言えた。


「む!」


 氷が僅かに溶けているのを察した一真は上を見ると、牢獄の隙間から覗いた先に太陽が輝いていた。それは太陽ではない。雪姫が上空から一真に向けて極大の炎を向けている光景である。


「だが、遅いッ!!!」


 一真は氷の牢獄を破壊して、抜け出すと同時にその場から飛び退こうとするが糸に絡まる。蜘蛛の巣に捕まった蝶のように身動きの取れなくなった一真は剣を振るい、糸を切り裂こうと試みるも、それよりも先に電流が糸を伝って流れた。


「うおッ!」


 バチリと電気が身体に流れて一真は動きが一瞬だけ止まる。それは致命的なものであった。


「もらいました!!!」


 最大火力を担当している雪姫が極大の炎を放つ。上空から地上に向かって放たれる炎はそらより落ちてくる隕石に見えた。

 これは流石に避けられないと判断した一真は、弟子達の成長に喜び、口角を釣り上げると、全身を使って糸を断ち切った。


「素晴らしい成果だ! しかし、あと一手――」


 足りない、そう口にしようとした時、まだ一人残っている事を思い出した一真は目を見開く。

 一真の両側から地面が盛り上がり、飛び退いていた彼を挟みこんだ。


「楓か! 気配を完全に殺して、これを狙っていたか! ハハハハ! 見事、実に見事! しかし、俺には通用せん! むしろ、足場を作ってくれてたことに感謝しよう!」


 どこぞの配管工のように一真は両脇に出来た土の壁を交互に蹴って雪姫がいる上空へと跳び上がった。

 しかし、高さが足りない上に迫り来る炎の塊。このままでは焼かれるだけなのだが、一真は剣を振るい、炎を掻き消すと同時に懐に隠していたクナイを投げた。


「あへ?」


 トンと子気味のいい音と共に雪姫の額にクナイが突き刺さり、死亡判定を受けて退場。

 落下する一真に向かって一斉攻撃が放たれるが、彼は忍者装備なので鉤爪のついた縄、鉤縄というものを持っており、それで近くの木に引っ掛けて逃げ去る。


「なんなのよ、アレ!」

「忍者だ……」

「まあ、そういう格好してるし……」

「ガチ装備の一真君エゲつないな~……」


 隼人が言っている通り、一真はクラウンバトルで使用する予定のガチ装備である。忍者のような装束に両指には合計十個の指輪。背中に四本の剣と腰に四本の刀。さらに二本の槍を装備し、懐には飛び道具のクナイや手裏剣などが仕込まれている。


 持ちすぎではと思うが、一真は器用に使いこなし、投げ捨てた武器も置換で指輪と交換して拾い上げている。


「なんで、あんなに指輪なんてつけてるんだろうと思ってたんだけど、ああいうことだったのね……」


 指輪と武器を置換で交換し、武器を回収する一真に火燐は感心したように呟いていた。

 とはいえ、回数に制限はある。十個の指輪を失ったら武器を回収できなくなるだろう。だが、その気になればその辺に落ちている石ころと置換は出来るので、あまり意味はない。

 ただ、やはり、石ころを拾っているとどうしても隙が出来るので指輪と置換で交換する方が効率はいいのだ。


 鉤縄を巧みに使い、サルのように姿を眩ました一真はいつの間にかフル装備になっていた。槍は最初のほうで投擲していたはずだったが、回収したのだろう。


「さあ、俺を倒して見せろ!」


 二本の槍を構えて、声高らかに叫ぶ一真に圧倒される四人。ピリピリとした空気が頬を撫でる。


「まあ、せめて一撃くらいは当てないとね」

「ん、ギャフンと言わせる」

「目ん玉飛び出すくらいビックリさせてやるわ!」

「アハハハ、まあ、僕も少しは成長した姿を見せないとね」


 ここまで鍛えてもらっておいて、成す術もなくやられるのは流石に申し訳が立たない。とはいえ、一真は気にしないだろう。彼からすれば弟子であってもひよっこに過ぎないのだから。


「ちょっと、時間を稼いでくれる? この新しい技は発動までに時間がかかるのよ」

「どれくらい稼げばいいですか?」

「三分てところかしら……」

「割とキツイね。でも、まあ、やってみようか」

「頑張ってみる」


 全身に電気を迸らせて充電を行う詩織を三人が守護する形になった。その様子を見た一真は詩織が何かをしようとしていることを察して、一番最初に始末しようと狙いを定めるが、その前に三人が立ちはだかる。


「ここは通さないわ!!!」


 周囲を凍らせた火燐がスピードスケート選手のように迫って来る。無論、ただ突っ込んでくるだけではない。氷柱を放ち、一真を牽制している。


「その程度なら目を閉じていても避けれるわ!」


 飛んで来る氷柱を言葉通り目を閉じて避ける一真だったが、背後に気配を感じて尻目に確認すると氷の棘が伸びて来ていた。


「氷柱は囮で本命はこっちか! いい手だ! だが、強度が足りん!」


 迫り来る氷の棘を一真は肘鉄で打ち砕き、飛んで来る氷柱を剣で受け流した。


「いいえ! 本命は別よ!」

「ああ。分かっているとも! 足を凍らせて拘束だろうが、俺には――」

「私もいる」

「僕もいる事を忘れないで欲しいな」

「む! ハハハ、そうか! 氷、念力、糸! 拘束するにはうってつけの異能であったな!」

「ホント、一真君と戦ってるとRPGの魔王戦してるみたい……」


 口調が堅苦しい上に高圧的なのだ。元々は普通だったのだが、異世界で勇者としての威厳を保たないといけないためにキャラを演じていたら、すっかり慣れてしまったのが原因である。一応、普通の口調でも喋る事は出来るが、こちらの方がしっくり来ると言うことでこのままにしていた。


「だが、何度も言ったがこの程度、パワードスーツを着用した俺には児戯に等しい!!!」


 三人がかりで拘束していると言うのに、一真は強引に振り切って拘束を抜け出した。彼の言うとおり、今、一真はパワードスーツを着用している。クラウンバトルでも支援科の生徒のみ着用を許可されている代物だ。なんと身体能力を最大五倍まで引き上げる高性能パワードスーツである。


「フハハハハハッ!!! 俺を止めたければ五倍、いや、五十倍は人を用意するんだな!」


 ウッキウキである。弟子の成長具合に一真は喜んでおり、かつての師匠達がハイテンションになっていたのを思い出した。ああ、こういう気持ちだったのかと一真はついに理解するのである。


「全員、離れて!!!」


 踏み込み、三人を蹴散らそうとした時、詩織の声が響く。言われたとおり、三人はそれぞれ飛び退き、詩織の射線上から離れた。

 残された一真が見詰める先には両手の中にとてつもないエネルギーを溜めている詩織の姿であった。


「ククク、ハーッハッハッハッハ! まだ未完成だと思ったが完成させていたか! 見せてみろ! お前の修行の成果を!」

「絶対泣かせるって決めたんだから、決めてやるわよ! 喰らいなさい! 変態師匠直伝の荷電粒子砲を!!!」


 詩織の手からは放たれるのは青白い閃光。耳をつんざく轟音が鳴り響き、途轍もない反動で詩織は後方へ吹き飛んだ。すかさず、隼人が彼女を受け止めて事なきを得る。


 一方で詩織の手から放たれた荷電粒子砲は周囲のものを吹き飛ばし、真っ直ぐに一真へ向かって進んでいく。

 刹那の時間を刻む一真の目の前には詩織が放った荷電粒子砲が飛んできている。いくらなんでも回避は不可能。であれば、やれる事は一つだけ。


「シェアアアアアアアアアッ!!!」


 雄叫びを放ち、気合一閃。居合い抜きで一真は荷電粒子砲を正面から叩き切る。真ん中から両断された粒子砲は左右に分かれていった。


「そ、そんな……」


 渾身の一撃であった。まだまだ制御は甘いが、確実に一真を葬り去ることが出来る詩織の最大にして最強の一撃。それが、刀一本で防がれたのだ。全身から力が抜けてしまい、座り込んでしまうのは当然であろう。


「詩織! まだ終わってない! 諦めるな!!!」

「隼人……。でも、私……もう……」


 全エネルギーを注いだのだ。彼女にはもう立つ力さえ残っていない。それに、自身の最高の一撃を防がれてしまった彼女は気力すら奪われている。


「いいや、終わりだ」

「ッッッ! まだだ! まだ僕は――」

「合格だ」

「へ?」

「今回の勝負は俺を倒すこと。まだ戦闘は続行出来るが、先の一撃で完全に腕が死んだ」

「え、嘘? 一真君、怪我したの?」

「うむ。まあ、このまま戦っても勝てる自信はあるが……ここらで充分満足だ。これなら、宗次先輩にも勝てるだろう」


 変態師匠の合格を貰った四人はパアッと笑みを浮かべる。そして、お互いに顔を見合わせて抱き締め合うと泣いて喜んだ。


「うわあああああああん! やったよ~!!!」

「やった、やった、やった!!!」

「これでやっと解放されるんだ……!」

「私達、やったのね……。やり遂げたのね!!!」


 歓喜に満ちている弟子達を見て一真は、本当はギリギリの妥協ラインだと口にしようと考えたが、それは無粋であろうと何も言わずに満足そうな笑みを浮かべるのであった。


 ◇◇◇◇


 仮想空間から出た一真達は退場していたメンバーと合流して、最後の作戦会議に向かう。明日は予行演習、明後日は最後の休日。今日が修行の最終日であり、作戦会議を行える最後の日なのだ。


「それじゃあ、各々の競技については確認のみで、クラウンバトルについて作戦会議を始めようか」


 取り仕切る隼人が学園対抗戦で行われる競技について説明を始め、出場選手達は各々の出場種目について確認を取る。

 そして、最後にクラウンバトルについてだ。詳しいルール説明は既に行われているが、もう一度確認をすることにした。


「クラウンバトルのルールについてもう一度説明しておこう。まず、最初に王冠クラウンを支援科の三人の内一人に預ける。これは事前に決めていたけど皐月一真君にお願いする事にしている。だから、他の二人はダミーを持って逃げてもらう」


 隼人の説明を聞いてコクリと頷く支援科の三人。隼人は用意してあった水を飲み、一度喉を整えてから説明を再開した。


「今回のクラウンバトルは一つだけルール変更がある。それはポイント制ということ。まず、クラウンが二十ポイント、エースが十ポイント、リーダーが五ポイントで残りは一ポイントでダミーのクラウンはゼロポイントだ。だから、今回からは撃破数が重要になってくる。クラウンだけに狙いを定めて高ポイントを稼ぐのもありだけど、上を目指すなら沢山倒したほうがいい。このポイントは順位に影響するからね。皆、華麗な逆転劇を見てみたいだろう」


 学園対抗戦は年に一度のお祭りみたいなものだ。当然、エンタメ性が高い。それゆえに人はドラマを求めている。最強の学生である剣崎宗次率いる第一異能学園を打倒する劇的なシーンを観衆は見てみたいのだ。


「あとは従来通り、バトルロイヤル形式のゲームだ。孤島に存在する五つのフィールドを行き来して各地で戦い、クラウンをかけて戦い合う。勿論、クラウンを最後まで守り通さないといけない。それに加えて優勝を目指すなら積極的に敵を倒さなきゃならない。つまり、まあ、うん。一生懸命頑張ろうってところかな」

「会長! ルール説明じゃなくなってます!」

「あ、ごめん。えっと、まず戦闘科のメンバーは身体強化の異能者以外は装備なし、身体強化の異能者は防具と武器はありだけど武器は近接類のみね。支援科は武器、防具、そしてパワードスーツの着用あり。武器類は銃火器ありだけどハンドガンしかないからね。で、大まかなルールとしてはさっきも言ったけどバトルロイヤル形式、学園で行われている訓練と同じで死亡判定のダメージを負うと退場。骨折などの怪我をした場合は腕が使えなくなったりするから気を付けてね」


 と、基本的にはどこぞのFPSゲームを真似たようなものだ。実際、選手達も観客も分かりやすいルールなので重宝されている。そこに今回はポイント制まで加わったのが大きな点だ。おかげで隼人の言っている通り、逆転劇が有り得る。


「それじゃあ、最後には作戦会議といこう。最初は一真君一人に逃げてもらい、残りのメンバーで固まって動く作戦だったけど、優秀な師匠のおかげで僕達は強くなった。師匠からも合格をもらえるほどにね。だから、作戦は変更。基本に則り、支援科の三人を主軸としたパーティを編成。僕達戦闘科は十人いるから、五、五に分かれる。三、四、三編成が多いんだけど、優勝を狙うにはどうしてもポイントが欲しい。と言うわけで、支援科を含めた十三人を六、一、六に分けようと思う」

「はい!!!」

「どうぞ、一真君」

「一は会長ですか?」

「君だよ」

「解せぬ……」

「このやり取りいる?」

「いえ、必要はないんですけど、最初に言ってた事と違うなと。支援科の三人を主軸としたパーティって聞いてましたのに、どうして一人ボッチが出来上がるんです?」

「そんなの君自身が一番理解しているんじゃないかな?」

「う~ん! 納得のいく言葉ですね!」

「一真君以外に反対意見があるなら聞こう」


 そう言って隼人が会議室にいる全員を見回すが、誰一人として反対はしない。むしろ、一人で充分だろうとうんうん頷いていた。


「弟子達が冷たいな~!」

「親愛なる我が師匠よ。貴方ならばたとえ、どれだけ敵が襲い来ようとも負けることはないでしょう。我々は知っていますから」

「おお! 我が弟子よ! お主がそう言うなら私も全力を尽くそうではないか!」

「(チョロいな~)」


 この短くも濃厚な期間に隼人は一真をある程度理解していた。彼は単純なのだ。こちらが少し煽ててあげると簡単に乗って来る。それを知った隼人は一真を上手く誘導するのであった。


 ◇◇◇◇


 その晩、誰よりも仲良くなった宗次と一真は普段と変わらず、大浴場で騒いでいた。


「見てください、宗次先輩!」


 一真が持ってきたのは赤、青、黄の三色の木で作られたブロックだ。特に何の変哲もないブロックを見せられて宗次は首を傾げる。


「なんだ、それ?」

「ふっふっふ! これはこうして使うんですよ!」


 一真は赤と青のブロックを持つと、器用に黄のブロックを二つのブロックで挟むように持ち上げる。そのブロックで股間を隠した一真を見て宗次も彼が何をするかを理解した。


「おおッ!!! それは伝説に聞く宴会芸の一つ!」

「そうです! 見ててくださいね!!!」


 カコッと渇いた音と共に一真が青のブロックを反転させて見せた。黄のブロックを落とさないように細心の注意を払っている。


「おお~! お見事! 股間は見えてないぞ!」

「まだまだ行きますよ!」


「よっ、ほっ」と一真は器用にブロックを動かしていく。決して股間を見せないように大胆に、または大袈裟にしながら一真は芸を披露した。


「うおおおおおおおお! すげ~! ちょっと俺にも貸してくれ!」

「いいですよ。まあ、俺みたいに上手くは出来ないでしょうけどね!」

「へッ! 学生最強の俺を舐めんじゃねえぜ!」


 一真の芸を見ていたので、ある程度はイメージ出きた宗次。早速、一真から借りたブロックで絶妙に股間を見せないようにブロックを動かしてみた。


「はッ!!!」


 少し見通しが甘かったようで宗次の股間は丸見えである。


「ぶはははははははッ! ポロリしてますよ! それじゃ、お茶の間に流せませんって!」

「くッ! 殺せ!!!」

「ハハハハハハハハッ!!! その姿で名セリフを吐かないでくださいよ!」


 学園対抗戦まで残り二日。男達は今日も大いに盛り上がる。

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