第48話 お守りにはアレを入れるよね

 児童養護施設アイビーへの魔法陣刻印作業が終わった一真は穂花たち、アイビーの職員及びに子供達と夕食を共にしていた。

 山盛りに積まれているから揚げを一真は子供達に負けじと取り皿へ取っていく。当然、大人げない一真に穂花が拳骨を落とす。


「いい? 自分が好きなものでも他の子にあげることの出来る優しい子に育ちなさい。このお兄ちゃんのようになりたくなければね」


 たんこぶを生やし、机に突っ伏したまま沈黙している一真を見て子供達はブンブンと何度も首を縦に振っている。実に素晴らしい光景である。立派な例えが目の前にあるのだから、子供達は深く心に刻んだのであった。


 夕食を済ませた一真はアイビーの玄関先にいた。既にたんこぶは完治しており、驚異的な回復速度を子供達に披露し、尊敬の念を集めていた。


「じゃあ、母さん。俺は帰るよ。なんかあったら、電話して」

「わかったわ。気を付けて帰りなさい」

「それじゃあ、また」


 片手を上げて一真はアイビーから去っていく。その後ろ姿を穂花はずっと見ていた。見えなくなるまで穂花は一真が消えていった方向を見続けるのであった。


 帰り道、一真は百均ショップに寄り、裁縫セットを購入する。アイビーには魔法陣を刻んだが、友人知人はまた別なものが必要であると判断したためだ。


 寮へ帰ってきた一真は監視カメラに見られながらも関係なしにお守りを作っていく。

 監視カメラで一真の動向をチェックしていた三人はチマチマとミサンガやお守りを作っている一真を見て、不思議そうに首を傾げていた。


「お手製のお守り? もしかして、学園対抗戦の願掛けでしょうか?」

「ふむ……。器用だな」

「え~……。裁縫も出来るってなんかいいわね。こう、グッとくるわ」


 休むことなく一真はお守りを作りためる。クラスメイト分は作っておきたかったが、そこまで仲良くはないので一真はいつもの面子に呉羽の分で四つほどお守りを作り上げた。


「……う~ん、宮園さんたちの分も作っておくか」


 どうしようかと悩んだが、クラスメイトよりも友好が深いのでアリスや楓をはじめとした戦闘科の友人たちの分まで一真はお守りを作り始めた。

 一真が作っているお守りは簡易的な結界を展開させるものだ。生半可な異能では決して破ることの出来ない代物である。


「桃子ちゃんの分も作っておくかな!」

「…………気づいてませんよね?」

「監視カメラに気がついてるのか?」

「意外と仲がいいのかしら? でも、何の報告も聞いてないけど……?」


 と言いつつ、一真は裁縫道具を仕舞い、大きく伸びをした。


「うう~ん! やっぱ、や~めた!」

「…………どうせなら作ってくださいよ!」

「東雲……」

「桃子ちゃん……」


 憐れ。二人はそう思った。一真は恐らく友人知人の為にお守りを作っていたのは数を見ればわかる。つまり、そう言う事だ。一真は桃子の事を友人とも知人とも思っていない。それがわかってしまった二人は不憫そうに桃子の名前を呟いたのである。


 結局、一真は本当に桃子のお守りを作ることはなかった。


「え? フリじゃなくて本当に作らないんですか!?」


 監視モニターを思わず殴りたくなる桃子であったが怒ったところで虚しいだけであった。


 ◇◇◇◇


 翌日、一真はお手製のお守りを友人たちへ配った。何故にお守りをと友人たちは首を傾げて一真を見る。


「必勝祈願や」

「いやいや、それならお前か選手の人が持っておけよ!」

「伊吹君の言う通りだよ。こういうのは出場選手が持つべきものでしょ?」

「いや、これは応援してくれる皆に持ってもらう事で効果を発揮するタイプなんや。だから、頼むわ」

「なんで関西弁? てか、お母さんから止められてたよね?」

「ごめん。母さんには内緒にしといて」


 なんとか頼み込むことで一真は幸助たちにお守りを渡すことに成功した。しかし、改めて言われると確かに必勝祈願のお守りなど自分か出場選手が持つべきだろうと、そこまで考えられなかった一真は自身の浅慮さを呪うのであった。


 支援科の友人にお守りを配り終えた一真は携帯端末で戦闘科の友人へ連絡を取る。ワンコールでアリスが電話に出た。思わず、驚いた声を出してしまう一真。


「わッ!」

『ああ? 何驚いてんだよ! 電話かけて来たのはそっちだろ!』

「いや、まさかワンコールで出るとは思わなかったから」

『丁度、携帯を弄ってたんだよ。それで何か用なわけ?』

「うん。お守りを作ったから貰ってくれない?」

『お守り? 今度の学園対抗戦に向けての?』

「そうそう」

『なんで自分で作ってんだよ。てか、それならアタシ達じゃなくて選手に配ってやれよ』

「正論……ッ!」


 アリスの言う事はもっともである。出場選手に配るのが、やはり普通というものだろう。


「たくさん作って余ったから持っててほしいんだ……!」

『はあ……。わかったよ。後で取りに行く』

「いや、それは悪いから俺がそっちに行くよ」

『わかった。来る前に連絡入れろよ。支援科の奴が……まあ、お前はいいか。別枠みたいな扱いだし』

「珍獣みたいな感じ?」

『そうそう。よくわかってるじゃないか!』


 電話越しから聞こえてくるアリスの愉快そうな笑い声。しかも、恐らく彼女の電話を聞いている者達もいる。複数の笑い声を聞いて一真は他に誰かいるのかを尋ねた。


「他に誰かいるの?」

『ん? ああ、槇村や二階堂が傍にいるよ』

「なる……。とりま、昼休みあたりに持っていくね」

『分かった。待ってる』


 電話を切って一真はポケットに携帯端末をしまう。そして、一度だけ桃子の方を見た。彼女はいつものように読書をしている振りをしながら、一真の内心を読んでいる。


「(悪いな、桃子。お前の分はないんや)」

「(わかってます)」

「(お前はのび〇枠なんや……。ドラ〇もんにでも泣きついてくれ)」

「(なッ!? まさか、それだけの理由で私の分を作ってくれなかったんですか!?)」

「(そもそも俺等友達ちゃうやん?)」

「(ぐむッ……。言われてみれば最初に近付いて以降は距離を離してますね……)」


 桃子は一真の監視任務に就いてすぐは接触を試みたが、彼の下ネタ攻撃に加えてこちらの内心を見透かしたような心の声に翻弄されてしまい、距離をあけている。

 それに毛嫌いしていた時もあり、訓練の最中に思わず不満を口走ってしまう事も多々あった。そのおかげで一真との距離は縮まっていない。


「(まあ、いいです。露骨に避けられてはいないので問題はありません)」

「(俺は学園対抗戦に行くけど、お前はお留守番やな! ガハハハハハハ!)」

「(はいはい。そうですね~)」

「(……桃子が動揺していない?)」


 ペラ、ペラ、とゆっくりページをめくる桃子は一切動揺していない。いつものように一真は桃子の読心を逆手にとって、彼女をからかっていたのに動揺する気配はなかった。


「(ま、負けた……)」


 謎の敗北感を覚えた一真は心の中で膝を着くのであった。


 ◇◇◇◇


 昼休みになり、一真は朝にアリスたちへお守りを渡しに行くと伝えていたので、昼食を手早く済ませてから戦闘科の教室へと向かった。

 支援科と戦闘科の教室は離れているので会いに行くのも手間である。もう少しどうにかならなかったのかと一真は愚痴を零すが、これには理由がある。

 戦闘科の生徒が支援科の生徒に危害を加えないようにするためだ。効果は微妙ではあるが、遠くの教室に行くことを考えると面倒になって踏みとどまる生徒もいるので効果がないわけではない。


「ちわーっす。三河屋でーす」


 ド定番のネタを口走って一真は戦闘科の教室へ足を踏み入れた。当然、注目の的である。一真の事を知っている者もいれば、知らない者もいる。彼等彼女等は突然現れた一真に目を丸くしていた。


「おい、一真。お前のノリはたまに寒いときあるからやめた方がいいぞ」


 そう言って近づいてくるのはアリスと楓とマリンであった。マリンは微妙そうな顔をしており、楓に至っては真顔である。盛大に滑ってしまった一真は顔を赤くして両手で隠した。


「そんな……」

「全く……。それでお守りは持ってきたのか?」

「ああ、うん。これ」


 ポケットに入れていたお守りを一真は取り出してアリスたちに見せた。


「へ~……。これ、もしかして手作りか?」

「正解! 俺のお手製です!」

「中に何を入れてるんだ?」

「陰毛」


 冗談であるが一真の言葉は流石に品がなかった。最低なワードを聞いたアリスは一真の顔面を掴んで持ち上げる。


「あがああああああッ!」

「一真。お前は確かに凄い奴だけど、凄い馬鹿でもある。お守りがお手製って聞いて凄いとは思ったけど……なんてもん入れてんだ、この大馬鹿はッ!!!」

「童貞の陰毛なんて負けそう」

「はうあッ!!!」


 アイアンクローを喰らいながら一真は楓の慈悲もない一言で完全に撃沈した。


「ちょ、楓! 女の子がそんなこと言っちゃいけないって」

「なんで?」

「な、なんでってそれは……下品だからだよ!」

「陰毛くらい誰にでも生えてるんだから下品なんかじゃないよ」

「そういうこと言ってるんじゃないんだけどな……」


 一真がアイアンクローからコブラツイストを掛けられている間、楓とマリンは呑気に話していた。誰も一真を助けようとしない。もっとも、一真はノーダメージである。


「処女の陰毛の方が効果ありそうじゃない?」

「楓ッ!!!」


 そのような風習があったのは確かだ。しかし、今では見かけることはないだろう。一真もネタとして知っているだけで詳しい事を一切知らない。ただ、言葉のチョイスを間違えたのは確かである。


「アリスちゃん! 陰毛って言うのは冗談だから!」

「誰がアリスちゃんか!」

「うごごごごご!」


 もはや、お馴染みとなっているアリスのアルゼンチン・バックブリーカーを一真は決められている。技を受けながらも一真は割と余裕なので誤解を解こうとしたが、余計なことを口走ってしまい、さらにきつく締め付けられた。


 ようやく解放された一真は持ってきたお守りの封を解いて、中に入っていたものを取り出した。


「こういうのが中に入ってるんだよ……」

「なんだこれ?」

「一種のおまじないみたいなもん。この紋様は必勝のお祈りなんだよ」

「ふ~ん……」


 お守りの中に入っていたのは一真がメモ用紙に書いた魔法陣である。勿論、彼女達は知らないので一真は適当な嘘をついて誤魔化した。


「まあ、一応貰っておくけど……これには何もしてないよな?」

「何もしてないって。さっきのは本当に冗談だから」

「それならいいけど……」


 先程の発言もあり、彼女達は疑いの目を一真に向ける。流石にそれはないと一真は断言し、彼女達も信じることにしてお守りを受け取るのであった。


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