第16話 そんな馬鹿な!

 一真達はカラオケに来ていた。今回はいつもの場所、グランドワンではなく市街地にある豚の歌箱カラオケボックスと言われている人気の全国チェーン店だ。人気を博しているのは最新機種が使えるのと、業界最安だからである。


「誰から歌う?」


 コミュニケーション能力が高いと言うわけではなく、単に一番戦闘科の女子と話せるのが一真なので二組の間に入って橋渡しをしているだけだ。


「…………」

「…………」


 見事に沈黙である。黙秘権を行使しているのだろうかと一真は顔を顰めるが、誰も黙秘権など行使していない。ただ単にまだ気まずいだけである。一応、顔合わせはしているが自己紹介をしたわけではない。


 それゆえに両者は気まずい空気なのだ。


「一真が歌ったら?」

「俺から? 紅白で言ったら大トリの人間だよ?」

「え、凄い。一真、紅白に出たことあるの?」

「そっちじゃないわ!」

「違うの……?」

「違わい。もういい。とりあえず、俺から歌おうか」

「ねえ……」

「ん?」

「さっきから私達以外静かだけど、みんな恥ずかしいのかな?」

「単に初対面の人間だからでしょ。まずは自己紹介とかしたほうがいいのに、槇村さん何も言わないし」

「同じ一年生なのに……」

「人類みんな仲良しみたいに言わないで……」


 二人だけの世界で周囲の人間は置いてけぼりである。独特な雰囲気に誰も入れなかった。

 楓の事をよく知っている戦闘科の女子は、どうして支援科の男子があんなにも仲が良いのだろうかと不思議そうにしていた。

 その一方で支援科の男子も、相変わらず一真は戦闘科の女子相手に物怖じしないなと感心していた。


「とりあえず、自己紹介とかする?」

「したほうがいいでしょ。お互い何も知らないじゃん」

「か、一真。俺達、一応、名前は知ってるよ?」


 楓が自己紹介でもしようかと提案をして一真が同意したところへ、幸助が割り込んだ。

 ずっと沈黙していたからお互いの名前を知らないのかと思っていた一真は幸助の発言に驚いた。


「え、マジ!? もしかして、知らないの俺だけ?」


 驚く一真は自分だけなのかと自身を指差しながら両者を見回すと、その通りだと言わんばかりに首を縦に振られた。驚愕の事実に一真はあんぐりと口を開けて固まってしまう。


「わ~、一真ってばひど~い。女の子の名前知らないなんて~」

「ちょ、指でほっぺ突かないで! 地味に爪が食い込んでいたいから!」


 果たして彼女に感情はあるのだろうか。ダウナー系美女であり、不思議ちゃんでもある楓。そんな彼女に頬をグリグリとされている一真。傍から見れば仲の良いカップルに見えるが付き合ってはいない。

 もう一度言おう。二人は付き合っていない。


 しかしである。傍から見ればカップルにしか見えないので、二人のやり取りを見ていた周囲の人間は「はよ、付き合え」と心の中で叫んでいた。


「え~、では、俺だけが知らないらしいので自己紹介をしていこうと思います」


 マイクを持った一真がMCのように話を進めて行く。


「わ~、パチパチ~」

「はい、どうも。ありがとう~」


 手を叩いてるわりに口で言う楓に一真は拍手をくれたことに一応お礼を言った。


「では、まず俺から始めようと思います。。皐月一真です。支援科一年生で入学式初日に交通事故に遭った不幸な好青年です。よろしく」

「嘘つくな!」

「好青年に謝れ!」

「自虐ネタやめろ!」


 男子たちからの心にもない発言を受けて一真はノリで返す。


「シャラップ! ワタシ、ウソツイテナイネ!」

「お~、怪しい中国人!」


 片言言葉が受けたのか楓だけは目をキラキラさせて拍手を送っていた。先程のよりも力が入っているあたり、ウケ具合が違う。


「楓、変なの好きだよね」

「そう? 普通だと思うけど」

「それを普通って言うのは楓くらいだよ……」


 男子が盛り上がっている一方で女子も同じように盛り上がっていた。具体的にはいつもよりテンションの高い楓に対してである。


 一真の大して面白くもない自己紹介が終わり、マイクを渡してバトンパス。受け取ったのは暁で淡々と自己紹介をしていき、男子は全員が自己紹介を終えた。

 そして、次に女子である。一番最初に楓が自己紹介をして、彼女の友達である残りの二人が自己紹介をする。


「えーっと、戦闘科一年、一之瀬いちのせ詩音しおんです。異能は雷撃。といってもまだまだ未熟なので大したことは出来ませんけど……」

「お~、電撃って結構強いイメージだけど?」


 詩音の異能を聞いた一真は一人大袈裟に驚いており、彼女の異能である電撃は強いと言うイメージがあるらしく、頭にクエスチョンマークが浮かんでいた。


「うん。世間一般では強いって言われるけど使い手次第だよ。私はまだ制御とか甘くて全然なの」

「そうなんだ。でも、特訓すれば大丈夫でしょ!」

「アハハ。まあ、そうなんだけど……二学期に入っても大したことなくて、このままだと進級試験に落ちそうなんだよね」


 聞いてはいけない事を聞いてしまったと一真は焦り始める。アワアワと慌て始めて、どうフォローするべきかと男子を見てみるが、彼等も戦闘科の女子にアドバイスなど出来るわけもなく顔を逸らしている。

 それを見た一真は男子に期待することは出来ないと女子のほうに顔を向けるが、楓は自分でどうにかしろと言わんばかりにジト目を向けており、もう一方の彼女はごめんと両手を合わせていた。


 一真はもう勇者時代に培った戦闘方法でも伝授しようかと、かなりテンパっている。グルグル目を回しており、今にも雷魔法で詩音のお手本になろうかとしていた。


 その時、目をグルグルと回しており、変な汗をかいている一真を哀れに思ったのか、楓が助け舟を出した。


「一真に教えてもらえばいいんじゃない? 一真は普通の支援科と違って戦えるし」

「え? そういう噂は聞いてたけど、本当なの?」

「うん。他の子にも聞いてみれば分かるよ」

「えっと、言っておくけどあーしは知らないよ? そもそも、そこの皐月って人と一緒になったことないし、噂でしか聞いたことないし」

「ほら」

「いや、ほらじゃないって! マリンも知らないって言ってるじゃん!」

「あ、ゴメン。あーし、まだ自己紹介してなかったね。二人と同じ戦闘科の二階堂にかいどうマリンって言うの。パパはアメリカ人でママが日本人のハーフだからよろしく~。あ、あと、異能は重力操作!」

「うっす、よろしくっす!」


 三人の会話を聞いていた一真は落ち着きを取り戻しており、いつものようなノリではなく体育会系のようなノリで返答した。その返答を聞いたマリンは一瞬キョトンとしたが、すぐにお腹を抱えて大爆笑。


「プッ、アハハハハハハ! なに、それ~、ウケル! 体育会系かっつうの~」

「そう言う流れだと思ったっす! 一之瀬さんが俺に弟子入りするみたいだからっす!」

「アッハッハッハ! まだ、なんも決まってないのに師匠気取りかよ~!」


 大うけのようでマリンは部屋に設置されているテーブルをバンバンと叩いている。その度にテーブルの上に置いてあるジュースがたっぷりと注がれているグラスが揺れているので男子たちが慌てふためいていた。


「え、私、皐月君の弟子にならなきゃいけないの?」

「いいじゃん、詩音! 楓が太鼓判を押すくらいなんだからなっちゃえば?」

「うん。一真ならきっと私達じゃ想像も出来ないようことやってくれる気がする」

「気がするだけって! 完全に勘じゃん!」

「駄目?」

「まあ、楓の勘ならいいんじゃない?」


 とんとん拍子で話が進んでいくのだが、このままだと本当に師匠にならなければいけないので一真は、それは勘弁願いたいと申し出る。


「アハハハ~。いや、そこまで評価してくれるのは嬉しいけど。俺は支援科だし、一之瀬さんも俺みたいな男に教わるなんていやだよね~」


 なるべくわだかまりが残らないようにやんわりと断ろうとしている一真だったが、詩音は二人の友人に背中を押されている状態であった為にやる気になっていた。


「皐月君! 不甲斐無い私ですがどうぞよろしくお願いします!」

「ほあッ!?」

「頑張れ、一真」

「言っておくけど詩音に変な真似したら許さないかんね!」

「デュワッ!?」


 一真、ついに弟子を取る。異世界では教えられてばかりの一真であったが、元の世界で師匠となるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る