第46話 夏祭り! 花火! そして、浴衣美人!

 楽しかった夏休みもついに終盤である。

 一真は課題を全て終えて、今はのんびりとベッドに転んでいた。


 特にやる事もない一真はSNSを漁り、何か面白いニュースでもないかと検索していると、近くで祭りが開催される事を知る。いろいろと見てみると、どうやら花火も上がるらしく、一真は友達を誘ってみる。


 しかし、残念な事にいつものメンツは既に予定が入っていた。

 暁、太一は中学の頃の友人と、幸助は別クラスにいる友人と祭りに参加するとのこと。


 一人寂しく残ってしまった一真。皆と同じようにすればいいのだが、悲しい事に一真には友人はほぼいない。施設育ちであったために、小中の頃は仲のいい友人は出来なかったのだ。


 高校はと意気込んだのだが、入学式当日に不幸にも交通事故。その際に異世界へ召喚されて魔王討伐。波乱万丈な人生である。

 そのおかげで入学が遅れてしまい、クラスに馴染めなかった。暁達が声を掛けてくれたおかげで、今はそこそこ会話できるほどになっているが、休日に遊ぶほどの仲ではない。


「ああ~~~。夏休み最後は一人寂しく寮で過ごすか~」


 携帯を無造作に投げ捨て、一真は天井を仰ぎ見る。何もやる気が起きず、このまま怠惰に過ごして眠ってしまおうかと目を瞑った時、不意に携帯が鳴った。

 着信音に気がついた一真は投げ捨てた携帯を拾い上げて、誰が電話をかけて来たのかと、少しだけ期待を寄せる。


「は? 槇村さん?」


 画面に表示されていたのは戦闘科の槇村楓。確かに連絡先は交換したものの、実際に連絡を取る事はないだろうと思われていた相手だ。

 困惑する一真は眉間に皺を寄せて画面を見詰めている。出るべきか、出ないべきかと頭を悩ませる一真だったが、折角女子から連絡が来たのだからと俗なことを考えながら電話に出るのであった。


「もしもし」

『やっほー』

「槇村さんから電話って珍しいね。どうしたの?」

『うん。もう知ってるかもしれないけど、今日お祭りあるから一緒にどうかなって』

「あ~、もしかしてデートの誘いとか?」


 調子に乗ってしまう一真に楓は冷たく言い放つ。


『そんなわけないでしょ。他にも人誘ってる』

「あ、はい。ごめんなさい」

『で、参加する?』

「是非ともお願いします」

『ん、オッケー。じゃあ、十八時に駅前集合ね』

「うっす」

『じゃあ、またねー』


 プツッと切れる電話。それを聞きながら、しばらく放心している一真。思ってもいない人間から祭りに誘われた一真は、下らない妄想をする。もしかしたら、男は自分だけなのではないかと。


 そんなバカな事を考えていた一真は、もっと詳しく話を聞いてくべきだったと後悔するのであった。


 ◇◇◇◇


 十八時。一真は楓に教えて貰ったとおり、駅前に向かうと、そこには浴衣を着ている楓や恵がいる。そして、彼女達の傍には同じく戦闘科の男子生徒、速水はやみ俊介しゅんすけ剛田ごうだつよし

 二人は一真も良く知っている。初めての戦闘訓練で敵だった男と味方だった男だ。どちらも気持ちのいい性格をしており、支援科を見下したりしない出来た人間である。


「む、来たか」


 瞑想でもしていたのか目を閉じていたはずの毅が一真に気がつき、顔を向ける。その一言で他の者達も一真の存在に気がついた。


「おッ~す、一真。久しぶりだな」

「ういうい~、ひさしぶり~。元気にしてた?」

「ああ、元気バリバリだぜ」


 軽快なノリの俊介に対して一真も同じようなテンションで返す。

 俊介は言葉通り、夏休み元気に遊んでいたようで、日に焼けており、真っ黒である。


「おお~、見たまんまだね」

「ハハハ、まあな。ところで一真は普通な格好だな」

「いや、だって、まさか、男も浴衣を着ているとは思わんて!」


 一真と肩を組んでいる俊介は甚平を着ており、毅にいたっては浴衣姿である。本人の雰囲気と相まって妙に色気がある。要は大人っぽいのだ。

 そんな二人に比べて一真はTシャツにジーパンといったごく普通の格好。どちらかと言えば、一真のような服装が多いのだが、今のメンバーでは少し浮いている。


「別に示し合わせたわけじゃねえんだぜ? ただ、こっちの方がいいって思っただけさ」

「ああ、そうだ。俺も速水も特に示し合わせたわけじゃない。祭りと言えば浴衣だろうと思っただけのこと」

「なるほど……」


 二人の意見に一真は相槌を打った。

 とりあえず、男連中はこれでいいとして、一真は自分を誘ってきた楓の元へ向かう。


「うい!」

「普通だね」

「いや、あっちの二人が特殊なだけ! 周り見てみ! 男で浴衣や甚平てごく少数だから!」


 挨拶をしただけなのに、軽く文句を言われる一真は必死に楓の意見を否定する。


「アハハ。まあ、楓ちゃん。皐月君の言う通り、男の人で浴衣なのは珍しいよ~」

「ほら! 木崎さんこう言ってるし、俺は悪くない!」

「別に悪いとは一言も言ってないけど?」


 そう、楓は小言を言ったかもしれないが別に悪いなどとは一言も言ってないのだ。それを一真が変な風に捉えてしまったのが悪い。


「あ……」

「アッハッハッハ。確かに、槇村は一言もダサいとか悪口は言ってないな」

「おう……。宮園さん」


 異性である一真に対して距離感の近い宮園は気軽に彼と肩を組んだ。楓と恵は浴衣なのだが、宮園は一真と同じく私服。ただし、少々露出が激しい。ショートパンツに大き目のTシャツだ。

 三人共、美少女である為、周囲の男性からの視線を集めているが、一番は宮園であろう。その美脚に男達は釘付けである。


「とりあえず、全員揃ったから行く?」

「これで全員なん?」


 女性陣はいつものメンツなのだが、珍しく香織がいない。その事に疑問を浮かべた一真は楓に尋ねてみた。


「うん。夏目は彼氏と――」

「違うよ。彼氏じゃないってば。楓ちゃん。まだ香織ちゃんは付き合ってないよ」

「でも、男と二人っきりで行ってるから実質カレカノ」

「そう言われたらそうだけど、まだ告白してないからね」

「え~っと……?」


 香織は彼氏と祭りに参加していると言った楓に対して恵が違うと否定する。

 しかし、会話内容を聞けば、間違ってはいないらしい。一真はどういうことなのだろうかと首を傾げていた。


「あ、えっとね……こういう事って言わないほうがいいんだけど、もう楓ちゃんが言っちゃったから言うけど、香織ちゃんには好きな人がいるの。で、今はその人とお祭りに行ってるから、なるべく話しかけないようにして」

「あ、はい。わかりました」


 一真の疑問に恵が答えてくれた。彼女の説明どおり、香織には絶賛片思い中の男性がいる。今日、ここにいないのはその男性とお祭りに参加しているのだ。

 当然、邪魔をすれば命は無い。冗談だと思いたいが、相手は戦闘科で身体強化系の異能者だ。馬に蹴られて死ぬ前に香織の回し蹴りでお陀仏だろう。


 という訳で祭り会場で香織に遭遇しても、なるべく声を掛けないようにしておこうと決める一真であった。


 それから、一真達は祭り会場へと移動し、所狭しと並んでいる屋台に突撃。

 まずは定番のチョコバナナ、リンゴ飴、わたあめ、など等。女性陣が購入していくのを後ろで男性陣が見守り、荷物持ち兼ナンパ避けである。


 なんだかんだ、男性陣は爽やかイケメンの俊介に渋い男前である毅と平均以上はあると信じている一真がいるのでナンパ目的の男は近寄ってこない。ただし、俊介や毅は女性から声を掛けられたりしている。


 その格差に一真は悲しみと怒りに歯を食い縛る。別に一真の顔も悪くはないのだが、いかんせん他二人が目立つのだ。顔は勿論なのだが、二人の格好は甚平と浴衣。興味が出るのも仕方の無い事だろう。


「俺も浴衣で来ればよかった……」

「急にどうした、一真?」

「なんでもないよ、俊介。世の無常さを嘆いているだけさ」

「ほう。それは逆に気になるな」

「いや、なんでだよ。多分、一真は適当言ってるだけだぞ、毅」

「む、そうなのか?」

「まあ、うん」

「そうか……」

「なんで残念そうにしてんだよ、お前! ハハハハハ!」


 何が面白かったのか一真には分からないが毅の反応がツボだったのだろう。俊介は大笑いだ。腹を抱えて笑っている俊介に一真も、一体何がそんなに面白かったのだろうかと二人して首を傾げていた。


「じゃあ、次は射的でもしよう!」

「おお~」

「いいね!」


 お祭りといえば、射的に金魚すくいだ。女性陣はノリノリである。


「まずは、これどうにかしないか?」

「ああ。流石にこれは買い過ぎだ」

「腹減った……」


 適度に買い食いをしている女性陣に対して男性陣は荷物持ち。何も食べていないし、大量に買ってある焼きそばやたこ焼きが彼等の両手に乗っている。


「それもそっか。まずはどこかで食べてからにしようか」

「それに花火まで時間あるしね」

「でも、落ち着いて食べれるような場所あるか?」


 男性陣の荷物を見て、楓、恵、宮園の三人は話し合う。まずは腹ごしらえと言う事になったのはいいが、宮園の言うとおり、落ち着いて食べれるような場所はない。


「適当にその辺でいいだろ。ベンチは……あー、埋まってるから地面に座ることになるけど」


 そう言って俊介が指差す方向には地面に座って、屋台で買った料理を食べている者達がいた。


「一応、俺はシートを持ってきた。今日は花火も見るのだろう? だから、必要だと思ってな」


 気が効く男、毅である。彼は手に持っている料理を一真に渡すと、懐から畳まれたブルーシートを取り出した。


「「「おお~!」」」


 女性陣からの評価は上昇。対して、一真は心の中で愚痴を垂れていた。


「(お、俺だって異空間収納アイテムボックスさえ使えれば、それくらい出来らぁッ!)」


 なんとも惨めなものである。異世界で魔王を討伐した勇者の割には狭い心の持つ主であった。


 その後、一行は花火会場へと移動し、場所取りに成功する。花火まで時間が合った為、人が少なかったのが幸いだ。

 一行は一真と俊介を残して、再びお祭り会場へと戻った。どうやら、飯よりも遊びが優先だったらしい。


「なあ、一真」

「んあ?」


 焼きそばとたこ焼きを食っている一真にサイダーを飲んでいた俊介が話しかける。


「お前ってさ、宮園と仲がいいけど、どう思ってるんだ?」

「え? う~ん、悪友みたいな感じ」

「ほ~ん。あんだけ密着したりしてドキドキしないのか?」

「するけど、向こうはなんとも思ってないんじゃないかな?」

「あ~、確かにそんな感じはするな。てか、宮園の名前って一真は知ってるか?」

「そういえば聞いたことなかったな~」

「ククク、多分聞いたら笑うぜ」

「人の名前で笑うとか無いだろ。よっぽど、キラキラしてなきゃ」

「キラキラはしてないけど……なんつーか、似合ってない感が半端ない。それに本人もあまり呼んで欲しくないみたいだしな」

「へ~……」


 どうでもよさそうに一真はイカ焼きを頬張る。モキュモキュとハムスターのようにイカ焼きを一真が食べていると、俊介が立ち上がった。


「どした?」

「悪い。ちょっと、トイレ行って来るわ」

「おけ」


 という訳で、一人になってしまった一真。やる事もないので黙々と料理を食べていく。

 すると、そこへ宮園が戻ってくる。一人で戻ってきた宮園に一真はどうしたのかと声を掛けた。


「あれ、一人なん?」

「ああ。腹へったからね」


 そう言って一真の横に座る宮園。彼女はシートの上に置いてある焼きそばを取って食べ始める。


「ところで速水はどうした?」

「便所」

「あっそ」


 会話が続かず、黙々と食べているだけの二人。

 しかし、沈黙に耐えかねたのか、宮園が一真へ話しかける。


「なあ、皐月は遊びに行かないのか? アタシがここいるから行ってきてもいいんだぞ?」

「う~ん……射的とか金魚すくいとかくじ引きに興味が無い」

「そうか? やってみたら意外と楽しいけど」

「まあ、皆でワイワイするのは好きだけど、一人でやるのはつまらないし」

「あー、そういうタイプか」

「そうそう。あ、ところで話は変わるんだけどさ。宮園さんて名前なんていうの?」

「なんで、急にそんなこと聞いて来るんだ?」


 ほんの少しだけ気温が下がるのを感じた一真は言い訳を述べた。


「さっき俊介に教えて貰ったんだ。宮園さんの名前を知ってるかって。それで、知らないって答えたら教えて貰えばって言われて……」

「チッ、余計な事言いやがって」

「で、教えてくれる?」

「まあ、どうせ、いつか知るだろうし、いいけど……笑うなよ?」

「笑わない……多分」

「多分じゃねえんだよ、この野郎!」

「うおわあああああああッ! 暴力反対ッ!!」


 突然のコブラツイストに一真は必死で抵抗する。


「いいか。良く覚えておきな。アタシの名前はアリス。宮園みやぞの愛莉珠アリスだよ!」

「うぎいいいいい! 覚えた! 覚えたから離して~!」


 確かに俊介の言うとおり、普段のイメージから想像出来ない名前だったので一真は笑いそうになったが、アリスの力が増したことにより、悲鳴を上げるのが精一杯であった。


「う~……」


 シートの上でダウンしている一真は唸り声を上げていた。


「どうしたん? アレ」

「ちょっと、いろいろあってね」


 トイレから戻ってきた俊介は唸り声を上げてダウンしている一真のことをアリスに聞いてみたが、はぐらかされてしまった。

 俊介はアリスの口振りから何があったかを察し、ダウンしている一真の元へ近寄り、優しく慰めた。


「ドンマイ、一真」

「お前の所為だからな、バカヤロー……」


 その後、楓、恵、毅の三人が戻ってきて、一緒に花火を見上げるのであった。


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