第38話 圧倒的!
一真がシェルターへ向かっている頃、数百名の生徒がイビノムの前に倒れていた。
懸命に戦った、誰もが死に物狂いでイビノムへ挑んだの。その結果がこれである。
「ハア……ハア……」
「フウ……フウ……」
残っているのは第七異能学園でも上位に入る戦闘科の生徒たちだ。
彼等彼女等は体力、気力共に使い果たし、最早指一本動かせない。それでも、まだ闘志は尽きておらず、肩で息をしながらもイビノムを睨みつけていた。
「
「そういう
「当たり前でしょ。誰に言ってんのよ」
「フフ、流石ですね。ええ、でしたら私も負けてられません」
フラフラと足元が覚束ない二人だが、強気に笑っている。焔の雪姫と氷の舞姫は最後の最後まで意地を貫き通す気でいた。
そんな二人の会話を近くで聞いていた者達が釣られるように口を開いた。
「アハハ、やっぱりあの二人は強いね~」
「何を他人事みたいに笑ってるのよ。後輩が気合見せてるんだから、私達も先輩としての威厳を見せる時でしょ」
「そうは言うけどさ、アレ、倒せないでしょ」
「だからって逃げ出すの?」
「ハハハハ。それこそまさかだよ。僕達がこの学園に来た目的はただ一つ。将来、国民を守るヒーローになりたいからだ」
「それなら、私達は立ち上がらないとね」
「うん。最後の最後まで足掻こうか。たとえ、みっともなくてもヒーローは諦めたりしないからね」
そう言って最後の力を振り絞るのは第七異能学園生徒会長、
だが、彼は常人の何倍も努力をして生徒会長を務めるほどの強者へと至った。
ここ第七異能学園の生徒会長は学園最強の生徒がなるという伝統がある。つまり、一年生だろうと関係なくなれるのだ。
しかし、それはとてつもなく難しい。なにせ、生徒会長は学園最強にならなければならない。
三年間、しっかりと鍛えてきた上級生に勝つことなどほぼ不可能である。
勿論、隼人も生徒会長になったのは三年生になってからだ。
多くの生徒会長候補を糸という戦闘に不向きな異能で彼は学園最強という名の座を勝ち取ったのだ。
その道のりは決して楽なものではなかっただろう。それこそ血を吐くような思いをしたに違いない。
どうしてそこまで頑張れたのか。それは至って単純。彼がヒーローに憧れていたから。
だからこそ、隼人は子供の頃に憧れたヒーローになるのだと再びイビノムと対峙する。
そして、隼人をまくし立てた副会長こと、
「僕が抑えるッ!!! 詩織、氷室、朱野! 君達は全力で打ち込んでくれ!」
指示を出した隼人は両手の指先から糸を放出すると、綾取りのように指を動かしてイビノムの体を縛り上げる。彼の糸は非常に丈夫であり弾力もある。
そう簡単には振りほどけないが、すでにイビノムは何度も隼人の糸を斬り裂いていた。今更、通じるはずがない。
手足を縛られたイビノムが糸を振りほどこうとする。隼人が一秒でも長く拘束するのだと気合を込めて糸を強化した。
驚くべきことに先程よりも糸の硬度が増しており、イビノムはほんの少しだけ動きが制限されてしまう。
最大の好機。決して逃してはならない絶好の機会を三人が仕掛ける。
己が放てる最大の火力をイビノムに叩き込む。炎、氷、雷の三つがイビノムへと直撃した。
しかし、悲しいかな。
イビノムには通じない。三人の攻撃は傷一つ付けられなかった。そもそも、数百人もの生徒が束になっても傷一つ付けられなかった相手だ。
今更、三人が最大火力の攻撃を当てても意味はないだろう。
これで完全に終わりである。
イビノムは糸を斬り裂くと、最初に隼人を薙ぎ倒し、次に三人を軽く蹴散らすのであった。
シェルター内にはもう立っている生徒も教師もいない。非戦闘員である教師が負傷した者を手当てしていたが、絶望的な状況に震えて動けないでいた。
「ああ……そんな……」
もう助からない。自分は今日ここで殺されるのだと理解してしまった。
瞳に映るイビノムがゆっくりと動き出した時、神様に祈りを捧げる。神よ、どうか助けてくださいと。
それは突然やってきた。祈りが通じたのか、どこからともなく真っ赤な鎧を身に纏いし、紅蓮の騎士がイビノムを殴り飛ばしたのだ。
「え…………」
信じられない光景に目を丸くする。思わず呆けた声を出してしまった教師はいきなり現れた紅蓮の騎士を見つめた。
紅蓮の騎士こと一真はシェルター内を見回して、ホッと息を吐く。
「(よかった。誰も死んでない。致命傷を負ってる人もいるけど、まだ死んでないなら大丈夫だ)」
十数人の教師と数百人の生徒が血を流し横たわっているが、奇跡的にまだ死者は出ていない。イビノムが手心を加えたのか、それともいたぶっていたのかは一真にはわからなかったが、とにかく全員が無事だという事は確かだった。
「(とりあえず、広域回復魔法で全員を治してと)」
一真はシェルター内にいる全ての者を回復させる。それはまさに神の所業。治癒系の異能は存在するが一真の回復魔法に比べれば天と地の差がある。
それを目の当たりにした者達は大きく目を見開き、信じられない光景に固まるのであった。
「(よし。これで大丈夫。あとはイビノムを倒すだけだな)」
これで戦闘に集中できると一真は殴り飛ばしたイビノムの方へと顔を向ける。そこにイビノムの姿はなかった。
どこかへ逃げたのかと一真が動き出そうとした時、背後にイビノムが現れて自分がやられたように一真を殴り飛ばすように腕を振るった。
「(なるほど。ただのイビノムじゃないか)」
驚愕、そして動揺。イビノムは確実に死角から攻撃を仕掛けたはずなのに、簡単に受け止められている腕を見て固まっていた。
信じられない光景であった。シェルター内にいた意識のある者達は眼前の光景に目を疑っていた。
戦ったからこそ分かる。先の一撃は間違いなく不可視。それをいとも簡単に受け止めた紅蓮の騎士に誰もが唖然とする。
「(ここで戦うと被害大きそうだから外に行くか。ああ、でも、外も人一杯だからな。空にするか)」
被害を抑える為に一真はイビノムを掴んで空へ投げる。続いて一真も空へと飛び上がった。
訳もわからず、いきなり空に投げられたイビノムは混乱していたが、追いかけて来た一真を明確に敵だと認識する。
今までの有象無象とは違う。自身を倒しうる脅威だとイビノムは一真を認めた。
「キエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」
威嚇ではない。目の前の敵を打破せんとイビノムは、まるで人間のように喝を入れたのだ。
その咆哮を聞いていた一真は少しだけ気を引き締める。恐らくではあるが、この世界に戻ってきてから最大の強敵と言える相手だ。油断は禁物。向こうの世界で戦った敵と想定して一真は宙を蹴った。
イビノムへと近付く一真は拳を握り締め、全力で殴りつける。直撃すれば無事ではすまないと本能で察知したイビノムは全速力で回避した。
一真が放った拳は宙を空振ったが、その衝撃だけでイビノムを吹き飛ばした。
とんでもない衝撃にイビノムは驚き、目を何度も明暗させる。果たしてアレは本当に今までと同じ人間なのだろうかと疑っていた。
勿論、人間である。ただし、異世界帰りであり、唯一無二の勇者だ。その実力は計り知れない。
「(避けられたか……。しかし、少し鈍ってるな~! こっちに帰ってきてから鍛錬を怠ってたのが原因だよな……。早く勘を取り戻さないと)」
比較的平和であったので一真は遊んでばかりいた。そのおかげで異世界で培った技術が錆び付いている。それさえなければ先の一撃で終わらせることが出来ただろう。
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