第8話 白馬の王子様ってのは俺のことよ
香織を倒した二人はその場から移動を始める。先程の戦闘音で敵も味方も集まってくるだろう。それを見越しての行動なのだが、一つ問題なのが後どれだけ敵がいるのか、どれだけ味方が残っているのかが分からないことだ。
一応、時間は確認しているのでまだそれほど数は減っていないと踏んでいるが、これまでに遭遇した味方はゼロ。対して敵は一人。
普通に考えれば、ただ運が悪いだけと片づけられることが出来るのだが、こうもずっと味方と合流出来ないところをみると、やはり味方は減ったのだろうと推測できる。
「う~ん。結構、大きめの音してたと思うんだけどな~」
「そうだな。誰も来ないってのが不気味だよな……」
「夏目みたいに奇襲狙いとか?」
「そうだとするなら、さっきのタイミングでしょ」
「確かに。だったら、単純に離れすぎてたとか、そこらへんか」
「多分ね。そうでもなければ、誰かと合流してるでしょ」
「そうだよな~。とりあえず、物陰に隠れながら移動するか?」
「俺はそれでもいいけど、周りを壁に囲まれてるより、開けた場所の方が戦いやすくない?」
「それはそうなんだけど、一真を守りながら戦うのが大前提だからな。さっきは助かったけどさ」
そう、まず前提として一真は支援科であり、守られる立場の人間だ。この授業は護衛を想定とした訓練である。つまり、本来は慎也が一真を守りながらうまく立ち回らなければならない。
だが、一真が戦闘に秀でており、尚且つ大胆さを持ち合わせているので護衛対象と言う事を忘れてしまうのだ。
「あ、そっか~。でもな~」
支援科の生徒としてはそれでいいのかもしれないが、一真からすれば退屈極まりない。目立たないと言う事を信条にしている一真だが、ただ黙って見ているだけではつまらないと思っていた。なんとも自分勝手な男であるが人間とはそういう生き物だろう。
ただ、目立たないと言いながら、ちゃっかり目立とうとしている所は愚の骨頂である。
「まあ、臨機応変に頼むわ」
「おけ。それなら得意だから任せといて」
何が得意だと言うのだろうか。勢いとテンションだけで生きている男が果たして器用な真似が出来ようか。いいや、出来るはずがない。今後、必ず取り返しのつかないポカを彼はやらかすだろう。
◇◇◇◇
一真達が移動している頃、桃子は必死に走っていた。
死に物狂いということはない。しかし、至って真面目に走っている。彼女の後ろには敵である戦闘科の男子生徒がいた。
「(久しぶりですね! こういうのも!)」
などと、少し楽しんでいる彼女だが体力的にはかなり苦しかった。
追いつかれたら負けなので全速力で逃げているので桃子は必死だ。既に体力を消耗しており、肩が大きく上下している。
それでも足を止めるわけにはいかない。現実ではないが命を賭してアリスが守ってくれた命だ。そう簡単にくれていいほど安い命ではない。
「(しかし、思った以上に体力落ちてますね! やはり、デスクワークばかりしていたのが原因でしょうか!)」
桃子は読心の異能を有しているので、イビノムではなく対人特化なので基本は犯罪者への尋問がメインの仕事だ。
そのおかげでデスクワークばかりでロードワークとは無縁の存在であった。ついでに言うと桃子はあまり運動が得意というわけではない。それも相まって彼女はかなり
「ハア……ハア……ッ!」
荒い呼吸を繰り返しながら桃子は曲がり角を曲がる。コーナーで差をつけたいところだが、残念なことに敵を引き離すことは出来ない。
彼女の後ろをぴったりと敵は追いかけ来ていた。もはや、ここまでかと諦めかけた桃子は一か八かの作戦に出る。
(こうなったら仕方ありません! 大声を出して助けを呼びましょう! 敵が来るかもしれませんが運が良ければ味方が来てくれるはず!)」
助けを呼ぶ声を上げれば誰かしらは反応するだろう。もっとも、近くにいればの話だが。
体力の限界が近づいている桃子は大きく息を吸い込んで声を張り上げた。
「誰か助けてくださいッッッ!!!」
桃子の願いは無事に届いた。
それはある意味最高の形で、それはある意味最悪の結果で。
「(白馬の王子様登場だよ~ん!)」
「(死ねッッッ!!!)」
彼女の叫び声を聞いて助けに来てくれたのは慎也と一真のペア。桃子と同じく市街地を歩き回っていたので彼女の叫び声をいち早く察知し、早急に駆けつけてくれたのだ。
ヒーローのような登場ではあるが一真の心の声に桃子は溢れんばかりの殺意を覚えた。
「一真! 俺がアイツを押さえる! お前はその子と一緒に隠れてろ!」
「了解! あと、よろしく!」
戦闘は慎也に任せて一真は桃子を連れて物陰に隠れる。ずっと走っていたせいで肩を大きく上下させている桃子に一真はよこしまな気持ちを抱いた。勿論、彼女が読心の能力者なのでワザとであるが。
「(うひょー、エロイ!)」
「(偶然を装ってこの男を殺すことって出来ないでしょうか?)」
「もう大丈夫だよ、東雲さん」
「あ、ありがとうございます」
「(げへへ、どさくさに紛れて肩とか抱いたりしちゃおうかな)」
「(下衆め!!!)」
あえて外面を良くして、内面で下衆な男を演じる一真。まんまと騙され、踊らされている可哀想な桃子。折角、助かったと思ったら今度は変態が相手だ。運が悪いとしか言えないだろう。
「ちッ! 水使いって反則だよな!
「そういうお前こそどっから砂鉄拾ってきやがった!」
激しい口論をしながら戦っているのは慎也と水無月と呼ばれた戦闘科の生徒。水無月は一人歩いていた桃子を発見し、護衛が見当たらないのを確認したのでさくっと退場させようとしたのだが、思った以上に彼女の逃げ足が速かった。
そのため、桃子を退場させることが出来ず、彼女の呼び声を聞いた慎也と一真と遭遇してしまった。
水無月の異能は水。手元に水がなくても使える異能である。慎也の磁力と同じようにかなり使い勝手のいい能力であるが、残念ながら効果範囲がまだ狭く、3mしか水を伸ばせない。
水鉄砲のように水を撃つ事は出来るが3mを超えることが出来ないので、水無月はなるべき敵に近付かなければならない。おかげで慎也と接近戦を強いられている。
幸い、砂鉄程度なら水の防壁で防げるのだが、時折、飛んで来る鉄の塊は避ける以外ない。
「くっそー! 正々堂々戦えよ!」
「正々堂々だろうが!」
「周囲の鉄くずを集めてこっちに飛ばすな!」
「これが俺の戦闘スタイルなんだから仕方ないだろ! 大体、そっちだって顔面に水の玉を張り付かせようとしてうざいんだよ!」
「それが一番手っ取り早いんだよ!」
「凶悪すぎんだよ! 溺死狙いとか怖えよ!」
「仮想空間だから苦しまないって!」
「気持ちの問題だろ! 溺死なんて経験したくもないわ!」
「でも、この方法が確実なんだ……」
水無月の言うとおりで水使いは大体溺死狙いだ。対人にうってつけの方法である上に呼吸を必要とするイビノムなら簡単に討伐する事も出来る。呼吸器官を水で塞ぐだけの簡単なお仕事だ。ただし、傍から見れば極悪な戦法だということは間違いない。
たとえ、痛覚機能をオフにされていても溺死など仮想空間でさえも経験はしたくないだろう。
「大分苦戦してるみたいだな……」
「そうですね……」
二人の戦いを物陰から見守っている一真と桃子。顔だけ覗かせて二人の戦いを見ているのだが、どちらも別のことを考えていた。
「(水使いか……。薄着になった女子にかければシャツが張り付いてエロイことに!)」
「(この男はどこまでいっても変態ですね……)」
「(いや、まあ、しかし、溺死狙いは流石に怖いな)」
「(驚いた。普通の考えも出来るのですね)」
「(むッ!!!)」
「(何ですか!?)」
「(おなら出そう)」
「(…………)」
緊張感の欠片もない一真に桃子はピキピキと青筋を立てるのであった。
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