第57話 変態と人間を一緒にしないでくれる!?
◇◇◇◇
翌日、楓を新たに加えた五人の弟子が一真の前に立っていた。午前はVRマシンを使った仮想空間での実戦形式の訓練だ。はっきり言えば、一真の独壇場であり、五人は殺されるだけ。
「えー、では、今日はまず俺と会長だけが戦います。残りの四人は最初は見学です。どのようなことをしているかを見ていてください。一戦終わったら、参加してもらいますので覚悟と準備の方だけよろしくお願いしますね」
と、一真が説明してから隼人と彼はフィールドを移動して戦い始めた。残った四人は上空に映し出されたモニターに映っている二人の戦いを眺める。
糸を駆使して縦横無尽に飛び回る隼人に対して一真はパルクールのように障害物や木々を利用して移動している。ほとんど一緒な二人だが、一真の方はおかしい。
彼は身体強化も異能も使っていないのだ。一真のやっていることは全て素の身体能力だというのが信じられない。
「なに、あれ……」
「信じられないわ……」
「もしかして、システムで弄っているんでしょうか?」
「一真、凄い……!」
モニターの向こう側で繰り広げられている激しい戦闘。隼人が糸を巧みに使い、一真を倒そうと試みるが彼には全く通じない。持っている剣で糸を斬り裂き、一歩で隼人の懐へ踏み込み、殴打していた。
果たして、彼は本当に人間なのだろうかと疑いたくなるような光景だ。一応、皐月流とかいう殺人術の使い手と聞いているがそれでも信じられない。
はっきり言って一真は変態の領域だ。常人の動きではない。ただの支援科が出来る動きではないのだ。人間が出来るギリギリ限界の動きではあるのだが、一般人には区別など出来るはずがない。
「あ……」
モニター越しに隼人が死んだ。一真によって頭を粉砕されて、それはもう見事な散り様であった。
リスポーン地点は詩織達の立っている場所だ。一真に殺された隼人が彼女達の後ろに現れる。苦笑いを浮かべている隼人を見て詩織達は一真の非常識さを思い知った。
それから、すぐに一真が戻ってきた。隼人とあれだけ激しい戦闘をした後だというのに息切れ一つしておらず、平然とした様子で五人の前に姿を見せる。
「さて、どうでしたか?」
「ただ皐月君が凄かっただけで全然分からなかったわ」
「でしょうね」
分かりきっていた答えを聞いて、一真はへらへらとうざったらしい笑みを浮かべる。イラッとする詩織達であったが、先程述べたとおり、全然分からなかったのでグッと堪えて一真の言葉を待つ。
「それじゃあ、とりあえず、一人一人の戦闘スタイルと特性を知りたいので一対一で最初はやりましょうか。それが終わったら、俺がお手本見せるので参考にしてみてください」
「えっと……。その言い方だと皐月君は私達の異能を使いこなせるように聞こえるんだけど?」
「使えますよ? 仮想空間だと色々と弄れるでしょ? アメリカのキングやエジプトの太陽王になれるんですから」
「それはそうだけど……」
「ま、百聞は一見に如かずです。まずは現時点での実力、そして今後どういう方向性かを決める為に戦いましょうか!」
現実世界で散々叩きのめしたのだから、実力はすでに知っているだろうと詩織達は抗議の声を上げたくなったが、反論したところで意味はなさそうだと諦めるのであった。
◇◇◇◇
「全員終わりましたね! 課題というか、とりあえず、先程説明したとおり、俺が先輩方の異能を使って実演してみますんで参考にしてみてください!」
圧倒的な実力差を見せ付けられて、トラウマになりそうなほどの光景を刻み付けられた詩織達は疲労困憊であった。当然、初参加の楓も一真は容赦なく叩きのめしている。彼女は珍しく息を切らし、肩を激しく上下に揺らしていた。
「まずは個人的に一番使いやすい炎ですね!」
炎と言えば雪姫の異能だ。彼女は一番最初に指名されて気合を入れなおした。
その一真が炎を使うと言っているのだ。これは是が非でも我が物にしなければと雪姫は一真を穴があくほど見詰める。
「まずは形状変化」
システムで一真は炎を使えるように自身の設定を変更した。手から炎を生み出し、思いのまま形を変えていく。一真はもっともイメージしやすい剣を炎で形成した。
「こんな感じで武器を作れますね。まあ、氷室先輩は球体や針、そして槍をイメージして飛ばしてますが、俺ならこんな風に接近戦も出来ます」
両手に握り締めた炎の剣を振るい、一真は剣舞をしてみせた。出来るだけ丁寧に分かりやすく、一真は剣を振るって見せた。
「接近戦に関してはこれだけじゃありません。氷室先輩は女性ですからどうしても筋力は男性に負けます。ですから、男にもイビノムにも負けないような力を炎で補いましょう」
「もしかして、ロケットエンジンのように推進力を利用するということでしょうか?」
「正解です! ロケット噴射のように爆発を利用します。まあ、これはやってみた方が早いですね」
発想自体は昔からあった。しかし、出来るかと言われたら難しい。頭ではイメージ出来ても実際にやるとなると、かなり難しく、実現はほぼ不可能であるのだ。とはいえ、何もかも異能に頼っているわけではない人類は科学の力を用いて、補助器具を使えば炎の異能者は宙を舞うことが出来る。
ただし、変態は例外だ。
「嘘……」
補助器具なしで一真は空を飛んでいる。両の手からロケットエンジンのように炎を噴射し、高速飛行を披露していた。信じられない光景に雪姫は口元を覆っている。
「と、こんな感じで空中飛行は余裕ですね。あと、足からも炎は噴射できるんでさらに速度は上げれますし、攻撃にも活用できるんで自由度は高い。やっぱり、炎はいいですね~」
空中で自由自在に動き回り、ボクシングやムエタイ、テコンドーといった格闘技を披露している一真。
「さて、それじゃあ、本番といきましょうか」
そう言って一真はシステム画面を開いて訓練用のAIを召喚した。デッサン人形のような見た目をしている透明色のAIが一真の目の前に現れる。組み込まれている戦闘データは国防軍の一般兵士。学生相手ではかなり厳しい相手だが、一真にとってはただの案山子である。
「それじゃ、氷室先輩。良く見ていてくださいね!」
戦闘が始まり、一真は襲い掛かってくるAIの攻撃を避けて、踵からロケットエンジンの如く炎を噴射して加速。そして、肘からも同じように炎を噴射して推進力を利用したパンチでAIを一撃で仕留めた。
「う~ん! もう少し、手応えのあるデータにしておけばよかったかな?」
呆気ない幕切れに隼人以外の四人は言葉を失う。四人の反応を見て隼人は自分も似たような反応をしていたなと渇いた笑みを浮かべるのであった。
「少し物足りないかもしれませんが、参考になりましたか?」
参考もくそもない。真似しろと言われても出来ないと叫びたくなるくらいだ。隼人と戦っている映像を見せられた時も思ったが、一真は頭がおかしい。常人には到底不可能な事を平然と要求してくる。
炎使いの雪姫はまるで出来て当然とばかりに目を向けてくる一真に、一言ガツンと言ってやらなければ気がすまないとばかりに歩み寄った。
「出来るわけないじゃないですか! なんなんですか、貴方は! どの口が言ってるんですか! この口ですね! この口が悪いんですね! 先輩は怒りましたから! チューで口塞ぎますよ!」
「え! それは是非とも!」
あまりの無茶振りに雪姫も口調が乱れるくらい混乱していた。
「大体、あんなの太陽王くらいしか出来ないんですよ! なんで、皐月君は、いえ、この際ですから私も一真君と呼ばせていただきます。どうして、一真君はあんなことが出来るんですか!? 炎使いでもないのに!」
「それは皐月流が万能ですから」
「それだけじゃ納得できるわけないでしょう! 詳しく説明してください! 私は今、冷静さを欠いています! このままだと一真君を燃やし尽くします」
一真が無抵抗なことをいい事に雪姫は彼のほっぺをムニムニと弄っているが、目は本気だ。本気で一真を燃やすつもりでいるらしい。彼女の本気が伝わった一真は納得できるかは怪しいが説得する事にはした。
「ま、まずですね。大前提として炎使いって自分の炎じゃ火傷しないでしょ?」
「それは、まあ、はい。確かにしませんね」
「衣服は燃えてしまいますけど、身体には一切傷つきません。てことは、かなりの自由度があるわけですよ。良く思い出してください。太陽王は全身を炎で包んだ技とかあるでしょ?」
「ああ、日本人が
「そうです、そうです。アレって恐らくは全身から炎を出していると思うんですよ。基本、炎使いって手の平からしか出しませんけど、要は発想の違いなんです」
「なるほど……。確かに、炎は手の平からしか出してませんでしたが、言われてみれば別に手の平だけということはないですもんね」
「そうでしょう? なら、後は簡単です。さっき俺が見せたのは参考ですから氷室先輩の思い描く戦闘スタイルを確立するだけです。そうすれば、間違いなく強くなれますよ!」
「ちなみに一真君はどこからでも炎を出すことが出来るんですか?」
「やろうと思えば出来ます」
いざとなれば一真は口からでも、尻からでも炎を吐ける。絵面は最悪だが敵を出し抜くと言う点では効果抜群だ。
「わかりました。私、頑張ってみますね」
「うっす! 頑張ってください!」
これでまず一人目の指導が終わった。すでに隼人は終えているので残りは三人。電撃、氷、念力と残っている。
「じゃあ、次は氷をやります。といっても、最初はほぼ炎と変わりません。氷のほうは固形物なんで結構簡単ですね。ただ、流石に炎ほど自由度は高くないんで空とか飛べませんが、空高くジャンプは出来ます」
「言っておくけど、炎みたいに出鱈目なことはしないでよね、一真君!」
「いつの間に一真君呼び……。まあいいでしょう。氷の方は難易度高くありませんし、朱野先輩の二つ名である氷の舞姫をさらに強調するだけです」
そして、一真が見せるのはプロのフィギュアスケート選手ばりの舞い。周囲一体を氷で埋め尽くし、靴のブレードを氷で形成し、氷のフィールドを舞う。勿論、両手には氷で作られた剣が握られていた。
トリプルアクセルを華麗に決める一真は同時に氷の礫を放ったり、足に形成した氷の刃で敵を切り裂く姿を彷彿とさせ、最後は氷で出来たジャンプ台を使ってムーンサルトを決めてフィニッシュ。綺麗な着地を決めた一真は爽やかな汗を流していた。
「どうでした?」
「バカーーーッ!」
「あれぇ?」
火燐に怒鳴られる一真は何故怒られているのかを理解出来なかった。思わず、首を傾げてしまう一真に向かって火燐が説明をする。
「どこが簡単なのよ! プロ並のレベルじゃない! しかも、最後はなんなんのよ、アレ! 簡単に出来る技じゃないでしょ!」
「え、でも、先程戦った感じだと先輩の身体能力なら可能だと思うんですが?」
「う、ぐ……。評価してくれるのは嬉しいんだけど、限度ってもんがあるでしょ? 流石に一真君がやったような事は半分くらいしか出来ないわ」
「そんなことないですよ! 朱野先輩なら練習すれば絶対出来ます! 俺は信じてますから!」
「うぅぅ!」
後輩からの信頼が凄まじい火燐は押され気味である。学園対抗戦本番までに出来るかと言われたら、正直無理だろう。それが火燐の自己評価だ。
しかし、一真は出来ると言っている。あの変態じみた身体能力を持っている一真が太鼓判を押してくれているのだ。出来るかもしれないと火燐は思い始めた。
「わ、私に出来るかしら?」
「俺でよければいくらでも力貸しますって! まあ、他の先輩の指導もあるんで時間が合えばですけど……」
そう、そこが問題なのだ。一真が付きっ切りで練習を見てくれるなら心強いのだが、他にも彼は指導する相手がいるため、それは叶わない。
しかしだ。そこは先輩としての意地がある。後輩に頼りっぱなしというのは先輩としての面目は丸つぶれだ。ならば、ここは先輩として後輩にはカッコつけたいと火燐は胸を張って答えた。
「いいわ! やってみせるわ、私! でも、その、時々でいいから助けてくれるとありがたいかも」
「それくらいなら全然オッケーです! 頑張りましょう、先輩!」
いい笑顔だ。戦闘中は悪魔よりも悪魔なのに、どうして普段はこうも可愛らしい笑みを浮かべることが出来るのか。不思議で仕方がない。
「というわけで次は電撃です」
「いよいよ私の番ね。もう驚かないわ。二人のを見たから、どんなものが来ても平気よ!」
「まず、この荷電粒子砲を習得してもらいます」
「んぐ……ッ!」
「次にレールアクションと仮の呼称をつけた雷速移動を覚えてもらいます」
バリバリと電気が迸り、一真が一瞬で数十メートル移動した。
そこまで見て詩織は激怒した。
「ふざけんじゃないわよ! 人間のできる範疇を越してるじゃないの!」
「俺が出来てますから人間にも可能です」
「変態と人間を一緒にしないで!!!」
「ひ、ひどい……!」
あまりの言われように涙を浮かべる一真であるが同情の余地はない。詩織の言っていることは正しいのだから。
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