第43話 なんだアイツ!? 女二人を侍らせてやがる!

 アリシアが演劇を見に行きたいというので一真は二人を連れて演劇が行われている体育館へと向かう。


 体育館へ着くと、そこでは多くの観客が壇上で行われている演劇を見入っていた。

 しかし、一真達が来たことにより、その視線は別の方向へ向けられることになる。

 演劇を見ていた一部の人間がアリシアとシャルロットを見つけて友達に教え、そちらへと視線を向ける。その反応に釣られて周囲の人間が同じ方向を振り向き、聖女と魔女の登場の会場が沸いた。


「まあ、こうなるか……」

「一真。アイツ等、ぶっ飛ばしてもいいの?」

「ダメ。死んじゃうから」

「シャルがいるから平気だよ~」

「う~ん……」


 そう言われると騒いでいる迷惑な客だけならアリシアに念力で飛ばしてもらってもいいかなと悩み始める一真は腕を組んで唸っていた。


「あ、あの……流石にダメですよ?」

「「え~~~!」」

「なんで皐月さんも残念がってるんですか!?」

「いや、もう半分くらい乗り気だったし……」

「乗り気にならないでください……」

「シャルのケチ~」


 ぶーぶー文句を垂れているアリシアにシャルロットは大きくため息を吐いてしまう。出来れば、もう少し大人しくしてもらいたいのだが、アリシアの性格上それは無理だろう。シャルロットは諦めるしかなかった。


「しかし、こうも注目されると面倒だな……」

「やっぱり、ぶっ飛ばしましょう!」

「だから、やめてください……」


 演劇を見に来たのだが、かえって邪魔になってしまった三人。壇上では観客の視線が一真達に向けられているのをよくは思っていないだろう。はっきり言って、三人は害悪な存在だ。どこかへ行って欲しいと思っているに違いない。


「う~ん……。なあ、アリシア。多分、俺ら劇の邪魔になってるから余所に行ったほうがいいかもしれん」

「え~……でも、演劇見てみたい」


 上目遣いで懇願してくるアリシアに一真もどうにかしてあげたいと思うが、やはりこの衆人環視の中では居心地が悪い。


「また来年がある。それで我慢してくれないか?」

「む~……。来年も一緒に回ってくれる?」

「ああ。来年も一緒に学園祭デートしよう」

「じゃあ、それなら今回は我慢する!」


 イチャイチャするなら余所でやってくれと言わんばかりの視線を浴びながらも一真は平然とアリシアを口説き落とした。勿論、交際しているわけではない。


 すぐ傍で見ていたシャルロットはドキドキしていた。もしかして、自分も同じように口説かれてしまうのかと。今か今かと待ち侘びていたが、ついぞ彼女の出番は来なかった。


「わ、私には……?」


 彼女の呟きは観衆の声にかき消されてしまい、一真とアリシアの耳に届くことはなかった。友人であるのに、何のお誘いもないシャルロット。彼女は寂しそうに俯いていた。


「何やってるの、シャル? ほら、行くわよ」


 立ち止まっていた彼女に手を差し伸べるアリシア。シャルロットはその手を見て、アリシアの顔を見詰める。


「何よ、ジッと見たりして」

「いえ、なんでもありません」

「シャルロット」

「はい?」


 訝しむように眉を寄せるアリシアに代わって一真がシャルロットの名前を呼ぶ。


「また来年来ような」


 狙ったやったわけではない。一真はただシャルロットもアリシアと同じように演劇が見れなくて落ち込んでいるのだろうと思っていただけのこと。そう思って声を掛けたのだが、それが正解であった。


「は、はい!」


 パアッと笑みを浮かべてシャルロットは一真の腕に抱き着いた。よかった。自分も誘ってもらえたと嬉しそうにシャルロットは一真の腕を抱きしめるのであった。


「あッ! 何、どさくさに紛れて一真に抱き着いているのよ!」

「と、友達だから少しくらいはいいじゃないですか!」

「む! そう言われると……仕方ないわね! でも、右腕は私のなんだからね!」

「どっちも俺の腕じゃい」


 結局、三人は演劇を見ることが出来ずに体育館を後にした。一真が両腕にアリシアとシャルロットを抱いて歩いていったという、少しだけ誇張された噂が出回ることになった。


 ◇◇◇◇


 体育館から移動した一真達は正門前の通りでやっている屋台に移動していた。両端に並んだ屋台を一真達は見回しながら歩いていく。


「ねえ、一真! クレープがあるわ!」

「ああ、みたいだな」

「アレを買いましょ!」

「でも、まだ何も食べてないのにデザートってのものな~」

「で、でしたら、あちらで売っている焼きそばとかどうですか?」


 まだ何も食べてない一真はデザートよりもがっつり食べたいということでシャルロットが焼きそばを指差した。


「それがいいかもな」

「じゃあ、他にもあるから色々買いましょう!」

「それがいいですね! 私、フランクフルトやフライドポテトがいいです」

「シャル~。あんた、ジャンクが好きね~」

「だ、だって、滅多に食べれないですから……」

「そんなだから太るのよ!」

「ふ、太ってません!」


 両脇で喧嘩を始める二人。一真は宥めようとしたが、下手に口出しして巻き込まれてもいけないので沈黙を選択。しかし、彼女達がそれを許すはずがなかった。


「一真! シャルって太ってるわよね!」

「皐月さん! 私、太ってないですよね!」


 すーと息を吸い込む一真。アリシアの肩を持つか、シャルロットの肩を持つべきかと究極の選択を迫られる。アリシアの肩を持てばシャルロットの評価は落ち、反対だとアリシアの評価が落ちるだろう。果たして、どちらにするべきかと悩んだ結果、本能に従うのであった。


「シャルは太ってないさ! むしろ、男の理想みたいな体型だよ! こうムチムチとした感じが――」


 彼は正直だった。決して嘘を言わない誠実な男であった。


「あだだだだだだだッ!!!」

「か~ず~ま~?」

「ゆ、許してくれ。アリシア。俺は……俺は性癖に嘘はついちゃいけないと思うんだ!」

「それってつまりシャルみたいな子が好きってこと?」

「そうだ!」

「う……うぅ……一真のバカ~!」


 誠実な男の一真はアリシアの問いに正直の答えた結果、星となって空の果てに散るのであった。


「うわあああああああああッ!!!」

「さ、皐月さーんッ!」


 キラーンとお星様になってしまった一真へ手を伸ばすシャルロットだが、星には手が届かないものだ。


 アリシアによって飛ばされた一真は学園の生垣に頭から落ちた。


「ぐえッ……」


 一応、配慮してくれる辺り本気で怒っていないことが分かるが、一般人を念力で吹き飛ばすのは流石にやりすぎであろう。とはいえ、一真は一般人を装っている勇者なので傷一つない。


「いてて……」


 生垣の中から出てくる一真は服についているゴミを払った。多少、汚れてしまったが支障はないので、そのままアリシアたちのもとへ合流しようとしたら、ネコ耳メイドが空を飛んでいた。


「(念力は飛行も可能だから便利だよな~。てか、スカートの中、丸見えなんだけどいいのか?)」


 自分でぶっ飛ばしておきながら心配になったアリシアは空を飛んで一真の元へ向かっている。呑気に見上げる一真はアリシアのパンツが観衆に見られていることしか考えていなかった。


「一真。大丈夫?」

「いや、飛ばしたの君やん」

「だって……」


 流石に嫉妬しているのは見て分かる。だからといって、一真がそのことを指摘できるかと言われたら難しい。


「アリシア。はっきり言っておく。俺は大きいのも小さいのも好きだ。でも、大は小を兼ねると言う言葉が日本にはあるんだ。大きいにこした事はない」


 何を真面目な顔して言っているのだろうかと誰もが突っ込みたくなる言葉を恥ずかしげもなく宣言する一真。


「……それフォローになってないけど?」


 ジト目で一真を睨むアリシアに彼は目を逸らす。


「ま、まあ、そういうことだから、あんまり気にすんな」

「誤魔化してほしくないんだけど……」

「そ、そんなことより、シャルロットはどうした?」

「あッ……」


 完全に存在を忘れてしまったアリシアは一真に向かって照れ笑いを浮かべる。


「えへへ~」

「いや、笑ってる場合か。アレでも聖女なんだから一人にしちゃいけないだろ」


 聖女をアレ呼びするのもどうかと思うが、一真とアリシアは急いでシャルロットのもとへ向かった。案の定、彼女は質の悪い大学生か、一般男性か分からないがナンパをされている。

 困ったようにシャルロットは笑っているが、相手はお構い無しにナンパを続けている。このままでは危ないと一真が走り出したが、一足遅かった。


 シャルロットをナンパしていた男たちが突然宙に浮かび上がる。驚く男達は悲鳴をあげてジタバタともがいているが滑稽なだけであった。

「あちゃー」と一真は顔に手を当てて遅かったかと後悔するものの、ナンパしていた男たちが悪いと開き直った。


「まあ、いっか」


 アリシアの念力でナンパ男達はどこかへと飛んでいった。恐らくは先程の一真と同じように落ちても大した事のない場所だろう。心配する必要もないので一真はアリシアと一緒にシャルロットと合流するのだった。


「ふぇえええん! 置いていくなんて酷いですよ~!」

「だから、悪かったって謝ってるじゃないの!」


 先程のナンパが怖かったのだろう。シャルロットは泣きながらアリシアに抱きついている。


 その時、一真はポケットにしまっていた携帯が震えたのを感じて取り出すと幸助から着信が来ていた。


「はい、もしもし」

『一真、今どこにいるんだ?』

「正門前の屋台通りだけど、何かあったか?」

『ああ。なんか、お前のお母さんだって言う人が来てるんだよ』

「なに?」


 滅多に聞かない単語を耳にした一真は思わず幸助を疑ってしまう。


「それ嘘じゃないのか?」

『嘘じゃねえって。とりあえず、そろそろ休憩も終わりだろうから戻ってきてくれないか?』

「わかった。俺も気になるからすぐに戻るわ」


 電話を終えた一真はアリシアとシャルロットに先程の話を伝えて、教室へと戻る事にした。




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