第55話 歓迎しますよ~~~! んっふっふっふ……

 昼食を済ませた一真は部屋で少し休んだ後、トレーニングルームへと向かった。午後からは隼人と組手をする。仮想空間だけでも構わないのだが、やはり現実でも体を動かして、実際に味わうのが一番だろうと思ってのことだ。


 トレーニングルームに着くと、まだ隼人の姿は見えない。時計を確認すると、まだ午後の訓練の開始時間ではなかった。先についてしまった一真は時間が来るまで瞑想することにした。


 しばらくすると、トレーニングルームの扉が開かれる。片目を開けて、そちらに目を向けると、そこには隼人の姿があった。そして、その奥には詩織と雪姫に火燐の姿が見える。どうやら、隼人のことが気になってこっそりのぞき見するようだ。


「(ふふ、蜘蛛の巣に引っかかった蝶だな。手間が省けてラッキーだぜ)」


 閉じていく扉の隙間から見える三人の姿を見て、一真は口元を釣り上げるのであった。


 ◇◇◇◇


 時は少し遡り、午後の訓練が始まろうとしていた。時間になってそれぞれトレーニングの為に移動を始める。勿論、隼人も同様に一真と練習試合があるのでトレーニングルームへと向かっていた。


 その背後、詩織がいた。彼女は隼人に気づかれないように距離を保ち、物陰に隠れて尾行している。目的地は分かっているので尾行する必要はないのだが、雰囲気が大事なのだ。


 こそこそと隼人の後をつけていく詩織をトレーニングルームへ向かっている最中の雪姫と火燐が見つけた。一体、副会長しおりは何をしているのだろうかと気になった二人は彼女に声を掛けた。


「先輩、何してるんですか?」

「ひゃッ!」


 完全に二人の接近に気が付かなかった詩織は声を掛けられて驚いた声を出してしまう。

 ビックリした詩織は首が取れるのではいうくらいの勢いで二人の方へ振り向き、彼女達を驚かせた。


「「うわッ!」」

「ちょ、二人共声大きいって!」


 大きな声が出たのは詩織のせいなのだが彼女はその事を分かっていない。驚く二人の口を手で塞ぎ、急いで物陰へと引っ込める。

 物陰へ引っ込んだ詩織は隼人に気づかれていないだろうかと、恐る恐る顔をのぞかせると彼は気にすることなくトレーニングルームへ向かっていた。


 尾行がバレなかった詩織はホッと息を吐き、後輩二人を解放した。


「ふう。バレてないわね」

「あの、何してるんですか?」

「え? ああ、隼人を追いかけてるのよ」

「あ~、会長の様子がおかしかったからですね」

「そうよ。どう見ても変だったわ! きっと、皐月君が隼人を困らせてるに違いないわね! あの子、調子に乗るし、ふざけた子だからそうに違いないわ!」


 勘違いなのだが一真の評価は詩織の言う通りなので、そう思われても仕方ない。もう少し、一真が大人しく真面目に過ごしていればまだ違ったかもしれないが無理な話であろう。


「もしかしたら、アリシア・ミラーや円卓の騎士を使って脅してるのかも……!」


 とんでもないことまで言い出し始めた詩織。完全に暴走している。爪を噛んで焦燥感を漂わせている詩織を見て二人は落ち着くように優しく語りかけた。


「落ち着いてください、先輩。まずは二人の様子を見てからでも遅くはありませんよ」

「そうです。確かに皐月君はやんちゃな子ですが根は善良でいい子だと思いますよ? 確かめてから考えましょう」

「……そうね。二人の言う通りね。まずはあの二人がどういう訓練をしているかを見てから、皐月君の処分を考えるわ」

「(完全に皐月君を叱る気でいるわね……)」

「(皐月君、ご愁傷さまです)」


 詩織の発言を聞いて二人は合掌した。一真を助けることは出来ない。ならば、自分達が出来るのは祈る事だけだと二人は一真を憐れに思うのであった。


 とにもかくにも、まずは隼人と一真の二人が普段をどのような訓練をしているかだ。三人はそれを知るべく、隼人を追いかけた。


 丁度、隼人たちが借りているトレーニングルームへ入ろうとしたところに間に合う。その時、偶然かは分からないが中にいた一真が一瞬だけだがこちらを見た気がした。


「ねえ、今、皐月君。こっち見てなかった?」

「え? そうなんですか? 全然わかりませんでしたけど」

「そもそも、皐月君が中にいたかどうかなんて見えませんでしたが……」

「そう? 気のせいなのかしら……」

「そんな事よりも早く中を見に行きましょう!」

「そ、そうね。場合によっては皐月君をしばかないと!」


 三人は隼人が入っていったトレーニングルームの扉に張り付いた。まずは聞き耳を立てることから始めるようだ。彼女達はピタリと扉に耳をつけて、中の音を聞いてみる。


 しかし、トレーニングルームは完全防音。どれだけ耳を近づけても中の音など聞こえやしない。詩織は焦りすぎていて、その事をすっかり忘れていた。


「あ、あの……先輩。今更なんですけど、トレーニングルームって完全防音ですよね?」


 一緒に聞き耳を立てていた雪姫がふと思い出し、恐る恐る確認するように尋ねた。


「……そう言えばそうだったわ! 私としたことが!」


 思わず頭を抱えてしまう詩織。このような凡ミス、いつもなら起こさないというのに、今回に限っては相当焦っていた。


「まあ、彼氏が干からびてましたもんね」

「そうね。彼女の詩織さんからすれば由々しき事態だもんね」


 彼氏いない歴、生まれてからの二人がうんうんと頷いていた。


「こうなったら仕方がないわ! 突撃よ!」

「施錠されてますよ。私達は利用者じゃありませんので中から開けてもらわないと……」

「私の電撃でロックなんて解除してやるわよ!」

「そんなことしたらセキュリティ装置が発動しますからやめてください!」

「ええい! 隼人の為ならセキュリティの一つや二つどうとでもしてやるわよ!」

「「わあーッ! やめてーッ!!!」」


 暴走を始めた詩織はドアノブに手を伸ばし、電撃でロックを解除しようと試みる。それは流石に不味いと二人が両脇から彼女をドアノブから引き剥がそうと飛び掛かった。


 その時、ドアが開いた。


「「「えッ……!?」」」


 不意に開いたドアに驚く三人は勢い余って、そのまま転がり込むようにトレーニングルームへと入った。


「ようこそ、歓迎しますよ、お三方」


 ドアを開けたのは一真であった。もみくちゃになって倒れている三人を見下ろして、とても愉快な笑みを浮かべている。ニッコリと三日月の様に口を歪めている一真を見た三人は言い知れない恐怖を覚えた。


 その中で詩織だけは恐怖を押し殺し、一真を睨みつけて吠える。


「皐月君! 貴方、隼人に何をしたの!」

「なにって? 特訓をしてるだけですよ? ホラ、あれ」


 そう言って一真が指差すのは仰向けに倒れて気絶している隼人であった。

 その姿を見た詩織は上に乗っている雪姫と火燐を火事場の馬鹿力で吹き飛ばし、隼人の傍へ駆け寄った。


「隼人ッ! 隼人ッ!」

「んん……。アレ? 詩織?」

「そうよ! 私よ! 大丈夫? どこか怪我とかしてない?」

「あ、ああ。僕は大丈夫だよ。ちょっと気絶してただけさ」

「一体何があったの!? お昼もそうだったけど、貴方変よ!」

「一真君……」


 これはもう誤魔化しきれないと隼人が助けを求める様に一真へ顔を向けた。


「副会長。説明するよりも見てもらった方が早いんで少しだけ時間を貰えます?」

「何言ってるのよ! まずは隼人を救護室に連れて行かないと!」

「いや、防具もつけてるんで怪我はしてませんよ。まあ、骨にヒビは入ってるかもしれませんが……」

「……隼人、ごめんね。私、ちょっと我慢できそうにない」


 彼氏が今も苦しんでいる。そして、その原因たる男はあっけらかんとした態度を崩そうとしない。それどころか、動けそうにない隼人にまだ無理をさせようとしている。

 最早、許す必要はない。徹底的に分からせるべきだと詩織は隼人を庇うように立ち上がり、一真へ鋭い目を向けた。


「皐月君。悪いけど、少し痛い目に遭ってもらうわ」

「……ああ、そう来ますか」


 殺気は向けられていないが明確な敵意を向けられた一真は詩織を女性ではなく敵と認識した。


「言っておく。俺は老若男女問わず、敵ならば容赦はしない」

「ッッッ……!」


 ガラッと変わる一真の雰囲気に詩織だけでなく、遠くにいた雪姫と火燐も震えていた。


「強い言葉で脅そうたってそうはいかないわ! スタンガン程度の出力で懲らしめてあげる!!!」


 詩織は恐怖を押し殺し、一真に向けて電撃を放つ。

 だが、当たることはない。一真は詩織の視線から射線を計算し、避けると一気に加速し、彼女の懐へと飛び込んだ。


「え……? 嘘ッ!」

「遅いッ!!!」


 飛び退いて距離を取ろうとした詩織の襟首を一真は掴むと、一切の容赦なく彼女を背負い投げで床へ叩きつけるが、最後は加減をして勢いを緩めた。


「ふう。これでわかってくれました?」

「……わ、わかるかーッ! 何!? 何なの!? 電撃を避けられたと思ったら、目の前にいるし! 気がついたら投げられてるし! あんまりにも速くて分からないわよーッ!」

「アハハハ……。まあ、そうなるよね」

「隼人! これは一体どういうことなの?」


 いつの間にか起き上がっていた隼人が詩織の傍へ寄る。この状況を詳しく説明して欲しいと詩織は本気で訴えていた。


「詩織も体験した通り、一真君は戦闘のエキスパートでね……。仮想空間で実戦、現実で模擬試合をしてるんだよ。今のところ、全戦全敗さ」

「嘘でしょ……?」

「さっき体験したでしょ? 僕の言ってることが嘘じゃないって分かると思うけど?」

「もしかして、私みたいに異能を使っての試合なの?」


 詩織は隼人の強さを知っている。誰よりも。だからこそ、聞かなければならない。異能を使っての模擬試合で隼人が一真に負けているのかを。


「うん。悔しいけど異能を使って本気で戦って負けてる」

「そ、そんな……」


 信じられない。信じたくはない。でも、隼人の表情がすべてを物語っていた。かつて、最底辺にいた時、彼が見せていた今にも泣きそうで、悔しさを滲ませないように我慢して笑っている表情を見ては、詩織も信じるしかなかった。


「本当なのね…………」

「久しぶりだよ。こんな気持ちになったのは」

「そう……」


 なにやらいい雰囲気になっているが時間はない。仮想空間と違って現実はとても早く時が過ぎるのだ。一秒でも多く訓練を積まなければならない。


 パンと手を叩く音が聞こえる。隼人と詩織はそちらに目を向けると、そこには目を閉じた一真がいた。


「いい雰囲気のところ、申し訳ないのですが時間は限りがあります。会長、副会長、そして先輩方」


 蚊帳の外にいた雪姫と火燐は一真に目を向けられてビクリと肩を震わせる。もしかして、自分達も何かあるのかと身構えた。


「今年の学園対抗戦、優勝するには正直会長だけでは足りません。俺の予想では宗次先輩は去年よりも強くなってるでしょう。それは、勿論こちらも同じですが……宗次先輩はきっとこちらの予想以上でしょう。ですから、学園対抗戦本番までの時間を使って先輩方を少しでも宗次先輩の領域に近付けます。ただ……これはあくまでも競い合うだけの遊びみたいなもんです。別に勝たなければいけないわけじゃない。痛い思い、辛い思いをしてまで優勝なんてしたくないと言うのなら、出て行ってもらって構いません。会長だけは残ってもらいますが」


 真剣な眼差しで一真は詩織と雪姫、火燐の三人を見詰めた。一真の言う通り、これはお祭りのようなもの。殺し合いをするわけではない。なら、別に一真の言うように痛い思いをしてまで強くならなくてもいい。ここで逃げた所で誰も文句は言わないのだ。


「…………皐月君の言うとおりね。別にここで死ぬわけじゃないんだから逃げたっていい。でもね、舐めないで! その程度の覚悟がなくて将来日本を守るために戦うことなんて出来るわけがないわ! 皐月君、さっきはごめんなさい。身の程知らずなことを言って」

「いえ、副会長のお気持ちは理解できますから、気にはしてませんよ。むしろ、好感が持てました。誰かの為に怒れる人は強くなりますよ」

「ふふ、そう言ってもらえると気が楽になるわ。ありがとう」


 詩織の覚悟は受け取った。残るは二人だけだが、彼女達の目を見れば分かる。答えはとうに決まっていたのだろう。


「私達も会長と同じよ! 皐月君、よろしくお願いするわ!」

「至らない点ばかりですが、私もご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」


 頭を下げる二人を見て、一真は微笑む。彼女達の気持ちにこちらも全力で答えよう。


「さっきも言いましたけど、俺は老若男女関係なく手加減はしません! 沢山痛い目にも遭ってもらいます! 辛くて泣くかもしれません! 苦しくて逃げ出したくなるかもしれません! 俺は逃げてもらっても一向に構いません! 去る者は追わず来る者は拒まず! それが俺です!」


 新たな弟子を迎えて一真は学園対抗戦本番まで鍛え上げることを約束するのであった。

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