第7話 これくらいじゃバレないよね? ね?

 護衛であるアリスを失ってしまった桃子は路頭に迷う。迂闊に動けば敵に発見される恐れがある。しかし、それと同時に味方と合流できる可能性もある。

 分の悪い賭けになってしまうがここから移動することを桃子は決めた。どのみち、ここに留まっていても敵に見つかってしまう可能性があるからと桃子は息を潜めて移動を始めた。


「(とにかく味方に合流しませんと……)」


 注意深く周囲を警戒し、物陰から物陰へと桃子は身を潜めながら移動していく。


 ◇◇◇◇


 一方で一真は敵に遭遇することなく、呑気に慎也と雑談をしながら歩いていた。


「敵いないね~」

「まあ、いたらいたでやばいけどな」

「確かに。今、完全に油断してるもんな」

「そうそう。こんな所、襲われたら間違いなくやられるわ」


 そう言って笑う慎也に釣られて一真も笑った。


「ハハハ、速攻で殺されそうだよね」


 などと話している二人、これは実戦を仮定とした訓練であるが、その前に授業である。つまり、現在の二人の態度はバッチリと教師に見られており、評価されているのだ。

 当然、減点対象である。何度も言うようだが、これは実戦を仮定とした訓練だ。それを理解せず、遊び感覚でやっているのならば当然の結果だ。


 それに気が付かず、二人は雑談を続けながら歩いている。市街地の真ん中を堂々と歩いている二人は格好の的だ。もし、襲撃をされれば間違いなく一網打尽で二人共やられるだろう。


 もっとも、それが普通の生徒だった場合だ。油断をしているとは言っても一真は元勇者である。敵の気配や視線には人一倍敏感だ。

 たとえ、慎也と雑談に夢中になっている所を襲われても、問題なく対処できる。ただし、一真は支援科なのでそのようなことをすれば一発で正体がバレるだろう。


 今は桃子や麻奈美に雅文といった国防軍の諜報員が学園に潜んでいるのだ。訓練中の映像データは間違いなく彼等に閲覧されてしまい、紅蓮の騎士である一真へ迫ることは確かだ。


「(ん? 誰か見てるな?)」


 一真は視線を感じた。

 上の方から見られていることに気が付いた一真は顔を上に向ける。市街地なのでそこにはビルが立っていた。

 ここは仮想空間なので人は生徒しかいない。つまり、ビルの中から覗いているのは敵か味方のどちらか。


 こちらに声を掛けて来ない時点で敵と断定した一真。護衛である慎也に伝えようかとしたが、これは訓練なので一真は黙っていることにした。

 なにせ、自分はあくまでも護衛される立場だから。護衛である慎也が気付かなければならないし、注意をしていなければならないからだ。


 勿論、一真にも非がある。仲良く話しているせいで、すっかり訓練だという事を忘れているのは慎也だが原因は呑気な一真の所為だ。


「(皐月君に大槻か……。組み合わせ的には厄介な相手ね)」


 ビルの中から見ていたのは香織であった。彼女はなんの警戒もせずに歩いている二人を見つけて尾行していたのだ。

 今はビルの中に身を潜めて奇襲のタイミングを見計らっていたのだが、一真が不意に顔を上げるものだから、慌てて隠れた。


「(嘘!? 気づかれた?)」


 窓から離れて身を隠した香織はゆっくりと窓の方へ向かい、下を歩いている二人を見る。

 先程、顔を上げていた一真であったが今は慎也と再び他愛もない会話で盛り上がっているのを見た香織はホッと息を吐く。


「(よかった。さっきのは偶然か……)」


 残念ながら偶然ではない。一真はビルの中に香織がいるのをバッチリと見ていた。


「(夏目さんか~。戦い辛い相手だけど、戦うのは俺じゃないし、まあいいか)」


 チラリと横にいる慎也を一瞥する一真。果たして、戦えばどちらに軍配が上がるのだろうかと一真は呑気そうに考えていた。自身が狙われることを完全に忘れて。


「(……先に皐月君を叩く。それを大槻が庇って大ダメージを与えるってのがベストね。皐月君も普通の支援科じゃないけど、普通に戦えば勝てる相手。脅威なのは大槻だけ。よし、作戦は決まった!)」


 香織は深呼吸をして頬を叩くと気合を入れた。

 それから薙刀を握り締めて窓へ向かって走る。その勢いのまま窓を突き破り、薙刀を一真に向かって振り下ろした。


「何ッ!? 敵か!」

「もう遅いッ!」

「くそ! 一真ッ!」


 ガシャーンと窓の割れる大きい音が聞こえた慎也は襲撃だと察知して上を振り向く。そこには薙刀を突き刺すように下へ向けている香織の姿があった。

 彼女が狙っているのは一真。それに気が付いた慎也は一真を引っ張って自身が盾になろうとしたのだが、予想外の出来事が起こる。


「いや~、ごめん」


 市街地には色々と転がっている。その中には小石から車や自動販売機と多岐に渡る。一真は小石を拾っており、自動販売機と入れ替わるように置換で設定していた。


 自身に向かってくる薙刀に対して一真は慎也と香織の両方に謝ると小石を投げて自動販売機と入れ替えた。

 そのおかげで香織が振り下ろした薙刀は自動販売機に刺さり、一真は難を逃れるのであった。


「嘘ッ!?」

「慎也!」

「お、おう!」


 すかさず、一真はポケットからペットボトルに入れ替えていた砂鉄を慎也に向かって投げる。それを受け取った慎也は砂鉄を磁力で操ると、香織へ向かって攻撃を繰り出した。


「くッ……!」


 自動販売機に刺さった薙刀をすぐに抜くと香織は向かってくる砂鉄を斬り裂いた。


 しかし、霧散しても慎也の範囲内だ。すぐに砂鉄は慎也の思うがままに動き出して彼女を襲う。


「ホント、大槻って嫌な相手ね!」

「そりゃどうも! でも、こっちだって身体強化の夏目とは相性が悪いんだけどな!」


 事実、慎也の砂鉄は鞭のように伸び、香織を攻撃しているのだが彼女は身体強化の異能者。速度では敵わない。先程から、慎也の攻撃は空を切るだけで香織には当たっていない。


 しかし、それは相手も同じ。慎也の砂鉄は攻防両方に長けているので懐に入って薙刀を振るっても砂鉄に阻まれてしまい、攻撃が通らない。どちらも攻めあぐねていた。


「(おお~、やっぱり、磁力は便利だな~)」


 その戦いを見守っていた一真は磁力の便利さに感心していた。

 攻撃にも応用でき、尚且つ防御にも応用できる。それはとても便利な能力だろう。成長すれば、それこそ世界に名を轟かせる事が出来る能力だ。


「(体内の鉄分とかも磁力で操れたら最強なんじゃね?)」


 凶悪な活用方法を思いつく一真。もし、それが可能になれば間違いなく最強の一角へと至れるだろう。ただ、そのような使い方をすれば世間からどのような目を向けられるかは想像に容易い。


「(ま、そんなこと出来たら間違いなく恐れられるだろうよ)」


 圧倒的な力は象徴にもなるだろうが一つ間違えれば恐怖でしかない。一真はその事を異世界で嫌と言うほど学んだ。人類からは勇者として崇められたが敵からは恐怖の象徴として恐れられていた事を思い出した一真であった。


「ああ、もう! イライラする!」

「それは俺のセリフだ! くそ! 全然攻撃が当たらねえ!」


 お互い決め手に欠けており、無駄に体力を消費しているだけだった。

 このまま戦闘を続けていれば、人が集まってくるだろう。味方ならいいが敵なら終わりだ。

 いくら、磁力が攻防に長けていようとも二人の異能者から一真を庇いつつ相手にできるほど慎也は器用ではない。


「(ふむ……。いっちょ、助けにはいるか? 多分、これだけじゃバレないだろうし)」


 このまま見ていられないので一真は置換で小石と自動販売機を置き換えるように設定した。

 後は能力の範囲内まで移動するだけ。一真は二人が戦っている所へ乱入するように割り込んだ。


「一真ッ!? 何やってんだ!」

「まさか――」

「あら、気が付いた? でも、少しだけ遅い」


 驚く慎也と何かに気が付いた香織。彼女は一真が何かをする気だと見抜いたが、時すでに遅し。一真は手に持っていた小石を香織の後ろへ投げて自動販売機と入れ替えた。

 突如、背後に現れた自動販売機に背中をぶつけた香織は動きが止まる。


「ちょっ!? これって!」

「慎也! 今だ!」

「ナイスゥ!!!」


 完全に動きを阻害されてしまった香織は成す術もなく慎也の放った砂鉄に胸を貫かれて死亡。これでテロリストチームは残り三人となった。


「イエーイ!」

「ハハハ! マジで噂通りだな、一真! 助かったぜ!」

「そっちこそお疲れ! ハハハハハ!」


 ハイタッチを交わす二人は互いの健闘を称えるのであった。

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