第39話 上目遣いの女の子は魅力マシマシだから
桃子が合流し、教室の中はさらなる混沌と化していた。アメリカの魔女アリシア・ミラー、フランスの聖女シャルロット・ソレイユ。そして、日本の
その三人と卓を囲んでいるのは一真と楓のマイペース組である。二人は普段と変わらない態度で一真が屋台で買ってきていた料理を食べていた。
「さて、何を話すんだっけ?」
満腹になった一真は真剣な面持ちでふざけたことを口走る。
「おおおおおおッ!!!」
流石にそれには呆れたアリシアが一真の顔面を念力で掴み上げて、宙へ持ち上げた。
「か~ず~ま~?」
「ごめん! 冗談だから降ろして! 死んじゃう!」
「全く……」
「アハハハ……」
呆れる桃子に苦笑いのシャルロット。一真はアリシアから解放されて着席すると、わざとらしく咳ばらいをしてから本題にはいった。
「えー、では、まず東雲さん」
もう名前呼びを止めたのか、一真は普段通り彼女の事を名字で呼び、桃子へ視線を向ける。
「何故、この二人がここにいるかを知りたいんだよね?」
「ええ、はい。その通りです」
実を言うと彼女は既に知っている。アリシアだけは予想外であったが、聖女がここにいることは上から報告があったのだ。ついでにイギリスの円卓の騎士も来ていることも聞いている。
彼等までここにいたら、もう桃子の手には負えないどころか、収拾すらつけられないだろう。円卓の騎士がいないのは不幸中の幸いであった。
「とりあえず、俺が説明できるのはアリシアについてだ。彼女は俺が呼んだ」
「叩いてもいいですか?」
「そんなことしたら、私がアンタの頭を握りつぶすけど?」
「どうどう、落ち着いて二人共」
ハリセンを構える桃子に威嚇するアリシアを宥める一真。
桃子もさすがにミンチにされたくはないので大人しく退いた。
しかし、内心では激昂している。
「(この状況で落ち着いていられますか! そもそも、呼んだってなんですか! 少しは自重してください!)」
「(ごめんて、桃子。そう睨まんといて)」
「(こ、このッ!!!)」
相も変わらず心の中で平気に会話をしてくる一真が憎いと桃子はギュッと拳を握りしめていた。
「で、こちらの自堕落系聖女様は――」
「あ、あの出来れば普通に聖女かシャルロットと呼んで貰えたら嬉しいのですが……」
「こちらの田舎娘は――」
「そ、その呼び方はあながち間違ってはいないのですが……」
「なんだよ! 文句ばっかり言って! 事の発端はアンタが原因でしょうが! アリシアに頼んでアンタたちを母国に送り返してやってもいいんだぞ!」
「いつでもOKよ、一真! 私の念力でシャルたちをフランスまでぶっ飛ばしてやるわ!」
「ヒエェェェェェ……ッ!」
不憫である。シャルロットは確かに一真を勧誘しに来たのだが、それは彼女の意思ではない。フランス政府の意向である。聖女は非常に有名であるがフランスには他に有力な異能者がいないのだ。
そこで紅蓮の騎士こと一真に白羽の矢が立った。日本政府に所属していないフリーの異能者、これを見逃す手はない。
そういうわけで聖女が日本に派遣されたのだ。一真と年齢も近い上に聖女は容姿にも優れているのでハニトラも含めてのことだ。そのまま紅蓮の騎士を篭絡してくれればフランスとしては万々歳である。
「ねえ、一真」
「ん? 何? どうしたの。槇村さん」
「あんまり女の子を虐めちゃダメだよ?」
「ごめん。シャルロット、ちょっとふざけすぎた!」
「ふぇぇ……!」
急転直下というくらい一真の態度が激しく変わるのでシャルロットは何が何だか分からなかった。
「(な、なんなんですか。この人~。無茶苦茶です~)」
「(うんうん。分かりますよ、その気持ち)」
「(ふふ、流石一真ね。主導権を握ってるわ!)」
「(彼女は盲目なのでしょうか? 主導権を握っているというか、ただふざけているだけなのですが……)」
「(本当にそうだと思うか? これが俺の作戦だったらどうする気だ?)」
「(ほわッ!?)」
唐突に入ってくる一真の声。しかも、いつもと違いふざけているようなものではなく、真剣そうな声だ。これには普段から驚かされている桃子だが、いつも以上の衝撃を受けた。
「一真? どうしたの?」
「なんでもないよ、アリシア。話を続けようか」
「(さ、さっきのは一体……)」
いまだに動揺している桃子は背中に嫌な汗をかいていた。同様にシャルロットは助かったと安心していた。槇村と呼ばれていた彼女には後でお礼を言っておこうとシャルロットは決めるのであった。
「じゃあ、とりあえず気を取り直して聖女さん。なんで日本に来たの?」
「あ、はい。えっと、私が日本に来たのは先程も言ったと思うのですが、皐月一真様の勧誘です。フランス政府の意向としては紅蓮の騎士の疑いがある皐月一真様をフランスに留学及び帰化させることです」
「あ、あのそれは極秘事項なのではないでしょうか? 一介の学生である私達に話しても大丈夫なんでしょうか?」
そのような重要な案件をペラペラと喋っても問題はないのだろうかと、桃子がおずおずと手を上げながら指摘すると、シャルロットはしまったと慌てて口に手を当てた。
「あッ!!!」
「まあ、シャルに交渉の真似事なんて出来るわけないじゃない。フランス政府は聖女のネームバリューと学生相手だから侮ってたんじゃないかしら?」
「な、なんやと! 甚だ心外や! 聖女さんは可愛らしい人だけど、そんな簡単に心動かされるわけないやろがい!」
「ホントに?」
「涙目で上目遣いされると、ちょっとグラッとしますね。ええ、はい」
「素直なのはいいことよ、一真~」
「あだだだだだだッ!」
アリシアの質問に真面目な顔で答えた一真は念力で頭を締め付けられる。悶え苦しむ一真の傍では桃子が顎に手を添えて考え事をしていた。
「(やはり、フランス政府も紅蓮の騎士を狙ってましたか……。まあ、あれだけの力を見せられば当然でしょうね。そして、今最も紅蓮の騎士と疑わしい皐月一真の確保ですか。恐らくイギリスも同じでしょうね……)」
とりあえず、目的は判明した。とはいっても、元々予想されていたことなので驚くようなことはない。体育祭の時に中華とアメリカが来た時点で遅かれ早かれこうなることは分かっていたからだ。
しかし、わかっていても何の対策も出来ていなかった。その最たる理由は他国からの圧力である。そのため、日本は皐月一真に対してアプローチも出来なければ保護することも出来ないのだ。
もっとも、一真本人は日本から出て行くつもりはない。ただ、最近はアメリカなら行ってもいいかなとブレブレの意思をしているが。
「一真! 待たせたな!」
「お、幸助! ちょっと、遅かったな!」
「いや、ここ来るまでに人混みが凄くてな! それより、すぐパンケーキ作るわ!」
「おう、人数分頼むな!」
「おう! えっと、魔女様に聖女様に東雲さんに槇村さんにお前か」
「いけるか?」
「最速で作ってみせる」
「よろしく!」
「頑張ってー!」
「あ、あのよろしくお願いします」
一真とアリシアとシャルロットが声を掛け、桃子は頭を軽く下げるだけで楓は特に何も言わなかったが、平常運転なので幸助は文句を言わなかった。それどころか、魔女と聖女に声を掛けてもらえたので有頂天になっている。
「任せてください!」
厨房へ駈け込んでいった幸助は、厨房の奥に隠れていたクラスメイトをどかしてパンケーキを作っていく。その間、一真達は話を続ける。
「で、フランス政府の意向はわかった。それで聖女さんはどうすんの?」
「えっと……私としても来てもらいたいな~と」
「私とキングを敵に回す気があるなら勧誘を続行してもいいわよ」
「皐月一真様、今回の話は忘れて頂けると大変ありがたいです」
綺麗なお辞儀であった。有無を言わさないアリシアの圧力に屈したフランスの聖女は、それはそれは綺麗なお辞儀をしたのであった。
「その……話を聞く限り、アメリカは皐月さんをどうするつもりなんですか?」
「どうもしないわ。まあ、保護してるみたいな感じかしら?」
アメリカは皐月一真の確保を決めているが、それはすぐにではない。そもそも、一真が紅蓮の騎士であるならばどのような手を使っても無意味だろう。圧倒的な暴力がどれだけ理不尽かは全人類が理解していることだ。
「そう……ですか……」
理解は出来る。だが、納得は出来ない。
皐月一真は日本人である。ならば、保護は日本の領分である。
しかし、今の日本に皐月一真を保護できる力はない。他国からの圧力に屈し、政府の重鎮たちが買収されている時点で、紅蓮の騎士を自国に取り込むことが出来ないのだ。
ただし、抜け道はいくらかある。他国の影響がない民間企業だ。サムライが紅蓮の騎士を勧誘しても許される。とはいえ、確実に邪魔は入るだろうが、それは仕方のないことだろう。
他には紅蓮の騎士が自ら国防軍へ志願することだ。当然、他国は黙っていないだろうが上位の異能者がどれだけ理不尽かは誰もが分かっているので、皮肉や嫌味は散々言われるだろう。
「お待たせしました!」
「あッ! ようやく来たのね!」
と、ここで幸助が出来立てのパンケーキを持って登場した。
待ってましたと言わんばかりにアリシアが幸助からパンケーキを受け取る。パンケーキは最高の仕上がりとなっており、盛り付けも普通のよりも豪華になっていた。
SNSで話題になりそうな出来のパンケーキを受け取ったアリシアは、目をキラキラさせながらパンケーキにフォークを差し込んだ。
程よい弾力がフォークを受け返し、食欲を掻き立てられる。名残惜しいがフォークを沈ませて、一口サイズに切り分けるとアリシアはパンケーキを口に運んだ。
「ん~~~! 美味しいわ! ナイスね、シェフ!」
「あ、ありがとうございます! あ、あのところで一ついいですか?」
「何かしら?」
「同席してもいいでしょうか……?」
「あ、それはゴメン。部外者はノーセンキューなの」
「そ、そうですか……。じゃあ、サインとかもらえないですか?」
「それくらいならお安い御用ね。どこに書けばいいの?」
「ちょ、ちょっと待っててください!」
大急ぎで幸助はロッカーにしまってある鞄からノートを取り出して、アリシアに渡した。
「こ、これにお願いします!」
「OK!」
サラサラとアリシアはサインを書いていく。サインを書き終えたアリシアは幸助にノートを返そうとしたが、そこで名案を思い付き、シャルロットにもノートへサインを書くように促した。
「シャル。ついでだから、貴女も書いてあげれば?」
「え、まあ、いいですけど……」
「ふぉおおおおおお!? マ、マジっすか! あ、ありがとうございますッ!」
感無量である。幸助はまさか聖女にもサインを頂けるとは思っていなかったのだ。彼女は基本護衛に守られている上に厳重な警備のされた建物内にいるので中々お目にかかることが出来ない存在なのだ。
その聖女のサインを貰えることに幸助は感極まって涙を流していた。
「え? なんでこの人泣いてるんですか?」
「聖女さん。彼は嬉しくて泣いてるんです。病気でもなんでもないんで心配しなくて大丈夫ですよ」
「そ、そうですか……。あ、書けました」
サインを書き終わったシャルロットは幸助にノートを返す。シャルロットからノートを受け取った幸助は大事そうに胸に抱え込んだ。
それを遠目で見ていた野次馬がサインを貰えると分かって、教室に流れ込んでくる。幸助がもらえるなら自分にも欲しいと教室に雪崩の様に人が押し寄せたが、アリシアのバリアによって止められる。
「悪いけど、一真の友人だから特別にサインしてあげただけなの。だから、貴方達は出て行って」
そう言って、アリシアは教室に入って来た野次馬を念力で追い出すのであった。
「俺、お前の友人で初めてよかったと思ってる」
「解せぬ」
一真と幸助の友情に亀裂が入った音がした。
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