第29話 わっしょい、わっしょい! お祭りじゃ~!

 波乱の体育祭が終わりを告げる、ということはなく、魔女と斉天大聖がいなくなったことで再開された。

 しかし、生徒達は先程の衝撃が凄すぎたようで放心状態であり、興奮気味である。その熱は体育祭ではなく、残念ながら魔女と斉天大聖という有名人についての話題に全振りであった。


 もはや、体育祭どころではない。生徒達は競技を放り捨てて、先程の二人についてばかり話している。

 それは進行係を務めている生徒でさえ例外ではない。彼等は渦中にいた一真が気になって仕方がない様子であった。


「お、おい、一真! お前、お前! 一体どういうことだよ!」

「お、俺にも分からん」

「そんなわけねえだろ! 斉天大聖に襲われたと思ったら魔女に助けてもらっておいて!」

「いや、襲われる理由も皆目見当がつかんし、魔女もなんで助けてくれたかもわからん」

「だけど、めっちゃ親しい感じだったじゃねえか!」

「まあ、なんか魔女の方はそんなに怖くなさそうだったし」

「だ、だからってほっぺにチューとかするか!?」


 一番重要なのはそこであった。幸助にとって一真が魔女にキスをされたのが一番気になっている所であった。何故、キスをされたのか。二人はどのような関係なのか。知りたいことが山ほどあるというのに一真は現状を理解していない。それがもどかしい。


「お前な! どんだけやばい事か分かってるのか?」

「いや、よくわからん。魔女にキスされたって言っても口じゃなくてほっぺだぜ? そんな大騒ぎすることでもないだろ」

「するわ、アホ! 魔女がどれだけ凄いかお前よく知らないんだろ!」

「いや、それくらいは知ってるって。キングに次ぐ人気の異能者だろ? 可愛くて強い配信者だってのは知ってるさ」

「どんだけフォロワーやファンがいるかも知ってるのか?」

「確か……一千万だっけ?」

「一億五千万だよ! 日本の人口超えてるわ!」

「おう……」


 正直、一真は世俗に関しては大した興味を抱いていなかった。勿論、異世界に行く前は幸助同様に騒いでいただろうが、異世界へ行ったことで価値観が狂ってしまったのだ。

 それゆえにトップの異能者達の輝かしい功績などは記憶の彼方へ消えている。情報が古いとかいうわけではなく、単に忘れてしまったのだ。かつて憧れていた異能者達の事を。


「分かるか? そんな大人気の彼女が他でもないお前にキスしたんだ! ほっぺとはいえ、これは大事件だ!」

「俺、殺されるかな?」

「安心しろ。今から俺が上書きしてやる」


 そう言うと幸助は口をタコの様にすぼめてムチューッと迫ってくる。吐き絵を催すほど気持ちの悪い光景に一真は思わず幸助を引っぱたいた。


「いてーッ! 何すんだ!」

「それはこっちのセリフだ! キショイことすんじゃねえよ! 思わずゲロ吐くところだったぞ!」

「テメエ、折角人が魔女のファンに殺されないように上書きしてやろうとしてるのに、叩くなんてどういう了見だ!」

「アホか! そんなの頼んでないし、余計なお世話なんだよ!」

「くッ! 仕方ねえ! こうなったら、無理やりにでも!」

「血迷ったか! 幸助ッ!」

「やらいでか! うおおおおおおお!」


 完全に暴走してしまった幸助が襲い掛かってくる。一真は襲い来る幸助の懐へ飛び込み、襟首を掴んで華麗に一本背負いを決めた。


「グワーッ!」

「頭を冷やせ! お前は冷静さを失っている!」

「正気でいられるかよ……! あんなものを見せられて正気でいられるわけねえだろうがぁッ!」


 それは悲痛な叫びであった。非モテ男子の心の底からの叫び。少しくらい夢を見させて欲しいと言う切実な思いから放たれた一言であり、童貞の願いである。


「幸助……お前……!」

「今だ、やれェッ!」

「何ッ!?」


 背後には複数の男子生徒。恐らくは、いいや、彼等は間違いない。魔女のファンなのだろう。一切の躊躇ためらいなく彼等は襲い掛かった。

 油断していたわけではない。幸助の熱意が一真の意識を彼等に向かないように集中させた賜物である。一真は背後から襲い掛かってきた男子生徒たちに押しつぶされてしまった。


「うぼあッ! こ、こんなことしてお前達の良心は痛まないのか!」

「うるせーッ! 伊吹の言う通り、お前が羨ましいんだよ! 少しくらい幸せのお裾分けしろ!」

「うわーッ! やめろーッ!」


 男子生徒達は魔女にキスされた一真のほっぺに唇を寄せていく。これはキツイ。最悪な絵面である。

 タコの様に一真のほっぺに吸い付こうとする男子生徒達に女子一同はドン引きだ。吐き気を催し、顔を青くしている子までいる始末だ。


「うおおおおおお! 火事場の馬鹿力じゃあッ!!!」


 あと数センチというところまで迫ったタコの集団を吹き飛ばして、立ち上がった一真は一目散に逃げだした。

 当然、魔女のファンは諦めない。逃げた一真を追いかけていく。もう体育祭どころではない。だが、ある意味で祭と呼べる代物であった。


『さあ、誰が皐月一真選手を捕まえることが出来るのか!』


 体育祭が中断されたのなら仕方がない。新たな祭となった皐月一真捕獲作戦に放送係はノリノリで解説を始めた。

 本来なら止めるべき教師陣も悪ノリをしている。一真の逃走劇を見ながらニヤニヤと笑っていた。


「(くそぅ! 法律が許されるなら、アイツ等全員叩き潰してやるのに!)」


 忌々し気に一真は傍観者気取りの教師陣を睨んでいた。普通は大人として、教師として止める立場であろうに、面白いからと放置するのはどうかと思う。こうなれば仕方がない。一真は教師すらも巻き込んでやると教師陣のテントへ一直線。


「な!?」

「こっちに来るぞ!」

「誰か止めて!」

「まさか、我々も巻き込むつもりか!」

「見ろ、邪悪な顔してるぞ!」


 どこぞの世紀末に出てくるチンピラのような顔をして一真は教師陣のテントへ突っ込んだ。当然、一真を追いかけていた生徒達も例外ではなく、テントへ突っ込んだ。てんやわんやの大騒ぎである。


「ちくしょう! どこいった!」

「探せ! どさくさに紛れて隠れてるはずだ!」

「絶対に逃がすなよ!」

「お、お前等落ち着け! ここは先生たちのテントなんだぞ!」

「うるせーッ! それなら最初から止めてればよかったんだよ!」

「きょ、教師に向かってうるせーとはなんだ!」

「俺はここだよ~ん」


 今更、教師らしく振舞った教師の背後から一真は顔をのぞかせて、生徒達を盛大に煽った。煽り耐性が低いわけではないが、調子に乗っている一真を見て生徒達は怒り爆発。


「見つけたぞ! あそこだ!」

「ちょ、まッ!」


 哀れなり教師。暴徒と化した人間を止められるはずもなく、人間トレインによって引き倒され、生徒達に踏みつけられてしまい、虫の息になるのであった。幸い、どこにも怪我は負ってない。


「やば……」


 その光景を見ていた一真は笑みを消した。自分を見捨てた教師陣に天罰が下ったのはいいが、もしもアレが自分にも向けられたらと思うと他人事ではなかったのだ。というか、アレより酷いのが待ち受けているのは確かだ。


「ぜ、全力疾走じゃい!」

「待てーッ! 逃げるなーッ!!!」


 混沌カオスとなった体育祭に観客は大興奮である。支援科の体育祭など普通の体育祭と同じで大した期待などしていなかったが、まさか二人の有名人の登場に加えて魔女のファン達の暴走。

 巻き込まれるのは勘弁願いたいが見る分には面白い。生徒たちの醜い争いに観客は愉快に爽快に、そして痛快に笑っていた。これぞエンターテイメントである。


 この日、第七異能学園で行われた支援科の体育祭はかつてないほどの盛り上がりを見せた。学園が録画していた動画はネットに公開され一千万再生を超える大反響となり、世間を騒がせるのであった。


 無論、騒動の中心となったのは魔女と親しげな謎の少年こと皐月一真は彼女のファンクラブに特定された。一真の平穏な生活はどうなることやら。

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