第47話 ちょいと野暮用があってね……
学園対抗戦の参加が決まった一真は、その事をクラスメイトに話していた。いつもの面子に加えて、今では学園祭の時に仲良くなった委員長こと兵藤呉羽に学園対抗戦の旨を話している。
「へ~。確かに皐月君って支援科らしくないもんね~」
「そうだな。一真なら選ばれてもおかしくはないもんな」
「今年の開催場所は確か第一エリアだっけ?」
「前年度の優勝校のエリアだな」
「まあ、大体、いつも第一異能学園か第二異能学園が優勝争いしてるもんね」
「向こうは強い異能者多いからね~」
「今年は第一学園が優勝候補。てか、初の三連覇がかかってる」
「あ~、剣崎宗次先輩だよね。あの人、滅茶苦茶強いもんね。一年生の頃から出場してて、まだ負けたことがないんでしょ?」
「うん。異能を二つ持ってて、身体強化と模倣なんだけど、模倣は制限があるけど複数の異能を使えるらしくて、凄いんだって」
などなど、暁や太一、幸助、呉羽といったメンツが学園対抗戦について盛り上がっていた。その会話を少し離れた所から聞いている桃子はいつものように一真の内心を読んでいた。
「(学園対抗戦に参加するだけで期末テストも冬休みの課題もなくなるなんて最高だ……。出来れば来年も参加したいわ)」
「(なんだか普通ですね……)」
日頃、下ネタばかりなので桃子も感覚が麻痺していた。至って普通な心の声に桃子はつまらないと感じていたのだ。彼女も大分染まっているのは間違いない。良くも悪くも一真の影響を桃子は受けていた。
「いつから移動するんだ?」
「十二月の頭には移動するらしい。事前の打ち合わせと参加者だけのパーティとか色々あるらしいから」
「へー! そうなんだ。なんだか本当にオリンピックみたいね」
「学生にとってはオリンピックでしょ。各学園から代表者を募って覇を競い合うんだから」
「確かに!」
ケラケラと笑い合う一真達。何事もなく平穏な光景。しかし、そこに一人だけ影が差す者がいた。一真は気が付かない。ごくありふれた光景の中に落ちた影を一真は見落とすのであった。
◇◇◇◇
学園対抗戦に出ることになった一真はそのことを母親である穂花に報告することにした。放課後、一真は児童養護施設アイビーへと赴き、穂花へ会いに行く。
「ちーっす」
「あら、一真くん」
「うっす。
「お疲れ~。今日はどうしたの? ついこの間も来てたけど、もしかして穂花さんに会いに?」
「そうです。お母様に会いに来たんす。ちょいと、報告とやる事があって」
「あら、そうなの? 穂花さんなら今は奥にいるけど、話があるなら呼んできましょうか?」
「いえ。陽向さんのお手を煩わせるわけにはいきません。てか、そんなことしたらお母様に拳骨もらいます」
「ふふ、確かにそうね。穂花さんなら、『この愚息め、陽向の手を煩わせるんじゃない!』 って言いそうだもんね」
「ですです。と言う訳でお母様のところに行ってきますね」
「は~い」
アイビーで働いている陽向に挨拶をした後、一真は奥の方で仕事をしている穂花のもとへ向かう。
事務処理をしている穂花のもとへ一真がやってくる。彼女は一真の顔を見て、書類をしまい口を開いた。
「何をしにきたのかしら?」
「ちょいと報告があって」
「報告? 電話じゃダメなの?」
「電話でもよかったんだけど、ちょっと第七エリアから第一エリアに行くことになったから、野暮用を済ませておこうと」
「詳しく話しなさい」
一真は学園対抗戦に出ることを穂花に話し、しばらくの間、第七エリアから第一エリアに滞在することを伝えた。
「なるほどね。学園対抗戦ね。それで、済ませておきたい野暮用って?」
「この際だから話すけど、俺が紅蓮の騎士なんだよね」
「今更ね。知らないとでも思ったの?」
「いや、念の為って言うか一応確認のため」
「あっそう。それが今回の件と関係あるの?」
「うむ」
ガシっと顔面を掴まれる一真。どうやら言葉遣いがいけなかったようだ。
「うむ、じゃないでしょ? うん、か、はい、でしょ?」
「はい……」
「よろしい」
解放された一真はほっぺをムニムニとしてから話をつづけた。
「それで、ちょっとおまじないをしておこうと思うんだ」
「おまじない?」
「あッ、今更なんだけどここには流石に盗聴器とかないよね?」
「ないわよ。私が破壊したもの」
「はわわ……。お母様、それは大胆過ぎる」
「人の家に盗聴器を仕掛けるような真似を天下の国防軍がするとは思いもしなかったわ。だから、それを証拠に突き出して黙らせてやったわ!」
「か、かっこいい……」
普通なら国防軍も黙ってはいないのだが、穂花の胆力と彼女を慕う者達が国防軍に盗聴器のことを公表すると脅したので黙るしかなかったのだ。そのため、アイビーには何も仕掛けられてはいない。
「話は戻すけど、ちょっとおまじないを仕掛けるから絵具とか借りていい?」
「構わないわ。何をするか見ていてもいいわよね?」
「見ていてもいいけど、地味だしつまらないよ」
「紅蓮の騎士が何をするか気になるじゃない」
と言う訳で一真は子供達の絵具を借りて穂花と一緒にアイビーの外へ出る。中庭ではなくアイビーの外へ出てきた二人。穂花はどうして外へ出て来たのかと一真に尋ねる。
「どうして外に出てきたの?」
「中庭でもよかったんだけど、とりあえず建物全体を覆えるようにしたいから」
「建物全体? 一真、何するつもり?」
「まあ、見てて」
そう言うと一真は子供達から借りた絵具道具を使ってアイビーを囲っている外壁に絵をかき始めた。いきなり、この馬鹿は何をするのかと穂花は拳を繰り出そうとしたが、一真は見ててと言ったのだ。ならば、今は大人しくしておくべきだろうと彼女は拳を引っ込めた。
さらさらと一真は壁に幾何学模様を描いていく。傍から見ればただ落書きしているようにしか見えないのだが、一真は異世界帰りの勇者である。彼が描いているのは異世界で学んだ魔法陣だ。
絵具には予め魔力の素となる一真の血が混ざっている。その為、問題なくこの世界でも発動できるようになっていた。
「よし、これでいいかな」
「一真。説明してくれるかしら? 言っておくけど、これがただの落書きだったら分かってるでしょうね?」
「大丈夫。おまじないって言ったでしょ? これは子供達を悪いものから守ってくれるお守りみたいなもんさ」
「ちなみにこれは消せるの?」
「ちょっと待ってて」
一真の言う通り、しばらくすると魔法陣は何もなかったように消えていった。
「消えたけど、これでいいの?」
「これでいいんだよ。刻まれたから、問題なく発動すると思う」
「発動って……。貴方、何を仕込んだの?」
「まあ、バリアみたいなもん。多分、避難シェルターよりも強固だから何かあった時はここに隠れていればいいから」
「それは便利ね」
感心する穂花はうんうんと頷いている。それから、一真は施設の中へ戻っていき、いくつかの魔法陣を描いていく。これで守りは完璧であろう。たとえ、世界最強と謳われている異能者でさえもアイビーを落とすことは不可能だ。
「とりあえず、これで終わりかな」
「見た感じじゃ分からないのね」
「そういう風にしたからね。全部、勝手に発動するから何もしなくて大丈夫だから」
「そう。ちなみにこれが紅蓮の騎士としての力なのかしら?」
「その一端かな。信じられないかもしれないけど、俺はトラックに轢かれて異世界に行ってたんだ」
「そこで色々と学んだのね。主に戦い方と戦う力を」
「ご名答。俺、こう見えても勇者だから」
「蛮勇のね」
「おおう……。否定できない」
「貴方のことならなんでもわかります。とはいえ、これは流石に予想外でしたけど」
「へへへ~」
「調子に乗るんじゃない」
天狗の様になっている一真の頭にチョップした。
「いてッ! すんません」
「貴方はそうやってすぐに調子に乗るから手痛いしっぺ返しが来るのよ? どうせ、異世界でも同じように調子に乗って酷い失敗でもしたんじゃないの?」
「ご明察通りです……」
一真は調子に乗って数え切れないほどのミスを犯している。その事を話すつもりはないが穂花には筒抜けであろう。勿論、詳細は分からないだろうが、それでも一真が一つや二つの失敗をしただけではないことは容易に見抜いていた。
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