第42話 これは俺が異世界で体験した話なんだが……

 学園祭二日目の午前は大盛況を越えて大混乱であったが、多くの助けがあり、なんとか無事に乗り越えることが出来た。しかし、まだ終わってない。午後が残っているのだ。


 喫茶店のピークは午前と昼過ぎの三時くらいだろう。だが、今日はいつもと違う。なにせ、円卓の騎士、聖女、魔女のビッグスターが四人もいるのだ。当然、休む事など出来はしない。


「し、死ぬ……」

「…………」


 幸助はプルプルと震えており、一真は生きる屍となっている。幸助から受け取ったパンケーキに盛り付けをすると、すぐに番号札とパンケーキの乗った皿を置換で交換する。


 ここで委員長の呉羽が厨房に入ってきて、幸助と一真に差し入れを出した。


「はい。二人とも、これで頑張って!」


 飲むだけでエネルギーを補充できる有名なゼリー飲料を渡される二人。休憩はないのだろうかと暗い目を向ける二人に呉羽は残酷な言葉を叩き付けた。


「伊吹君は三十分休憩して! 皐月君はそれ飲みながら頑張って! 大丈夫! 体育祭であれだけ走れる皐月君だもん! 余裕だよね!」


 ここに来て自身の体力の多さが仇になってしまった一真は渇いた笑みを浮かべている。調子に乗った自分が悪いので一真は自嘲してゼリー飲料を口に加えたまま仕事をこなしていくのであった。


 厨房で一真が一人で奮闘している時、ホールではベディヴィア、トリスタン、シャルロット、アリシアの四人が大活躍をしていた。


 絶え間なく押し寄せてくる客を相手にし、しつこく絡んでくる客にはお話で説得し、無駄にコーヒーを何杯も頼んで長居しようとする客を撃退し、喫茶店の売り上げをグングンと伸ばしていた。


「アハハハ! 楽しいわね、シャル!」

「楽しいですけど、そろそろ疲れてきました~」

「そうね。言われてみれば朝から働きっぱなしで休憩なしだもんね。それに一真と学園祭デートできないし」

「何するつもりですか?」

「ミス兵藤に休憩してもいいか訊いてみましょ!」


 そうと決まれば、早速アリシアは呉羽のもとへ向かい、休憩を挟んでもいいかと尋ねた。


「ヘイ! ミス兵藤!」

「は、はひ! なんでございましょうか!?」

「私たちの休憩っていつなの?」

「え、あ、そうですね。いつがいいですか?」

「いつでもいいのかしら? だったら、すぐにしてくれないかしら? 一真とデートに行きたいの」

「皐月君とですか……」


 一旦、ここでアリシアと一真が抜けた場合の損失を考える呉羽。一真は言うまでもなく配膳ロボットなのでいてもらわなければ困る存在。今日は尋常ではない客が来ているので余計にだ。

 そして、アリシアは客寄せパンダだ。彼女もいてもらいたい存在ではあるが、そこまで重要性はない。他にもシャルロットや円卓の騎士がいるので、彼女一人が抜けても問題はない。


 そこまで考えた呉羽は充分に採算が取れると判断して、アリシアの休憩を許可するのであった。


「オッケーです!」

「サンキュー! シャル、一真を連れて学園祭デート行くわよ!」

「え? 私もですか?」

「そうよ。あの二人がいればしばらくは問題ないでしょ」

「わかりました!」

「え、あの……え?」


 まさか、聖女まで連れて行かれるとは予想もしていなかった呉羽は困惑するばかりだ。しかし、今更休憩は無しだなんて言える訳がない。そもそも、相手はあの魔女だ。ただの学生が口答えできるわけないだろう。


 アリシアとシャルロットは着替えることなく、そのままの格好で厨房へ押し入り、一真を拉致して教室を出て行く。聖女の護衛が二人を追いかけようとしたがシャルロットの命令により喫茶店のバイトを続ける事になる。

 それにアリシアが傍にいるので、これ以上ないくらい安心である。


「でも、これで少しお客さんは減るはず……!」


 その言葉通り、聖女と魔女目当てに来ていた男性客が減った。その代わりに円卓の騎士目当ての客が倍増した。結局、仕事の量が減る事はなく、あくせくと働くのであった。


 厨房から連れ出された一真はネコ耳メイドのアリシアとウサ耳メイドのシャルロットをはべらせて学園を歩いている。当然、注目の的であった。


「すっごい視線を感じる……」

「そう? 私はいつもと変わらないからわかんない」

「私もです」

「そりゃ二人はね! 俺はまあ……やっぱ、なんでもないや」


 ここで思い出したのは異世界でのこと。一真は勇者であったので注目される事には慣れていた。一応、魔王を倒して王都へ戻った時には凱旋パレードをしたくらいだ。とはいえ、殺意の篭った視線は久しぶりであると、昔を懐かしんでいる。


「(世界でも有名な二人の美人異能者。しかも、ネコ耳メイド、ウサ耳メイドを連れて歩いていたら、そりゃ嫉妬の対象になるわ……)」


 視線の多くは嫉妬。魔女と聖女を連れて歩いているだけでも許しがたいことなのに、コスプレまでさせているのだ。ファンや信者から殺意を抱かれてもおかしくはない。


「(しかし、誰も襲っては来ないんだな)」


 一真は忘れているが、すぐ隣には魔女アリシアがいるのだ。いくら過激なファンが一真を殺そうと企んでもアリシアが傍にいる限りは絶対に手出しをしないだろう。


「ねえ、一真! 演劇やってるんでしょ! 見に行かない?」


 体育館では戦闘科のクラスが異能を用いた演劇を行っている。演技事態は普通の学生レベルであるが、その迫力は映画にも負けない。異能を使った演出が観客を沸かせるのだ。


「う~ん。でも、アリシアが見て満足するかな~」

「雰囲気が大事なのよ。私ってこういう行事に参加したことなかったから、何もかもが新鮮なの! だから、こうして友達と学園祭を見て回るのが楽しいわ!」

「ア、アリシア……」


 思わず涙ぐんでしまう一真。アリシアは強力な異能ゆえに普通とは違う生活をしてきたことは容易に想像出来る。それを思うと一真はアリシアの願いを聞くべきであろうと決めたのだ。


「わかった。それじゃあ、見に行こうか。シャルロットもそれでいいか?」

「はい。私も楽しみです」

「じゃあ、レッツゴー!」


 と、何故か一真と腕を組むアリシア。それを見てシャルロットは自分もした方がいいのかとアタフタした後、アリシアと同じように一真の腕をつかみ、その豊満な胸を押し付けた。両脇を固められた一真は戸惑っている。


「(いったい何が起きてるんです?)」


 これが噂のモテ期なのかと有頂天になりそうな一真であったが、すぐに冷静になる。


「(いかん、いかん。向こうでもこんな風にされて、美人局つつもたせされたじゃないか、俺。あぶねー。でも、アリシアはそんなことしなさそうだし、シャルロットは謎だし……。分からんな)」


 向こうの世界では何度もハニトラに騙され、美人局の被害にもあった一真。罠だとわかっていても男のさがであるので、一真は罠でもいいからと何度も涙を流したものだ。


「(ふふ、懐かしいな~)」


 決していい思い出ではないが過ぎてしまえば笑い話だ。他の誰かにこのことを話せる日は来ないだろうが、それでも確かにあの世界で過ごした日々は無駄ではなかったと胸を張れる日は来るだろう。


 しかし、ハニトラや美人局だと分かっていても美人の誘いにほいほいついて行ってしまう思い出はただの間抜け話だ。


 ◆◆◆◆


 これは一真が異世界にいた時の話だ。


 よくある定番もののファンタジー世界に召喚された一真は魔王軍の幹部を倒したことでパーティに呼ばれていた。未成年であるが、異世界では関係なく一真は酒を飲み、テンションが上がっていた。


 その矢先にハニトラを仕掛けられる。酒を飲んで酔っ払っていた一真に見目麗しい女性が近付き、甘い言葉で彼を誘惑し、パーティ会場から抜け出して人気ひとけのない場所へと連れ出した。


「ここなら誰も来ませんわ、勇者様」

「お、おお、おおお~!」

「ささ、こちらをどうぞ」

「お、おう!」


 言語を失ったチンパンジーこと一真は罠だと知らずに女性から受け取った酒を飲み、体が動かなくなってしまう。


「こ、これは!?」

「ふっふっふ! バカな勇者ね! 死ねぇッ!」

「あああああああああッ!?」


 女性は隠し持っていた短剣を一真へ向かって振り下ろす。抵抗する事もできない一真は叫び声をあげるのが精一杯だった。

 もはや、これまでかと思われた時、颯爽とヒーローのように仲間の女戦士が現れた。女戦士は一真に振り下ろさた短剣を弾き飛ばし、麻痺毒で動けない一真を一瞥する。


「だから、何度言ったら分かるんだ! 女の甘言には気をつけろって注意したよな!」

「あばばばば」

「ちッ! 麻痺毒か! テメエ、誰の差し金――。いや、いい。勇者に毒を盛ったんだ、死ね!」


 女戦士は女性の遺言も許さず、一切の容赦なく女性を両断したのだった。


「ったく……。何回罠に嵌れば気が済むんだ、お前は」

「ごべん……」

「あ? 麻痺毒解けてるのか?」

「多分……あとちょっと」

「……お前、こんなしょうもないことで毒耐性を身につけるなよ」


 呆れたように溜息を吐いた女戦士は麻痺がまだ残って動けない一真を引き摺って仲間たちと合流するのであった。


 ◆◆◆◆


「(うん! 碌な思い出じゃねえな、これ!)」


 ようやく気がついた一真はさっさと忘れようとアリシアとシャルロットの二人と学園祭デートを楽しむのであった。

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