第44話 お母さんですもの。息子の隠し事なんてお見通しです

 急いで教室へ戻ってきた一真達。教室の中は休憩に向かう前と同じように混雑していたが、その中で一際目立っているお客がいた。


「か、母さん!」

「「えッ!?」」


 驚く一真の目線の先には保母さんのようにエプロンをつけた女性が優雅に紅茶を飲んでいた。

 その女性は一真の声を聞いて目を動かす。ギロリと言わんばかりの視線に思わず一真は震え上がった。


「一真、こっちにおいで」

「は、はい……」


 魔女にも聖女の護衛にもふざけていた一真が物凄く素直に言う事を聞いているのを見たクラスメイトたちは彼女が母親だと言うのは本当だったのかと驚いている。そして、同時に一真の親だと知って少し心配になってきていた。

 あの破天荒な一真の親なのだから、きっと想像している何倍も危険な人物だと失礼な事をクラスメイト達は考えていた。


「母さんじゃなくて、麗しきお母様でしょ! バカ者ッ!!!」


 ドゴンッと鉄球が落ちたかのような音が鳴り渡る。先ほどまで優雅に紅茶を飲んでいた一真の母親が彼に向かって拳骨を落としたのだが、その衝撃は計り知れない。


「お、おかあたま、許して」

「お母様だって言ってるでしょ!」


 再びドゴンッと拳骨が一真の頭に炸裂する。殴られた頭を擦る一真は涙目である。


「お、お母様。その今日は何用で?」

「用がなきゃ息子の顔を見に来ちゃいけないの?」

「いえ、そのようなことはありません」

「まあ、大した用じゃないわ。貴方の母親が来てるのよ」

「……え? 母親って産みの母親のほう?」

「それ以外にいないでしょ」

「ああ、なるほど。でも、今更なんで?」

「そんなの私が知るわけないでしょう。でも、今は真っ当な人間になっていることは確かよ」

「え? パパ活ママが真っ当な人間になれたってホント?」

「そうよ。脱税パパ活クソ女からジョブチェンジしてるわ」


 言いたい放題である。確かにその通りなのだが、公けの場で口にするようなことではない。


「(皐月君のルーツが見えた気がする)」

「(一真のおかんで間違いないわ)」

「(お義母さまと仲良くなれるチャンス!)」

「(親子揃って口が悪かったんですね……)」

「(資料では見たことありましたが……血が繋がってないのが不思議なくらいですね)」


 桃子だけは一真が施設育ちであることを知っていた。彼女は渡されていた資料から一真の情報を知ってはいたが、育ての親である皐月さつき穂花ほのかのことは存在しか知らなかった。

 しかし、今目の前で繰り広げられている親子の会話を見て、一真の根底を作ったのは確かにこの人なのだろうと理解させられた。


「でも、なんで直接俺の所に来なかったんだ?」

「気まずいからに決まってるでしょ。だから、私というクッションを挟んだのよ」

「お母様はクッションじゃなくて天岩戸あまのいわとみたいなもんなのに……」


 一真の視界に火花が散ると同時にゴチンという音が教室に鳴り渡った。


「比喩表現も分からないのかしら? このバカ息子は?」

「これ以上バカになったらどうするんや!」

「似非関西弁を使うなって何度も言ってるでしょ!」

「おぶぅッ!」


 鼻っ柱に鉄拳制裁を喰らう一真は勢い良く吹き飛んでしまった。


 思わぬ光景に誰もが息を呑んだ。いくらなんでもやりすぎなのではと、固まっていたが一真は平然と立ち上がる。


「いてて……。お母様、流石に酷くない?」

「貴方が似非関西弁を使うからです。反省しなさい」

「鼻が折れてたらどうするの?」

「トラックに撥ねられても死ななかったのだから大丈夫でしょう」

「まあ、それはそうだけど……」


 鼻が折れていないかを確認している一真にも驚くが、それ以上に穂花のインパクトが強すぎる。本当に一真を女にして大人になったみたいだ。


「あ、あの皐月君。親子団欒おやこだんらんのところ、申し訳ないんだけど……まだお客さまいるからね?」


 呉羽に言われて一真もようやく気がついた。母親の登場に忘れていたが、今は学園祭の真っ最中なのだ。教室内には沢山のお客様が訪れており、一真と穂花のやり取りに目を丸くしていた。


「お母様! 謝って!」

「おほほほ。この度は愚息がご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんわ」


 穂花に頭を殴られて強制的に頭を下げる一真と上品に笑うがその凶暴性は隠しきれない穂花はそそくさと息子を脇に抱えて教室を出て行くのであった。


 嵐のように過ぎ去った二人にしばしフリーズしていたクラスメイトであったが、一真を連れて行かれてしまったことを思い出して大慌てだ。


「しまった! 皐月君連れてかれちゃった!」

「か、一真を助けなきゃ!」

「ヘイ、シャル! 追いかけるわよ!」

「え、ま、待ってよ、アリシア!」


 帰ってきたばかりのアリシアとシャルロットは二人を追いかけて教室を出て行ってしまった。戦力である魔女と聖女まで連れ去っていくとは本当に嵐のような二人だ。


 残った幸助や呉羽は騒然としている教室内を落ち着かせて、なんとかその場を乗り切るのであった。


 穂花に連行された一真は裏門の人気ひとけのない場所に来ていた。


「ここでなら話せるわね」

「お母様。俺を拉致する必要はなかったのでは?」

「まだ話す事があるから連れてきたんでしょう。そんなことも分からないのかしら?」

「話とは……?」

「貴方、最近色々とやらかしてるでしょ?」

「……はい」


 踏み込んだことは訊かないが、流石に穂花が勤めている施設にまで害が及ぶなら話をしないわけにはいかない。それゆえに彼女はここまでやってきたのだ。


「別に怒ってるわけじゃないの。貴方がどこで何をしていようと、貴方が元気ならそれでいいの。少々、やんちゃなのは昔からだけど」

「うっす!」

「褒めてません」


 愛の鉄拳制裁こと拳骨が一真の頭に炸裂する。目から火花を散らせる一真は苦悶の声を上げた。


「で、話は戻しますけど、最近私たちの周りに見慣れない人達がうろつくようになったのだけど……何か心当たりはないかしら?」

「色々ありすぎて困ってます」

「紅蓮の騎士関係でしょう?」

「どこまで知ってるんですか?」

「貴方が退院するまでお世話をしていたのは誰かしら?」

「麗しきお母様でちゅ……」

「隠したがる理由はわかります。ですが……貴方の間抜けさで子供達に迷惑がかかってるの」

「ようし! 政府滅ぼしちゃうぞ~!」


 腕まくりしをして意気ようように一真は物騒な事を言い出す。本当にそのまま有言実行してしまいそうなので穂花が首根っこを掴んで止めた。


「やめなさい」

「あい……」

「はあ~。貴方は本当に短気で短絡で間抜けなんですから……」

「申し訳ない。血がそうさせるのです」

「教育は間違っていないと思うんですけど……?」

「人の道は踏み外してませんから御安心を!」

「踏み外していたら、貴方が紅蓮の騎士だろうと白銀の騎士だろうと関係なく、この手で地獄に叩き落してあげるから安心なさい」


 ガクガクブルブルと震える一真は母の強さを知った。恐らく、冗談抜きで刺し違えてでも殺しに来るということは伝わったのだ。


「話を戻しますけど、貴方の母親が訪ねてきたの」

「会いたいと?」

「ええ。会って謝りたいと」

「ええ~……。特に思い出もないし、顔も知らないし、血が繋がってるけどほぼ他人ですやん……」

「実を言うと、貴方の母親からは寄付をいただいてます」

「わお!? マジ!?」

「マジです。毎月小額ですが貴方が生まれてからずっとです」

「なのに、捨てたんか! なんてこったい!」

「罪滅ぼしでしょう。それに、なんだかんだ言ってもお腹を痛めて産んだ子です。憎いところはあっても愛していたということです」


 真相は分からない。一真は施設の前に捨てられた。それが良心によるものなのか、保身のためなのかは訊いてみない限りは分からないだろう。

 しかし、少なくとも穂花の話を聞く限りでは一真の事を憎からずも思っていたのは嘘ではないのかもしれない。


「あと、貴方にはチ〇コ違いの妹と弟がいるわ」

「言い方! お母様、下品ですわ!」

「あら、失礼。貴方の母親は再婚して家庭を持っているの。で、二人の子を授かっているわ」

「衝撃の事実! 俺には血を分けた妹と弟がいるんか!」

「まだ小さいけれどね」

「いくつなん?」

「妹さんが六歳、弟さんが三歳ね」

「ふむふむ……ママは何歳なんや?」

「貴方を産んだのが十七歳の時だから、今は三十三歳よ」

「おおう! 参観日があったら、お母さん若いね! って言われそう!」

「私が若くないと?」

「あだだだだだだッ! 麗しきお母様はいつ見てもお若いです!」


 頭をわし掴みされて持ち上げられる一真はバタバタと足を動かしながら、必死に穂花のご機嫌を取った。


「ふう……。それでどうするの?」

「どうするとは?」

「会うの? 会わないの?」

「う~ん……」


 解放された一真は実の母親に会うのかどうかと問い質される。正直言って、どうでもいいというのが一真の本音だ。もう高校生である上に異世界で三年も過ごした一真は精神が成熟しているとは言いにくいが、普通とは違う。それゆえにドライな思考になっており、会う必要性を全く感じていない。


「実を言うと貴方と会わせてほしいって何度も言われてるのよ」

「え? もしかして、ずっと前から?」

「そう。貴方がまだ小さかった頃は私が断っていたけど……もう貴方も高校生でしょ。だから、貴方の意見を訊こうと思って今日は会いに来たの」

「あー、なんで電話じゃなかったのか気になったけど、そういうことだったのか」

「ええ、そう。いつの間にか、嘘を吐くのが上手になっていたから、直接会って話した方がいいと思ったの」

「つまり、俺が嘘を吐くのを見抜けるわけなんですね?」

「当たり前じゃない。何年貴方の親をやってると思ってるの」

「ごもっともです。で、話は戻るけど、実の母親と二人で会うの?」

「そうよ。会うのなら私が話をつけておきます」

「そっかー……」


 少しだけ悩んだが、会ってみるのもいいかもしれないと一真は考えて穂花に伝える。


「分かった。会ってみるよ」

「じゃあ、向こうにはそう伝えておくわ」

「頼んます」

「それじゃあ、私は用事も終わったから帰るわね」


 そう言って穂花が踵を返し、背中を向けようとした時、一真が呼び止める。



 先程よりも少しだけトーンを落とした一真の真剣な声。その声を聞いた穂花は一真に顔を向けて次の言葉を待つ。


「もしも、困ったことがあったらいつでも呼んで。恥も外聞も世間体もなにもかも無視してすっ飛んでいくから」


 ニカッと子供の様に笑う一真を見て穂花はしみじみ思う。変わらない笑顔。でも、大きくなったなとほんの少しだけ寂しく思う穂花は笑って誤魔化した。


「ふふ。そうね。その時はでも呼ぶとするわ」

「ヒーローかどうかはわからんけど、愛息子が助けに行くわ!」


 血のつながりはないが、それでも十六年ずっと一緒にいたのだ。二人の間には確かな親子の絆があった。


 帰り道、子供達へのお土産を両手に抱えて歩く穂花はぽつりとつぶやいた。


「大きくなったなー。悪ガキだったあの子が……」


 こうして、波乱万丈の学園祭が終わった。


 この日、第七異能学園で一真達のクラスは歴代最高の売り上げを叩き出したが、聖女や魔女に円卓の騎士を呼んだのは反則だと大クレームを受けたが、一真の一言によって黙らされた。


「うるせーッ! 運も実力の内と言うように俺の人脈、人徳も俺の力じゃい! 文句があるならお前等も呼んでみやがれ!」


 そう言われると強く言えないのでクレームを入れていた生徒達も黙るしかなかったのである。


 ちなみに打ち上げに魔女、聖女、円卓の騎士が来て、クラスメイトがパニックになったが今宵限りの宴だという事でおおいに楽しんだのであった。

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