第31話 チェックメイトーッ!!! いや、まだだ!

 一真を知ったのは中華連邦だけではない。世界だ。イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ロシアといった各国が一真を自国に取り込もうと画策し始めた。


 元々、日本にスパイを送り込んでいた各国だが、今回の一件で一真の存在が顕著になった。それゆえに他国に出し抜かれる前に手を打つべきだと動き始めたのだ。


 しかし、その中で日本だけは動かなかった。否、動くことが出来なかった。確証がないという理由もあるのだが、それよりも他国に釘を刺されたからだ。日本の立場は弱い。政界にまで他国の干渉を受けてしまっているために一真を自国に取り込むことを許されなかった。


「……合衆国ステイツは皐月一真の保護を求めると?」

「ええ、そうです。彼は確かまだ未成年であり、保護者はいませんね?」

「そう……ですね。皐月一真君には保護者がいません。施設の職員が仮の保護者になっていますが」

「でしたら、我々が引き取っても問題はありませんよね?」

「正式な手続きを踏めば問題はないと思います……」

「それはよかった。では、こちらがその書類になっています」

「……」


 用意周到に合衆国からやってきた政府の男は一真の引き取り手続きを済ませた書類を取り出した。その書類にはすでにサインが済まされており、後は受理されるだけとなっている。


「まだ本人の意思確認が出来ていないと思うのですが……?」

「それはこれから後ほどしようと思っています」

「本人が拒否をすれば受理されませんよ? それでもよろしいですか?」

「ふむ……。そこは交渉次第でしょう」


 余裕綽々の態度を見せる男に日本の役員は持っている書類を思わず怒りで破り千切ってやろうかと考えたが、そのようなことをすればどうなるかは明白だ。怒りを抑えて役員は書類を男に返して、息を吐いた。


「わかりました。皐月一真君についてはこちらで話しておきます。後は自分達で交渉をしていただければと」

「オーケー! 分かってくれて何よりだ!」


 高級な革ソファに座っていた男は喜び、立ち上がると役員に対して握手を求めた。


「いえ、我々はよき隣人ですから」


 そう言って笑顔を浮かべた役員は男の手を取り、握手をするのだった。


「(何が隣人だ。自分達の立場を利用して、我が国の異能者を引き抜いておきながら! 全く腹立たしい!)」

「(くっくっく。顔にこそ出してないが、胸の内は俺でも読めるぜ。今、腸煮えくり返ってるんだろ? お門違いだぜ。キレるなら、自分達の無能さにキレるんだな)」


 アメリカと日本は名目上では友好国であるが、実際は上下関係がきっちりとしている。日本はアメリカに対して強く出れないのだ。いいや、強く出れないと言うよりは文句を言えない。所謂、イエスマンが日本である。


「それでは、我々はこれで失礼する」

「部下に送らせましょう。少々、お待ちを」

「いや、結構だ。この後、少し観光をしたいのでね」

「しかし――」

「聞こえなかったかな? 結構だと言ったんだが?」

「ッ……。申し訳ありませんでした。道中お気をつけて」

「ハハハ、大丈夫さ。こっちには魔女がついているんだ。キングでも相手じゃなかぎり世界で一番安全さ」


 爽やかな笑みを浮かべた男はヒラヒラと手を振って部屋を後にした。残されたのは役員とその秘書だけである。

 交渉と言うよりは半ば脅迫に近い話し合いが終わり、役員の男はドッと疲れたように椅子へ腰かけた。


「はあ……」

「あの、お茶でも入れましょうか?」

「すまない。よろしく頼む」

「はい」


 ここ最近で一番疲れたであろう役員の男に秘書の女性が労うようにお茶を淹れる。用意されたお茶を口にしながら、男はぼんやりと天井を見詰めていた。


「なあ、彼はアメリカに行くと思うかね?」

「……率直な意見を言っても?」

「ここには私と君しかいない。構わんよ」

「行くと思います。まだ十六歳の少年がアメリカから破格の条件を出されれば飛びつくでしょう。しかも、彼には保護者がいません。今は施設の職員が仮の保護者として登録されていますが、アメリカのそれも有名な異能者が保護者になるのですから、断ることはないと思います」

「だよな~~~……」


 分かってはいるが、やはり納得のいくようなものではない。男は盛大に溜息を吐いて恨み辛みを零すのであった。


「はあ~~~。あのくそ老人共死なねえかな~。なーにが確かな証拠がないから動けんだ! 他国から賄賂貰ってるの知ってるんだからな! 皐月一真を手放せって言われてるのもこっちは入手済みなんだよ! 自分達が良ければ国民なんてどうでもいいってか! ホント屑の掃き溜めだわ! だから、真田にも見放されるし、有能な異能者は待遇の良い他国に出て行くんだよ! 分かってんのか、バカヤロー!!!」

「あの、それ以上は流石に……」

「分かってる……。でも、今だけは愚痴らせてくれ」


 流石に現状を理解している秘書もそれ以上は何も言わなかった。何も言えなかった。目の前の男が必死に日本を変えようと孤軍奮闘しているが、敵はあまりにも巨大すぎる。それこそ、圧倒的な暴力でもなければ覆すことは不可能だろう。


「(もし、もしも、紅蓮の騎士がこの人の味方に付くことが出来れば……)」


 あり得ない妄想をして秘書は頭を振った。所詮、夢物語である。叶う事は一生ないだろう。


 ◇◇◇◇


 謎の番号から電話がかかってきた一真は警戒して無視をしたが、どれだけ無視をしても呼び出し音コール鳴りやまない。流石に煩わしくなってきた一真は切れ気味で電話に出た。


「はい、もしもし!」

『ハロー!』


 ブツっと電話を切った。今、耳にした声は間違いない。体育祭の時に乗り込んできた魔女である。忘れるわけがない。あれほどの強烈な衝撃インパクトを残した女だ。


「な、なんで?」


 どうして、魔女が自分の電話番号を知っているのかと混乱していたら、また携帯電話が鳴った。画面に表示されているのは先程と同じ電話番号。魔女である。一体何が目的なのだろうかと一真は考える。


「(まさか、正体がバレた? いや、でも、確定してるわけじゃないはず……。多分、体育祭の件での謝罪とかかな!)」


 否定する一真であるが残念ながらバレている。勿論、確証があるわけではないのだがほぼ一真が紅蓮の騎士だと向こうは結論を出している。

 今回の電話は謝罪などといった軽いものではない。アメリカに勧誘すると言った非常に重たい話で今後の人生を左右されるものだ。


「もしもし……」

『さっきなんで切ったのー!』

「いや、だって、急に電話かけてくるから」

『そっか! それはごめんね! 実は話したいことがあるんだけど、今から会えない?』

「断ったら?」

『家凸するよ! しかも、私が直接ね!』


 事実上の死刑宣告である。もはや、一真に逃げ場はない。これはもうバレたと言っても過言ではないと一真は腹を括る。


「わかった。どこへ行けばいい?」

『今どこにいるの?』

「寮にいるけど……」

『じゃあ、寮の前で待つから、そこに来て』

「わかった。いつ頃、迎えに来るの?」

『これからすぐ。だから、十分もかからないよ!』

「りょ。すぐに準備をするわ」


 と言う訳で一真は急いで着替えを済ませる。財布と携帯だけを手に持って一真は寮の前に出て行く。

 しばらく、携帯を弄って待っていると、一真の前にこれまた目立ちそうな高級リムジンが止まった。

 誰が乗っているか分からないようにスモークが張られたガラス。そのガラスが中の人間の操作で下がっていくと、リムジンの中から顔を出したのは体育祭で出会った魔女。

 彼女はハリウッドスターのようにサングラスを掛けており、一真を一瞥するとドアを開けた。


「やっほー! 久しぶりって言うほどじゃないけど、久しぶりだね! まあ、積もる話は後にして乗って乗って!」

「はい……」


 渋々ながらも一真は魔女に促されてリムジンに乗った。バタンとドアが閉まると、リムジンは颯爽と出発し、街へ消えていくのであった。

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