第22話 井上、田村? 誰それ?
井上と田村による市街地暴走事件から一夜明けて一真は二人によって傷を負った楓、マリン、詩音の三人が入院している病院へ見舞いにやってきていた。
とはいっても、一真こと白銀の騎士が三人を回復魔法で完全に治療したので怪我一つない。強いて言えばメンタル面だけが心配である。
なにせ、授業でやっている訓練ではなく、今回は現実の戦闘であったのだ。しかも、試合といった生温いものではなく殺し合いに近かった、あの二人は殺す気で戦っていたのだから、対峙していた三人は相当なストレスを抱えてしまっているだろう。
「それにしても……暁達が政府に呼び出しくらうなんて」
今、病院のフロアにいるのは一真だけである。本当は四人で向かう事になっていたのだが、なんと暁達は先日の件で呼び出されていたのだ。
しかし、それならば一真も呼び出されなければおかしいのだが、彼は現場にいなかったという設定なので呼ばれなかったのだ。その為、一真は一人で見舞いに行くことになった。
「あ、すいません。槇村楓さん、一ノ瀬詩音さん、二階堂マリンさんのお見舞いに来たんですけど~」
一真はお見舞いと言ったら定番である果物の盛り合わせを片手に受付の看護婦に話しかけた。
「では、身分証明書を提示して頂けますか?」
「これでいいですか?」
身分証明書の提示を促されて一真が取り出したのは学生証。それを受け取った看護婦は学生証の番号を調べ、本人かどうかを確かめた。データベースに存在していたので本人と分かって看護婦は三人が入院している部屋を教えた。
「はい。確認できました。えっと、槇村楓さん、一ノ瀬詩音さん、二階堂マリンさんが入院している部屋の番号は701号室です。あちらの右側にあるエレベーターからいけますので」
看護婦の指差すほうにエレベーターを見つけた一真はお礼を言ってから。三人のもとへお見舞いに向かう。
「ありがとうございまーす」
早速、エレベーターに乗り込み、一真は七階を目指す。ピンポーンと軽快な音が鳴り、七階へ辿り着いた一真は701号室を探す。
そう時間もかからず701号室は見つかった。エレベーターから歩いて数秒のところにあったのだ。まあ、番号を見れば簡単な話である。
701号室の表札を見て、一真は三人の名前を確かめる。万が一にでも間違っていたら大変だからと一真は二度確認した。結果、間違いない事が分かったので部屋のドアをノックしてお見舞いに来たことを告げる。
「皐月一真です。お見舞いにきたよ~」
それから少しして楓ののんびりとした返事が聞こえてくる。
「入っていいよ~」
「ういうい」
返事を聞いてすぐに一真はドアを開けて病室へと入る。病室は四人部屋になっていたが、中にいるのは三人だけ。ここは国防軍が彼女達の為に用意した部屋なので他の患者はいないのだ。
「「えへ……えへへ~」」
一真は挨拶しようと口を開きかけたが、見てはいけないものを見てしまった。締まりのない顔で口の端から涎を垂らしている二階堂マリンと一ノ瀬詩音の二人。
二人の事はあまり知らないが、一真は彼女達を戦士と称えており、敬意を払う人間だと認識していた。しかし、目の前の二人からはそれは間違いではなかったのだろうかと疑うような様子であった。
「……気にしないで。あの二人は白銀の騎士の大ファンになっただけだから」
「え……? どういうこと?」
「あの時の映像がSNSに上がってて、白銀の騎士が二人の事褒めてたでしょ?」
「あ~……うん」
褒めた張本人である一真は微妙そうな顔をしており、気まずそうに頬をかきはじめた。
「それを見て二人はすっかり白銀の騎士の大ファンになっちゃったの。助けてもらっただけじゃなく、あんなにべた褒めされて嬉しかったみたい」
「そ、そうなんだー……」
いや、まあ、確かにあの時は割と怒っていたから色々と言ってしまったけど、まさかこうなるとは想像もしていなかったと一真は明後日の方向を見詰めるのであった。
彼女達が携帯を片手にトリップしてから、かれこれ数分が経過した。その間に一真は果物の盛り合わせを楓に渡しており、近くにあった椅子に座ってリンゴの皮をむいていた。
「一真って器用だね」
「惚れた?」
「元からメロメロだよ」
「壁に話しかけてるみたい」
「惚れた?」
「AIと恋するつもりはないんだ。ごめんな」
「私は、こんなにも貴方を愛しているのに……」
「すげ~。精巧なロボットみたいだ!」
茶番劇である。リンゴの皮をむきつつ、楓との雑談を楽しんでいる一真。傍から見ればカップルにしか見えないが二人は付き合っていない。ただ、相性がいいだけ。
「相変わらず二人は仲がいいね~」
「ん? あ、二階堂さん、戻って来たんだ」
「ちょ、なにそれ。どういう意味?」
「さっきまで麻薬でも決めてた人みたいにトリップしてたじゃん」
「うえッ!? マジ? あーし、変な顔してた?」
「うん。気持ち悪かった」
「槇村さん、言いすぎ。でも、女の子がしちゃいけない顔だったよ」
「うわ~~~ッ! マジか~~~!」
恥ずかしそうに布団を頭からかぶって顔を隠すマリン。その一方で詩音が一真に向かって宣言した。
「皐月君! 私は白銀の騎士様に弟子入りします! なので、前回の話はなかったことにしてください!」
「え?」
まさに「え?」である。彼女は一体何を言っているのだろうかと一真は混乱していた。
「折角、弟子にしてくれるって話だったけど私……! 白銀の騎士様に惚れちゃったの! 絶対、探し出して弟子にしてもらうって決めたから! ごめんね。皐月君」
「あ、はい」
もはや喜劇であった。まさか、目の前の一真が白銀の騎士だという事実が最高に面白い。彼女は自らその手を離したのだ。心底惚れた白銀の騎士の手を。
「ドンマイ、一真」
「……まあ、仕方ないんじゃない? 俺より白銀の騎士の方が強いのは確かだし」
「でも、どこにいるかもわからない馬の骨に弟子を取られたんだよ?」
「言い方! もっとオブラートに包んで!」
「事実でしょ?」
「んんんッ!」
事実ではない。本人なのだ。一真が白銀の騎士であり、白銀の騎士が一真なのだ。自分に弟子を取られるとは誰が想像できようか。なんとも奇妙な話である。
「あ~~~、恥ずかしかった」
ようやく顔を出したマリン。彼女は横のベッドで白銀の騎士へ熱烈なラブコールをしている詩音を一瞥してから一真と楓の方へ顔を向ける。
「詩音やばない?」
「いいんじゃない? 本人は幸せそうだし」
「アイドルの追っかけよりもやばそうなんだけど?」
「どこにいるかもわからない相手だから問題はないでしょ」
「いや、それが問題だってば。多分、あの様子なら休みの日とか街中探し回ってそう」
「(ここで実は俺が白銀の騎士だよ~とか言って正体バラしたら死にそうだな……)」
そんなことすれば間違いなく詩音は窓ガラスをダイナミックダイブで割って「
「一真、一真」
「ん? なに?」
「あーん、して」
一真の手には皮をむき終えたリンゴがある。楓は一真がリンゴの皮をむくのをずっと待っていたようで、もう我慢が出来なかったらしい。ただ、もう少し言い方を変えた方がいいだろう。
「わお、楓ってば大胆!」
「はい、あーん」
「はへあッ!?」
「んぐ……」
特に何の恥じらいもなく一真はリンゴを切って楓の口に放り込んだ。まさかの光景にマリンは間抜けな声を上げていた。口の中に放り込まれたリンゴを咀嚼する楓はどこ吹く風である。どう思われようと彼女は興味ないのだ。
「美味しい?」
「美味しい」
「そりゃよかった。まだいる?」
「いる。あーん」
「ほい」
「んむ……」
見ている方が恥ずかしくなってくるような光景にマリンが両手で顔を隠した。
「夫婦かよ~……」
「あ、二階堂さんもいる? まだ、あるよ?」
見られたところで恥ずかしくもないのか、一真はあっけらかんとした態度でマリンにもリンゴを持っていく。
「う~~~、じゃあ、何切れか皿に置いて頂戴」
「あ、それなら私の分もお願いできる?」
「オッケー」
二人の意見を訊いた一真は言われた通り更に切ったリンゴを盛り付け、手が汚れないようにつまようじまで丁寧に刺して二人へ渡した。
「気が利くな~~~」
「ありがとう、皐月君」
「いえいえ、どういたしまして」
「一真」
グイッと服の裾を引っ張られて振り向くと、そこにはもう一個と催促している楓がいた。
「あーん」
「はい、あーん」
「んむ……」
「なんなんだよ、アイツ等~……」
「楓ってば本当に皐月君と仲いいし、皐月君も全然嫌がらないよね~」
相も変わらず仲のいい二人を見ながらマリンと詩音は一真に貰ったリンゴを口にしたのだった。
「「うまッ……!」」
瑞々しく、そして甘いリンゴに二人は感動するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます