第10話 あっれれ~、もしかして俺のせいだったりする~?

 発狂する桃子。

 彼女が発狂している事など知らずに話しかける一真。


「東雲さん。ひとまず、ここから移動しよう」

「……」


 返事はないが桃子は一真が立ち上がると一緒に立ち上がった。

 一応、意識はあるようだ。ただし、正常かどうかは不明だが。


「(なんも喋らないけど、限界が近いのかな?)」

「(授業が終わったらコロス)」

「(物騒な雰囲気だ。後ろから刺されそう)」

「(八つ裂きにしてやる)」

「(美人が怒ると迫力あるよね~)」

「(一切の慈悲はない。生まれてきたことを後悔させてやります)」


 桃子は壊れてしまった。度重なる一真の心の発言により彼女の感情は憤怒一色に染まっている。もはや、鎮めることは不可能だろう。原因である一真を排除しない限りは。


 市街地エリアを歩く二人。一真が先行し、その後をついていく桃子。二人の間に会話は一切ない。なんとも気まずい空気であるが一真は桃子が怒っている事を察していた。恐らくは自分の脳内セクハラが原因だろうと。


 まあ、分かっていたとしてもどうすることも出来ない。怒らせた張本人であるので、一真は黙秘を決めたのだった。


 それから、しばらく市街地エリアを歩き回った二人だが、敵どころか味方にも遭遇しない。これは困ったと一真は足を止めて考える。


「(市街地エリアは一通り見て回ったから、次は森林エリアにでも行ってみるか。東雲さんにも一応一言いれといた方がいいよな)」


 これくらいは読まれてもなんともないと思っているので一真は読心対策を行ってはいない。だからだろうか。桃子は何も言わずに一真の言葉に従って後ろを付いていく。


「(もう十分くらいは喋ってないな~。何か怒らせるようなことしたかな~?)」


 完全に煽っている。喋り方が人を煽るかのようだ。煽り運転ではなく煽らせ運転のように一真は桃子の神経を逆撫でする。


「(人が人を殺してしまう気持ちがわかったかもしれません……。きっと、怒りが頂点を通り越して、虚無になってしまうのでしょうね。もう殺してしまおう、と…………)」


 こちらはこちらで悟りを開きかけていた。

 桃子は殺人者の気持ちを理解し始めそうになっている。このままだと、近い内に彼女は一真を殺してしまうかもしれない。


「(なんか悪寒がするな~)」


 殺意を向けられている事を感じ取った一真は背中がむず痒いとボヤキながら森林エリアへと侵入していく。


 ◇◇◇◇


 一真達が森林エリアに侵入した時、森林エリアの方では一つの戦いが終わっていた。


「うぐ……」

「いや~、さすが速水はやみ! ウチもギリギリだったよ~」

「あわわわ……」

「そんじゃ、まあ、支援科のえっと……わかんないけど、ごめんね」


 速水が倒れ、護衛対象だった支援科の生徒も虚しく消えてしまった。残されたのは、ショートカットの女子生徒。風に吹かれてヒラヒラと揺れる彼女のスカートの中はスパッツが覗いていた。


「よし! それじゃ、次の獲物を探しに行きますか!」


 パンと自身のお尻を叩いて気合を入れる女子生徒はその場を後にする。


 一真は森林エリアに速水を倒した女子生徒がいることなど知らずに、森の中を進んでいく。その後ろをピッタリと付いてくる桃子に時折目を向けながら一真はどんどん奥へと進んでいった。


 その時、人の気配を感じ取った一真は僅かに足を止めたが国防軍の諜報員である桃子に悟られてはならないと思ってわざと知らない振りをして足を進めた。

 このまま進めば、間違いなく敵と遭遇する。そう確信している一真は迷うことなく森の中を進んでいく。


 異世界で鍛えられただけあって一真の読みは当たった。二人の前に速水を倒した戦闘科の女子生徒が現れた。


「お? ラッキー。まさか、獲物の方から来てくれるなんてウチの運も捨てたもんじゃないね」

「お願いします! 見逃してください!」

「へ?」


 見敵必殺ということはなく、彼女は獰猛な肉食獣のように舌なめずりをしていた。それを見た一真はすかさず降伏宣言というよりは情けない一言を放つ。


「あ~、なんで?」


 予想外の一言に女子生徒も困惑していた。


「いや、実は俺たち、護衛の人がやられちゃって……」

「え、あ~、そういうことね。だから、支援科だけだったんだ」

「そうそう。あ、隠れてるとか、そういうことはないから安心して」

「アハハハ! そんなの見れば分かるって。そもそも護衛を放棄するとか駄目でしょ」

「確かに~」


 一真と女子生徒は笑い合っていたが、彼女の方がピタリと止まる。


「でも、まあ、悪いけど、ウチは一応テロリストチームだからごめんね?」


 無情にも一真の要望は跳ね除けられてしまった。


「まあ、そうだよね~」

「それじゃ、悪いんだけど退場してくれる?」


 そう言って大きく息を吸い込む女子生徒。一真は嫌な予感がして顔を引き攣らせるが、彼女は待ってくれないし止まってくれない。


「わ――――」

「ッ!」


 耳をつんざく音ともに一真は吹き飛んで木に激突すると、死亡判定を受けて退場した。それを眺めていた桃子は呆気なくやられた一真に目を丸くするも、彼は所詮一般人なのだと理解し、女子生徒へ顔を向ける。


「じゃあ、次は貴女の番ね」

「ありがとうございます! 少しだけですがスッキリしました!」

「え? は? どういうこと?」

「いえ、お気になさらず! さあ、早く私もやっちゃってください!」

「え、え~~~。なんかやりにくいな……」


 なぜか、感謝をされる女子生徒は非常に戸惑っている様子で後頭部をかいていた。

 彼女は知るはずもないだろう。桃子が一真に殺意を抱いていた事など。そのようなタイミングで一真を倒してくれたのだから、感謝されるのも無理はない。


「あの一つ、いいでしょうか?」

「なに? あ、やっぱり殺さないでってのは無しね」

「それは大丈夫です。名前を教えていただけませんか?」

「名前? それくらいならいいけど……」


 なんだか怪しいなと感じながらも女子生徒は名前を名乗る事にした。


「ウチの名前は音無おとなしひびき。よろしくね」

「音無響さんですね。わかりました。私は東雲桃子と申します! 是非ともお礼をしたいので放課後お伺いしてもよろしいでしょうか?」


 桃子の表情はブラック企業から解放された社畜の様に輝いていた。

 それだけ一真の監視が苦であったという事が容易に分かる。ただ、流石に学友が目の前で倒されたというのに、その相手へお礼をしたいというのは異常であった。


「あ、あははは……遠慮しておきます」

「な!? 何故でしょうか? もしかして、私に何か至らない点でもありましたか?」

「いや、普通に怖い。クラスメイトが目の前で倒されたのにお礼を言う時点で怖い」

「あ……」


 そう指摘されて桃子は自分の異常性に気が付いた。

 確かに傍から見ればサイコパスの類であろう。桃子は完全にやらかしてしまった。


「す、すいません。色々とありましたので気が動転していました」

「ま、まあ、別にいいけどさ。クラスメイトがやられてお礼を言うのはどうかと……待って。もしかして、さっきの奴って結構下衆だったりする?」

「はい!!! そう! そうなんです!!! 彼は史上最悪下劣極まりない唾棄すべき存在です!」

「お、おお、そうなんだね……」


 あまりの勢いに響はドン引きである。先程の一真を見る限りではそこまで悪い男には見えなかった響は、どのように下衆なのかを桃子に尋ねてみた。


「どれくらい下衆だったの? 異能でセクハラとしてきたり、やらしい目で見てきたりするの?」

「え、そ、それは……」


 この質問には上手く答えられない桃子。当たり前だろう。一真は表面上何一つ変態行為などしていない。むしろ、人としては割と普通にしていた。

 女性である桃子を気遣ったりと、紳士的な面もある。とは言うものの内心では下衆な事を考えていたのは本当だ。


 もっとも、それは桃子に対する嫌がらせとセクハラだが、その事を桃子は知らない。勝手に覗いてセクハラされて理不尽に怒っているだけなのだ。


「ん? もしかして、心当たりないとか?」

「い、いえ、その……」


 実は心を読んでいるなどと口が裂けても言えない桃子は脂汗をかいていた。


「(思わず色々と口走ってしまいましたが、これは非常に不味いのでは?)」


 桃子の様子がおかしい事に気が付いた響は怪訝そうに眉を寄せる。


「ねえ、もしかしてウチを騙したとか?」

「いえ、そのようなことは決してありません!」

「だったら、なんで簡単な質問にも答えられないわけ?」

「それはその……」

「はあ。もういい。アンタ信用できないわ。さっきの男子については他の子から聞くことにするよ。じゃあね」

「あ――」


 響によって桃子は仮想空間から追い出される。ついでに響からの信用は地に落ちた。

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