第27話 え? もう体育祭は終わりなの?

 突如として現れた二人の有名人ビッグネームに第二グラウンドにいた一同が騒然としている。体育祭も一時中断されるほどの騒ぎになっていた。もっとも、続けられるような雰囲気ではないが。


「(体育祭はもう終わりかな~)」


 借り物競争の途中だった一真は残念そうに肩を落としていた。その様子を近くで見ていた魔女は首を傾げている。


「(なんで残念そうにしてるんだろー?)」


 助けてあげたのに、何故か肩を落として残念そうにしている一真が不思議で仕方がなかった魔女は地上へ降りて、肩を落としている彼に話しかける。


「もしもーし」

「んあ?」

「あ、生きてる?」

「いや、生きてますよ。てか、なんで日本語喋れるの?」

「そっち? まあ、いいけどさ」


 魔女はフランクに話しかけているが普通はもっと別の反応をするだろう。それこそ恐れ戦いて身構えるはずなのに一真は自然体である。緊張している様子もなく、かといって強がっているということもない。

 本当にごく自然とした状態だ。まるで知人にでも会ったかのような態度に魔女は少し興味が沸いた。


「日本語が喋れるって言うより、これが勝手に翻訳して伝えてるんだよー」


 そう言って魔女が取り出したのはネックレス。どこからどう見てもただのネックレスにしか見えないが、どういう原理で日本語に翻訳しているのだろうかと一真はネックレスをジッと見詰めた。


「これに小さい翻訳機がついてるの。だから、いちいち設定しなくても相手をスキャンして勝手にその相手にあった言葉を翻訳してくれるんだ」

「へー。だから、中国語と英語で話してるのに通じてるように見えたのか」

「そうそう。海外に行くときは必需品なんだよ?」

「海外行かないし」

「ありゃ、それは勿体ない! 合衆国ステイツに来てくれればお姉さんが観光案内してあげるよ?」

「ホントっすか! 旅費も出してくれます?」

「出す出す~。それくらいお安い御用だよ~!」


 この光景に誰もが口を開いた。一真が今喋っている相手は世界屈指の異能者である魔女だ。普通なら畏れ多くて話しかけることさえ出来ないだろう。

 だと言うのに、一真はまるで友人のように接しているのだ。目を疑ってしまうのは当然であろう。


「テメエら、さっきからぺちゃくちゃと……! 人を無視するのもいい加減にしやがれッ!!!」


 ずっと放置されていた斉天大聖が怒りを爆発させた。怒鳴り声を上げて斉天大聖は棒を伸ばして振り上げる。しかも、よく見ると棒は太さを増しており、巨大な大木のようになっている。アレが降ってくればひとたまりもない。


「もう~~~! 邪魔なんだから!」

「ビッチ! まずはテメエからミンチにしてやる! ガキはその後だ!」

「だ~か~ら~、私はウィッチって言ってるでしょ! これだから低能な猿は……」


 やれやれと肩を竦めた魔女は上から降ってくる棒に手を向けると、念力で受け止めた。そして、手を振り払い、斉天大聖の武器である棒を念力で投げ飛ばす。


「うおおおおおおお!」


 武器を投げ飛ばされたが斉天大聖は伸縮の異能を使って、棒を極限にまで縮めて手の平に押さえ込んだ。


「まあ、それくらいはやるか~」

「はっ、当たり前だろ! 俺をそこらの雑魚と一緒にしてもらっちゃ困るな」

「アハハハ! それなら私も少し本気を出そうかな――」


 両者共に退くと言う選択肢はなく、お互いに戦闘態勢へと移行する。とてつもないプレッシャーと緊張感に包まれている中、一真はすたこらさっさと逃げ出していた。


「(巻き込まれるのはごめんだ。勝手にやっててくれ)」


 避難した一真は自身のクラスのテントに戻っていた。第二グラウンドの中央でこれから激戦が始まろうとしていた時、乱入者が現れる。


「両者、そこまでだッ!!!」


 斉天大聖と魔女の間に割って入ったのは日ノ本最強のつわものと呼ばれる真田さなだ信康のぶやすであった。彼は愛刀を片手に二人の間に立っている。


「ちッ……。侍か」

「わお、信康!」

「これ以上の狼藉は許さん。まだ暴れ足りないなら俺が相手をしてやる!」

「……興ざめだ。俺は帰る」


 斉天大聖は完全にやる気をなくしたようだ。武器をしまい、信康に背中を向けて第二グラウンドを出て行く。魔女はそれを見て、両手を上げ、抗戦の意思はないとアピールした。


「……はあ、全く。いったいどうなっているんだ」

「アハハハ、ごめんね、信康~」

「悪いと思っているなら、誠意を見せてほしいんだが?」

「土下座でもすればいいの? それとも腹切りとか?」

「そんなことはしなくていい。俺にではなく迷惑をかけた相手に頭を下げろということだ」


 そう言って信康が指を差したのは支援科の体育祭を指揮していた教師陣並びに生徒達であった。魔女もそれを見て納得したようにポンと手を叩くと、彼等の方へと近づく。


「ごめんなさい!」


 潔く魔女は頭を下げた。今日は何度驚けばいいのだろうか。教師陣はまるで質の悪い夢でも見ているかのような気分であった。残念ながら現実である。まさに事実は小説より奇なりであった。


「ところで、どうして君がここにいる?」

「あ、そうだった!」


 魔女は一真の事を思い出してキョロキョロと首を動かすが、彼は現在桃子の背中に隠れているので、そう簡単には見つけられない。


「ちょっと! どうして私の背中に隠れてるんですか!」

「ほんのちょっとの間だけでいいからお願い!」


 小声で話す二人。その近くには当然クラスメイトもいる。一真はどうして隠れているのだろうかとクラスメイトは疑問に感じていた。先程はとても親しく話していたのだから出て行けばいいのにとモヤモヤしているのだ。


「(ここを抜け出して本部に合流しなければならないというのに!)」

「(そんなこと言わずに隠れ蓑になってよ!)」

「(くッ! どうして会話が成立するんですか!)」

「(逃がしはしない! 死ぬなら一緒だ!!!)」

「(頭が痛くなる……! ていうか、人を盾にしないでください!)」

「(それにしても桃子……ちょっとくさいぞ)」

「(どさくさに紛れて匂いをかがないでください! あと臭くないですから!)」

「(制汗スプレー借りてこようか?)」

「(妙な気遣いするくせに、なんで人を盾にするんですか!)」

「(お隣さんやん! 俺達!)」

「(席が隣なだけでしょ! あと、狙ったように会話を繋げないでください! 混乱してしまいますから!)」


 ここぞとばかり一真は桃子をからかう。一真は桃子が国防軍だという事を察しているので嫌がらせをしているのだ。彼女は恐らく仲間と合流し、国防軍と協力して魔女の目的を暴くのが仕事なのだろうと一真は予想している。

 その為、心を読む桃子を行かせまいと妨害をしているのだ。異世界を救った勇者とは思えない姑息な男である。


「(行かせはせん! 行かせはせんよーッ!)」

「(セクハラだって叫んでやりましょうか!?)」

「(むっ! これ以上やるとセクハラで訴えられるかも!)」

「(こ、こいつ! 毎回引き際だけはきっちりしてるのなんなんですか!)」


 桃子が無駄に体力と神経をすり減らしていると、そこに救世主というよりも一人の厄介者が現れた。


「あーッ! 見つけた!」

「げぇッ!」

「その反応は酷くない? 私、こう見えても凄い有名人なんだよ?」

「東雲さん! 追い払って!」

「はあ!?」

「ん? 貴女は誰かしら?」

「え、あ、いや、私は……その……」

「んん~?」


 怪訝そうに眉をしかめて魔女は桃子の顔を覗き込む。二人は面識がないのだが、桃子は国防軍であり魔女はアメリカで指折りの異能者だ。もしかしたら、どこかで顔くらいは見ているかもしれない。


 それゆえに魔女は一真ではなく桃子の顔をジッと凝視している。どこかで見たことあるような、ないようなと首を傾げていた。


「(もしかして、知り合いなのかな?)」

「(知り合いじゃありませんよ! ですが、どこかで顔くらいは合わせてるかもしれません……)」

「(う~ん? どこかで見たことあるような顔なんだけど、どこだったかな~?)」

「(思い出さないでください! 思い出さないで!)」


 面倒事にしかならないことは分かっているので桃子は必死に思い出さないよう懇願していた。果たして、その祈りが届くのかどうか。

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