第37話 ここ、防音室でもなければ個室でもないんだぜ

 電話が切れてアリシアが助けに来てくれることを知った一真は一安心だと大きく息を吐いた。


「ふ~~~。これで大丈夫だ」

「なあ、一真。さっきアリシアって言ってたけど……アリシア・ミラーじゃないよな?」


 すぐ傍で一真の電話を聞いていた俊介は恐る恐る尋ねた。先程の相手はあの魔女、アリシア・ミラー本人なのかと。


「うん。そのアリシアだよ」

「ばッ!? お、お前、体育祭の時に仲良かったって聞いたけどガチだったのか?」

「迷惑料として連絡先貰って、何か困ったことがあったら助けてくれるって約束してたんだ」


 平気で嘘をつく一真。実際はお友達になっただけであるが、知らない方が幸せなこともある。


「おいおい、マジか……」


 衝撃の事実をカミングアウトされて俊介は頭を抱えてしまう。もはや、これは一介の学生には荷が重すぎる。今すぐに手を引くべきなのだが、すでに首を突っ込んでしまった。引き返すことは出来ない。


「か、一真。俺、殺されたりしないかな?」

「なんで? まあ、仮にそういう事態になっても安心してくれ!」

「なんでだろう……。お前が言うと本当に大丈夫そうな気がしてきた」


 謎の自信に満ち溢れている一真を見ていると俊介もなんだか安心してくるのであった。

 その後、二人は宮園や剛田といった友人たちと合流するのだった。


 ◇◇◇◇


 一真が逃げ出した時計塔前では円卓の騎士と聖女の護衛が睨み合っていた。聖女の護衛が無礼を働いた一真に聖女へ謝罪させるべきだと喚いており、円卓の騎士がそもそもアポイントメントも取らなかったのが悪いと主張していた。


 それを言うなら円卓の騎士も一真に対してアポを取ってはいない。だが、それを聖女の護衛は知らないので言ったもの勝ちである。正義は我にありという感じで話が進んでいた。


 その中でオロオロとしているのは聖女シャルロットである。両者の言い分を聞いているが、今回悪いのは自分達であることをシャルロットは分かっていた。

 このままではいけないと、彼女は深呼吸をして大きな声を出そうとした時、天から魔女が降り立った。


「私、参上!」

「「「「なッ! 魔女ッッッ!!!」」」

「私の一真に手を出すおバカさんは貴方達ね。イギリスとフランスか。アーサーがいたら厄介だったけど、トリスタンとベディヴィアなら敵じゃないわ! 聖女は……まあ、小うるさい外野だけ黙らせばいいか!」

「何故、魔女が!? 確かアメリカに帰ったんじゃ!」

「ふふ、残念だったわね! 実はこういうこともあろうかと日本に滞在してたのよ!」

「偽の情報を掴まされていたわけか! くそ!」


 悔しそうに奥歯を噛み締める聖女の護衛たち。それに対して円卓の騎士の二人は撤退を決めて、踵を返した。


「やめましょう。我々は戦争をしにきたわけではない。皐月一真に用がありましたが……我々は手を引きます」

「あら、帰るの? もう少し遊んでいけばいいじゃない」

「ハハハ、美しいレディにそう言われると弱いのですが、ベディの言う通り、我々に戦う意思はありません」

「ふ~ん。つまんないわね。でも、まあ、そう言うんなら私もこれ以上はとやかく言わないわ」

「寛大な御心に感謝を」


 見逃してもらえたことにベディヴィアはお辞儀をすると、トリスタンと一緒にその場を去っていく。

 残ったのはアリシアと聖女たちだ。アリシアは地面に降り立ち、聖女の護衛と睨み合う。


「で、貴方達はまだ一真に用があるわけ?」

「や、奴は聖女様に無礼を働いた! その罪を償わせない限りは――」

「アンタたちが先に一真に無礼を働いたんでしょ。順序が逆なのよ」

「んぐぅッ!?」


 アリシアに口答えした男は念力によって持ち上げられる。宙に浮かぶ男はじたばたと必死に念力から逃れようとしているが、虚しくも彼にそこまでの力はない。


「はあ……。シャル、犬のしつけがなってないようだけど?」


 呆れた様子でアリシアは白装束を身に纏っているシャルロットに話しかける。

 パニックに陥っていたシャルロットはアリシアに声を掛けられて、ようやく正気を取り戻した。


「ア、アリシア。彼を離してくれませんか?」

「……ここが公の場じゃなかったら、こいつミンチにしてたからね」

「うぅ……ありがとうございます」


 シャルロットは慈悲深いアリシアに涙ながらにお礼を述べる。彼女の言う通り、このような場所ではなかったら本当にミンチにされていただろう。聖女がミンチにされていたら、国際問題待ったなしだが護衛の男なら替えが効くので政府は何も言わない。


「ちょっと、アンタたち邪魔だからどっか行ってて」

『うわああああああああッ!?』


 軽く手を振るうとシャルロットの護衛達がアリシアの念力によって、どこかへ飛んで行った。普通なら心配するだろうが、腐っても聖女の護衛を務めている者達だ。そう簡単には死なないだろう。


「これで邪魔者はいなくなったわ。それじゃ、デートしましょ、シャル」

「は、はひ……」


 有無を言わせないアリシアの雰囲気にシャルロットは涙目である。抵抗すれば何をされるか分からないし、反論でもしようものならば沈められるのは間違いない。


「あ、あのここは?」

「ここ? 一真がいる教室よ」

「え? でも、先程皐月一真様はお逃げになられましたが……」

「あー、それは大丈夫。呼んだから」


 一真が普段授業を受けている教室は喫茶店になっているのだが、今そこに魔女と聖女がいる。おかげで教室にいた生徒達はてんやわんやだ。

 何故、このような場所に世界に名を轟かせる有名人がいるのだと生徒達はパニックを起こしていた。


「あわわ、どうしよう! あの二人、テレビやネットで見たことある人だよね!」

「やばいやばい! 粗相したら殺されるんじゃ……」

「で、でも、皐月君に会いにきたっぽいけど……」


 二人の話を聞いていた生徒達が思ったことはただ一つ。


「皐月一真は一体何者なんだ」ということだった。


 それから、少ししてチョコバナナやイカ焼きなどを手に持った一真が宮園たちを引き連れて現れた。


「やっほー、アリシア。まさか、こんなにすぐに解決してくれるとは思ってなかったよ」

「ウフフ、まあね!」


 天狗の様に鼻を伸ばしているであろうアリシアの横に座る一真はテーブルに持っていた商品を無造作に置いた。

 一真と一緒に来た宮園たちは魔女の横に平気で座る一真に驚かされて声も出せないでいる。固まったままの宮園たちに一真は声を掛けた。


「おーい、みんな何してんの? ほら、今お客さん少ないからテーブル合わせて座ろうよ」


 一真は一旦アリシアの横から離れて、近くのテーブルをくっつけて大人数用のテーブルを作った。

 確かにお客は少ない。何故ならば、アリシアとシャルロットの登場に誰もが畏れ多いと逃げ出したのだ。今は遠目から見ているだけで、一真達のクラスがやっている喫茶店に入ろうとしない。


 それから、一真は気にすることなくテーブルに置いた露店で買った商品を食べ始めた。ここは一応喫茶店なのだから、持ち込んだものではなく注文するべきなのだろうが、誰一人として店員が来ないのだから仕方がない。


 そもそも店員が来ないのは魔女と聖女と言うビッグネームの二人がお客様だからだ。一般人なら尻ごみして動けなくなるのも仕方ないだろう。それなのに平然としている一真がおかしいだけだ。


「あ、一真。それ私にも頂戴!」

「はい」


 たこ焼きを食べていた一真は特に気にすることなくアリシアの口にたこ焼きを放り込んだ。


「あふっ、あふっ!」

「あ、ごめん。誰か、水頂戴!」


 熱々のたこ焼きを口の中に放り込まれたアリシアはハフハフと口の中を冷まそうとしている。これはやってしまったと一真が慌てて水を頼む。

 急いで水を持ってきた店員に一真はお礼を言ってアリシアに水が入ったコップを渡した。


「ふ~~~。ちょっと、舌火傷しちゃった……」

「マジ? ごめん」

「いいよ~。目の前に聖女いるし、治してもらうから」

「聖女? 目の前にいるって……この人がそうなの?」

「そうだよ~。ていうか、一真さっき会ってたんじゃないの?」

「よく見てなかった。なんかコスプレしてる頭のおかしい集団だと思ってたんだよ」

「それは仕方ないね。この子、ある意味で私よりも有名だし」

「奇跡の聖女だもんね~。確か、欠損した四肢も再生できる世界最高の治癒能力者だったけ?」

「そうそう。だから、この子のもとには毎日患者さんがいっぱいなの」

「へ~。で、その聖女様が俺に何の用なんでしょうか?」


 アリシアと話していた一真はシャルロットのほうへグリンと首を回して、目を合わせた。


「え、あ、あの、その皐月一真様に我が祖国フランスに来ていただけないかと思いまして……」

「アリシア! この人、誘拐犯だ!」

「任せて、一真! プチッと潰しちゃうから!」

「ヒ、ヒエ~~~ッ! 勘弁してくださ~い!」


 聖女と持て囃されているが彼女はか弱い乙女である。戦う力など持っていないのでアリシアと敵対すれば間違いなく死んでしまう。怯えている聖女はガタガタと体を震わせて縮こまっている。


「なあ、アリシア。聖女様ってこんな感じなの? ネットとかで見てた時はもっと凛としてたけど」

「だってこの子、田舎から引っ張りだされてきたごく普通の女の子だもん。まあ、今はB級映画を見ながら自室でポテチを頬張ってる自堕落系聖女だけどね」

「あッ、あッ、バ、バラさないで~~~」


 聖女のメッキがはがれていく。彼女はもはや聖女ではなくなった。ただの自堕落系不憫少女である。


「どんどん聖女のイメージが崩れるね」

「みんな、幻想を抱きすぎなのよ」

「なるほど、それは確かに言えてる。アイドルだってトイレ行くもんな」

「そうよ。清廉潔白な女優だって裏ではえげつない事やってるんだから」

「ちなみにアリシアは?」

「ヒ・ミ・ツ」


 語尾にハートでもついてそうな甘ったるい声に誰もが唖然としていた。魔女のイメージも大分変わっていく。


「そういえば、気になってたんだけど、聖女様とはお友達なの?」

「まあね。怪我とかした時、治療してもらったりしてたの。その時に色々とお話しして仲良くなったのよね」

「そうですね。アリシアは私にとって数少ない友人です」

「そうなんだ。もしかして、聖女様は色々と制限されて友達が少ないんです?」

「ええ、そうなんです! 酷いんですよ! 私がちょっとコンビニにお菓子を買いに行こうとしても、絶対に行かせてくれないんです! だから、友達と遊ぶようなことも出来なくて……」

「お、おおう……」


 と、テーブルを叩いて立ち上がったシャルロットはだんだんと意気消沈して、再び椅子に腰を下ろした。そこからは、聖女であることへの不満や愚痴を一真とアリシアは聞かされることになった。

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