第32話 そっちがその気ならこっちも考えがあるぜ! 力技って言う名の考えがな!

 リムジンに乗せられた一真は、備え付けられていた冷蔵庫からジュースを出してもらっていた。


「それで、あのー、僕に何の用が?」


 腰の低い一真であるが貰ったジュースは全部飲み干しているので肝は座っていると判断されている。そして、その姿が演技であることも見抜かれていた。


「ハハハ、そう畏まらなくてもいいぜ、ミスター皐月」

「はあ。そ、そうですか?」

「ああ、君はVIPだからな。丁重にもてなすお客様だ。もっとふんぞり返っても文句は言わないさ」

「(じゃあ、そうしますね! なんて言えるわけねえだろうが! バカヤロー!)」


 リムジンに乗っていたのは魔女だけではない。彼女の付き人かマネージャーかは分からないが、これまたハリウッドスターかと言わんばかりの金髪イケメンおじさんが乗っていた。

 愉快そうに笑っているが目の奥には一真を品定めしているような光が灯っている。それを理解している一真は、とにかく腰の低い一般学生を装っているのだ。


 とはいっても、既に意味を成さないので滑稽な話である。


「ねえねえ、一真! お寿司とすき焼きだったら、どっちがオススメ?」

「すき焼きかな!」

「じゃあ、すき焼きに行こう!」

「おー!」


 腰の低い一般学生の設定は宇宙の彼方へと消えていった。一真は魔女と一緒にノリノリですき焼きの歌を歌っている。


「「甘くて美味しい~! す・き・焼・き~!」」

「(こいつはバカなのかな? それとも一周回って天才なのか? 自分がどういう立ち位置なのか理解してやってるのなら、とんでもない食わせ物だぞ?)」


 一真にそのような高等技術はない。戦闘においては無類の強さを誇るが、政治能力は皆無である。ステータスで言えば知力はゼロに等しい。これ以上、上がることはない。テストの点数は変動するが一真の知能は変動しないのだ。悲しき運命さだめに全米が涙を流すだろう。


「「イエーイ!!!」」


 楽しくなってハイタッチを交わす一真と魔女の二人。それを見ている男は、この後の交渉は楽勝だと笑みを浮かべるのであった。


 ◇◇◇◇


 一真達を乗せたリムジンが止まった。襲撃者が現れたとか、イビノムが出現したとかではなく、目的地にたどり着いたのだ。どこかの政治家が利用してそうな料亭である。

 先程、魔女が一真にお寿司かすき焼きかを聞いていたのはこの為だったのだろう。一真はリムジンから降りて、目の前にある料亭を見て、あんぐりと口を開けていた。


「(わーお!)」

「それじゃ、一真! 行こ!」


 唐突に腕を組まれる一真は魔女に引っ張られて料亭の中へ足を踏み入れる。今まで見たことも聞いたこともない世界に一真は呆けていた。これが金持ちの世界なのかと、忙しなく首を動かしてあちこち見ていた。


「どうしたの、一真。何か面白いものでもあったの?」

「いやー、これがドラマや映画でしか見たことのない高級料理屋なんだなって」

「こんなの普通だよ~」

「そっか~」

「そうだよ~」


 考えるのを放棄した一真は魔女と一緒に案内された部屋へ向かう。そこは畳張りの部屋で中央に長テーブルがあり、掛け軸や豪勢な柄の襖があったりと、如何にもな部屋であった。


「(これから悪代官と飯でも食う部屋みたいだな!)」


 悪代官ではないがアメリカの代官と飯を食うのは確かであった。


 特にマナーとかはないのだが一真は下座に座り、その横に魔女が座った。当然、上座は残った男である。


「さてと、食事まで少し時間もあるし、ミスター皐月。ビジネスのお話でもしないか?」

「ビジネス?」

「そうビジネスだ。ああ、そんなに構えないでくれ。難しい話じゃない」

「そうですか? わかりました」


 お通しで運ばれてきたほうれん草のお浸しを男は口にすると、舌鼓を打ち、「美味い!」と評してから一真へ話題を切り出す。


「さて、ビジネスと言ったが、まずは自己紹介からだだ。俺はスティーブン・マーカー。アメリカの異能者だ。異能はアイテムボックス。そこのお姫様の荷物持ちってところだ」

「スティーブンさんですか。よろしくお願いします」

「ああ、よろしくな」

「はいはい、次は私ね!」


 テーブルに手をついてスティーブンは一真に握手を求めた。一真はそれを取って挨拶を交わす。

 二人が握手を終えると、元気よく魔女が手を上げる。次は自分が挨拶をする番だと主張していた。


「もう知ってると思うけど、私は魔女ウィッチ! 本名はアリシア・ミラー! アメリカの異能者でバリアと念力サイコキネシスの二つ持ち! よろしくね、一真!」

「ういうい。よろしゅう」

「なんか雑! もっと日本人らしくして!」

「おお、この下賤なワタクシめには畏れ多く、とてもとても――」

「…………」

「おげええええええッ! 無言で頭を締め付けるのはやめてぇ!」


 バイオレンスなお嬢様である。アリシアは一真の態度が気に食わなかったようで問答無用の万力締めならぬ、念力締めである。頭がトマトのように潰されそうになっている一真は必死に懇願していた。


「流石にさっきのは好きじゃない! 次やったら承知しないからね!」


 プンプンと可愛らしく頬を膨らませて怒っているが、傍から見れば恐ろしいとしか言えない。上座に座って、二人のやり取りを見ているスティーブンも少しだけ震えていた。それと同時に一真を尊敬していた。


「(アメイジング……。彼女のサイコキネシスを受けて平然としてやがる。手加減してるだろうけど、全く痛がってる素振りを見せねえ……)」


 一応、痛がっているていではいる。「おー、イテテ」とワザとらしく頭を撫でていた。


「しかしなー。日本人らしくしてと言われても割といい線いってると思うよ?」

「ホントに?」

「ちょい待ち」


 そう言って一真は携帯を操作して古臭い時代劇をアリシアに見せた。


「ホントだ。これが有名なお主も悪よのーっていうやつ?」

「そうそう。げへへへ、お代官様こそっていうやつ」

「へー! まさに今がそんな感じだよね!」


 これは流石にノーコメントである。一真は曖昧な笑みを浮かべて頷くだけだった。


「ハハハ。そんな事より、料理も来たから食べようか」


 スティーブンの言葉を聞いて一真は振り返ると、給仕が鍋と野菜と肉を持ってきていた。すき焼きの準備が出来たのだろう、給仕はテキパキと準備を始めていく。

 長テーブルの上にはすき焼きとスティーブンが呑むであろうお酒が用意されていた。


「それじゃあ、いただくとしようか」

「いただきまーす!」

「じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます」


 生卵を取り皿に落として一真はかき混ぜる。軽く生卵をかき混ぜた一真は早速メインの肉から取った。遠慮と言う言葉など知らない。今、この時をもってここは戦場である。早い者勝ちなのだ。


「(マジかよ、こいつ……。遠慮って言葉を知らねえのか?)」

「(馬鹿め! 渋っていると肉は無くなるぞ!)」

「(とりあえず、一通り食べようっと!)」


 三者三様の反応を見せる。一真は肉を中心に取っていき、スティーブンは遠慮の二文字を失っている無法者に驚きつつも肉を確保する。その間、アリシアだけは野菜と肉を均等に取って、満面の笑みで美味しそうに食べていた。


 どんどん鍋の中の具材が減っていき、食事も終盤を迎える。そこでスティーブンがついに火ぶたを切った。


「ミスター皐月。アメリカに来る気はないかな?」


 もぐもぐと肉を食っている一真は突然の勧誘に驚くことなく、口の中にあった肉を冷静に処理して飲み込んだ。


「それはお断りしてもよろしいので?」

「まあ、そう焦らず結論を出さないでくれ」

「えー、でも、多分何を言われてもアメリカにはいきませんよ?」

「それはどうしてかな?」

「日本の方がいいからです。自分、アニメとか漫画が好きなんで!」

「なるほど。でも、それはアメリカでも見れるし、読めるよ?」

「輸入まで時間かかるし、規制とか多いんで結構です!」

「その辺はこっちで都合つけるし、君には不自由をさせないつもりでいる。それでもダメかい?」

「逆に聞くんですけど、なんで俺なんかをアメリカに誘うんです?」

「それは君が一番理解しているのではないかな?」


 一真はこの返答で確信した。アメリカは自分を紅蓮の騎士だと断定して話を進めているのだろうと。


「さあ、全く見当がつきませんが……」


 惚ける一真にスティーブンがさらに踏み込もうとした時、アリシアが割り込んだ。


「ねえ、一真。アメリカは嫌?」

「ごめん。嫌だ」


 本気の目であった。一真は一切嘘をつかず、真剣にアリシアの質問に答えた。その答えを聞いたアリシアは理解する。このまま彼を強引にアメリカに連れて帰ればどうなるかを。


「そっかー……」


 これは無理だ。恐らく自分が決死の覚悟で挑んでも、赤子の手を捻るように返り討ちにされてしまうだろう。悲しいがここが引き際である。


「でも、アリシアは嫌いじゃないよ」


 思わぬ返答にアリシアはキョトンとしたが、今はそれで充分であった。敵対しないだけマシ。良き隣人であるなら、助力を願う事が出来るだろう。それだけでも分かったアリシアは嬉しそうに笑った。


「そっか! それなら、友達でいてくれる?」

「ああ、いいよ。それくらいなら全然オーケーさ!」

「ありがと、一真!」


 勝手に話を進めるアリシアにスティーブンが待ったをかける。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ話は――」

「スティーブン」


 ゾッとするほど冷たい声でアリシアがスティーブンの名を呼ぶ。彼は彼女の声を聞いてピタリと止まった。


「今はこれでいいでしょ?」

「…………オーケー。お姫様がそう言うなら俺はもう何も言わないことにするよ」

「サンキュー」


 降参だとスティーブンは両手を上げて身を引いた。その後、アリシアは一真と楽しく会話を弾ませながら食事を満喫するのであった。

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