第28話 花いちもんめ! あの子が欲しい! あの子じゃわからん!

 両手を組んで必死に祈りを捧げる桃子を見て一真はドン引きしていた。自分も大概であるが彼女も相当やばいと一真は桃子に対して顔を引きつらせている。


「あっ!」

「ッ!」


 魔女が桃子を思い出したのか、突然驚きの声を上げる。ついに恐れていた事態が訪れたかと桃子は背中から嫌な汗が流れ、ここで自分の命運は尽きるのだろうと全てを諦めた。


「(ああ、終わった……)」

「貴女、ちょっと匂うわよ?」


 別に臭いわけではないのだ。しかし、やはり、体育祭をしていたので彼女は少し汗臭いのは事実。しかも、今は別の意味で汗をかいているので拍車がかかってしまった。

 悪気はない魔女の一言により、桃子の中の何かが決壊した。一真によりストレスを与えられ、トドメに魔女の何気ない一言だ。せき止めていたものが溢れ出してしまうのも仕方がなかった。


「臭くありません!!! なんなんですか、貴方達は揃いも揃って人を臭いだなんて! 女性に言ってはいけない言葉トップスリーでしょう! 少しはデリカシーというものを考えてください!!!」

「「あ、はい」」


 全身を震わせて真っ赤に顔を染めている桃子は目じりに涙を浮かべている。流石にそのような表情をされれば二人も黙るしかなかった。

 完全に悪者扱いだ。魔女はともかく一真は当然であるが。なにせ、彼女へ嫌がらせを行い、弄んでいたのだから。


「ねえねえ、なんであの子、あんなに怒ってるの?」

「そりゃ、アンタが臭いとか言うから」

「でも、運動してた後でしょ? だから、匂うのは仕方ないんじゃない?」

「それはそうだけど、もう少しオブラートに包んであげるのが大人ってもんでしょ?」

「じゃあ、制汗スプレーでも貸してあげましょうか? って言えばよかったの?」

「多分、違うんじゃね?」

「そこ! 何をこそこそと話しているのですか! きちんと正座していなさい!」

「「は、はい!」」


 有無を言わせぬ桃子の雰囲気に二人は圧倒されている。檻から解き放たれた野獣の如く荒ぶっている桃子の説教を延々と聞かされている二人は絶賛、正座中である。

 唯一、幸いなのはテントの下に敷かれているブルーシートの上という事。これが直に地面だったのなら、二人は無事では済まなかっただろう。

 もっとも、ブルーシート一枚では小石などの凹凸が貫通してくるので普通に痛かったりする。


「結構、痛いけど大丈夫か?」

「無理。正直限界」

「足つんつんしていい?」

「ダメに決まってるでしょ! そんなことしたら、貴方の頭をトマトみたいに弾け飛ばすからね!」

「ひえッ……狂気すぎひん?」


 どうして、念力使いは毎回頭をトマトの様に潰したがるのか理解できない一真は青ざめていた。あまりにも猟奇的すぎる殺害方法に誰もが理解を示さないだろう。


 説教をされているというのに、相も変わらず悪ふざけをしている目の間の二人に桃子は怒りに任せてものを言おうとしたら、後ろから肩を掴まれる。邪魔をするのはどこのどいつだと桃子が勢いよく振り返ると、そこには魔女と同じく金髪サングラスの男が立っていた。


「ソーリー、日本のエージェント桃子。いや、サトリと言えばいいかな?」


 桃子の肩を掴んでいる男はそっと彼女の耳元に近づいて囁いた。


「ッ……」


 目を見開き、驚愕の表情を浮かべる桃子。不本意ではあるが読心の異能を持つ彼女は日本の妖怪であるサトリという異名を授かっている。

 本人はその二つ名を気に入っていない。何故に妖怪の名前なのかと今も二つ名を付けたであろう上層部を恨んでいるのだ。


「失礼ですが貴方は?」

「俺はそこのお姫さんの付き添いだ。本当はそこの少年とほんの少しお話しして帰るだけだったんだが……」


 桃子は読心で男の内側を暴き、真実を言っている事を理解した。そして、今はとても困っていることも見抜いた。


「なるほど。彼女の独断専行ですか……」

「中華の奴らが穏やかにしてくれていたら姫も動かなかったんだがな~」

「それはご愁傷さまです。後ほど、基地の方にも来ていただけますね?」

「お忍びだったんだが、ここまで目立っちまった以上は覚悟の上さ」

「わかりました。でしたら、これ以上の追及はしません」

「サンキュー。それにしても驚いたぜ。アンタ、姫さん相手にお説教だなんて肝が据わってるじゃねえか」

「そ、それは気が動転していたというか……周りが見えていなかったというか……」

「ハハハハ。まあ、面白いもん見れたからいいさ。それじゃ、バーイ」


 桃子の苦労を感じ取った男は愉快そうに笑みを浮かべて、彼女の肩をポンポンと叩くと魔女を回収した。


「あ、なにするの! まだ話終わってないのに!」

「バカ。周り見てみろ。これ以上、ここにいたらややこしいことになるだけだ」

「でも、まだ何も聞いてないし、話してもないんだよ!」

「ダメだ。ここらが潮時だ」

「じゃあ、少しだけ待って!」

「あ、おい! 何する気だ?」


 捕まっていた魔女は男の手から逃れると、一真のもとへ一目散に向かう。真っすぐに自分の方へ向かってくる魔女に一真は身構えていると、彼女はダイブした。

 思わず受け止めてしまった一真は目を丸くしていると、その隙を狙った魔女が一真の頬にキスを落とす。


「へ?」

「えへへ。実を言うとちょっと嬉しかったんだ~。私って結構有名人だから貴方みたいに接してくれる人が少なくてさ。ほら、やっぱり、異能者だからって怖がる人も多いんだよね。でも、貴方はごく普通に話してくれたから、それが嬉しかったの。だから、これはお礼ね」


 そう言うと魔女は反対側の頬にもキスをする。ハニトラでもない、純粋な行為に一真は狼狽いていた。


「(おうおうおうおう!?)」

「貴方が紅蓮の騎士じゃなくてもいいから、またいつか会おうね。じゃ、バイバーイ!」


 フリーズしてしまった一真を置いて魔女は元気よく手を振って、一緒に来ていた男と第二グラウンドを去っていった。


「(奴はとんでもないものを盗んでいきました!!!)」

「(はいはい、どうせ心とか言うんでしょ?)」

「(僕のピュアなハートです!!!)」

「(予想していましたが、予想以上にうざったいですね)」


 ぼーっと魔女が去っていった方向を見詰める一真の心を読んだ桃子は呆れたように溜息を零すのであった。


 ◇◇◇◇


 第七異能学園の校門を潜って魔女と男は国防軍の基地へ向かおうとしていた。その時、思わぬ客が訪れる。二人は足を止めて、サングラスを外して客の顔を鋭い視線で睨んだ。


「何の用だ。斉天大聖」

「そう睨むな。大した用事じゃない」

「だったら、なに? 言っておくけど、これ以上ちょっかい掛けるなら本気で潰すよ?」


 第二グラウンドで見せたのは本気ではなかった。魔女が少し力を込めると、周囲の小石が浮かび上がり、彼女の体からはオーラが立ち昇っていた。


「言っただろ。大した用事じゃないって。俺が言いたいのは一つだけだ。中華連邦は皐月一真を紅蓮の騎士と断定した」

「つまり、戦争ね?」

「結論が早いんだよ。そうじゃねえ」

「じゃあ、なに? もしかして、手を引くってわけ?」

「そうだ」

「「はあッ!?」」


 これには魔女だけでなく一緒にいた男も驚きの声を上げた。先程は一真の正体を見極めるべく、襲撃したというのに一体どういう風の吹き回しだと二人は疑問を抱いた。


「とはいってもだ。決定的な証拠がないから確かなことは言えないが。ウチは皐月一真を紅蓮の騎士と見なして、手を出さないことに決めた」

「それはどうしてよ?」

「さっきの反応だ。普通なら俺に襲われた時点で腰を抜かすか、失神でもするだろう? それなのに平然としている上にお前と悠々と会話をしていた。状況だけで見れば、紅蓮の騎士と見てもいいと思った」

「た、確かに私もそれは不思議に思ったけど……」

「そうだろう? アレは異常だ。ただの学園生じゃねえ。しかも、支援科ときた。もう疑う余地もねえと思うがな」

「でも、それならなんで国に引き入れようとしないわけ?」

「爆弾すぎるだろ? 下手に手を出して敵対されたら敵わん」

「アンタ、さっき思いっ切り襲ってたじゃない」

「まあ、そうだが……。見た感じ、これ以上何もしなければ大丈夫だろ」


 斉天大聖の言う事は正しかった。一真は平穏な生活を脅かされなければ特にどうということはない。ただ、これが自国へ引き入れようと画策し、妙な真似をすれば一真は間違いなく排除していただろう。


「そういう見極めは得意なのね」

「それが強くなる秘訣でもあるのさ。まあ、それじゃ、ウチはこれで退散するぜ。お前等は好きにやりな」

「本当に中華は手を退くの?」

「身の丈に合わない力は災いを招く。それが上の出した答えだ。ただ、まあ、ウチの叔父貴オジキでも対処できない案件があれば話は別だろうがな」

「なるほどね。当面は紅蓮の騎士は必要ないってことね」

「カカッ。そりゃあな。うちは叔父貴を筆頭に強者が揃ってるんでな。どこぞの弱小国家とは違うんだよ」


 まるで勝ち誇ったかのように斉天大聖は片手を上げて去っていく。その後ろ姿をずっと見ていた魔女は振り返り、斉天大聖とは反対方向へと進んでいく。


「彼が紅蓮の騎士かどうかはともかく、これから色々と動きそうね」

「今日は驚いてばっかりだったな~」

「今後、もっと驚くようなことが増えるかもね」

「そいつは勘弁願いたいもんだ」


 こうして一真を巡った騒動は一時休止となる。各国は決定的な証拠こそ押さえることは出来なかったが、状況証拠をもとに一真を紅蓮の騎士と断定し、調査するだけに留めるのであった。

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