第52話 顔合わせとは喧嘩である! 

 街の散策も終わった二人は夕食の時間になったのでホテルへ帰ることにした。



 ホテルへ帰ると、夕食の会場に向かっている氷室雪姫と朱野火燐がいた。丁度、顔を合わせることになってしまった一真と楓。しかも、二人はまだ手をつないだままだ。

 それを見た雪姫と火燐は目を輝かせて二人は詰め寄る。もう完全に恋バナをする気満々の二人。


「二人共、手なんて繋いでどうしたの~? 付き合ってるんだったら教えてくれても良かったのに~」

「ゲームセンターでデートしてたんですか? そのぬいぐるみはUFOキャッチャーでしか取れない景品ですもんね」

「えっと……?」


 首を傾げる一真と楓。二人は付き合っていないので雪姫と火燐が何を言っているのか理解できなかった。

 同時に首を傾げて不思議そうなものを見ている二人に、雪姫と火燐も同様に首を傾げた。はて、自分達は何かおかしなことでも言ったのだろうかと顔を見合わせた。


「もしかして、お邪魔だったかしら?」

「いえ、あの……俺ら付き合ってませんけど?」

「「は?」」


 一真の発言に二人は困惑する。楓の片手には猫のぬいぐるみ、そして一真と手を繋いでいる。どこからどう見てもデート帰りのカップルにしか見えないのだが、一真は付き合っていないと言う。これはおかしい。

 もしかして、二人は自覚していないのかもしれない。そう考えた雪姫と火燐は顔を見合わせて頷くと、楓の方に目を向けた。


「楓ちゃん! 皐月君はあんなこと言ってるけど、そうじゃないよね?」

「いえ、一真の言う通りです」

「え? まさか、本当に付き合ってないんですか? そんな風に手を繋いでるのに?」

「はい」

「嘘でしょ……! 皐月君! 貴方、もしかして彼女を騙してるんじゃないでしょうね!?」

「え~、騙しても何もしてませんよ。楓とは普通にお友達なだけです」

「男女でお友達なのはまだ理解できます。ですが、その手はなんなんですか!? 詳しく説明してください!」

「一真が迷子になるから手を繋いでいるだけです」

「らしいです!」

「らしいです! じゃないわよ! なんで、アンタが胸張ってドヤ顔してるのよ! ていうか、恥ずかしくないわけ?」

「何が恥ずかしいんです? 手なんて幼稚園の子でも繋いでますよ?」

「それはそうですが高校生になってくると意味が変わってくるでしょう? それはもう恋人同士のそれですよ!」

「一真とだったら別に構わないです」

「ええッ! それってつまりそういうこと?」

「あわわ! もしかして、私達余計な事をしたのでは!?」

「そうなん?」


 何を呑気に聞いているのかと雪姫と火燐は一真を睨みつけるが、彼は楓の方を向いていて気が付いていない。


「ん。一真のことは好き。でも、恋愛的な意味じゃない」

「まあ、そんな感じはしてた」


 分りきっていたというよりは予想出来ていた答えだった。一真としても残念と思っていない。彼は何度も異世界でハニトラに遭い、仲間の女性陣とも深い仲になっていなかったので、なんとなく察していたのだ。


「でも、将来どうなるか分からない」

「おお? もしかして、ワンチャンある感じ?」

「うん。今は一緒にいて楽しいし、ノリが面白いから愉快な友達って感じだけど付き合うなら、一真みたいに私のことを普通の女の子みたいに扱ってくれる人がいい」

「「……わかる」」


 楓の恋愛観に雪姫と火燐も同意していた。彼女達は戦闘科のアイドルのように扱われているが、どこにでもいる普通の女の子だ。違うのは異能が戦闘系で強力なだけ。後は、何も変わらない。二人も素敵な彼氏が欲しい年頃の女の子なのだ。


「楓ちゃん。それすっごい分かるわ。なんていうか私達ってどこか距離を置かれるのよね」

「そうそう。私達だって普通に恋人欲しいのに、何故か男性の方は一歩下がるんですよね」

「(それは二人が怖いのでは? と言いたいけど、流石にそういう空気じゃないよな)」


 二人は一真の心の声が聞こえたのか、物凄い勢いで顔を向けてきた。


「なにかな? 皐月君」

「何か言いたげですね。皐月君」

「いえ、なんでもありません」


 どうして、女性というものはこうも勘が鋭いのかと一真は思う。咄嗟に顔を逸らしたが冷や汗は止まらない。


「(あっちの世界でもゴリラ女とか心の中で罵ってたら、よく殴られたな~)」


 当然、一真は異世界でも同じことをしている。仲間の女戦士にゴリラ女と心の中で罵倒すれば「今、アタシの悪口言っただろ」と殴られていた。勿論、口にも態度にも出していない。完全に勘だけで当てられたのだ。恐ろしいものである。


「そんな事よりも、もうそろそろ夕食会では? たしか、第一から第八の参加選手の顔合わせするんですよね?」

「あ、そうだったわ。早く行かないと!」

「楓ちゃんも早く!」

「私は一度部屋に戻ります。一真、行こ」

「ういうい」


 そのままてを繋いだまま二人はエレベーターのほうへ向かっていく。その後ろ姿を見て彼女達は呆れたように溜息を吐く。


「あれで付き合ってないとか嘘でしょ……」

「男女の友情は成立するんですね……」


 と、そんな事よりも早く会場に向かわなければと二人は急いで夕食会の開かれる会場の方へと歩いて行った。


 先輩たちと分かれた一真は何故か楓に連れられて彼女の部屋にいた。今日、来たばかりだというのに、何故か彼女の部屋は衣服や下着類で散らかっていた。

 その光景を見た一真は躊躇うことなく、楓の衣服や下着を手に取り、綺麗に片づけていく。


「なんでこんなに散らかってるんだ……全く、もう」


 どこぞのお母さんのように一真はプンプン怒りながら、楓が散らかした部屋を綺麗にしていく。

 元々、彼は施設育ちなのと穂花による教育で厳しくしつけられている。

 しかも、施設には一真と年の近い女性も多く在籍しており、彼は兄や姉と同じように下の子の世話をしていた。

 おかげで女性の下着に慣れているのだ。特に欲情することもない。それがたとえ、同級生のものであってもだ。


「ありがと、一真」

「いいよ、いいよ。こいうの慣れてるから」


 そして、楓の方も無頓着であった。普通なら異性に下着を触られた時点で行動を起こすだろう。悲鳴を上げるなり、叩いたりなどするが彼女は何もしなかった。一真を信用しているのか、それとも羞恥心がないのか。恐らくはそのどちらもだろう。


「準備できたから行こ」

「オッケー」


 一真の方も楓の散らかした衣類を片付け終わり、準備万端であった。というよりも彼の方は特に準備することはない。そもそも、顔合わせをするのは戦闘科の生徒だけなのだから。一応、支援科も参加できるが支援科の生徒はクラウンバトル以外は観客同然なので参加する意味は大してないのだ。


 一真と楓は一緒に夕食会の会場へと向かった。学生服を身に纏ったまま二人は案内人に従い、会場へと入場する。


 夕食会は立食パーティであった。すでに始まっていたようで多くの生徒がグラスを片手に話し合っている。

 その光景を立ち尽くして二人は見ていた。そこへ二人の来場に気が付いた隼人がやってくる。


「やあ、遅かったね、二人共」

「あ、会長。すいません、遅れちゃって」

「平気さ。時間厳守じゃないからね」


 すると、そこへ一人の男性がやってくる。一真と隼人が喋っているところに男は割り込んできた。


「よう。俺も混ぜてくれないかな」

剣崎けんざき宗次そうじ……!」

「おいおい、いきなり呼び捨てなんて馴れ馴れしいじゃねえか」

「あ、すんません」

「フハハハ。なんてな。別に怒っちゃいないさ。隼人、この二人がお前んところの秘蔵っ子か?」

「アハハハ。さてね。まあ、でも紹介しておくよ、宗次。彼女は槇村楓さん、彼は皐月一真君。槇村さんの方は戦闘科だけど皐月君の方は支援科だからクランバトル以外は観戦だよ」

「ほう? 珍しいな。支援科の生徒が顔出すなんて」

「飯が豪勢だと聞いたんで! こりゃ是が非でも参加しないとって思ったんですわ!」

「ぷッ! ワハハハハハ! 確かにな! ここのホテルの飯は美味いぞ! しかも、おかわり自由だ! 今の内にたくさん食っておけよ」

「うす! 第七エリアでは味わえないような飯をたらふく食います!」

「ハハハハハ! 気に入ったぞ。皐月一真だっけ? これからは一真って呼んでいいか?」

「オッケーっす! 俺も宗次先輩って呼ばせていただきやす! あ、でも、気安く俺には触らないでください! 模倣コピーされたくないんで!」

「ほう! 俺の模倣コピーの条件を知ってたか」

「はい。相手と接触する事ですよね。服の上からじゃなく相手の肌に直接触れれば、それだけでいいとかいう反則性能の」

「おう。といっても、制限はあるがな。最大でも三つまでしか模倣できん。出力は俺の実力次第だが」

「それホント反則ですよね。ちなみに今は何の異能を模倣してるんです?」

「気になるか?」


 かなり踏み込んだ質問に誰もが息を呑む。いきなり会場に現れた支援科の生徒と言ことにも驚かされたが、何よりもあの現役高校生最強の剣崎宗次に対して一歩も引かない姿に誰もが驚かされていた。

 それが支援科という事もあって尚更だろう。さらには誰もが聞けない剣崎宗次の異能を彼は聞き出そうとしているのだ。何かの冗談のようにしか思えない。


「そりゃそうでしょう。この会場にいる第一異能学園の生徒以外はみんな知りたがってますよ!」

「ククク、ハハハハハハ! お前、ホントに面白いな。良いぜ、教えてやる。俺が今、模倣しているのは――」


 と、後少しで宗次の模倣している異能を聞けそうだった時、邪魔者が現れた。


「ちょっと、何を言おうとしてるのよ。この馬鹿は!!!」

「いでぇッ!」


 後頭部を思い切り叩かれる宗次は目玉が飛び出すのではないかといくくらいの衝撃に襲われた。


「いきなり、何すんだよ。頭がどっか行っちゃったらどうするんだ、蒼依あおい!」

「うるさいわ、アホ! なにをペラペラと弱点教えようとしてんのよ!」

「弱点ってどこがだよ?」

「アンタの異能でしょうが! 模倣の最大の利点は何を隠し持っているか分からない事でしょ! それを教えるアホがどこにいんのよ!」

「ここにだ!」


 もう一度頭を叩かれる宗次。一真は蒼依と呼ばれた女性と宗次のやり取りを見て親近感を感じていた。宗次先輩とは仲良くなれそうだと考える一真であった。

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