第5話 世の中には三種類の人間がいるんや……
二学期が始まってから、ようやく最初の戦闘科との合同授業が行われる。VRマシンを使った仮想空間を用いた実戦形式の戦闘訓練である。戦闘科にとっては自身の実力を測れる楽しい授業の反面、支援科は一方的に蹂躙されるだけなので地獄のような授業であった。
いつものように支給されたVRマシン専用のスーツに着替えて、シミュレータルームへ移動する一真達。相変わらず、女子生徒のボディラインがはっきりと浮かび上がっているので男子諸君はなるべく目を背けているが、時折、厭らしい目で見ていた。
「(これも懐かしいですが、男子の視線も変わらずですね。やはり、こればっかりはどの世代も共通なのでしょうね)」
視線と男子と女子両方の心を読んでいる桃子は懐かしい気持ちになっていた。彼女も学園に通っていた時代は同じような目にあってきたから、その気持ちは理解できるのだ。
「(心頭滅却すれば火もまた涼し! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前! キエエエエエエエイ!!!)」
「(チンパンジーよりやかましいですね。しかし、猿の癖に女子達に目を向けないようにしているのは褒めるべきでしょうか……。普段はあんな癖に)」
精神統一でもしているかのように目を瞑っている一真の心は騒がしかった。しかし、他の男子と違って必死にスケベな視線を抑制しているのは評価してもいいかもしれないと桃子は思っていたが、やはり、普段が最低なので評価は低いままである。
シミュレータルームに集まった支援科と戦闘科の生徒達だが、何故か担当の教師がいない。そればかりか、戦闘科の生徒が僅かばかりに少なくなっている。
どういうことなのだろうかと支援科の生徒達がざわめいてた所に、担当の教師が数人の生徒を引き連れてやってくる。
遅刻かと支援科の生徒が遅れて入ってきた生徒を見て顔を強張らせる。教師が引き連れて入ってきたのは、主に素行の悪い生徒だったからだ。
彼等彼女らは授業で傍若無人な振る舞いをし、普段の生活でも支援科の生徒を見下す発言をするなど、人として関わりたくない連中である。
しかし、だ。何故か彼等彼女らは妙に大人しい。教師に引き連れられてやってきたからというのもあるだろうが、以前の彼等には考えられない態度であった。
自分達は特別な存在なんだと本気でそう思っており、教師の前でも尊大な態度を取ってきたはずなのにと支援科の生徒達は不思議そうに首を傾げる。
「遅れてしまって申し訳ない。授業を始める前に少しだけ大事な話がある」
頭を下げる教師と生徒に待たされていた生徒達は静かに目を向ける。
「(あー、毎年恒例のアレですね。こればっかりは方法がありませんからね。生徒達はどう思うんでしょうか?)」
卒業生だけあって桃子は今の状況に心当たりがあった。彼女は他の生徒達がどのような反応をするのだろうかと見守る。
「支援科の生徒諸君。今までの非礼、誠に申し訳ない。本来であれば、我々教員が君達を守らなければならなかったのに、戦闘科の一部生徒を見過ごすような真似をしてしまい、本当にすまなかった」
「(マジかよ! あの噂は本当だったんだ! 槇村さんの言ってた事は嘘じゃなかったんだ!)」
「(事前に知ってたみたいですね。他の生徒と違ってかなり呑気なのは、その所為でしたか)」
謝罪する教師に対して支援科の生徒は複雑な気持ちを抱いている中、一真だけは鼻でもほじっているかのように呑気そうに構えていた。その心を読んだ桃子は一真が事前にこの事を聞いていたからだと納得した。
本当は異世界で嫌と言うほど戦ってきた一真からすれば、実戦のじの字も知らない素人の攻撃など屁でもないとは分かりはしないだろう。
それから、謝罪会見のように進んでいく。素行の悪かった生徒が支援科に対して謝罪をし、深々と頭を下げて、反省しているというアピールを行った。
無論、その程度で許されるわけがない。ここぞとばかりに支援科の生徒が口汚く罵りの声を上げる。罵声を浴びている生徒達は反論することもなく、ただ黙って受け止めていた。
「(まあ、私のときも同じでしたから、こればっかりは仕方がありませんね)」
「(人とはかくも恐ろしい生き物じゃ)」
「(この男は何を悟った気でいるのでしょうか?)」
達観しているかのような言動をしている一真に桃子は疑問をぶつける他なかった。何故、この男だけはこうもズレているのだろうか。桃子は今日の報告レポートに記述する項目が増えたのだった。
「(さて、特別カリキュラムの動画も流しましたし、ここらで終わりでしょうか)」
今、素行の悪かった生徒達が特別カリキュラムを受けた時の映像が流され、彼らも反省し、これからは心を入れ替えて学園生活に望むということを述べているが、果たして何人の生徒が許すか。
桃子の時は三種類の人間に分かれた。許す人間、許さない人間、そして関心のない人間の三つだ。前者の二つは被害者で後者は被害の及ばなかった人間である。
どちらにせよ、わだかまりが残ってしまうのは確かだということだ。
「(歴史は繰り返される。人は学ばない愚かな生き物なのじゃよ)」
「(この男は何様なのでしょうか? あそこに立っている彼等よりもこの男を粛清した方がいいと思います)」
会話でもしているのかというくらい、二人の心の声はかみ合っていた。
溜飲は下がらないが、それが学園の方針だというのなら仕方ないと大半の生徒は割り切った。しかし、中には当然彼等を許さない者はいる。こればかりはどうすることも出来ない問題であった。
やや遅れて授業が始まり、一真はVRマシンに搭乗して、仮想空間へとダイブする。
今回のステージは海辺のようで一真の視界には水平線が広がっていた。
浜辺に立っている一真は海を見渡して、近くにいるであろう戦闘科の生徒を探す。すると、すぐに見つかった。
残念ながら今回の護衛役は女子ではなく男子であった。
少し肩を落とす一真であったが、守ってもらわなければならないので気を取り直して話しかけた。
「今回はよろしく~」
「ああ、よろしくな。一応、訊くけど皐月一真だよな?」
「そうだけど、あれ? 一緒になったことあるっけ?」
「いやいや、ないけど、お前、割とこっちじゃ有名だぜ」
「そうなんだ? なんで?」
「守りやすい、囮になってくれる、いざと言う時、助けてくれる。そんな感じで戦闘科だと有名人なんだぜ。しかも、あの槇村とも仲がいいってことで知られてるしな」
「そ、そうなのか。俺は有名だったのか……」
以前、香織に不幸君と称されて、悪い意味で有名であったのに、今では違う意味で有名である一真は嬉しそうに喜んでいた。
「ハハハ、まあ、そんなに気負わなくてもいいさ。訓練だって言ってもこれは授業なんだし、リラックスしていこうぜ」
「おお、確かに。そう言われると気が楽になったよ。ありがとさん」
「どういたしまして」
有名人だと知って少しプレッシャーを感じていると思われた一真であるが、彼は至って普通である。そもそも、勇者なので他者どころか世界から期待されていたくらいだ。戦闘科の生徒に少しばかり期待されても一真にとって苦にはならないだろう。
「さてと、まだ自己紹介が済んでなかったな。俺は
そう言うと慎也は手の平を砂浜に翳し、磁力を使って砂鉄を集める。それを変幻自在に操り、剣のように形を変えたり、鞭のように伸ばしたりと一真に見せた。
「おお~! もしかして、攻防共に長けてたり?」
「お、よく気が付いたな。身体に纏わせることで防御にも使えるし、さっきみたいに武器として使うことも出来る。けど、まだそこまで強力じゃないから5m以上伸ばすと――」
説明しながら慎也は砂鉄を伸ばした。一定の距離まで伸びると、砂鉄は力を失ったように霧散していく。
「あ……」
「と、まあ、こんな感じで制限はあるが割と使いやすい異能さ」
「ほほう。便利なもんだ」
「それじゃ、自己紹介も済んだし、移動するか。ここって見晴らしがいいけど、敵に見つかりやすいからな」
「そうだね。移動しようか」
と、二人が歩き出そうとした時、一真があることを思いついて慎也を呼び止めた。
「ちょっと待って!」
「ん? どうした?」
「さっきみたいに砂鉄を集めてくれないか?」
「もしかして、持ち運ぶ気か?」
「そうそう。そしたら、すぐに武器として使えるだろ?」
「まあ、そこらにある鉄くずを引き寄せるよりは早いけど……」
「だったら、持っていた方がいいだろ?」
「そうだな。でも、ズボンのポケットに入れておくのか?」
「今はそれしかないからね。ペットボトルでもあったら、そこに入れておくんだけど」
「探索してたら落ちてるかもしれないな。とりあえず、砂鉄を集めようか」
「ういうい」
戦闘科の慎也に持たせるよりも一真が持っていた方がいいという事で彼のポケットには一杯の砂鉄が詰められるのであった。
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