第23話 チャルメラはかかせない音楽の一つや
病室で三人が一真の持ってきた見舞い品である果物の盛り合わせを食べていた。一心不乱ということはなく、会話を弾ませながら一真が切ったリンゴやみかんを食べている。
「そう言えば少し気になったんだけど、みんな大丈夫なの?」
「なにが?」
「ほら、今回色々とあっただろ? それで、その……精神面の方は大丈夫なのかなって」
一真が心配しているのはメンタルだ。やはり、現実世界で殺し合いをしたのだから、少なくともストレスは感じているだろう。もしかしたら、表面上は見えていないだけで実はトラウマになっていたりもするのだ。
「う~ん……全然問題ないかな」
なんともないと言うようにいつもの様子で楓が答えた。一真は楓の目を覗き込み、本心から言っている事を理解した。
「マジか……」
「うん。私はね」
「あ……」
そう言われて一真はマリンと詩音を見る。二人は僅かに怯えてはいたが、その瞳は真っ直ぐに一真を見詰めていた。
「まあ、怖くないって言えば嘘になるけど……でも、あーしが目指したものはビビッて逃げ出すようなもんじゃないから」
「私も同じ。恐怖を噛み締めて、一歩を踏み出す勇気ある人になりたいから」
二人の言葉に一真は心を震わせる。先ほどの姿からは想像できないほどに彼女達の目は澄んでいた。本当に先程見た人物には見えなかった。アレは一体何だったのだろうか。もしかして、自分は白昼夢でも見ていたのではなかろうかと一真は思うのであった。
「ハハハ、強いな~。三人は」
「多分、他の戦闘科の生徒も同じだよ」
「それはどうかな。実際、同じ目に遭ってみなきゃわからんよ」
彼女達は確かに強いだろう。しかし、彼女達のクラスメイトが同様に強いかと言われたら分からない。一真の言う通り、実際に同じ目に遭ってみない分には判明しないのだ。
もしかすると、彼女達と同じく鋼の精神を持っているかもしれないだろうが、下手をすれば将来有望な国防軍兵士が潰れてしまう恐れがある。
「(ちょちょいのぱっぱで出来るけど、流石にしたらやばいよな~)」
一真が本気を出せば、それこそ今回の事件ではなく人型イビノムの時のようなシチュエーションを再現できるだろう。もっとも、そんなことをすれば間違いなくトラウマ確定だ。
ただし、それを乗り越えることが出来れば、一真ほどとはいかなくとも歴戦の戦士と同等くらいにはなれるだろう。
そうなれば日本は世界最強の国家になれること間違いなしだ。それこそ、一真が存命の間は敵なしだ。
「(まあ、やんないけどな)」
平穏に暮らすと決めた一真がそのようなことはしない。頼まれてもしないだろう。正体がバレてしまってもしないに違いない。異世界で飽きるくらい戦って来たので、これ以上の闘争は求めていないのだ。
「一真、一真」
「ん? なに? どったの?」
「一真のバナナちょうだい」
一瞬フリーズする一真。唐突な下ネタに思考回路が停止し、耳が壊れてしまったのかと確かめる。
「俺のバナナって?」
「ん? 言ってる通りだけど」
ガツンとハンマーで頭を叩かれたような衝撃を受ける一真の頭上には星が回っていた。
「皐月っち~。多分、持ってきたバナナのことだよ」
「……ああ、そっちか! そうだよな! アハ、アハハハハハ!」
「皐月君、何想像してたのよ……」
「…………」
何ってナニ以外ないだろう、とは言えない一真は黙って遠くを見つめる。
「一真~?」
呑気そうな楓の声が虚しく響き渡るのであった。
◇◇◇◇
長い間、談笑に耽っていたがそろそろおいとまする時がやってきた。一真は見舞いの品を置いて病室を後にする。
「またね、一真」
「バイバイ、皐月っち!」
「皐月君、また来てね。あと、出来れば白銀の騎士様についての情報も仕入れてくれると嬉しい!」
「あいあい、またね~」
妙な約束は無視して一真はヒラヒラと片手を振り、三人が入院している病室から出て行く。昼過ぎに来ていたが、外は夕焼け色に染まっていた。どうやら、思った以上に話し込んでいたようだと一真はクスリと笑う。
「ま、こういうのもいいよな」
ひと時の平穏。無事に事件は解決し、誰も死んでいない。ハッピーエンドである。ただ、井上と田村だけはバッドエンドであるが。友達でもなんでもないので一真は気にしない。
帰り際に受付の看護婦と目があった一真は軽く会釈をして病院を出て行く。夕焼け空の下、のんびりとまったりと歩き一真は寮へ帰る。
その帰り道にリヤカーを屋台にしている今時珍しいラーメン屋を発見した一真はテンションが最高潮になり、ラーメン屋へ突撃。これまた懐かしいメロディが心地よく、すきっ腹に重く響いた。
「お、いらっしゃい」
一真の目の前でリヤカーが止まり、牽引していた男性が店を構えようと暖簾を出していた時、空腹を知らせる虫が鳴いている一真を発見した。
「あれ、意外とお若いですね」
「アハハハ、まあね。まだギリ二十代なんだ」
「へ~。こういうのってもっとお爺ちゃんやお婆ちゃんがしてるもんだと思いました」
「大昔は多かったそうだね。今はほとんどいないよ」
世間話をしながらも店主は店の準備を整えた。一真は用意された丸椅子に腰掛けて、厨房に立っている男性へ注文をする。
「ラーメン大盛り一つ!」
「あいよ~」
「ところで、材料はどこに? 見た感じリヤカーに厨房を積んでるみたいですけど……」
「フッフッフ……実は俺はアイテムボックスの異能を持っているのだ!」
「おおおッ! めちゃくちゃいいやつじゃないですか!」
アイテムボックスは支援系の異能に分類される異能の中でかなりレアな部類だ。異空間にあらゆる物を収納できるのでかなり重宝される。勿論、アイテムボックスにもレベルがある。
異空間の時間を停止させ、中身を腐らせないものだったり、収納数が工場の倉庫並みに大きかったりと色々ある。その中でもやはり一番は時間停止だ。国防軍のみならず世界各国の軍隊や大富豪が雇ってくれる。
「まあ、俺のは時間を遅らせるだけだから、そこまでじゃないんだけどね」
「いやいや、それでも十分じゃないですか! でも、なんでラーメン屋なんてやってるんです? アイテムボックスなんて引く
「断ったんだよ。やりたいことがあったから」
「もしかして、ラーメン屋を?」
「そう。昔、本で読んだんだ。こうやって移動販売をしているラーメン屋の話を」
「それに憧れたってわけですか」
「うん。最初は全然だったけど今ではそこそこ人気でね」
そういう割には一真しか客はいない。もっとも、まだ開店してから数十分も経っていないので客がいないのは当たり前だった。
「そうなんですね。全然知らなかったです」
「そうなんだ。ブログとかSNSで少し話題になったんだよ? テレビにも出たことあるんだ」
「それは凄いですね! でも、その割にはお客さん来ないっすけど?」
「アハハハ。結構ズバッと言うね~。まあ、ちょっと前は凄い人気で行列が出来てたんだけど……」
少し気まずそうに目を逸らす店主に一真は一抹の不安を覚える。もしかして、客足が途絶えたのは不味いからなのではと一真は心配になってきた。
「ほら、店がこんなだからどう頑張っても対応できるお客さんが極端に少ないんだ。だから、話題のラーメン屋って一時期は行列が出来たけど、一度食べたら充分だってことでお客さんは減ったんだ。まあ、それでもウチのラーメンが好きって言う人は今も来てくれるけどね」
と、店主が一真の後ろの方へ視線を向ける。それを追うように一真は後ろを振り向くと初老の男性がこちらへ向かってきていた。どうやら、あの男性は常連なのだろう。店主が「いらっしゃい」と言うと男性は何も言わずに椅子に座った。
「(なるほどな~)」
確かにこういう店は流行りはしないだろう。話題になったのも物珍しいから。店主の言うとおり、一度食べれば余程のことがない限りは満足するだろう。
しかし、中には一真の隣に座った男性のように店主が作ったラーメンが好きで仕方がないという人は少なからず存在する。恐らく店主はそういった人の為に今日もラーメンを作っているのだ。
「はい。ラーメン大盛りお待たせ」
「いただきます!」
出来たてほやほやの熱々だ。香ばしい醤油の香りが漂い、食欲をそそられる。もう我慢できないと一真は割り箸を黄金色に輝くスープに突っ込み、キラキラと輝く麺を啜った。
カッと目を見開く一真は吼えた。
「うまッ!!!」
その一言に店主は嬉しくなり、笑みを浮かべながらせっせとラーメンを作るのであった。
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