第45話 ひと時の平穏

 夏休みも中盤が過ぎようとしていた時、一真は勉強会のメンバーと一緒にプールへやってきていた。

 そう、まさかの女子とである。一真達は大興奮。女子からお誘いがあるとは思わなかったらだ。これは、もしかすると、ひと夏の恋が幕を開けるのではと期待に胸を膨らませるのであった。


「まあ、体よく男避けって感じが一番の理由じゃないかな」

「うおおおん、うおおおん……」

「どうして、どうして……」

「そんな旨い話はないってことだよな」


 太一の言う通り、一真達がお呼ばれしたのは女子だけだとナンパされるから、男避けとして呼ばれたらしい。その事実に泣き崩れている幸助と一真に暁が現実を突きつけた。


 勉強会に参加していた女子達は美女、美少女と呼ばれる部類に入る人種だ。

 当然、周囲の男は放っておかないだろう。いくら、腕っぷしが強くても世の中は広い。彼女達より、強い男は沢山いる。一真などはその一人であろう。


 と、まあ、嘆いているものの割とノリノリである一真達。女子達の着替えを待ちつつ、他の女性に視線を移し、鼻の下を伸ばしていた。


「やはり、夏はいい」

「水着と下着って大して変わらないのに、どうしてみんな平気なんだろうな?」

「それは気持ちの問題じゃない? 下着だって見せパンとあるし」

「そういうもんか……」


 下らない会話をしている幸助と一真。そんな二人に呆れたような目を向ける暁と太一。


 そうしていると女子達が更衣室から出てくる。四人それぞれ違うタイプの水着を着ており、一真達は目を奪われてしまう。


「「「「おおお……」」」」


 感慨に声を上げる男衆。女子達はその視線に気が付いて、宮園が一真へ近づきアイアンクローを決めた。


「うぼあああああッ! どうして、俺だけッ!」

「お前になら許されると思ったからだよ! 厭らしい目でアタシ達を見るんじゃない!」

「そう言われても仕方ないじゃん! うごごごごごッ!」

「じゃあ、せめてもう少し、控えめにしろ!」

「そうしますぅううううッ!」


 解放された一真はその場に蹲って顔が変形していないかを確かめる。それを間近で見つめるのはボーイレッグ姿の宮園。男勝りな彼女らしいチョイスである。その健脚と引き締まった体は美しい。


「大丈夫、一真?」

「ん? ああ、槇村さんか。なんとか大丈夫みたい」

「そう。ところで、一真って意外といい体してるね」

「まあ、鍛えてるから」

「触ってもいい?」

「いいよ。特に減るもんじゃないし」

「じゃ、遠慮なく」


 蹲っていた一真は立ち上がり、楓に体を触られる。彼女はシンプルなビキニを着ており、一番露出が多い水着を選んでいた。勿論、スタイルもいいので周囲の男性から注目を浴びている。


 そんな彼女は一真の筋肉に興味津々で、腕、胸、腹筋とペタペタ触っていた。


「おお……ねえ、力こぶ見せて」

「おけ。ふん!」


 楓の注文通り、一真はマッスルポーズを取り、力こぶを見せる。それを見た楓は目を輝かせて、一真の腕にぶらさがる。


「なにやってんの?」

「見ての通り。ぶら下がってる」

「まあいいけど……」

「ちょっと、回ってみて」

「こんな感じ?」


 一真は楓がぶら下がった状態でくるりとその場を回る。


「もっと早く出来る?」

「余裕」


 先程よりもさらに速く回転する一真に興奮する楓。


「おお! 凄い」

「ハッハッハッハ!」


 そんな感じで二人が遊んでいると、恵が近寄ってくる。彼女の表情はどこかソワソワとしており、何か言いたげそうにしていた。

 それに気が付いた楓が一真の腕から手を放して地面に着地すると、恵に問いかける。


「どうしたの?」

「あ、えっと、その……私もちょっとさっきのやってみたいな~って」

「そうなんだ。ねえ、一真。恵もさっきのしたいんだって」

「いいよ。なんなら両腕に二人でもいける」

「ホント? じゃあ、遠慮なく。ほら、恵も」

「う、うん!」


 恵はハイネック型と言われる水着を着ており、スカートを揺らしながら一真の腕を掴んでぶら下がる。反対側には楓がぶら下がっている。

 二人を振り回すように一真はその場を回転。キャッキャッと喜ぶ二人に一真は回転の速度を上げた。

 しばらく、回っていたが流石に恵、楓の両名の力が緩んでいることに気が付いた一真が回るのを止めた。


「すごい、すごい! 皐月君ってホント力持ちなんだね!」

「フッフッフ。まあ、戦闘科の二人には負けるけど」

「香織ちゃん達は身体強化系だから、それは仕方ないよ~」


 卑下する一真であるが、彼はこの世界の誰よりも強い。まあ、秘密にしているので誰も知らないが。とはいえ、このような調子ではいずれ自分の口から漏らしてしまいそうではある。


「そうは言うけど、皐月君は凄いと思うわ」


 そう言って香織が一真の傍へと寄ってくる。彼女はオフショルダービキニを着ており、セクシーさが増していた。


「そうかな? まあ、確かに支援科の中では割といい線いってる気がする」

「そんなことないわ。戦闘科の生徒と比べても十分に凄いわ。多分、異能無しの戦闘なら圧勝しちゃうんじゃない?」

「どうだろ? やったことないけど、いい勝負できるかな?」

「何だったらアタシが鍛えてやろうか?」

「いえ、遠慮しておきます」

「なんだって! この!」

「あだだだだだだッ!」


 香織と話していたところに宮園が割り込んで来て、一真の肩を抱き寄せる。かなり近い距離感にドギマギするはずなのだが、一真は生憎異世界帰り。

 向こうで女戦士に同じような事をされており、耐性を持っていた。しかし、今回は水着なので肌の密着具合が半端ない。


 とはいえ、やはり、向こうでのノリに近い宮園に一真は欲情することなく、冷静に対応していた。

 その反応というよりは提案を拒否されたことに怒った宮園は一真にヘッドロックを決める。


 痛い半面、柔らかい感触も楽しめるので、ある意味役得である一真。


 そんなハーレム状態である一真を見ていた三人。


「一真ってホント凄いよな……」

「うん。どうして、あんなに平気でいられるんだろう」

「くそ~ッ! 俺とそのポジション変わってくれ~」


 幸助の心からの叫び声が聞こえた一真がそれに応える。


「いつでも変わってやるぞ!」

「いや、そこはいいや」

「へえ~。まだまだ余裕そうだね!」

「おぎゃあああああッ!」

「はわわわ……!」


 さらに力を込められ、万力のように締め付けられる一真はわざとらしく悲鳴を上げる。それを間近で見ていた幸助はか弱い乙女のように震え上がるのであった。


 その後、一行は移動し、ウォータースライダーの前にいた。


「ふむ。浮き輪に二人で乗るタイプか……」


 一真が呟く先には浮き輪に二人で乗って、ウォータースライダーを滑る人達。順番待ちをしている八人はどうしようかと話し合う。


「無難に男同士で組むか?」

「それだと地獄絵図なんだが……」


 暁の提案に否定的な幸助。折角、女子がいるのだからここは男女でペアを組むべきだろうと内心で考えていた。

 言葉にしないのは引かれたくないからである。


「か、一真……」


 両腕を組んで、ウォータースライダーを眺めている一真に幸助は小さな声で呼びかける。呼ばれた一真は振り返ると、そこには何やら気まずそうな顔をした幸助がいた。


「どうした? トイレか?」

「いや、違うって。その……彼女達に男女ペアで組まないかって聞いてくれない?」

「別にいいけど、自分で聞いたらどうなんだ?」

「バッカ、お前! もし、変態だとか思われたらどうするんだよ!」

「あ~、まあ、確かに。でも、そんなこと聞いたら俺もなんだか嫌なんだけど」

「うッ……。でも、お前にしか頼めないんだよ。ほら、俺等の中じゃ一番仲がいいだろ?」


 幸助の言う通り、一真は戦闘科の女子達と距離が近い。物理的に近い時も多いが精神的にも近いだろう。


「ああ~、まあ、聞いてみるけど、断られたら諦めてくれよ?」

「おお~! わかってるって!」


 そう言う訳で一真は女子達へ突撃。一緒に順番待ちをしていて談笑中の彼女達に一真は男女ペアで滑らないかと提案をしてみた。


「ねえねえ、男女ペアで組んでみない?」


 流石に固まる女子達。明らかに見え透いている下心にどう反応するか、見ものである。

 対する一真もこればっかりは無理だよなと悟っていた。


「いいよ」

「え?」

「私はいいよ?」

「マジで言ってる? 槇村さん」


 驚きの発言に一真の方が動揺していた。絶対に断られるだろうと踏んでいたのに、まさかのOKである。一真でなくても男性であれば動揺するのは間違いないだろう。


「うん。でも、どういう組み合わせにするの?」

「ちょ、ちょっと待って。槇村さんはいいみたいだけど、他の人の意見がまだ聞けてない」

「あ、そっか。みんなはどうする?」

「え、どうするって……」


 楓に問われて、戸惑いの声を上げる恵は他の二人に意見を求める様に視線を向けた。


「まあ、アタシでもいいならいいけど?」

「どういう意味?」

「言葉通りだよ。多分、アタシは皐月以外の男に避けられてる。まあ、仕方ないんだけどね。アタシが怖いんだろうさ」


 事実である。宮園は一真以外の男性陣から避けられているのを察していたのだ。別にそれが悲しいとか寂しいとか、そういったものはない。ただ、仕方がないとしか思っていなかった。


「というわけで、もし、男女ペアになるならアタシは皐月と組ませてもらうよ」


 何故か、肩を組まれて有無を言わせてもらえない一真。

 もっとも、一真自身も宮園の事は嫌いではないので特に問題はない。向こうのノリを思い出させてくれるので、割と好意的である。


「え~、私も一真とがよかった……」

「まあ、今回は悪いけど譲ってもらうよ」

「ねえ、まだ、私はやるって決めてないんだけど?」


 とんとん拍子に話は進んでいるが、香織の言う通り、男女ペアで別れて滑ることが決まったわけではない。ただ、二人が乗り気なだけである。


「あ~、そうだったね。どうする?」

「恵はどうする? もう、なんだか二人はやる気みたいだけど……」

「え、えっと、私は……ちょっと恥ずかしいから嫌だな~って……」

「そう。じゃあ、私と恵は反対ね」

「それなら、アタシと槇村だけ男子と組む?」

「それでいいならいいよ」


 と言う訳で、一真は男性陣の元へ戻り、楓と宮園が男女ペアで滑ってもいい事を告げた。


「え……」

「なんだ、その残念そうな顔は!」

「宮園さんはお前と滑るから、槇村さんは俺等の誰かと滑るってこと?」

「そうなる。ということで、幸助。お前しかいない」

「なんでさ!」

「いや、言い出しっぺだし。女子と一緒に滑りたいだろ?」

「そ、それはそうだけどさ……」


 相手が楓というのが躊躇ってしまう。幸助は恵や香織といった比較的温厚な女性と滑りたかったのだ。宮園のように暴力的な女性や、楓のように不思議ちゃんではない。


「あのさ、俺が宮園さんと滑るから、どのみち、三人の内誰かは槇村さんと滑らないといけないんだぜ?」

「「「あ」」」


 つまり、逃げ場はない。三人は誰が楓と滑るかを決めるのだが、やはり、言い出しっぺである幸助に決まった。


 その後、一番乗りで一真と宮園が滑っていく。


「イイイイヤッホーーーッ!」

「イエーーーーイッ!!!」


 最高にノリノリな一真はバレないように風の魔法で加速し、終着点で盛大に水しぶきを上げるのであった。

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