第51話 街を散策すれば何かが起きない訳もなく……

 ホテルにやってきた第二異能学園の生徒会長、天王寺弥生と同じく第七異能学園の桐生院隼人が向かい合っている。一触即発の雰囲気にお互いいつでも飛び出せるように構えていたが、それは杞憂に終わる。


「ほな、また夕食で」

「うん、またね」


 てっきり壮大な口喧嘩から殴り合いにまで発展すると踏んでいた一真は肩透かしを食らった。思わず、新喜劇のように転けてしまいそうなリアクションを見せた一真は傍にいた詩織へ声を掛ける。


「あ、あの、喧嘩しないんです?」

「何言ってるのよ。喧嘩なんてご法度よ。決着をつけるのはリングの上。それが私達でしょ?」

「なるほど……」


 学生同士の小競り合いは多々あるが、一真の想像しているような異能を使った喧嘩はご法度どころか警察沙汰である。運が悪ければ、そのまま逮捕されることもあるのだ。

 そもそも市街地で異能を使えば警察沙汰なのだから、よほどのバカでもない限りは喧嘩などしないだろう。


 第二異能学園の選手たちを見送った一真達は、学園対抗戦の受付本部へ向かい、選手の登録を行った。これでやるべきことは終わったので一真は一人ホテルの外へ向かい、近場を散策に向かおうとする。

 しかし、一真を一人にしてはおけないと楓がついていく。同じく一年生である烈王もついていくかと思えば、彼は普通に単独行動である。納得のいかない一真は抗議の声を上げた。


「異議ありッ!!!」

「却下」

「なぜッ!?」

「一真は一人だと迷子になるから」

「そうだったのか……ッ!」

「じゃあ、行こ」


 本人でさえも知りえぬ事実に驚愕する一真の手を引っ張って楓はホテルを出て行く。反論も異論も文句も言わずに一真は手を引かれて楓の横を歩く。もうどこからどう見てもデートにしか見えない。しかし、本人達は付き合っていない。もう一度おう。二人は付き合っていないのだ。


「どこ行くん?」

「分からない。一真はどこ行きたい?」

「アキバ」

「アキバ? そこに何かあるの?」

「かつて、オタクの聖地と呼ばれた場所なんだ。ただ、今はイビノムによって破壊されたから普通の歓楽街のはず」

「エッチなお店があるってこと?」

「まあ、それもあるけど普通に遊ぶ街って感じ? 日本で一番大きいゲーセンがあるらしいよ。クレーンゲームが百種類もあるとか」

「へ~。それは面白そう」

「でしょ! 行くっきゃないっしょ!」

「うん。行こう!」


 と言う訳で二人は夕食までの時間をアキバにあるゲームセンターで過ごす。一真はクレーンゲームでムキになり散財するのは当然のことであった。彼はギャンブルで身を滅ぼした男。クレーンゲームで熱くなるのは目に見えていたはずだ。

 それでも男には引けない時がある。可愛い女の子におねだりされた時だ。悲しいが男とは単純な生き物である。特に一真は顕著だ。テンションとノリだけで生きているような一真は楓に頼まれれば断りはしなかった。


「ふぐぐぐぐ……」

「一真……」


 ショーケースの向こう側に悠然と佇む猫のぬいぐるみ。可愛くデフォルメされた猫のぬいぐるみを一真は必死になって取っていた。

 見守る楓は念力で手助けしようかと考えたが、自分の為に真剣な顔でクレーンゲームに挑んでいる一真の邪魔をしてはいけないと固唾を飲んで見守っていた。


 出来る事なら彼の全財産が無くなるまで手助けしてあげた方がいいだろう。すでに二千円が一真の財布から消えていた。


「ハア……ハア……ッ!」


 これほどの緊張感に包まれたのはいつぶりだろうか。向こうの世界で魔王軍の幹部と戦った時以来だろうか。久しく感じる高揚感と焦燥感に一真は笑っていた。


 毎度、毎度、彼はくだらないことで盛り上がっている。ある意味で羨ましい思考回路をしていた。


「うおおおおおおおん……うおおおおおおおん……」

「一真…………」


 五千円が消えた。神も仏もいなかった。いたのは憎たらしい猫のぬいぐるみである。一向に取れる気配もない一真を見かねた店員がくれたのだ。その値打ちは恐らく五千円もしないだろう。知りたくもない現実だ。一真は目を閉じた。


「……こうなったら仕方がない。使いたくなかったが、この手を使おう!」

「何するつもり?」

「アリシアに電話して金の無心」

「…………」


 流石の楓も正気か、こいつと言う目で一真を睨んでいた。いたたまれなくなった一真は携帯を閉まって誤魔化すように下卑た笑みを浮かべた。


「えへへ……」

「サイテー」

「はうッ……」


 容赦のない一言に一真は胸を押さえて倒れた。そもそも、いくら親しいからと言って金の無心をするような男を女性である楓が快く思う訳がない。しかも、相手の好意につけこんでなど言語道断である。


 その後、ゲームセンターを後にした二人は適当にアキバの街を散策する。これといったものこそないが他愛もないを会話を交わしながら二人はぶらぶらと歩いていた。


 なぜか、手を繋いでいる。楓は片手に猫のぬいぐるみを抱き、空いている手で一真と手を繋いでいた。

 一真も普段と変わらない顔だ。恥ずかしいという感情がないのかと疑いたくなるくらいだが、彼は異世界で仲間の女性陣に勝手にうろつかないように手を引かれていたこともあるので抵抗感が一切ない。


 つまり、バグっているのだ。羞恥心が。


「あの二人、カップルなのかしら?」

「うふふ。いいわね~。ザ・青春って感じよね」

「彼女可愛いな」

「付き合ってるのか? なんていうか犬を連れているみたいな感じだけど……」


 アキバの街を行き交う人々が二人の微笑ましい光景を見詰めて、色々と感想を吐いていた。カップルに見えれば、主人がペットを連れているようにも見えると様々な意見が出ている。


 確かに楓はアキバの街を見向きもせずまっすぐ前を向いて歩いているのに対して、一真はやはり物珍しいのか先程からキョロキョロと首を動かしては忙しそうにしている。その姿を見ると、カップルというよりは主人とペットという関係の方がしっくりくるだろう。


「ねえねえ、槇村さん! あそこに行ってみない?」

「ダメ。もうそろそろ夕食の時間」

「少しくらい遅れても平気だって!」

「今日は他の学園のメンバーと顔合わせもあるから遅刻はダメ」

「そうなの?」

「そう。ただ、支援科のメンバーは別に必要ない」

「じゃあ、俺は一人で遊んでるよ!」

「ダメ」

「なんで!?」

「一真は迷子になってホテルに帰れなくなるから」

「そのネタはまだ続いてたんか!」

「あと、一真は美女にナンパされたらホイホイついて行きそう」

「それは否定できないな!」


 ドヤ顔で胸を張る一真に楓はムッと眉を顰めると、念力で彼の頭を締め上げた。


「あががががががッ!!!」

「都会は怖いよ? 美人局つつもたせとかにあったらどうするの?」

「心配してくれるのは有り難いんだけど、その前に脳みそがぶちまけそうなんだ!」

「大丈夫。まだ弾けない」

「輪ゴムスイカチャレンジみたいになっちゃうからやめてー!」


 悲惨な未来しか見えない。ここで止めなければ一真の頭は大惨事では済まない。


 やっとの思いで解放された一真は頭の形が変わってないかを確かめる。何度も念力で締め付けられている一真の頭は変形していてもおかしくはない。


「よかった。なんともない」

「そんな簡単に変わらないよ」

「でも、俺、アリシアにも槇村さんにも宮園さんにも散々頭を締め付けられてるから、そろそろ変わっててもおかしくはないよ?」

「そう言えばそうだったね」


 少なくとも一真は三人の女性からアタックされている。勿論、恋愛的な意味も含まれているが、大体が物理的な意味合いが強い。むしろ、物理的なアタックしか受けていない。ただ、一応アリシアからは投げキッスや頬にキスなどと言った求愛行動は受けているので、何とも言えない。


「ところで一真」

「なに? どうかした?」

「なんでアリシア・ミラーだけ名前で呼び捨てなの?」

「え? そう言われたからだと思うけど……」

「なんで自信ないの?」

「ごめん。実はよく覚えてないんだ。俺から名前で呼び始めたのか、向こうから呼んでと言われたのかを」

「ふーん……」

「どったの?」


 妙な空気になった。その時、一真の脳裏に一筋の光が走った。


「(ハッ! この感じは向こうでも感じたやつ! 間違えれば死! 考えろ、皐月一真! ここで俺は正解を導き出さないといけないんだッ!)」


 カッと目を大きく見開く一真はたった一つの答えを導き出す。


「か、楓さん?」

「……ん」


 雰囲気が変わった。一真は自分の答えが間違っていなかったことを知り、内心ガッツポーズをするのであった。

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