第38話 ええんやで、俺は寛大やからの!

 シャルロットの愚痴を延々と聞かされていた一真とアリシアは、途中から完全に興味を無くしており、屋台で買ってきた料理を食べていた。その間もシャルロットは愚痴を零し続けている。

 もはや、二人にとってはBGMのようなものだった。左から右に流れていき、記憶にも残らない。


「ねえ、一真。私、このパンケーキ食べたいんだけど」

「え~。じゃあ、注文しなきゃ」

「はいは~い! 店員さ~ん!」


 早速、声を上げて店員を呼ぶアリシア。しかし、厨房の奥に隠れている店員はビクッと震えるばかりで出て来ない。

 それも仕方がないだろう。お客様は魔女アリシアだ。

 粗相があってはいけないし、そもそも学生の作る何の変哲もないパンケーキだ。舌に合わなくて不機嫌にでもなられたら、どう責任を取ればいいか分からないのだ。


「む~。ねえ、一真。出て来ないんだけど」

「おかしいな。ちょっと、見てくるよ」

「よろしく~」


 と言うわけで一真が厨房へと顔を出すと、そこには顔面蒼白で震えているクラスメイトたちが固まっていた。それを見た一真はあちゃ~と額を押さえる。


「いや、ごめん」

「ホントだよ~! なんなの、ねえ、なんなの! あれ、一体なんなの!? ここは高級料理店でもなんでもないんだよ! 皐月君、頭おかしいの!?」

「そこまで言わなくても……。大丈夫だよ。アリシアは悪い奴じゃないから平気だって。普通にパンケーキ作ってくれたらいいからさ」

「そうは言っても、この状況で普通に出来ると思う? 聖女に魔女! 世界に名を轟かせる有名人ビッグスターだよ!」

「でも、俺等と同じ人間だし……」

「同じじゃないよ~! もう無理無理! 皐月君がどうにかしてよ!」

「う~ん……。俺、ホットケーキなら出来るけど、あのふんわりパンケーキは難しいな~」

「じゃ、じゃあ、伊吹君呼ぼ! そうすれば出来るでしょ!」

「可能だけど……。幸助来てくれるかな~」


 クラスメイトが魔女と聖女に怯えている状況なので一真は少々不安である。幸助にありのままの事実を伝えれば、彼もクラスメイト同様に緊張と恐怖で来ないかもしれない。

 とはいえ、ここで幸助に連絡をしないという選択肢はない。幸助が一番上手くパンケーキを作れるので呼ぶしかないのだ。


「出てくれるかな~……」


 携帯で幸助を呼び出す一真はコール音を聞きながら、しばらく待った。


『おう、どうした、一真? まだ休憩中だろ?』

「あ~。そうなんだけど緊急事態だ」

『なんかトラブったのか?』

「いや、魔女と聖女が来てる。で、クラスの皆は委縮しちゃってて、誰もパンケーキ作れないんだ。今だけ、戻ってきてくれないか?」

『マジか!? 魔女と聖女が来てるって学園が騒がしかったけど、出鱈目じゃなかったのか!』

「ああ。そうそう。でも、なんで分からないんだ? SNSとかに写真や動画乗ってるだろ?」

『いや、それが検索しても出て来ないんだ。見たっていう奴から聞いた話なんだけど、なんか携帯が使えなくなったらしい』

「そういえば、俺もそうだったな……。今はなんでか使えるけど」

『多分、あれじゃね? 撮影禁止だから電子機器を狂わせる異能者がいたのかも』


 聖女の周りには多くの護衛がいた。その中に電子機器を使えなくする異能者がいたのかもしれない。そう言われると一真はそういうことだったのかと、手をポンと叩いた。


「なるほど。一理あるかもしれん」

『まあ、いいや。今から戻るから、もう少しだけ待っててもらえるか?』

「お、いいのか? みんなビビッて動けないって言うのに」

『バカ! こんな機会を逃せるわけねえだろ!』

「流石だぜ……」

『じゃあ、後は頼んだぜ』


 電話を終えた一真はアリシアたちの所へ戻っていく。すると、そこには何故かお姫様のようなドレスと冠をしている楓がいた。

 彼女は何食わぬ顔でテーブルに置いてあった、たこ焼きと焼きそばを貪っている。もきゅもきゅとリスの様に頬張っている楓はとてもお姫様とはいえなかった。


「あれ、槇村さん。いつ来てたの?」

「ついさっき。なんか人が沢山いたから見に来たの」

「それで、なんで、ここに?」

「あっちに速水がいるんだけど、ここに一真がいるって」

「そうなんだ。ところで、その恰好似合ってるよ」

「ん、ありがと」


 ナチュラルに楓の横に座る一真は彼女のドレス姿を褒めるのだが、彼はアリシアがいることを忘れているのかもしれない。勿論、忘れてはいないのだが、彼は思ったことを口に出す人間なのでこの後の展開が読めなかっただけである。


「ねえ、一真? その子はだ~れ?」

「友達の槇村楓さんだよ。アリシアと同じ念力の使い手」

「へー! ふ~ん!」

「(なんか機嫌悪いけど……もしかして、俺やらかしたか?)」


 あからさまな態度のアリシアを見て一真は察する。何か自分がやらかしてしまったと。


「(う~ん……槇村さんが来ても機嫌は変わらなかった。つまり、先程の会話の中にヒントが!)」


 むむむと一真は思考の海へもぐる。腕を組んで目を閉じて集中する一真。そして、稲妻のような閃きが脳を刺激した。


「(はッ……! 俺が槇村さんを褒めたからか! アリシアからすれば、いきなり見ず知らずの女の子を褒めるものだから気に入らなかったんだ!)」


 天才的な閃きであった。一真はついにノーヒントでアリシアの変化に気が付いたのだ。ただし、答えがわかったからといってどうすることも出来ないが。


「(しかし、困った! 今更、アリシアを褒めても彼女はきっと喜ばない。何が正しい。何をするのが正しいんだ! 誰か教えてくれ! 桃子おおおおおおおッ!!!)」


 いるはずのない神に祈るかの如く、一真はメイド桃子を心の中で呼んだ。もしかしたら、心の中にいるのかもしれないという那由多の可能性に賭けてのことだった。


 そんなはずはないのだが、諦められなかった一真は何度も叫んだ。


「(答えてくれ、桃子おおおおおおッ!!! メイド桃子ちゃああああああんッ!!! 俺の問いかけに応えてくれ……桃子ぉッ!!!)」


 奥歯が砕けんばかりに一真は必死だった。もっとも、ただのパフォーマンスなので実際には歯を食いしばっていない。その代わりにアリシアの念力によってギリギリと頭を締め付けられていた。


「(俺は信じてる……ッ! 桃子、君なら必ず来てくれる! いつだって君は俺の問いに答えてくれたじゃないかッ! なあ、そうだろ、相棒マイ・フレンド!!!)」


 果たして、その祈りは届くのか。

 届かないのか。

 神は答えてくれない。

 しかし、彼女は違った。桃子は神ではないがメイドであった。


 人混みの中から現れたのはフリフリのメイド服を着た桃子。彼女はツカツカと明らかに不機嫌な表情で一真達のもとへ歩いてきた。

 そして、一真の後ろに立つ。一真は彼女の存在に気が付いて後ろへ振り返り、パアッと顔を明るくした。


「(相棒マイ・フレンドッッッ!!! やっぱり、来てくれたんやね! 俺は分かってたよ! 桃子ちゃんなら来てくれるって! 早速やけど、その恰好でチェキ撮らん?)」


 相棒とうたいながら完全にネタキャラとして弄っている一真に桃子は何も言わない。それがかえって不気味である。異常を察した一真は席から立ち上がろうとしたが、それよりも早く桃子はニュッと背中から愛刀ハリセンを取り出した。


 驚愕、衝撃、仰天。まさか、真の敵は桃子であったかと一真は即座に動いたが、それよりもさらに早く桃子は一真の頭をハリセンで叩いた。


「誰が桃子ちゃんかぁぁぁあああああああッ!!!」


 スパーンッと軽快な音が鳴る。それと同時に一真の脳が揺れた。勿論、脳震盪が起きることはない。ただ、バネがビヨヨーンと伸び縮みしたように一真の頭が揺れたのだ。ちなみに一真がわざとやっている。


「おう……ッ!」

「何をやってるんですか、貴方は! 魔女アリシア・ミラーだけでなく、聖女シャルロット。ソレイユにまで手を出して!!!」

「いた、いた! 待って、落ち着いて、桃子ちゃん! 俺の話を先に聞いて!」


 スパーン、スパーンとリズムよく桃子は一真の頭を叩く。愛刀ハリセンはその力を思う存分振るっていた。今日が初披露とは思えないほどだ。


「あと、どさくさに紛れてちゃんづけしないでください!」

「で、でも、初めて話した時、親しみを込めて桃子って呼んでくださいって言ってたの自分ですやん!」

「うるさい、うるさーい!」

「あいたーッ!」


 ビシバシ叩く桃子に頭を庇う一真。これ以上、バカになってはいけないと必死に頭を守っている。


「一旦、落ち着こ! そのハリセンをどっから出したか気になるけど、まずは話を聞いて、桃子!」

「呼び捨てにするなーッ!」

「わかった、わかったから、これ以上やると不味いから落ち着いて!」

「貴方に、貴方に私の何が分かるって言うんですかーッ!」

「もう支離滅裂だから! 何言ってるか分からんて! だから、落ち着いて話し合おう! 俺達は暴力の前にまず会話が大事だと思うんだ!」


 フウフウと鼻息を荒くして桃子が止まった。疲れたからか、それとも言葉が届いたからか、どちらかは分からないがやっと話し合いが出来ると一真は一息ついた。


「ふう……。あー、桃子ちゃん?」


 キッと睨みつけてくる桃子は威嚇している子猫ようだ。これ以上、刺激するとまた暴走しかねないと一真は両手を上げる。


「オーケー。ステイ、ステイ……」

「ふう~~~…………。では、詳しいお話を聞かせていただけますか?」


 しかし、それを許さないものがこの空間には一人いた。がたりと椅子の音が聞こえる。そちらに顔を向けると怒りのオーラを迸らせているアリシアがいた。


「それより、アンタなんなの? いきなり出てきて一真を好き放題にしてくれて……」

「ヒエッ……!」


 アリシア、怒髪冠どはつかんむりく。まさにその言葉を現わしており、彼女の髪が上に向かって伸びている。恐らく、念力によってなのだろうがホラーにしか見えない。おかげで迫力抜群であった。


「潰すわよ? 一真と親しげな感じみたいだけど、はっきり言って不愉快だわ」


 ゴキゴキと手を鳴らしているアリシアの目は本気であった。いくら、親しい相手だろうとも許せないものは許せないらしい。

 慌てて一真が立ち上がり、桃子を庇うように身振り手振り大きくしてアリシアを説得する。


「お、おおお落ち着け、アリシア! 桃子ちゃんは少々ヒステリックなんだ!」

「だからって、目の前で暴力を振るわれる一真を黙って見ていられるとでも?」

「おお……。そう言ってもらえると嬉しいんだけど、桃子ちゃんと俺のコミュニケーションはこんな感じだから許してやって」

「…………一真がそう言うんなら今回は見逃してあげるけど」


 ようやく矛を収めてくれたアリシアに一真はホッと胸を撫で下ろした。危うく桃子がミンチにされるところだった。


「す、すいません。ありがとうございます、皐月さん」

「ええんやで。俺と桃子の仲や!」

「……もうそれでいいです」


 本音と建前が逆になることはあるだろうが、もうこの男には何を言っても無駄だろうと桃子はすべてを諦め、受け入れるのであった。

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