第13話 匂う、匂うぞ~! ゲロ以下の屑の匂いだ!

 LHRは体育祭と学園祭の実行委員を決めるだけで終わってしまった。時間をかけすぎたせいで他にもやるべきことはあったのだが、そこは仕方がないと諦めた田中は溜息を吐いて、そのままHRを終わらせて職員室へと帰っていった。


 放課後になり、生徒達はそれぞれ仲の良いクラスメイトと合流して部活や委員会へと赴く。一真も同じようにいつものメンバーと合流して教室を出て行った。


 その中、桃子はささっと荷物を纏めて定時報告へと向かう。

 いつものように学園が桃子達、国防軍の諜報員の為に用意した教室で会議が行われる。


「今回の会議も皐月一真についてなのですが……一つよろしいでしょうか?」


 挙手して桃子は二人に発言の許可を求めた。

 二人は桃子を見て「どうぞ」と言わんばかりに頷いて許可を出す。


「では、本日の事なのですがLHRで体育祭、学園祭の実行委員を決めることになったのですがルーレットになりました。そこで私は監視対象と組むことになったのですが、これは上からの指示でしょうか?」

「いや、違う。一応、こちらも確認していたが上からの指示ではない。そもそも、不確定要素が多かった。立候補者が出る可能性もあったからな。確実にくじ引きになれば話は別だったが……まあ、今回は運がよかった。まさか、東雲が監視対象と組むことになるとは思わなかったからな」

「なるほど……。では、上は関わっていないのですね」

「ああ。だが、今回の件は絶好の機会だと喜んでいたぞ」

「そうね~。前回の失態をここで取り返せって言ってましたからね」

「……そう、ですね。わかりました。この機会に彼の事を詳しく調べようと思います」

「頼んだぞ」

「よろしくね」


 不承不承ではあるが桃子は任務のために一真と実行委員をすることを決めたのであった。


 ◇◇◇◇


 多くの人が行き交う繁華街。煌びやかな街には日の当たらない陰がある。そこは日陰を好む者達で蠢いていた。

 繁華街の一角にある地下のクラブハウスでは毎日という事はないがイベントが行われていた。そこに戦闘科の問題児である井上と田村の姿がある。彼等も特別カリキュラムを受けたが根っこの部分はそう簡単に変わりはしない。


「ああ~……支援科の奴等だけじゃなく偉そうにしてるセンコーもぶっ殺してえ」

「流石に殺すのは不味いだろ。でも、アレを思い出すだけで腹立つがな」


 バーの近くで飲んでいる二人はクラブハウスの雰囲気と充満するアルコールの匂いに酔っていた。勿論、未成年なので酒は提供できないがここには法律を取り締まるような人間はいない。つまり、無法地帯と言っていい。

 それゆえに彼等が手に持っているのは酒である。カランと氷がグラスにぶつかり音を立てた。


「大体よ~、俺等は選ばれた人間だろ。イビノムって言う脅威から守ってやるんだから少しくらいは好きにしてもいいだろ」

「ほんそれ。なんで俺等が我慢しなきゃいけないんだろな」

「政治家の所為だろ。後はバカな国民。アイツ等、文句だけは一丁前だしな」

「言えてる」


 ゲラゲラと笑う二人は酒を煽る。空になったグラスを見て二人はバーへと近づいて追加の注文をしていた時、背後から声を掛けられる。


「そこのお二人。楽しんでますか?」

「んあ? 誰だよ、お前」

「何、気安く話かけてきてんだよ」

「まあまあ、落ち着いて。まずは私の話を聞いてください」


 クラブハウスに似つかわしくない怪しい風貌の男。シルクハットの帽子をかぶり、顔には仮装用のアイマスクをしている。どこかどう見ても不審者であるが誰も気にもしていない。


「実は先程のお話しを聞かせていただきました」

「ああん? 盗み聞きしてたのか!」


 先程の会話は学園の耳には聞かれたくないような会話だ。それを盗み聞きしていたというのだから井上も声を荒げて威嚇するのは当然であろう。


「ええ。ですが、ご安心を。私は言いふらすつもりはありません。むしろ、貴方達と同じ気持ちです」

「ああ? どういう意味だよ?」

「フフフ……貴方達と私は同類ということですよ」

「同類? ぷッ! ハハハハハハハ! 笑わせんじゃねえ。お前みたいなイカれた格好してる奴と一緒な訳ねえだろ」


 井上の横で男の話を聞いていた田村が腹を抱えて笑っている。よほど可笑しかったのか目じりに涙を浮かべていた。


「ハハハハ。私の格好については置いておいて話を続けましょうか。貴方達は今の世の中に不満を抱いているように思えます? 違いますか?」

「だったら、何だって言うんだよ? お前がどうにかしてくれんのか? ああ!」


 シルクハットの男の物言いが気に食わなかった田村が脅すように声を荒げる。常人ならばそこで怯んだりするのだろうがシルクハットの男は口を三日月のように曲げた。


「ええ、そうだと言ったらどうしますか?」


 その不気味な雰囲気に二人は思わず、後ずさり生唾を飲み込んだ。

 しかし、二人に残っていたちっぽけなプライドが彼等を押し留めた。


「く、詳しく聞こうじゃねえか。ただし、つまらない話だったらお前をぶっ殺すからな!」

「ククク、構いませんよ。では、少々場所を変えましょうか。ついてきてください」


 気味の悪い笑みを浮かべたシルクハットの男についていく二人はクラブハウスのさらに奥にあった扉を抜ける。扉を抜けた先には螺旋階段になっており、クラブハウスよりも深い地下へと繋がっていた。

 今までこのような場所を見た事がなく、また噂でも聞いたことがないような場所に連れてこられた二人は足を止めた。


「さあ、この先です」

「ッ……わかった」


 恐怖心に駆られ足を止めてしまったが目の前にいるシルクハットの男が階段を下りていくので二人は置いていかれないようについて行った。

 階段を下りた先には、これまた鈍重そうな扉が道を塞いでいた。しかも、扉の前には門番らしく屈強な男が立っている。


「こちらの二人はお客様です」

「畏まりました」


 シルクハットの男が門番にそう告げると、固く閉ざされていた扉が開いていく。中から漏れる光に目を潰されないように覆い隠す二人。やがて、扉が完全に開き、中の光景に二人は驚くのであった。


「なんだ、これは……」

「すげえ……」


 二人の目の前に広がる光景はまるで秘密基地。それも子供が作ったようなダンボールで出来た粗末なものではない。異能者達が時間をかけて作り上げたであろう地下の秘密基地だ。


「フフフ、どうです。凄いでしょう?」

「ああ、まあな。だが、それだけだ」

「そう結論を急がないで下さい。貴方達に見せたいものは他にもあります」


 そして、連れてこられたのは熱狂と発狂、罵声と怒声が渦巻く地下格闘技闘技場。所謂、違法賭博の場所であった。


「おいおい、マジか……」

「漫画の世界じゃねえか……」

「まだ驚くのは早いですよ」

「「え?」」


 すると、ゴングの音が鳴り響き、ギャラリーの熱が上昇し、闘技場リングで戦っている二人の異能者に対して怒声や罵声、そして声援を送り始めた。


「お、おお~! すげ~」

「やべ~……ん? でも、これが何だって言うんだ?」


 突然、始まった試合に興奮していた田村だったが、先程の会話を思い出してシルクハットの男に問い掛けた。

 世の中に対して不満を持っているのではないかと聞かれたので「そうだ」と答えたら、連れてこられたのが地下格闘技闘技場。正直言って何がしたいのか分からない。


 もしかして、ここで試合をすればいいのだろうかと考えてしまうが、恐らく違うだろう。


「フフフ。ここはですね。貴方達と同じように世の中に不満を持っている者、退屈している者達の集まりなのです」

「まあ、見れば分かる。異能者同士のリアルファイトは違法だしな」

「ああ。今は仮想空間でしかバトル出来ないようになってるからな。ここが違法だってのはバカでも分かるさ」


 と、シルクハットの男と二人が話しているとギャラリーが盛り上がる。発狂でもしているのではないかというくらいの声が聞こえてきた。


「おや、決着がついたみたいですね。少し見ていきましょうか」


 言われるがままに二人はシルクハットの男についていく、リングにいる異能者を見た。相手を殺したのだろう。返り血で真っ赤に染まっているのを見た二人は思わず顔を背けた。


「実は彼、元々はとても弱かったのです」


 試合を見ていないから強さは分からないが違法な行為をしている連中だ。弱いはずがないだろう。シルクハットの男の言葉が信じられなかった井上が問い質す。


「嘘だろ? こんなとことにいる奴が弱いはずがない」

「そう思うでしょう。ですが、こちらをご覧下さい」


 差し出された端末を覗き込む井上と田村の二人。そこに映し出されたのは複数人によって殴られている男の映像であった。


「これが何だって言うんだよ?」

「今、リングに立っている彼が映像で殴られている男なのですよ」

「はあ!? 冗談だろ!」

「いいえ。冗談ではありません」


 シルクハットの男が端末を操作すると別の映像が流された。

 映像はひ弱そうな男が戦っている姿と屈強そうな男が戦っている姿だ。


「これは?」

「リングに立っている彼です。勿論、同一人物ですよ」

「は? 編集してるだけだろ! それか加工してるか!」

「事実です。彼は弱い自分を変えたのです」

「ど、どういうことだよ……」


 信じられないといった様子である二人であったが、映像の人物が劇的に変わるのを見て疑問に思った二人はシルクハットの男を見た。


「これです。彼はこれを使って弱い自分を変えたのです」


 男が懐から取り出したのは風邪薬のような見た目をしている小さなカプセルだ。


「なんだよ、この見るからに怪しそうな薬は?」

「御安心を。これは飲むだけで強くなれる薬です。効果は見たでしょう? 彼がその証拠です」

「まさか、あのヒョロヒョロがそれを飲んでああなったのか?」

「理解が早くて助かります。その通りです。これさえ飲めば貴方達を嘲笑った者達を見返すことが出来ますよ?」


 どう考えても怪しいのだが、二人にとっては魅力的な話であった。


「金とか取るのか?」

「いえ、取りません! これは私と貴方達の出会いを祝ってタダであげましょう!」

「嘘じゃないよな? 副作用とかもないんだろうな?」

「嘘ではありませんし、副作用もございません」

「…………分かった。信じる」


 そう言って二人は薬と受け取った。感謝の気持ちと称して男は頭を深々と下げて意味深に微笑むのであった。

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