第25話 特に何の変哲もない体育祭!

 ドンッ、ドンッ、と晴天の下、第七異能学園で体育祭の始まりを告げる祝砲が放たれた。


「ひえ~。豪華だな~」

「毎年恒例の行事だからな~。地元の人達も楽しみにしてる祭の一つなんだぜ」

「ああ。だから、正門のところに店とか並んでたのか」

「そうそう。支援科の方は普通の体育祭だけど、戦闘科の方は一種のエンターテイメントだからな。気合の入れようが違うし、なによりも熱気が凄い」

「なんでそこまで熱くなるんだ?」

「勝った方には一か月間、食堂にある有料のスペシャルメニューが贈呈されるんだよ」

「そりゃ熱くなるわ」


 選手宣誓を遠くで聞いていた一真は幸助と話していた。支援科の大半はあまりやる気な人間が少ない。戦闘科と違って賞品など出ないからというのもあるが、ただ単に運動が苦手、雰囲気が嫌いという理由が多い。

 体育祭など運動が出来る陽キャのイベントだろ、と休んでいる者までいる。休んだところでペナルティもないので一真のクラスも数名休んでいる。その中には友人である太一も含まれていた。


 事前に休むと伝えられていたので特に驚くようなことはない。今頃、真面目な太一のことだから将来に向けて勉強をしているころだろうと、一真は暑い日差しの中ぼんやりと考えていた。


「しっかし、やっぱりこっちには観客なんていないな」


 自分達のテントの下に移動している一真はギャラリー席に目を向けて肩を落とす。ガランとした空席は選手たちの心からやる気と言う三文字を削ぐには十分であった。


「まあ、落ち込んでも仕方ないだろ。とりあえず、やれるだけやろうぜ」

「そうだな」


 とはいえ、一応観客はいるにはいる。少ないがちらほらと観客が増えたり減ったりしている。恐らくは戦闘科の体育祭を見に行ったり、支援科の方に来たりと、両方を楽しむようだ。


「ギャラリーなんて関係ないか」

「おい、一真。お前、出る種目多いんだから早く準備しろよ」

「わかってるって」


 幸助に促されて一真は選手入場のゲートへと向かう。一真は個人競技、団体競技のほとんどに出場する事になっている。その理由が欠席者の穴埋めと一真個人の能力が高い為だ。あとは面倒だからと押し付けられたのもあるが、本人は運動が嫌いではないので喜んで引き受けたのもある。


「うっし! それじゃあ、いっちょやるか!」


 やる気満々の一真は第一競技の100m走に望むのであった。


 ◇◇◇◇


 パンと合図が鳴り渡り、選手たちが一斉に走り出す。その中に一真の姿があった。その光景を桃子はテントの中から見詰めている。


「(やはり、身体能力は高いですね……)」


 一真は一着にはなれなかったが奮闘しており二着になっていた。出来るだけ力を押さえた結果が二位だ。本気を出していれば、間違いなく一位だっただろう。魔法抜きでも一真は世界トップクラスの身体能力を得ているのだ。異世界で過酷な訓練を受け、何度も死闘を繰り広げた成果である。


 しかし、悲しいかな。支援科の方は一真が二位という大健闘をしたところで盛り上がるようなことはない。強いて言えば、意外と速かったなという印象が残るくらいだ。数日もすれば記憶の彼方に消えるような印象だが。


 第一種目の100m走が終わり、次の種目へと移る。一真はそのまま連続で出場することになっているので選手が控えているゲートへ向かい、係員からゼッケンや鉢巻を受け取っていた。


「次は200m走でしたか……。それにしても、まさか200m、400m、1500m全部に出るなんてバカじゃありませんかね?」


 無論、バカである。無駄に体力もあるのだが、それ以上に一真はノリとテンションだけで生きているので割りとやらかしたりする。本人は平穏を望んで正体を隠しているがボロが出ているので国防軍、イヴェーラ教に要注意人物として監視及び観察されている。


 勿論、本人も自覚していることなのだが残念ながら今更その性格を変える事はできない。異世界では何度も矯正されそうになったが、テンションが最高潮へ達した時の一真はずば抜けて強かったので一真の師匠たちは諦めたのだ。

 もっとも、その性格が災いして妙なトラブルに巻き込まれたり、絡め手な戦法を得意とする敵に苦戦したりと苦労していた。


「(ああいうところは両親の血を濃く受け継いでいるせいでしょうか。資料によると父親はギャンブル依存症、母親はパパ活してたとありますからね。その場の勢いだけで生きていそうなところはそっくりかもしれませんが……まだ常識が残っているのは育ての親のおかげでしょう)」


 桃子の言うとおり、最大の功労者は一真を育てた施設の人たちである。アホな子であるが真面目で真っ直ぐな子に育ったのは育ての親である施設の人たちの賜物だ。そこだけは感謝してもしきれいないだろう。


 思考を遮るようにパンと耳をつんざく音が聞こえる。200m走が始まったようだ。桃子は競技場の方を見詰めて一真を探す。まだ一真の出番ではないらしく、彼は競技場の中央辺りでストレッチをしていた。


「(周囲の生徒に比べて体格も良い。しかし……思考回路が猿以下なのが非常に残念ですね。いえ、よくよく考えればアレだけの思考回路を持ち合わせていながら、女性に手を出していない事を考慮すれば紳士とも言えなくはない?)」


 確かに思考回路は猿以下であるが一真は女性に対して特に厭らしいことなど一切していない。とはいえ、一真も男子高校生であるので見目麗しい女性に対して厭らしい目は向けたことはあるが、それは普通であろう。紳士と呼べるかどうかはともかく、一真は一般的な男性であるのは違いない。


「ま、だからといって恋愛対象としてはあり得ないでしょうね」


 ボソリと呟く桃子は200m走で堂々の一位になっている一真を見て、少し驚きつつも呆れていた。


 ◇◇◇◇


「いや~、今年もやってきましたね~」

「お、そうだな」

「お目当ての子はいるんですかい?」

「さあ、どうだろうな」

「もったいぶらずに教えてくださいよ~」

「教えるわけないだろ。競争相手に」

「ま、それもそうですね」


 パタパタと扇子で扇ぎながら観客席から競技場を見詰めているのは国防軍のスカウトマンである。戦闘科の体育祭は一般にも公開されているが、その真の目的は国防軍へのアピールである。体育祭で活躍し、スカウトの目に留まる事が最優先事項となっていた。

 勿論、賞品も欲しいがやはり一番は国防軍への入隊である。それを目指して彼ら彼女らはこの異能学園の門を潜ったのだから。


「若いっていいな」

「何を言ってるんですか。社長だってまだ若いじゃないですか」

「そうは言うがな、俺も三十路だ。もう一回りもあの子達と離れてるんだぞ」

「それはそうですが、まだまだ現役なんですから年寄りみたいなことは言わないで下さい」


 当然、体育祭を見に来ているのは国防軍だけではない。サムライといった戦いを生業なりわいとする民間企業の者もいる。変装しているので誰も気がついていないがサムライの社長であり国内最強の異能者、真田さなだ信康のぶやすまでいる。


 どうして、それほどまでの人物がいるのかというと、ここ第七異能学園は近年まれにみる大きな災害を受けた学園だからである。人型イビノムという未曾有の大災害に見舞われながらも死者を出さなかったという実績があるのだ。

 勿論、それは紅蓮の騎士による人型イビノム討伐のおかげであるが、紅蓮の騎士が現れるまで懸命に戦っていたのは他でもない学園の生徒たちだ。


 実戦だけでなく圧倒的な敵と戦ったことのある生徒など他にはいないだろう。逃げ出した生徒もいるだろうが、人型イビノムに果敢に挑んだ者は少なくとも将来有望な異能者になるのは間違いないと多くの者が考えていた。


 それゆえに今回の体育祭には国外からも視察が来ているほどであった。

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