第39話 超ド派手!!!

 錆びついた体を解すように一真は軽く肩を回す。まるで準備運動だ。はっきり言って舐め腐った態度にしか見えない。イビノムが人間であったら、激怒していたことだろう。


「舐めるな!」と。


 しかし、イビノムにそのような感情はない。と言いたいところだが、それは従来のイビノムはだ。今回、一真が相手にしているのは人型。昆虫をベースにしてはいるが形は人型である。


 そして、高い知性を持ち合わせていることも確認されている。ただ、一真はその事を知らない。

 とりあえず、今までのイビノムとは違って少しだけ強いという認識しかしていない。


「(さて、舐めプで申し訳ないけど、俺の勘を取り戻す練習台になってくれ!)」


 凝り固まった筋肉を解した一真は宙を蹴る。その勢いは大気を震わせ、地上で見ていた生徒達が驚愕するほどであった。


「なにアレ……」

「どこの異能者だよ……」

「やっば……」

「かっけー!」

「凄すぎ……」


 宙を縦横無尽に舞う一真はイビノムを翻弄する。先程は自分がその立場であったのに、イビノムは自身が狩られる側になって初めて理解する。


 これが強者かと。


 圧倒的な速さを前にイビノムは動けないでいた。否、正確に言えば動くことを封じられているのだ。

 一真は光の軌跡を描き、宙を駆け回っている。イビノムを包囲するように。


 これでイビノムは逃げることが出来ない。かといって、動くことも出来ない。恐らく、一真に触れれば体の損傷は免れないからだ。

 それを理解しているイビノムは、やはり知能が高いと言えよう。


「(次はと……)」


 光の軌跡を宙で描いた先に出来上がったのは光の球体。その中に、一真とイビノムがいる。

 一体、球体の中では何が起こっているのだろうかと生徒たちは固唾を飲んで見守っていた。


 すると、その時、一真からすれば一番出会いたくない者達が現れた。


 メディアである。テレビ局のヘリコプターが二人の近くにまで寄ってきていたのだ。

 どこから嗅ぎ付けて来たのかわからないが、一真にとっては最悪の事態である。正体を隠したいのに、それを公表、もしくは暴こうとするのが仕事の人間達だ。


 どさくさに紛れてヘリを撃墜したいところだが、流石に良心がそれを許さない。それにだ。一真は腐っても勇者である。相手が明確な悪ではない限り、手を出すようなことは決してない。


「(いつの間に来たんだよ。俺が出てきてからか? もしかして、SNSで拡散されたか……)」


 今の時代、こうも目立てばSNSの餌食になるのは当然である。個人のプライバシーなど知ったことではないのだ。ただ面白いから、楽しいから。それだけの理由で人は人を晒す。

 勿論、中には正義感に駆られて晒し上げたりもするだろう。しかし、晒される側からしたら堪ったものではない。


 当事者でもないのにズカズカと踏み込んでくる匿名の者達にどれだけ苛立たされることだろうか。


「(幸い、まだカメラには映ってないと思うが念の為に周囲の電子機器を破壊するか)」


 一真はイビノムを倒すよりも先に情報漏洩を阻止するべく、雷魔法を発動する。辺り一帯の電子機器を破壊するほどの電気を放ち、一真は自身の正体を隠し通すのであった。


「きゃッ! 何!? どうしたの!」

「そ、それがカメラが急に壊れちゃって……」

「ええーッ! すっごいネタがそこにあるって言うのに! なんで備品をチェックしておかないのよ!」

「いや、してましたよ! でも、なんか知らないけど急に壊れたんですって!」

「もう! ていうか、ヘリは大丈夫なの!?」

「特に問題はありませんね。ただ電子機器はイカれてますが……」

「もしかして、あの真っ赤な鎧を着てる異能者がやったの?」

「だとしたら、相当ですよ! 『キング』と同じく怪力系の異能に、高速飛行、そして電撃なんて! トリプルホルダーだとしたらビッグニュースどころか世界的大ニュースですよ!」

「それを記録することも出来ないじゃない! この馬鹿!」

「あいてッ!」


 ポカッと頭を殴られるカメラマンは理不尽なリポーターを軽く睨みつけるのであった。


「(多分、これで周囲の監視カメラや携帯は破壊できたかな。悪いけどバレるわけにはいかないからね)」


 心配事が無くなった一真はイビノムへと向き直る。先程から身動き一つ見せないイビノムに一真は怪訝そうに眉を寄せるが、特に脅威は感じられない。


 早々にケリをつけるのも悪くはないのだが、一真は錆びを落とすためにイビノムを練習台にすると決めていたのだ。

 早速、一真はイビノムへと近づき、異世界で培った戦闘技術を披露する。蝶のように舞い、蜂のように刺すといったものではなく、原始的なものである。


 乱打ラッシュ。息をも吐かせぬ圧倒的な殴り、蹴り、頭突きなど。一真は暴風のように放つ。イビノムはそれを避けるのだが、あまりの数と速さに対応できず、タコ殴りにされてしまう。


「ギィ……ッ」

「まだだ」


 その言葉通り、一真はさらなる追撃を仕掛ける。乱舞、乱撃、乱打。まさにその表現が相応しいほどの光景。

 ただイビノムは蹂躙されるだけ。反撃も防御も回避も許されない。成す術もなく破壊されていく。


「(ふ~……接近戦はこれくらいでいいかな? 武器も使っておきたかったけど、全部向こうに置いてきたからな。失敗したな~。いくつか持って帰ってくればよかった)」


 一真は異世界で多くの武器や防具を手に入れている。それこそ、伝説や神話に登場するようなものばかり。

 しかし、こちらへ帰ってくる際にいくつかは元の持ち主、もとい国へ返還したりと、そのほとんどを失った。


 残ったものも当然あるのだが、元の世界では使うことはないだろうと考えた一真は仲間に譲ったり、国へ寄付したりと、最終的に全部を失ったのである。


 こうして戦っている一真は今更その事を深く後悔するのであった。


「(まあ、無いものは仕方ないか。それにこの世界でも探せば武器や防具なんてあるだろうし……)」


 勿論、この世界にも武器や防具は豊富にある。それこそ、異世界に比べれば種類だけならこちらに軍配が上がるほどだ。

 ただし、性能面に関しては残念ながら異世界の方が上である。それもそのはず。なにせ、向こうにはドラゴンや精霊といった上位種族がいたのだ。


 それらの素材を使った武器や防具は伝説、神話に出てくるほどの代物。間違いなく異世界最高峰の性能を有していた。とはいえ、もう一真は持っていないが。


「(さてと、次は魔法を使ってみるか。一応、火属性は確かめたし、雷も試したから……とりあえず、使える属性は全部やるか!)」


 最早、敵が可哀そうなほど惨い。一真は異世界で取得したすべての魔法を容赦なくイビノムへ向けて放った。

 水魔法のアクアスピア、風魔法のエアカッター、土魔法のロックインパクト。数えればキリがないが、それはもう沢山の魔法を一真はイビノムへ撃ち続けた。


「(魔力の残量は……うん。全然だな。これなら、もっと威力のある魔法でも大丈夫そうだな。後は魔力の回復量だが、これは後で検証しておくか)」


 圧倒的どころではない。もう勝負にすらなっていなかった。

 地上で見ていた者達も夢でも見ているのではないかと自分の目を疑っていた。


 それも仕方がない。

 この世界で確認されている異能は多くあれど一人で複数の異能を持つ者は極めて少ないのだ。

 現在、世界最高の異能者と言われているのはアメリカの『キング』である。彼は唯一、異能を三つも持つ『トリプルホルダー』。


 そんな彼を上回る存在が今の今まで隠れていたのだ。目を疑ってしまうのも当然のことであろう。


「ギイイイイイイイイイ!!!」

「(怒ったのか?)」


 トドメを刺さずに弄ぶように攻撃をしていたイビノムが、突然叫び声をあげた。何かの威嚇行為だろうか、それとも降伏でもするのかと一真が注目していると、イビノムは自身の腕を引き抜いた。


 すると、引き抜いた箇所から新たな腕が生えてくる。先程のような爪ではなく、刀のように形状が変化していた。


「(もしかして、剣で勝負するつもりか?)」


 その瞬間、恐ろしい速度でイビノムは一真へと肉薄する。狙うは首の一点。人間の急所である首さえ刎ねれば勝負は決まる。それを理解していたイビノムは煌めく一閃を放つ。


「(うお~ッ! びっくりした。歴戦の剣士みたいな一振りしてくるなんて思ってもなかったわ)」


 しかし、残念ながら相手が一真では、至高の一撃すら通用しない。一体どれだけ、一真が戦ってきたか。それを知らない限りはイビノムに勝ち目はないだろう。


「(これ以上、長引かせるのは不味いし、色々と見せすぎた。ここらで終わりにしておこう)」


 少々、派手にやりすぎてしまったと反省する一真。少々どころではない。全属性の魔法に、高速飛行、そして圧倒的な肉弾戦。派手どころか超ド派手である。


 その事を理解していない一真はイビノムを捕まえて、上に放り投げると無属性の魔力砲を放ち、完全に消滅させるのであった。

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