第45話 パチンコは遊びです。のめり込みには注意しましょう
学園祭を終えた翌日、振替休日となっていたので一真は穂花に呼び出しをくらい、児童養護施設アイビーにやってきていた。
「はい、これ」
「なにこれ?」
「見て分からないのかしら、この
「いや、地図だってのは分かるけど……」
あまりにも簡略化され過ぎてて目的地が分からない。流石にこれを渡されても困るだけだ。
「分かってるなら聞かないでよ」
「いや、これじゃわからんて。普通に地図アプリとかで教えてくれたらいいじゃん」
「文句ばっかり言って! そんな子に育てた覚えはありませんよ!」
「お母様……。お願いだから真面目にやって」
「つまらないわね。もっと、ユーモアを持ちなさい」
「う~ん! おかあたまの息子だからね!」
「お母様とお呼び!」
と、いつもと変わらないコントを終えた穂花は一真の携帯にURLを送信した。そのURLを開いて一真は地図の場所を確認する。どこかの喫茶店だと言うことが分かった一真は穂花に質問をした。
「ここに実の母親こと、パパ活ママが来るの?」
「そうよ。自分達の事を性的消費されたと進化することの出来るモンスターママよ」
「とんでもない生態してるぜ……」
「ええ、厄介よ。ただじゃ死なないもの。しかも、奴らは保険をかけて録音、録画は絶やさない狡猾な生物よ。気を付けなさい」
散々な言いようである。まあ、穂花からすれば実の子を捨てた屑であるので致し方ないが一真は完全に便乗しているだけである。これから、会いに行くというのに少々問題な発言だ。
「お母様はついてこないの?」
「あら? もしかして、私がいないと寂しいの~?」
「いや、こういうのって保護者同伴じゃん」
「ちッ。つまらない模範解答してるんじゃないわよ!」
「酷い言われようだ……」
「まあ、ホントなら一真の言う通り、私が同伴してもいいんだけど妙な事言われるとぶっ飛ばしちゃいそうだからやめておくわ」
「う~ん! 容易に想像できてしまうから笑えるな! ガハハハハハハ!」
「ふん!」
バキィっと一真の頬に穂花の鉄拳が突き刺さった。
「ぐはぁッ!」
吹き飛ぶ一真は壁に頭をぶつける。
「いてッ!」
「全く、こんなに美しくて、こんなにお淑やかな母を笑うなんて悪い子ね」
「ソウデスネ」
頬に手を当てて憂いた表情を見せる穂花を見て一真は突っ込んだら負けだと思い適当に同意するのであった。
◇◇◇◇
穂花から教えて貰った喫茶店にやってきた一真は、早速入店すると全くサイズが合ってないピチピチのエプロンを着ているムキムキの
「……失礼しましたー」
命が危ないと判断した一真は即座に引き返す。しかし、ドアを開けて外へ出ようとした瞬間、首根っこをつかまれてしまい、逃げ出すことが出来なかった。
「こらこら、待ちなさい」
「すいません。勘弁してください。お金上げるんで命だけは」
「貴方、本当に穂花の息子ね」
「お母様を知ってるので?」
「ホントにお母様呼びさせてるのね……。ええ、そうよ。私は
「そこはかとなく不安でしかない……」
「一応、子供の頃には何度か会ってるんだけどね。一真くん」
と、人の首根っこを掴んで離さない隆子の話を聞いた一真はカウンター席へ座る。
「えーっと、改めまして。皐月一真といいます。よろしくお願いします」
「はい、よろしく。さっきも言ったけど、私は柳隆子。それでこっちのゴツイのが私の旦那、
「よろしく……」
玄三はとても渋い声であった。正直、一真は彼が怖いと言うよりも異世界での仲間を彷彿とさせてしまうので妙な親近感があった。性格は全く違うが。
「あ、さっきはすいません。つい、反射的に」
「大丈夫だ。気にはしていない」
「そっすか……。ちなみに訊きますけど、本当に?」
「……やはり、俺のような見た目は子供に嫌われるのだろうかと思ってる」
「圧迫感と威圧感が半端ないっすね。サイズの合ってないエプロン着てるムキムキマッチョマンがいたらビビリますよ」
「そうか……」
正直に答えた一真。ナイーブな性格というのは本当なのだろう。玄三は一真の言葉を聞いて、見るからにしょんぼりしている。
「こ~ら! ウチの旦那をあんまりいじめないで」
「でも、本当のことを言っただけですよ」
「ホントだとしても言わないのが賢い大人でしょ?」
「自分、ガキなんで!」
「くッ! 本当に穂花にそっくりな言い回しするわね」
「でも、まあ、玄三さんは嫌いじゃないですよ! なんだか親近感湧きますもん」
「なんで?」
一真の親近感が湧くと言う発言に隆子は首を傾げる。
「お、おお……」
子供には怯えられることが多い玄三は屈託のない笑顔を向けてくる一真に好意が湧いた。
そして、一真に手を差し出し、握手を求めると彼も差し出された手を握り返し、友情が芽生えた。
「なにこれ?」
わけの分からない光景に隆子はただただ困惑するばかりであった。
「もうそろそろ時間ね」
一真と玄三の間に友情が芽生え、談笑をしていると隆子が時計を見ながら呟いた。その呟きを訊いた一真は隆子に問い掛ける。
「時間ってなんのですか?」
「貴方の実の母親が来る時間よ」
「あー! そういえばすっかり忘れてましたわ」
「メインイベント忘れるんじゃないわよ……。覚悟は出来てる?」
「覚悟も何もいらんでしょ。実の母親って言ったって捨てた、捨てられた関係ですし」
「強いわね~」
「ちなみに一つ訊きたいんですけど、お母様がここを指定したのはもしかして俺の為だったり?」
「まあ、わかっちゃうか。そうよ。穂花がここを指定したの。何かあったら私たちが間に入れるし、何を話したかも報告できるからね」
「抜かりない……。さすが、お母様だ」
「あとは自分がいたら何するか分からないってのもあるわ」
「あ、それは今朝話しました。そのことを笑ったらぶん殴られましたけど」
「アハハハハ。変わってないわね~」
他愛もない話で盛り上がっていると時間がやってきた。一真は奥のテーブル席に案内されて、ココアを飲みながら母親を待つ。それから、少しして待ちに待った人物が喫茶店を訪れた。
「あ、あの、すいません。こ、ここにむ、息子がいると伺ったんですけど……?」
酷く緊張しているのだろうか、それとも玄三を見て恐れているのか、はたまたその両方なのかは分からないが震えている一真の実の母親こと
「話は聞いてるわ。こっちよ、ついてきて」
「は、はい!」
震えていた久美子を隆子が一真のもとへ案内する。奥のテーブルでまったりしていた一真の前に隆子とバッグを握り締めて固まっている久美子がやってきた。
「ここから当時者同士で話しなさい」
「はい。ありがとうございます!」
ペコペコと頭を下げた後、久美子は一真の前に座る。沈黙を貫く一真に久美子は緊張で頭が真っ白になり、何も話せないでいた。
「パパ活ママ、何も話さないの?」
ココアを飲み干して一真がカップを下ろしながら、久美子を一瞥した。会話を聞いていた隆子と玄三は一真のとんでもない発言に吹き出しそうになったが寸前のところで堪える。
久美子は一真の第一声があまりにも衝撃的で目を丸くしていたが、本当のことなので何も言えず下を向いてしまった。
「ん~……、なあ、パパ活ママ」
「あ、あの出来れば普通にママかお母さんって呼んでもらえないかな?」
「あ? 調子のいいこと言ってんじゃねえぞ。後にも先にも俺の母親は穂花母さんだけだ。アンタは俺を産んだだけの他人だ」
「うッ……ごめんなさい」
「正直、捨てられたことは恨んでもいないし、怒ってもいない。父さんはいないけど、俺には母さんを含め兄さん、姉さん、弟、妹が沢山いるからな。充分に幸せだよ」
「一真……」
「でも、そうだな。アンタには伝えときたい言葉はある」
「え……? 私に?」
「そう。産んでくれてありがとう。それだけ」
「あ、あ…………」
「そんで、まあ訊きたい事がある。どうして、俺を殺さなかったんだ?」
唯一気になったのは何故自分を身篭った時、堕ろさなかったのかという疑問であった。
パパ活をしていたなら邪魔でしかないだろうに、どうして生む決意をしたのかが分からない一真は久美子を問い質した。
「そ、それは…………」
「それは? 言えないわけじゃないよな?」
「…………」
少しの沈黙の後、久美子はその重たい唇を開いた。
「最初は堕ろすつもりだったの。でも、お金がなくて産むしかなかった。産んだ貴方を見て最初は憎かったわ。邪魔でしかないし、貴方さえいなければと何度も思った。でも…………腕に抱いた時、貴方が私の指を掴んで微笑んでくれたことが嬉しかったの。私の可愛い赤ちゃんって初めてそう思った。だけど、私には貴方を育てる自信がなかった。だから……」
「捨てたのか」
コクリと頷く久美子に一真は腕を組んで目を瞑った。ここで言うべきは恨み辛みなのだろうが自分は幸福であると既に伝えた。ならば、やはり言う事は一つだろう。
「まあ、なんだ。アンタの仕出かした事は悪いことなんだろうけど、その被害者である俺は今幸せな人生を歩んでいる。だから、やっぱり俺がアンタに言うのはありがとうだ。産んでくれてありがとう、母さん」
「ッッッ……! こんな、こんな私を母親と呼んでくれるの?」
「一回ぽっきりの限定だ、バーカ! これからはクソババアか、パパ活ママとしか呼ばねえよ!」
大笑いする一真に久美子は呆然としたが、息子なりの優しさに触れて涙を流す。ただ、やはりパパ活ママはやめて欲しいと思った。
「さて、クソババア。俺はこれで帰る。会計はパパ活で稼いだ金があるんだろ? 可愛い息子に奢ってくれ」
「も、もうパパ活はやってないわよ! 最初からここのお会計は私が出すつもりだったから」
「そうだったんか! 性懲りもなくパパ活で今の旦那を捕まえたんじゃないかと思ってたのに!」
「違うわよ! 今の旦那はスーパーのレジやってる時に出会ったの!」
「ほう! それは面白そうな話だな! 詳しく聞かせろよ、クソババア!」
「ねえ、やっぱりクソババアはやめてくれない? せめて、おばさんくらいにして欲しいんだけど?」
「寝言は寝てから言えよ! 自分の胸に自分が何やったか聞いて見やがれ!」
「うぐぅ……。ぐうの音も出ない正論」
「ハハハハ! 思い知ったか、クソババア!」
二人の様子を見守っていた隆子はこれなら心配はいらないなと穂花に心配無用とメールを送るのであった。
それから、小一時間ほど話し終えた二人は解散することになる。久美子が一真に今の家族に会っていかないかと提案するも彼はまた別の機会にすると言って断った。
「それじゃあ、俺は帰る。またな、クソババア。今の旦那さんに捨てられるような真似だけはすんなよ。流石に俺はお前を引き取らないからな」
「失礼ね! もう変なことはしないわよ! それより、今度はいつ会える?」
「さっきID渡したろ。俺は土日は基本暇だからそっちの都合が合う時でいい。後は平日の夕方以降な」
「わかった。それじゃ、またね、一真」
「ああ。妹と弟にはよろしく言っておいてくれ」
そう言って一真は先に喫茶店を出て行こうする。しかし、その前にもう一組挨拶をしなければいけない相手がいた。
「今日はご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、いいのよ。面白いもの見れたし。ねえ」
「ああ、そうだな。君は強いね」
「自分、最強っすから!」
「ホント、穂花の息子ね~」
「それじゃ、また今度ランチでも食べにきますわ」
「ええ。待ってるわ」
「最高のランチを用意しておく」
その言葉を聞いて満足そうに一真は笑うと喫茶店を後にした。残された久美子が会計に進み、隆子と少し言葉を交じあわせて彼女も喫茶店を出て行くのであった。
帰り道、一真は普段とは違う道を歩いていた。別になにか特別な気分とかそういうのではない。ただの気まぐれ。だが、それが面白い運命の出会いを手繰り寄せた。
たまたま通りがかったパチンコ屋から出てくる小汚いおっさんが一真の前で財布を地面に叩きつけて四つん這いになって吼えた。
その姿が妙に懐かしく感じ、一真は思わず声を掛けてしまう。
「よう、おっさん。大負けか?」
「なんだ、クソガキ! 喧嘩売ってんのか!」
「まあ、そう吼えるなよ。それより、これも何かの運命だ。名前教えてくれよ、おっさん」
「ああ! うるせーんだよ、クソガキ! ぶち殺されたいのか!」
「名前教えてくれたら一万円やるぞ?」
「ほ、本当か!? 嘘じゃないよな?」
「嘘じゃないさ。で、名前は?」
「
「……くくく、はーっはっはっは! いやー、まさかな。こんな所でこういう偶然もあるもんだな! ほれ、約束の一万円だ」
実の母親に再会したと思ったら、同じ日に実の父親に会えるとは思いもしなかった一真は皮肉な運命に大笑いである。
「お、おお! 貴方が神か!」
「神ではないが……親愛なる息子だ」
「おお! お? 息子? う~ん?」
何か重要な事を思い出せそうで思い出せない賢人に一真はパチンコに行くよう促した。
「ほれ、早く行かないとアンタの台が取られるぞ」
「そうだった! すまねえ、息子よ! 俺は勝負に行ってくる!」
「くく……。あんまり、深追いすんなよ。ギャンブルで破産は堪えるぞ」
「大丈夫だ! この一万円で勝つ! 勝ったらラーメンでも奢ってやるぞ、息子よ!」
「ハハハハハ! それは楽しみだ。またな、クソオヤジ」
「おう!」
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