第26話 そりゃ来るよね。だってスパイ天国日本だぜ?

「ほ~。今年は結構な粒ぞろいだな」

「ここ第七異能学園は人型イビノムの脅威を退けた場所ですからね。その際、紅蓮の騎士だけでなく生徒達も奮闘したとのことです」

「ふ~ん。で、誰が紅蓮の騎士なんだ?」

「我々の得た情報ですと戦闘科の生徒ではないそうです」

「なんだと? じゃあ、部外者か?」

「いえ、こちらではなくあちらの会場で行われている支援科の生徒が現在最有力候補となっています」

「名前と顔は?」

「こちらをご覧ください」


 渡されたタブレットを短髪の偉丈夫がサングラス越しに見詰める。


「皐月一真。支援科一年生、異能は置換。入学式初日に交通事故にあって三か月遅れの入学。入学直後にイヴェーラ教のテロに巻き込まれ、夏休みには人型イビノムに襲われ、最近だと暴走した異能者に襲われてるのか……。なんと言うか、かなり不幸な奴だな」

「ええ、はい。その通りです。それよりも注目すべきは、この事件に全て第三者が介入しています。テロの際には国防軍を名乗る不審者、紅蓮の騎士、そして白銀の騎士。その現場にこの少年は必ずいました」

「監視カメラにも映ってるし、紅蓮の騎士の時は同じトイレから出てきてるのか」

「はい。状況証拠だけで言えば間違いなくこの少年です」

「しかし、決定的な証拠がないと?」

「残念ながら、この少年からは置換の異能以外の反応はありませんでした」

「くっくっく、なるほどな」

「あの……なにか可笑しかったでしょうか?」

「いいや、可笑しいことはねえ。ただ、面白くなりそうだと思っただけさ」


 何かを思い付いたのか男は戦闘科の体育祭が行われているグラウンドから移動し、支援科の体育祭が行われている第二グラウンドへやってきた。

 早速、例の少年こと一真を見つけるべく男はキョロキョロと首を動かしてグラウンドを見回した。


「見つけた」


 ニイッと獰猛な笑みを浮かべた男は耳のくぼみに隠していた武器を取り出し、グラウンドに向かって歩き始めた。

 彼と一緒にやってきていた男が必死に止めようと声を掛けるが男は聞く耳を持たず、そのまま一真がいるグラウンドへ歩いて行った。


 ◇◇◇◇


 一真は借り物競争の途中でグラウンド内を歩き回っていた。すると、そこへ見慣れないスーツを着たサングラスを掛けている短髪の偉丈夫が近づいてきた。


 誰かの保護者なのかと一真は不思議そうにその男を見詰めていると、放送係の生徒がその男性に声を掛ける。


『どなたのお父さんかは知りませんが競技場内は危ないので観客席へお戻りください』


 しかし、止まらない。男は注意を受けても止まらずに一真へ向かって真っすぐに突き進む。流石にこれは見過ごせないと教師陣が動き、男を止めようと近づいた時、教師たちはピタリと止まった。


「(なんで止まったんだ? さっさと連れて行った方がいいんじゃねえの?)」


 その瞬間、一真は敵意を察知した。グラウンドに侵入してきた謎の男から明確な敵意を向けられたのだ。


「(は? 俺に用があんの?)」


 とはいえ、異世界で何度も敵意を向けられ、一般人が失神するくらいの殺気を向けられてきた一真だ。特に怯えることもなく普通にしていた。しかも、何故自分に敵意が向けられているのだろうかと呑気にまでしている。


「(え~、なんかしたかな、俺)」


 考えられるのはイヴェーラ教や国防軍だが、どちらもこのような大胆な事はしないだろう。であれば、別の組織だ。一真は一体どこの誰だろうかと考えるが全く見当がつかない。


 その光景を観客席から見ていた帽子をかぶり、男と同じようにサングラスを掛けていた金髪の女性が呟く。


「ありゃ、私達以外にもいたかー」

「そりゃいるっしょ。日本だけじゃない。全世界が注目してるんだぜ?」

「あれ、やばくない? 多分、アイツやる気だよ」

「マジか? こんなところで?」

「ちょっと、助けに行ってくる」

「あ、おい!」


 女性を止めようと一緒に観戦していた男が手を伸ばすが空を切る。止めることが出来なかった男は額に手を当てて、後悔するがこうなった以上仕方がないと高を括るのであった。


「悪いな。俺は面倒なのが嫌いなんだ。だから、正体見せてくれや」


 一真に向かっていた男は腰を落として武器である棒を構えた。そして、大きく叫ぶ。


「伸びろ!」


 男の言葉に従った棒が真っすぐに一真へ向かって伸びていく。まるで弾丸の如く真っすぐにだ。直撃すれば無事では済まないだろう。勿論、男は殺す気はない。


 これは試しているだけだ。一真が紅蓮の騎士ならなんらかの行動アクションを起こすだろうと男は予想している、何もなければ一真はただの無能ゴミ。しかし、ほんの少しでもおかしな動きを見せれば紅蓮の騎士と断定。


 どちらに転んでも自分の利益になることは間違いない。そう男は確信して口角を釣り上げた。


「(わお! マジかよ! こんな人目のつくところで堂々と攻撃とかイカれてやがる! でも、意外といい方法なのか? 俺が回避や防御でもすれば多分紅蓮の騎士だって決め付けれるし……)」


 なんとなく男の狙いが分かった一真は冷静に分析していた。もうすぐ目の前に棒が到達すると言うのに随分と余裕なものである。


「(う~ん。あの手の輩って少しでも妙な動きをすれば看破してきそうなんだよな。仕方ない。嫌だけど顔面陥没くらい甘んじて受けるか~)」


 男が本気で殺すつもりはないと気づいていた一真は微動だにせず攻撃を受け止めることを選んだ。痛いのは当然嫌だが、かといって平穏な生活を奪われてはたまらないので最悪顔面陥没、よくて鼻の骨折を受け入れることにしたのだった。


 まるで鳩が豆鉄砲でも喰らったかのように一真は間抜けな顔を晒して、棒を受け止めようとしていた時、緑色のガラスが眼前に現れた。


「え?」

「なに!?」


 一真と男は驚きの声を上げる。男が放った攻撃は緑色のガラスに阻まれ、一真は怪我一つない無傷。

 一体どこのどいつが邪魔をしてきたのかと男が苛立ち、せわしなく首を動かしていると上から声が聞こえてくる。


「は~い。こっこよ~」


 一真と男が声の方へ振り向くと、そこには宙に浮いている帽子をかぶり、サングラスをかけている金髪の女性がいた。

 サングラスのせいで表情は分かりにくいが口元が笑っているので、恐らくはフレンドリーな人物なのだろう。その彼女を見た男が忌々しそうに叫んだ。


「ビッチ! テメエもか!」

「ビッチじゃないっていってるでしょ! ウィッチ! 私は魔女ウィッチだって言ってるでしょ! お猿さんには難しかったかしら?」

「テメエこそ間違えてんじゃねえぞ! 俺は斉天大聖だ!」

「だから、サルでしょ? 変わらないじゃない」


 突如として第二グラウンドに現れた二人の男女。男は斉天大聖と名乗り、女は魔女ウィッチと名乗った。その名前を聞いていた全員が驚愕の声を上げる。


『うえええあああああああああああッ!?』


 斉天大聖、魔女。この両名は世界に轟く有名人である。斉天大聖は中華の異能者で伸縮と身体強化の二つ持ちであり、魔女はアメリカの異能者でバリアと念力の二つ持ちである。

 どちらも世界で指折りの実力者だ。それがなぜ、このような場所にいるのかと全員が思っていた。その中で二人だけ別のことを考えていた。


「(アメリカと中華って情報ダダ洩れじゃん! まあ、スパイ国家っていうくらいだから仕方ないか~)」

「(まさか、アメリカと中華が出てくるなんて! しかも、どちらもビッグネーム! もしかして、皐月一真を取り込むつもり?)」


 一真は自身の情報が他国に抜き取られていることに呆れており、桃子はとんでもないビッグネームの登場に焦っていた。

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