第30話 僕たち、仲間だもんね! 死ぬときは一緒だよ!
戦闘科の体育祭より大盛況であった支援科の体育祭が終わってから翌日、一真はいつものように登校していた。先日の一件で一躍有名人になってしまったが、特に変わったことはなく、無事に教室へと辿り着いた。
「(殺害予告も上履きに画びょうも机に落書きも何もない……!)」
虐められると予想していた一真は何事もない事に驚いていた。先日はあれ程追い掛け回されたというのに、至って問題なし。それが逆に怖い一真は周囲を警戒するように首を動かした。
「(何かのドッキリか? それとも虎視眈々と狙っているのか?)」
「(そんなわけないでしょう! アレは体育祭と言う一種のお祭りだったから生徒達もタガが外れただけです。普通に考えればいじめなど停学、下手をすれば退学もあり得るのですから、そのようなバカな真似をする生徒なんていません!)」
「(もしかして、桃子……。お前が早くに来て守ってくれたんか?)」
一真より先に登校している桃子は読書をして時間を潰していた。しかし、桃子は一真の為に早起きしたわけではない。ただ単に早起きが習慣づいているだけである。断じて一真の為を思って早起きをしたわけではない。
勿論、そのようなことは分りきっている。一真は桃子がどのような反応を示すのかと面白がって言っているだけだ。
「(いじめられてもヘラッとしてそうなくせに……)」
「(まあ、いじめられたら槇村さんや宮園さんに助けを求めればいいや! 桃子、その時は君もよろしくね! 物を隠された時は透視で頼むわ!)」
一瞬だけビクリと肩を震わせる桃子は自分が透視能力を持っていると嘘を吐いていた事を思い出した。
「(お、覚えてたんですね……)」
言った本人でさえも忘れかけていた事を一真はしっかりと覚えていた。当然であろう。桃子が国防軍からの監視員だと見抜き、心を読んでいることも見抜いている一真だ。絶対に桃子をからかうことの出来るネタを忘れるわけがなかった。
「(ゲッヘッヘッヘ!)」
「(ヒィッ!)」
ゾワリと鳥肌が全身を駆け巡る桃子を一真は猛禽類のごとく目つきで見詰めていた。ここまで来たなら一蓮托生、運命共同体、死ならば諸共といった感じである。覚悟のありようが違った。
「(とりあえず、何事もありませんようにと神様にお願いしておこう)」
一真は神など信じていないが、やはり人間最後は神頼みである。なんとも罪深い生き物だ。普段は信じていないくせに、こういう時だけ都合がいい。
「(わ、私も神に祈りましょう……。それから帰り際に薬を補充しておかないと……)」
気苦労が絶えない桃子は胃薬と頭痛薬を常備していた。立派な中毒者の様になっている。近いうち、ストレスで胃に穴があいて吐血しそうな桃子であった。
◇◇◇◇
一真が欠伸を噛み締めながら授業を受けている頃、中華連邦にあるビルの一角では斉天大聖と、彼と同じくらい、
「で、
「ああ。例のデータを持ち出そうとした職員並びに戦闘員は全員排除したぜ」
「そうか。しかし、どこにでもいるな。あのオカルト集団は」
「まあな。こうでもしないと尻尾を見せない辺り、本当厄介な組織だ」
「忌々しい。ところでアジトの方は何か収穫はあったか?」
「うんにゃ、なにもなかった。俺が突入した時にはもぬけの殻さ」
「ちっ。やはり、一筋縄ではいかんか……」
「どうするんだ、オジキ?」
「ふむ。しばらくは静観でいいだろう。幸い、今回の一件で内にいたネズミは処分できた」
「じゃあ、俺もしばらく遊んでてもいいな?」
「ああ。仕事が出来たら呼ぶ。それまでは休暇で構わん」
「へへっ、やりい!」
休暇を貰って喜んでいる
「ところで、件の少年と対峙してどうだった?」
「歴戦の戦士。それもオジキと同等かそれ以上だ」
先程少年の様に喜んでいた態度から一変して、真面目な顔で王風は真剣に男へ告げた。その言葉に一切の虚飾はなく、嘘偽りのない言葉であった。
「ほう……」
その言葉を聞いて、思わず男は闘気が漏れ出す。空間が歪んでいるかのような幻覚を見た王風は呆れたように笑い、息を吐いた。そして、トントンと顔を叩いてジェスチャーを送る。
「オジキ。顔、顔」
「む……。緩んでいたか?」
「初恋の女に会ったみたいにな」
と表現しているがそのようなものではない。むしろ、十年ぶりに肉へありつける獅子のようであった。
「むぅ……。我慢していたのだがな」
「根っからのバトルジャンキーなオジキが我慢できるわけねえだろ。ちなみに紅蓮の騎士と戦う機会があったらどうするつもりなんだ?」
「無論、腕試しよ」
「カッカッカ! 殺し合いの間違いだろ!」
堪えきれずに笑い声をあげる王風に男は何も言わない。と言うよりも図星なので何も言えない。戦ってみたいと言うのは本当。腕試しがしたいと言うのも本当。しかし、殺し合いをする気はないが、恐らく熱を上げ過ぎて殺し合いに発展してしまうのもまた事実であった。
「皐月一真……か」
「ウチは紅蓮の騎士と断定したが他はどうかね」
「さてな」
しらを切る男であったが予想はついていた。今回の一件で各国が動くことは目に見えている。
「まあ、日本はいつものようにのらりくらりだろう」
「アイツ等、本気で勧誘する気あんのかね? もうほぼほぼ答えなんて出てるだろうに」
「あの国は保身に命を賭けているくらいだ。憶測では動けんのさ」
「はあ~。面倒くさい国だね~」
「そう言うな。そのおかげであの国では我々も自由に振舞えるのだからな」
「その点だけは感謝ってか。笑えるね~」
「しかし、問題があるとすれば……」
「
「ああ、そうだな。それに学園での組手や仮想訓練を見たが常人とは思えない発想もある。パワードスーツを着せればそこいらの戦士など歯牙にもかけないだろう」
「やっぱ、ウチがとっとく?」
「やめておけ。前も言ったが身の丈に合わない力は災いを招くだけだ。紅蓮の騎士である皐月一真と敵対しないように努めておけ」
「へいへい」
「他の連中にも伝えておけ。皐月一真は地雷だ。下手に触れないようにと」
「わかった。ちゃんと通達しておくぜ、
そう言って王風は部屋を出て行った。残された男、覇王は窓際へ近づき、摩天楼から外の世界を見渡す。煌びやかな景色を目にしながら思い馳せるのは紅蓮の騎士と人型イビノムの戦い。
「疼くな……。ああ、堪らなくな」
腕一本、腕っぷしだけで今の地位までのしあがった覇王。暗黒街と呼ばれる犯罪者の街で生まれた彼は生きる為に戦った。暴力以外の生き方を知らない彼はひたすらに戦いへ明け暮れていた。
そこへ彼の噂を聞きつけた政府の人間が軍へとスカウトし、戦う対象が人からイビノムへと変わったが、戦い続ける日々に変わりはなかった。
やがて、男は数多くの戦績を上げて、軍の総大将まで上り詰めた。そこで頭止めであろう。学もなく、ただ強いだけの男であったならば。
しかし、そうはならなかった。彼は貪欲に学び、部下を増やし、国の中枢を乗っ取ったのだ。
そして、反抗してきた勢力を自らの手で叩き伏せた結果、男は覇王と呼ばれるにまで至った。
これが普通の人間であったなら満足して終わりだろう。だが、覇王と呼ばれるようになった今も彼はまだ欲していた。世界最強の称号、全てをねじ伏せる力を。それゆえに中華連邦最強の男、覇王は今も鍛錬に明け暮れている。
「紅蓮の騎士……。やはり、一度は戦ってみたいな」
まさに理想。彼が追い求める姿こそ紅蓮の騎士である。文字通り、他者を寄せ付けない強さ。圧倒的な存在感。その全てが羨ましい。
叶わぬ願いかもしれないが覇王は天に祈ることにした。一度だけでいいから、あの神が如き強さを持つ紅蓮の騎士と戦ってみたいと。
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