第14話 悪の組織って絶対有能よね

 井上と田村を見送ったシルクハットの男は地下格闘技闘技場のさらに奥へと足を進めて行く。これまた大層な扉が立ちはだかっており、その前には門番であるスーツ姿のサングラスを掛けた男二人が立っていた。


「俺だ」


 シルクハットの男は仮面を取ると門番の二人に顔を見せる。その顔を見て門番の二人は彼がVIPであること確認し、扉を開いて中へ通すのであった。


「よう。どうだったよ?」

「簡単すぎて腹がよじれると思ったぜ。もう少し人を疑うとかしないのかね?」

「まあ、最近のガキは防犯意識が低いからだろ。悲しいね~。そのせいで俺達悪い人達に利用されちゃうなんて」


 VIPルームにいた男がくつくつと笑う。それはもう心底愉快に。


「それで、作戦は上手くいくと思うか?」

「さあな。そもそも今回はただの実験だろ。運よく紅蓮の騎士様を引っ張り出せれば御の字じゃないか?」

「第七異能学園に潜んでいると思われる紅蓮の騎士か……。奴のせいで貴重な人型イビノムが塵一つ残らなかった。そのせいでどれだけ損害が発生したか……」


 ワナワナと震えて怒りを抑えているシルクハットの男。彼等の目的は紅蓮の騎士。既に紅蓮の騎士が第七異能学園にいると思われていることは知っているようだ。


「確か、今は国防軍の諜報員がいるんだろ?」

「ああ。三名が今は学園に身分を隠して潜んでいるそうだ」

「で、ターゲットは?」

「皐月一真。前回、我々が失敗した作戦の時にもいた小僧だそうだ」

「お~、マジか。アムルタートの奴が珍しく失敗したやつな!」

「そうだ。あの時は監視カメラを破壊していたのは失敗だった。もし、監視カメラを破壊していなければ皐月一真の行動を把握できていたと言うのに……」

「終わった話はもういいじゃねえか。それよりも、その皐月一真について知りたいんだが?」

「資料を渡していただろう? 読んでいないのか?」

「いや~、ハハハ」


 誤魔化すように笑った男は後頭部をかいた。その仕草を見てシルクハットの男は男が資料を読んでいないことを察して呆れたように溜息を吐く。


「はあ……全く、お前と言う奴は……」

「ハハハ、すまんすまん」

「もういい。とりあえず、皐月一真という男が紅蓮の騎士について最重要人物とされている。国防軍が回収した学園の監視カメラに彼がトイレに入った後に紅蓮の騎士が出てきたのを確認したそうだ」

「もうそいつで確定じゃないのか?」

「一応、質疑応答で確認したが断定は出来ていない。しかもだ、あの女狐を使ったそうだ」

「嘘!? マジかよ! ハハハッ! あの女狐を使ったのか!」

「そうだ。それでも分からなかったそうだがな」

「じゃあ、シロじゃねえの? 女狐は洗脳の異能者だろ? 洗脳しても正体を言わなかったって言うならもう違うじゃねえか」

「そうだと思いたいが、女狐が皐月一真に大層興味を示したそうだ」

「はあ? ただの学生にあの女狐がか?」

「ああ。だから、皐月一真には何かしら秘密があるのではないかと国防軍は踏んでいる」

「ふ~ん……」


 その話を聞いた男は少しだけ興味を持った。女狐こと夢宮桜儚が興味を抱いたという男子高校生、皐月一真。男は桜儚の正体を知っているからこそ、気になってしまう。


「なあ、俺も――」

「ダメだ。お前は別の任務があるだろ」

「まだ、何も言ってないじゃないか!」

「どうせ、俺も学園に潜入してみたいとか言う気だろ」

「おう! よくわかってるじゃねえか!」

「だから、ダメだと言ったんだ、バカ者め」

「なんでだよ~。最近、暇なんだからいいじゃねえか」

「人型イビノムを人工的に生み出すのがそんなに暇か?」

「暇だね。どういう原理で成り立ってるのか分からないから、手当たり次第にやってるが、一向に上手くいく気配がねえ」

「ふッ……沈黙のアズライールも手こずるか」


 VIPルームにいた男はイヴェーラ教の幹部が一人、沈黙のアズライール。

 そう、ここはイヴェーラ教が資金集めの為に作った施設だ。違法賭博や違法オークションといったものまで扱われている。


「そもそも俺はそういうの不向きだろ。もっと要人の暗殺とか潜入とかさせろや!」

「まあ、本来ならお前を学園に潜入させるのがベストなのだろう。だが、まだ確証がない」

「だから、あのバカ共を使って紅蓮の騎士を炙り出すってか?」

「そうだ。これで奴が出てくれば学園に潜んでいることは間違いないだろう。勿論、それは国防軍も知ることになるだろうが関係ない。先にこちらで始末してしまえばいい」

「ほう。そりゃいいな。しかし、あの映像を見る限りじゃ一筋縄じゃいかないと思うが?」

「お前の異能ならば可能だろう?」

「ハハッ! そうさな。射程圏内に入れば一発よ」

「それでこそだ」


 不敵な笑みを浮かべるアズライールとシルクハットの男。まるで紅蓮の騎士が敵ではないようだ。


「さて、ついつい長話をしてしまったが俺は行くところがある」

「あん? どこにだ?」

「どこって分かるだろ?」

「ああ……」


 察したアズライールはニヤリと笑った。


「それは失礼しました。国防長官殿」

「おいおい、その呼び方はやめてくれ。俺には無貌のルナゼルという名前があるんだ」

「ハッハッハ! そうだったな。ルナゼル。よろしく頼むぜ」

「そちらも仕事はしておけよ」

「面倒だがきっちりやっておくさ」


 片手を上げて別れの挨拶を告げる二人。ルナゼルは部屋を出て行き、アズライールは音もなく消えたのであった。


 ◇◇◇◇


 一方で何も知らない一真は奇行を繰り返していた。

 国防軍が盗撮、盗聴していることを知っているのでワザとやっているが、やたら気合が入っていた。


「だーーーーーーーッ!」


 三点ブリッジをして奇声を上げている。何故、そうしているのかは本人もよく分かっていない。ただ、国防軍に対する嫌がらせであることは間違いない。


 効果は覿面である。一真の部屋に仕掛けられてある監視カメラの映像は桃子、雅文、麻奈美の三人の部屋にあるモニターにつながっている。


「……頭痛薬の予備はあったでしょうか?」

「こいつは一体何を」

「何かの儀式かしら?」


 三人は混乱していた。一真の不可思議な行動に。

 何も読めない、何も分からない、そもそも何がしたいのか分からない。


「次は……これやってみるか」


 一真は三人が監視していることなど知らずにSNSに載っていた謎の健康法を試そうとしていた。今度は三点倒立でお腹に気を溜めて解き放つとかいう訳の分からない健康法だ。


「きえええええええッ!」


 動画を参考にして三点倒立を行った一真はお腹に気合を溜める素振りを見せた。その際に奇声を上げているのは雰囲気だ。決して意味があるわけではない。


「…………モニターを切っておきましょう」

「効果があるのか?」

「あら、意外といい身体してるわね」


 三者三様の反応を見せる。桃子は眩暈がしてモニターを切ってベッドに横になり、雅文は効果があるのだろうかと調べはじめ、麻奈美は服がはだけた一真の体をじっくりと観察していた。


「(う~ん。国防軍に頭のおかしい奴だと思われてるだろうか? それで、これ以上監視する必要がないって判断してくれればうれしいんだけど)」


 一応、考えがあったようだ。一真は奇行を繰り返して国防軍の監視対象から外れようとしていたのだ。もっとも、それは意味がない。どれだけ奇行を繰り返そうが紅蓮の騎士と全く無関係だと判明するまで監視は続く。


「うおおおおおおおおッ!」


 パンツ一丁になった一真はコサックダンスを踊り始めた。流石は異世界で魔王を倒した勇者なだけある。とても美しくキレのあるダンスであった。


「妙にうまいのが腹立つな」

「太ももの筋肉も凄いわね……。本当に普通の支援科らしくないわ」


 モニターを切った桃子はその様子を知らないが他の二人は一真が就寝するまで監視を続けるのであった。

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