第58話 女は恋バナ、男はお遊戯
シクシクとワザとらしく泣いている一真に詩織は容赦のない台詞を放つ。
「気持ち悪いことしてないで、さっさと説明しなさいよ」
「うっす!」
「私が言っといてなんだけど、立ち直るの早いわね……」
「まあ、気にしてませんから」
どれだけ一真は罵倒されようとも傷つく事はない。ただし、友人、知人を馬鹿にされると烈火のごとく怒り狂う。特に危険なのは母親の悪口である。一真を捨てた久美子ではなく、育ての親である穂花を蔑まれると一真は世界を破壊する魔王に変身する。
「じゃあ、気を取り直して、最後に見せるのが本命です」
「どうせ、滅茶苦茶難しいか、変態にしか出来ないやつでしょ」
「まあ、遠からずってところですかね」
ジト目で睨んでくる詩織に対して一真はさっと目を逸らした。
「はあ……。まあいいわ。やってみて」
「それじゃあ、最後の大技、とくとご覧あれい!!!」
バリバリと一真の身体に電気が流れている。より具体的に言えば表面には青白い稲光が迸っていた。
「ナニソレ……」
「漫画やアニメである雷を纏うやつです。人智を超えた変態的な動きが可能ですよ!」
一真が言っているのは反射速度のことだ。人間は脳からの電気信号で身体を動かす。それを電撃の異能で加速させ、人間の限界を超えるという頭のおかしい理論を一真は実践しているのだ。
「出来るわけないでしょ! 普通死ぬわよ!!!」
「でも、俺は出来てます」
「変態だからでしょ」
「副会長。まず電気で人が死ぬと言うのは常識ですが、そもそも副会長はバリバリと電撃を手から出してるじゃないですか。氷室先輩にも言いましたけど自身の異能で傷つく事はないはずです」
「うッ……。そう言われると言い返せないわね……」
「でしょう? ですから、一度固定観念を捨ててください。雷に打たれれば人は死にますが、副会長は電撃を操れるのですから自身の身体に流し込んで実験あるのみです!」
「絶対、いつか君を本気で泣かしてやるから!」
「副会長が俺に一発でも当てれるようになったら、感動で泣くかもしれませんね」
「今に見てなさいよ!!!」
もうこうなったら
そして、ついに最後の一人。楓の番だ。彼女の異能は念力。炎も使い勝手はいいが念力はその上を行くだろう。
「楓。ぶっちゃけ教えることはない!」
「え」
「戦って分かったけど、楓は多分センスある。俺が殴ったり、蹴ったりした時、念力でガードしてたし、当て身で吹き飛ばそうとした時は念力で身体を浮かして軽減させたりしていたからね」
「そう、なんだ……」
「とりあえずは沢山戦って経験値を積む事が大事かな。アドバイスとしては視線や予備動作を減らす事」
「視線? 予備動作?」
「これはアリシアにも言えることなんだけど、念力使いってどうしても視線で次の動作が分かりやすいんだ。たとえば、楓は俺の頭を締め上げようとする時、どうしても頭に視線を向けるだろう?」
「うん」
「で、次に締め上げるって意識すると、どうしても手でリンゴを掴むような動作を挟む」
「あ……そっか」
「わかった? 一応、実践してみるから見ててね」
他の三人同様に一真は楓に実演をしてみせる。視線をワザと外して対象に念力で攻撃し、予備動作をすることなく念力を発動したりと、色々と試して見せた。
「なるほど。なんとなく分かった」
「コツを掴むとすぐだからね。後はさっきも言ったけど経験値を積むしかない」
「頑張ってみる」
「ういうい。俺は会長と模擬戦続けてるから、もし、どうしても俺が必要って時は呼んでね」
「わかった」
これにて四人の指導が終わり、一真は隼人のもとへと戻る事に。放置されていた隼人は綾取りをしていた。一真から下された指導の一つだ。元々、行っていた事なのだが会長になってからはサボっており、少し腕が鈍っていた。
それを看破したというより、ただ単にもっと繊細に指を使えるようにと一真が指導しただけである。綾取りを命じられた時は隼人も驚いたものである。まさか、一真も自分と同じ考えに至ったと思いもしなかったのだから。
「さて、会長。俺達も楽しい一時を過ごしましょうね」
「気持ち悪い言い方しないで欲しいな……」
「何言ってるんですか。あれだけ一緒に汗を流した仲じゃないですか」
「僕だけね! 君は涼しい顔して汗一つかいていなかったでしょ!」
「そうでしたっけ? まあ、いいや。それじゃ、再開しましょうか」
「ほんの少しでいいから、彼女達みたいに優しくして欲しいな~……」
「寝言言ってんじゃねえぞ」
「はい……」
こうして、今日も隼人だけは特別扱いだ。他の四人よりも一層厳しく指導を受ける隼人は泣いて喜んでいた。その涙は恐らく喜びではなく悲痛なものであろうが、一真には知る由もない。
◇◇◇◇
一日が終わり、女子達は一真からしっかり疲れを取るために大浴場を使うように言われていたので、四人は大浴場へと来ていた。
女子の方はやはりお話が好きなのもあってか、男子よりも大浴場の利用客が多い。今日も四人以外の女性客が大浴場を利用していた。
「「「あ~~~染みる~~~」」」
「ふう……」
午前と午後でたっぷり一真にしごかれた四人の身体に温泉が染み渡る。このまま解けてなくなりたいと考え始めてしまう。
おじさん臭い台詞を言っていた詩織、雪姫、火燐の三人は湯船に浸かりながら一真のことについて話し合う。
「それにしても皐月君って本当に何者なのかしら」
「さあ? 本人は皐月流っていう代々伝わる殺人術の使い手とか言ってましたけど」
「どう考えても嘘でしょ。武器を使った武術や徒手空拳までなら、まあ分からない事もないけど……」
「「「異能に関しては別!」」」
「よね……」
「はい……」
「謎過ぎるわね……」
考えても答えは出てこない。まあ、異世界の勇者などという答えなど一生かけても辿り着くことはないだろう。御伽噺よりも酷い話なのだから。
三人は考えても埒が明かないので別の話題に切り替えた。古今東西、女性が好む話題、所謂恋バナである。
「ところで、皐月君って彼氏にするなら二人にとってはアリなんじゃない?」
「……まあ、ありかなしかで言えばありです」
「右に同じく」
「そうよね~。私達よりも強い貴重な男の子だもんね」
三人は普通の男性よりも強い為、どうしても求めるハードルが高かった。自分よりも強い男性はいるだろう。ただ、タイプかどうかは別だが、それでも強いというのはポイントが高い。
「火燐は割と相性良さそうに見えたけど、雪姫は意外よね。てっきり、ああいうタイプは嫌いかと思ったわ」
一真はどちらかというと騒がしい性格だ。時折、うざく感じたり鬱陶しく思ったりしてしまうだろう。
「あ~、確かにその通りなんですけど……なんていうか、一真君って放っておけない感じがしません? 私が見てあげなくちゃって」
「それアンタ、ダメ男に引っかかる女の台詞よ……」
詩織が雪姫を心配するような目で見つめる。慌てて雪姫が訂正するように言葉を続けた。
「いやいや、そういう話じゃありませんよ! 一真君の場合は手のかかる弟、人懐っこい大型犬みたいなイメージなんですよ。勿論、戦闘面に関してはとても頼りがいのある男性です。ただ、頭は悪いって言うか……いや、戦闘のセンスを考えると悪くはなさそうなんですよね」
「あー、それは分かるかも。私も一真君は人懐っこい大型犬ってイメージ。なんか面倒見てあげたくなるのよね。それに雪姫の言ってる事も分かるわ。一真君は座学が酷いらしいけど今日一日見て思ったのは勉強が出来ないだけで頭は悪くなさそうだもんね」
「ほうー。じゃあ、後は生活面とかね。まあ、恋愛に必要かって言われれば生活面なんてあんまり気にしなくてもいいんだけど」
そんな事を詩織が口走っていると、今まで静観していた楓が参戦した。
「一真は生活力ある」
「え? 楓ちゃん。もしかして、知ってるの?」
「私の散らかってる部屋を一真が片付けてくれたんです」
「ちょっと、待って?」
一体どういうことなのだろうかと詩織は頭を整理してから、もう一度楓に質問をしてみた。
「えっと、楓ちゃんの部屋に皐月君が遊びに来たの?」
「違います。ここのホテルの部屋。初日に散らかした部屋を一真が掃除してくれたんです」
「え、どういう状況なの、それは」
「色々と荷物を出していたら、服とか下着とか部屋中に散らかして、それを一真が綺麗に掃除してくれたんです」
「よし、皐月君を殺そう」
友達の、ましてや付き合ってもいない女性の下着に触れるなど言語道断である。
「私は気にしてない。それに多分一真は施設で育ったから、女性の下着なんて慣れてると思う」
「あ……」
非常識な一真を叱ろうかと考えていた詩織だが楓の言葉を聞いて思い出した。一真が施設育ちの人間であると。そう考えれば納得である。
彼は施設でしていたように散らかっている部屋を片付けただけ。女性の下着に慣れているのは、施設にも女性がいたから。
一真はいつものようにしていただけなのだと詩織は推測した。
「そうね。皐月君は多分施設でそういうことを教わったんでしょうね」
「だと思う。凄く綺麗に畳んでた」
「それ聞くと、一真君ってかなりスペック高くないですか?」
「顔もいいし、身体も逞しいし、コミュニケーション能力も高いし、戦闘力もある。しかも、施設で育ったから生活力も高い……。性格も悪くない。あれ? 言葉にしてみると、一真君、超優良物件じゃない」
一真は一応イケメンの部類に入る。何せ、両親は屑であったが久美子はパパ活で稼げる見た目をしており、賢人はギャンブル依存症ではあるが見た目は悪くなかったのだ。そんな二人の遺伝子を引き継いでいるので一真の容姿は悪くない。
それに加えて穂花の教育で厳しく躾けられたので生活力は高い。非常識な部分はあるが、それは戦闘面においてだけ。それ以外は高スペックなのだ。
「普段の言動や行動で損してるタイプなのね……」
「そうみたいですね」
「だから、モテないのね」
「うん。一真はそういう意味でバカだから」
全く以って正しい。高いスペックを誇っているのに、普段の言動や行動で帳消しにするのが一真だ。悪くはないのだが、彼氏にするとなると踏み止まってしまい、最終的には友人というポジションに落ち着くのである。
◇◇◇◇
同時刻、男性側では一真と宗次が下らない遊びで盛り上がっていた。
「くらえ、必殺のオチ○チンブレイク!」
「ぬおーッ!?」
二人は他の客がいないのをいいことに、広い床を利用して遊んでいる。お互いに数メートル離れた場所に座って、大きく股を広げており、股間を丸出しにしていた。
その股間を狙って石鹸を指で弾くという、小学生が考えるような遊びで大いに盛り上がっていた。
一真が弾き飛ばした石鹸は狙いが逸れて、宗次の太腿に直撃した。ターン制なので次は宗次のターンである。狙いを定めて、宗次は指に力を込めた。
「見よ、これが撃滅の金○クラッシュだ!」
「はうあっ!!!」
宗次が弾き飛ばした石鹸は見事に一真の股間を破壊した。無防備な股間に石鹸を受けた一真は悶え苦しみ、勝利した宗次は大笑いである。
「ワッハッハッハッハ!!!」
「うぐぅ……。僕の息子がぁ……」
息子を殺された親のように仇を睨む一真であるが、息子は死んではいない。まだ生きている。ただし、いつ活躍する場が来るかは誰にも分からないが。
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