第54話 我こそは皐月流継承者なり!

 ◇◇◇◇


「で、何か言う事はあります? 会長」

「あ……あ…………」


 地面に手をついている隼人に一真は剣を突きつけていた。どこからどう見ても完全に隼人の負けである。言い訳のしようがないほどの負けっぷりであった。


「皐月君……。君は一体何者なんだ?」

「そうですね~。実は異世界帰りの勇者って言ったら驚きます?」

「頭でもおかしいのかな?」

 

 分かってはいたが、やはり頭のおかしい人物の認定だった。


「(ま、その反応が当然だわな)」


 魔法でも見せれば信じてもらえるのだろうが、生憎仮想空間では魔法は使えない。ならば、どうするかだが、それは決まっている。


「ま、冗談です。実を言うと俺は飛鳥・奈良時代から続いてきた一子相伝の殺人術の使い手なんですわ」

「嘘ついてるって言いたいけど……さっきの見る限りだと嘘にも思えない。どっちが本当なんだい?」

「どっちだと思います?」


 そう言われても判断のしようがない。一真の動きは常人とは違いすぎる。まるで、本当に戦い続けてきた歴戦の戦士のようであったのだ。異世界の勇者というのは流石に荒唐無稽すぎるが、一子相伝の殺人術と聞くと妙にしっくりくるものがある。


「信じるよ、君を」

「あれ、もう少し食い下がると思ったんですけど、意外ですね」

「ハハハ……。まあ、あれだけの啖呵を切って、この体たらくだからね」

「開始三秒で沈みましたもんね!」

「言わないで! 結構、本気で落ち込んでるから! 僕、アレだけ言っておきながら瞬殺されるって噛ませ犬感半端ないよ!」

「アッハッハッハ! 俺は気にしませんから大丈夫っす!」

「やめて! 僕が気にするから!」


 割と本気で落ち込んでいる隼人は一真のセリフを聞いて凹んでいた。お茶らけて見えるが、隼人の瞳からは先程の自信が消え失せている。支援科の一真に手も足も出ずに敗北したのが本当に堪えたようだった。


「で、会長。俺の実力はわかってもらえましたか?」

「十分ね。はっきり言って宗次にも勝てると思うよ」

「まあ、多分勝てます。時を止める異能とかない限りは負けません」

「そんなのあったら誰も勝てないよ……」


 一真は疑似的に時を止めることが出来る。対象の体感時間を止めると言ったもので世界を止めるわけではない。だが、体感時間を止められた者は何が起こったかを理解できないという事態に陥る無敵に近い魔法だ。魔王には通じなかったが、例外中の例外である。


「さて、それじゃあ、俺の実力も分かってもらえたことですし……やりますか?」


 ググっと体を伸ばす一真は爽やかな笑みを隼人に向けて不穏な空気を出した。


「えっと……なにを?」

「何をって会長も薄々分かってるでしょ? 対宗次先輩に向けての特訓じゃないですか~」


 元々は一真の特訓であった。隼人は一真を鍛え上げて、クラウンバトルですぐには倒されないようにする予定であったのだ。

 しかし、一真の実力を知り、隼人の予定は大いに狂った。一真が生き残るのではなく、隼人が宗次を倒せるレベルまで鍛え上げるものに変わったのだ。隼人からすれば理解できる話ではない。何がどうすればこうなるのか隼人にはわからなかった。


「いや~、仮想空間っていいですよね! 現実時間とは違って、ほぼ無限に訓練できますもん! しかも、いくらでも死ねる。ああ、なんて素晴らしい! でも、リアルな死を経験出来ないのはよくない。それだと、どうせ死なないからと慢心が生まれてしまう。それじゃあ、ダメだ。というわけで午前中は仮想空間で俺と実戦。午後から現実で練習試合しましょうね!」


 とても饒舌に語る一真の瞳は狂気に染まっている。彼は正気ではない。隼人は本能的に理解した。目の前にいるのは間違いなく強者であり、狂人だと。もはや、言葉は通じないだろう。諦めて受け入れるしかない。それ以外に隼人の助かる道は存在しないのだから。


「ア、アハハハハ~…………。お手柔らかにお願いします」

「安心してください! 俺は慣れてるんで!」

「(慣れてるって何が!? もしかして、人を殺したことがあるのかな? だとしたら、死ぬギリギリのラインを見極めれるとか? もし、そうだとしたら僕はとんでもない子を目覚めさせてしまったのかもしれないな……)」


 果たして、自分は学園対抗戦本番までに生きているのだろうかと隼人は嘆くのであった。嘆くのはまだ早い。まだ地獄の特訓は始まってもいないのだから。


 ◇◇◇◇


 翌日から一真と隼人の猛特訓が始まった。朝食を手早く済ませると一真と隼人はVRマシンに乗り込み、仮想空間で殺し合いを始める。

 一真は魔法が使えないのでかなり戦力ダウンだが、異世界で培った武術は関係なく使える。それに加えて、剣や槍といった武器を使う事が出来るので負けることはない。


 隼人の糸は強力だ。しかし、切れないことはない。頑丈に出来るが一真からすれば児戯に等しい。異世界でも糸使いと戦ったことのある一真からすれば隼人の技はまだまだ未熟であり甘いのだ。


 もっと、鋭く、繊細に。不可視の暗殺者と呼ばれるくらいにはなってもらわなければ困る。一真は徹底的に隼人を追い込んでいく。


「ぬるいッ! この程度で俺を殺せるか!」

「ぐっ!」


 密林エリアで一真は剣を振るい、隼人が繰り出した糸を斬り裂き、吠える。隼人はありとあらゆる方向から一真を拘束しようと繰り出した糸を容易く斬られてしまい、苦悶の表情を浮かべていた。


「もっと、細く! もっと、鋭く! そして、しなやかに! こんなナマクラで切れるような糸など宗次先輩には通用しないぞ!」


 と、一真は言っているが彼の持っている剣は現代の刀匠がイビノムの甲殻を利用して作り上げた業物である。鉄ですらバターのように斬り裂いてしまうことの出来る代物だ。それをナマクラなどと言えるのは一真だけだろう。


 異世界で神話にされている聖剣や魔剣を扱っていたのだから、この世界の刀剣類は彼にとっては全てナマクラだ。


「これならッ!」

「距離を取れば倒せるとでも思ってるのか!」


 後方へ飛び退き、糸の弾を飛ばす隼人に対して一真は懐から手裏剣を取り出した。


「しッ!!!」


 隼人が撃ち放った糸の弾を一真は手裏剣を投げて防ぎ、それと同時に重ねていた手裏剣で隼人の額を狙った。


「うわッ!?」

「視線を逸らすな! お前は身体能力で俺に劣る! つまり、簡単に懐に侵入出来るというわけだ!」

「いッ!?」


 咄嗟に頭を下げて手裏剣を避けた隼人であったが、目の前には一真が剣を振りかぶっていた。回避は不可能。防御以外に手はないと隼人が糸を繰り出したが、すでに攻撃態勢に入っている一真に対して遅すぎた。


「死ねッ!!!」

「あ……」


 間の抜けた断末魔を上げる隼人は頭から一真にかち割られて死んだ。これが授業なら仮想空間からログアウトして終わりなのだが、残念なことにこれは訓練である。

 光の粒子になって消えた隼人が再び蘇る。目の前には剣を鞘に納めて腕を組んでいる一真が立っていた。


「全然だめですね」

「キャラが違い過ぎないかな!? 戦ってる時だけ別人なんだけど?」

「どっちも俺です。ただ、戦闘するとどうしてもスイッチが入っちゃうんですよ」

「ハンドルを握ったら豹変するタイプじゃないか……。それにしても、一真君は多彩だね。刀剣類の武器ならなんでも使いこなせるなんて」


 隼人は一真と地獄の特訓を始めてから、親睦を深めており、今では名前で呼ぶようになっていた。一度、師匠呼びしたのだが一真が勘弁してくれと言ったので普通に名前呼びをしている。


「飛鳥・奈良時代から続く我が流派、皐月流は殺人術ですからね。銃火器以外は使いこなせないと師匠に殺されます」


 一真が口にしている流派は全くの出鱈目であるが、全部が全部嘘と言う訳ではない。異世界で一真は剣聖、武王、賢者に師事してもらったのだ。

 その教育はスパルタである。基本、体で覚えるというものであったので叩き込まれた技術を使えないと本当に殺されていたのだ。無論、師匠にではなく魔物にだが。


「どんだけやばい流派なんだ……」

「会長。人間なんて簡単に殺せるんですよ~?」


 そう、人間とは脆い生き物だ。三分呼吸を止めるだけで殺せるし、首を捻れば殺せる。その辺に落ちている小石でも簡単に殺せるのだ。


「そりゃそうだけど、一真君が言うと説得力あるね」

「ハハハ。余裕そうですね。すぐに始めましょうか?」

「ごめんなさい。もう少しだけ休憩を!」


 完全に立場が入れ替わっていた。年功序列では隼人の方が二つも上だが、この世界は実力主義。強い方が正義なのだ。そういう意味では一真の方が隼人よりも偉いのである。


「ねえ、一真君」

「なんすか?」

「君が紅蓮の騎士なんじゃないかな?」

「残念ながら違いますよ。俺はほんの少し強い一般人です」

「いやいや、君が一般人なら僕は一体なんなんだい!? ミジンコかな!?」

「ていうか、会長は俺の戦闘データとか見たんでしょ? 異能は置換しかなかったと思うんですが?」


 魔法はVRマシンでは使えない。そもそも、検知出来ないのだ。もしも、生体データから魔法が検知出来ていれば一真は今頃政府に追われていた事だろう。


「まあ、そうなんだけど……。それだけの実力を見せられると、どうしても疑わざるを得ないというか……」


 隼人は人型イビノムと戦った紅蓮の騎士の目撃者だ。それゆえに一真の実力を見ると、どうしても紅蓮の騎士の影がちらついてしまう。あの圧倒的な実力を思い出すと隼人は一真を疑わずにはいられなかった。


「言いたいことはなんとなくわかりますけどね。でも、今はそんなの関係ないじゃないですか。それよりも、訓練に集中してください。宗次先輩に勝てる様にならないと優勝なんて夢のまた夢ですよ!」


 一つ訂正しておきたいのだが、宗次は敵ではないのだ。正確に言えば、彼は好敵手であり、将来は共に日本のために戦う仲間である。つまり、前提が間違っている。学園対抗戦はあくまでも競い合うことが目的であって打倒することが目的ではない。


 しかし、優勝するにあたって宗次はどうしても倒さなければならない相手だ。勿論、絶対というわけではない。クラウンバトルは王冠を持っているプレイヤーを倒せばいいのだ。それはつまり、宗次は倒さなくてもいいということ。


 ならば、話は簡単なのだがこれはもう男の意地プライドの問題である。あの男に勝ちたい、あの好敵手ライバルに勝ちたい、ただそれだけの問題であった。


「そう……だね! うん! 今は一真君の事よりも宗次を倒すことだけを考えするよ!」

「そうです! その意気です! それじゃあ、行きますよ!」


 仮想空間という最高の環境で隼人は膨大な時間を一真と過ごした。主に殺されるだけであったが。


 ◇◇◇◇


「隼人、大丈夫? なんだか元気ないけど……」


 昼食時、覇気のない隼人を心配そうに見詰める詩織は声を掛ける。


「ああ、詩織。僕は大丈夫。それよりもそっちはどう?」

「こっちは問題ないけど……。もしかして、皐月君の特訓上手くいってないの?」

「いや、むしろ良すぎるくらいだよ。ハハハ……」

「それじゃあ、なんでそんなに元気ないのよ?」

「え? そうかな。僕は元気だけど」


 見るからに元気はない。むしろ、病人の様にやつれているように見えた。枯れ果てた老人にも見える隼人はゆっくりと昼食を食べる。


 その一方で一真は山盛りの昼食をバクバク食べていた。フードファイター並の食事量に他の生徒は驚いているが、一真は気にせず皿の上に乗っているおかずを食べていく。


「皐月君は元気そうだけど……。ねえ、隼人。本当に大丈夫なの?」

「うん。全然問題ないから安心して」


 ニッコリと隼人は微笑んでいるが、詩織から見れば死期を悟ったような儚い笑みに見えた。


「ごちそうさん! 会長! 昼休みが終わったら、トレーニングルームに来てくださいね!」


 食器を片付けながら一真は大きな声で隼人に呼びかけた。ビクリと肩を震わせる隼人は顔を青くしながら答える。


「わ、わかったよ」

「それじゃ、お先です!」


 片手を振って一真は食堂を後にする。残されたメンバーは隼人の方へ視線を向けるが彼は誰とも目を合わせないように昼食を済ませるのであった。


 そそくさと食器を片付けて出て行く隼人を見送った詩織は決意する。隼人の様子がおかしくなったのは間違いなく一真のせいに違いない。なので、二人がいるトレーニングルームへ向かい、最悪の場合は一真をシバキ倒すと固く拳を握り締めるのであった


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