第9話 たとえ、世界に二人だけだとしても

 人の心を勝手に覗いておいて切れた桃子だが、なんとか感情を抑えて一真に話しかける。


「手助けしないんですか?」

「なんで?」

「噂で聞いてますよ。皐月さんは普通の支援科らしくないって」


 本当は違う。桃子は事前の調査で判明していた一真の性格や動向を知っていた。

 一真は普通の支援科とは違い、逃げに徹するということをせず、積極的というほどではないが結構な割合で戦闘科に挑んだりしている。

 挑んでいるといっても少し語弊がある。味方が戦いやすいように囮になったり、陽動したりとするだけだ。決して自らが戦うわけではない。


「(もしかして、俺のカッコいい所を見たいのかな?)」

「(そんな訳ないでしょう! 貴方が紅蓮の騎士かもしれないという可能性を考慮しているだけです!)」


 口には出すことが出来ず、桃子は内心で怒り狂っていた。


「う~ん、確かに手助けしたいところなんだけどな~」

「何か出来ない理由でもあるんですか?」


 もしかして、監視されていることに勘付いているのではと疑ってしまう桃子だが、その疑問はすぐになくなる。


「(今、動いたらおなら出そうなんだよね~)」

「(一瞬でもこの男が紅蓮の騎士だと思った自分を殺したい)」


 やはり、この男は何の関係もない性犯罪者一歩手前の人間だと桃子は決めつけるのであった。


 しばらく、二人は目の前で繰り広げられている熾烈な争いを見ていた。磁力を用いた戦法で相手を追い詰めていく慎也と水を使った戦法で敵を翻弄する水無月の二人。


 慎也が散らばっていた砂鉄を水無月に向かって伸ばすが、彼は水を固めて砂鉄を防ぎ、お返しとばかりに水の玉を発射した。

 水無月が放った水の玉は慎也の顔面に向かって飛んで行く。当たれば痛い程度では済まない。水無月は水使い。直撃すれば溺死は確定だ。


「くそったれ!」


 当たり前であるが慎也は磁力使いではあるが、身体能力は至って普通の人間である。それゆえに回避性能は高くない。今もおおげさに横へ跳んで避けている。

 これは別に慎也だけではない。身体強化の異能者で無い限りは超人的な動きは基本できないのだ。


「くッ!」


 対して水無月も苦しい表情をしている。彼も同じく身体能力は一般高校生レベル。反撃を受ければ、そう簡単には対応することが出来ない。


「(いいな~。俺も置換じゃなくて炎とか雷とか氷とか強い異能が欲しかったな~)」

「(私も出来れば読心じゃない異能が欲しかったですね……。そうなれば、こんな男の監視なんて任務につかなかったのに……)」

「(なんでそんなこと言うの!?)」

「(はあ!? え? 今、会話してました?)」

「(な~んで、なんで! なんで、よいしょ!)」

「(…………CMソング)」


 一真は一度聞いてしまうと妙に耳に残ってしまうCMソングを内心で唄い始めた。しかも、それが桃子の独白に会話しているようなものをチョイス。

 勿論、狙ってやったわけではない。だが、桃子の表情が僅かに変化したのを一真は見逃さず、彼女の心境を予測して歌い始めただけである。つまり、質の悪い悪戯であった。


「(どうしたんだろ、東雲さん。なんかプルプル震えてるけど……はッ!)」

「(今度はなんですか!)」

「(もしかして、うんこ我慢してるのかな!)」

「(デリカシーというものが……いえ、よく考えれば声に出してないので気遣いは出来てる……?)」


 そう、一真は一切声に出していないのだ。勝手に心を読んでいるのは桃子の方なので、どちらかと言えば悪いのは彼女の方である。


「(どうしよう。東雲さんがうんこしたいみたいだから一時休戦とか言ってみようか)」

「(やめて! お願いですから変な気遣いはやめてください!)」

「(でも、流石に女の子がうんこしたいんですって言うのは可哀想だよな)」

「(そう! そうです! 妙な気は起こさないで!)」

「(しかし、このままだと東雲さんが大変なことになるからな~)」

「(そもそも、う……!)」


 思わず、桃子は排泄物うんこと口走りそうになったがギリギリのところで耐えた。


「(ここは仮想空間なのですから時間の流れも違いますし、トイレには行かなくても大丈夫なんです!)」

「(ここは思いきってトイレに行きたいか訊いてみるべきか?)」

「(余計な気遣いはいいですから!)」

「(大丈夫やで。俺がなんとかしちゃる!)」

「(分かってない! ていうか、どうして会話が成立するんですか!)」

「(なんでやろな?)」

「(こ、この男!? もしかして、私の異能に気づいて!)」


 問い質そうにも、そんなことをしたら自分が異能を偽っていることが判明し、国防軍だという事が露見してしまう。

 秘密裏に一真を監視している以上、正体がバレるわけにはいかない。いくら任務とは言え、やっていることは犯罪だ。もしも、それが世間にバレてしまえば国防軍の地位は落ちるだろう。

 それだけは何としても避けたい桃子はジレンマに陥ってしまう。


「(正体を明かして彼を拘束する? しかし、そのようなことすれば間違いなく国防軍の地位は失墜する。任務とは言え読心を使い、一般人を監視していたと世間に知られれば……! ああ! 一体、私はどうしたら!)」


 頭を掻き毟りそうになるが懸命に堪えて現状を顧みる桃子。その様子を愉快そうに見ている一真は悪魔であった。


「(東雲さん。さっきから顔を赤くしたり、青くしたり、忙しそうだけど、やっぱりうんこ我慢してるんだろうか?)」

「(貴方のせいですよ!)」

「(もしかして、俺のせいだったりするのか……? すかしっぺをした覚えはないんだが……)」

「(ぐががががが!)」


 壊れた玩具の様に内心で暴れる桃子。彼女の心が限界を迎えるまで後僅かだろう。


 一真と桃子がコントのような心理戦を繰り広げている中、慎也と水無月の戦いが終盤を迎えていた。


 両者、共に息を切らしており、激しく肩を上下させていた。

 体力は限界で、これ以上の戦闘は不可能。一旦、退却するか、敵を打破する以外の選択肢はない。

 慎也は背後に隠れている一真と桃子を見て、水無月へ視線を戻す。二人を連れて逃げるべきか、ここで水無月を倒すべきかと決断を迫られる。


「(どうするか……。正直、これ以上はキツイ。一旦、逃げたいところだが、二人を守りながらだと無理かも……)」


 流石に今の状態で水無月から二人を守りながら逃げるのは厳しい。慎也は大きく息を吐いて覚悟を決めた。


「(護衛対象を守るのが俺の役目だ。なら、ここはやるしかねえよな!)」


 腹を括った慎也は両足に活を入れて水無月へ顔を向ける。水無月も慎也と同じく、覚悟を決めたようで先程とは顔つきが違った。

 どうやら、お互いに考えていることは一緒だと、思わず笑みが零れそうになる二人。


「「うおおおおおおおおおおおッ!!!」」


 玉砕覚悟の特攻。慎也は鉄くずを拳に纏わせ、水無月は全身を水で覆い尽くし体当たり。二人が激突する。慎也の鉄くずを纏わせた拳は水無月の水を貫いたが、彼の水が慎也の体内へ侵入。


「ご……が……!」

「迂闊に近づくからだ、バーカ……!」


 水無月の水は慎也の呼吸器官を覆い尽くし、彼を溺死させる。

 しかし、まだ完全に勝負は決まっていない。慎也は死の間近に最後の抵抗として砂鉄を水無月の鼻の穴へ突き刺し、そのまま脳天を貫いた。


「かッ……!?」


 先に水無月が死亡判定を受けて退場。それから慎也が溺死の為、退場。これでテロリストチームは二人。国防軍チームが残り三人となった。


 そして、護衛を失った哀れな二人がいる。一真と桃子である。まさか、相打ちになるとは思っていなかった一真は驚いていた。


「(マジか! マジか!! 支援科二人だけでどうしろって言うんだよ!)」

「(最悪。この男と二人きりって……ああ、助けなんて呼ばずに死んでおくべきでした……)」

「(でも、安心して、東雲さん! いや、桃子! 俺が君を守るから! 惚れてもええんやで?)」

「(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!)」


 桃子の精神はついにゼロを迎えるのであった。



◇◇◇◇

補足事項

一真が歌ったCMソングは実在しません

作者が適当に思い付いたフレーズです

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