第37話 浅はかなりぃぃぃぃぃ!

『うわああああああああああああッ!!!』

『きゃああああああああああああッ!!!』


 その場にいたほぼ全ての人間が悲鳴を上げた。

 シェルターの天井を突き破って現れたのは昆虫の特徴を持った人型のイビノム。

 史上初。シェルターを突き破ったイビノムは歴史上存在しない。


 恐怖の象徴でもあるイビノムは大量の人間を見て、歓喜に震えているのか判断できないが耳をつんざく鳴き声を発した。


「キエエエエエエエエエエエエッ!!!」


 思わず耳を塞いで蹲る人達。そして、音が聞こえなくなったのを確認して耳から手を離し、シェルター内に侵入してきたイビノムを見詰めた。

 すると、イビノムが動いた。人だかりの中心に着地したイビノムはクルリと首を回して周囲の人間を確認すると、一番身近な女性に襲い掛かる。


「え……」


 何の反応も出来なかった女性は呆けた声を出す。あと、もう少しでイビノムの爪が彼女の首に差し掛かろうとした時、一真は人混みに紛れて魔法を発動させた。


「(くそッ! やっぱ、黙って見てられるか!)」


 やはり、どうしても見過ごせなかった一真は障壁を女性とイビノムの間に展開させている。そのおかげで女性は体から首が無くなることはなかった。


 ガキンッと自身の爪が弾かれたことにイビノムは驚いたが、すぐに障壁を破壊しようと連続で爪を振るった。

 耳を塞ぎたくなる恐ろしい音がシェルター内に木霊こだまする。イビノムに狙われた女性は蹲り、怯えて悲鳴を上げるだけで逃げようとしない。

 正確に言えば彼女は恐怖に腰が抜けてしまい立って走れないのだ。その事に一真が焦っていたら、蹲っていた女性を連れ出す人物が現れた。


「早く、こっちに!」

「は、はい!」


 戦闘科の女性教師であった。彼女は蹲り怯えて動けないでいた女性を引っ張って逃げ出す。それと同時に多くの人間が我先にとシェルターの出口目指して走った。


 その人混みに紛れて一真も動き出す。同じように出口へと急いで逃げる一真は後ろを振り返ってイビノムを見た。


 イビノムは一真の障壁を破壊して、逃げていく人達へ首を向ける。もう少し、足止めするべきかと一真が魔法を発動させようかとした時、イビノムに向かっていく複数の影。


「こっから先は行かせん!」

「ハハハ! こういう時に僕達は鍛えて来たんだ!」

「出来るだけ時間を稼ぐわよ!」

「ふえ~、昆虫人間みたいで気持ち悪い~!」

「ここでアイツを倒したら英雄だろ! 最高じゃねえか!」

「私達も行きますよ!」

「分かってるわよ! 出し惜しみはなしね! 最初っから全力よ!」


 教師と一緒に避難してきた人達を誘導したり、支給品の配布をしたり、周囲の見回りをしていた戦闘科の生徒が次々にイビノムへ向かっていく。


「(おいおい、マジかよ! 下手したら死ぬんだぞ!?)」


 そのようなことは分かっている。だが、彼等彼女等は何の為に学園ここにいるのか。それは多くの人々を守るため。怖くて逃げ出したい気持ちもあるだろうが、それ以上に彼等彼女等は守るべきものを守るために戦う事を決めたのだ。


 立ち止まって一真は戦闘科の先輩達を見詰める。一体、自分は何をしているのだろうかと一真は戦う先輩達の後姿を眺めていた。

 自分は戦う力を持っている。しかも、恐らくだが目の前で戦っている先輩達以上の力をだ。


 それなのに、何故自分は呑気に逃げ出そうとしているのか。


 確かに平穏は願ったが、それは多くの人を見捨ててまで手に入れるものではない。


「(ああ、クソッ! なんとかしないと……!)」


 人型のイビノムは強い。加勢に来た教師陣と戦闘科の生徒が奮闘しているが劣勢を強いられている。すでにシェルター内には人がほとんどいない。まだ逃げ遅れている者はいるが、イビノムはそれどころではないだろう。


 とはいえ、それも時間の問題だ。先程から戦っている戦闘科の生徒は減ってきている。イビノムに果敢に挑むも、その圧倒的な戦闘力でイビノムは戦闘科の生徒を倒しているのだ。

 シェルター内に血の匂いが充満している。多くの人間が必死になって戦っている証拠だ。しかも、非戦闘員である教師も懸命に傷を負った生徒や教師を手当てしていた。


「(クソクソクソッ! ここで俺が出るのは簡単だ。でも、そうしたら……)」


 どうなるかは容易に想像できる。魔法という未知の力を持った一真は恐らく学園から政府の管轄へと回されるだろう。その後は各国の研究機関にたらい回しにされるのは間違いない。

 なにせ、異能とは全く違う魔法という力だ。解き明かし、手に入れたくなる輩は大勢いるだろう。勿論、一真を生物兵器として利用する手もあるのだ。


 そうなれば、もはや平穏な生活は望めない。一生、飼い殺しにされるか、逃亡生活の始まりだろう。


「(カメラもあるだろうから、幻影魔法や光魔法で誤魔化すことは出来ないし……せめて何か変装できる道具でもあれば!)」


 戸惑い、葛藤に動けないでいた一真の元へイビノムにやられた生徒が吹き飛んでくる。誰もが戦闘に集中しており、一真に避ける様に声を掛けることも出来ない。


 普通なら直撃して一真を巻き込んで大惨事になっただろうが、彼は普通ではない。飛んできた生徒を受け止めて、外傷を確かめ、命に別条がない事を確認してから、その場に寝かせた。


「(待てよ……。そうだ。ここは学園なんだ! だったら、顔を隠せる道具はあるはず。部活動で使ってるヘルメットとか使えば、きっとなんとかなる!)」


 名案を思い付いたと一真は顔を輝かせて、その場から急いで走り出した。

 目指す先は部室棟。そこには第七異能学園の生徒が所属している部活で利用している部室があり、色々な道具が保管されている。


 部室棟に辿り着いた一真は、まず監視カメラがないかを確かめる。このご時世、どこもかしこも監視カメラが設置されており、犯罪者に対して厳しい社会となっている。それは学園も例外ではない。

 勿論、一真は犯罪を犯すつもりはないが、これから窃盗をするのは間違いない。なにせ、正体を隠すために部活の道具を拝借どころか盗む気でいるのだ。


 それも当然である。どこから正体が漏れるか分からない。ヘルメットなどを拝借して、態々わざわざ返しにくれば汗や毛髪といった証拠が残るだろう。今の時代では簡単に一真へと辿り着くことが出来る。


「(しまった。多分、俺がここで不審な動きをしているのも監視カメラに写ってるのか! やっべ、どうしよう……!)」


 ここでようやく気が付いた一真。今の自分が明らかに挙動不審なのが丸分かりである。下手をしたら、それこそ監視カメラに捉えられているだろう。


「(どうするかな……。このまま、逃げて……。てか、人混みに紛れてた時に幻影魔法で姿を変えればよかったのでは?)」


 痛恨のミスである。一真は魔法という万能な力を持っているのにも拘らず、万能ではなかった。それも仕方がない。一真は基本バカなので魔法を十全に使いこなせないのだ。


「(く~~~ッ! 一旦、シェルターに! いや、どこか人目のない所に……あー、もう! どうすればいい!)」


 ガシガシと頭を掻き毟る一真。焦燥感に余計怪しくなる一真はその場をグルグルと歩き回る。


「(あ、そうだ! トイレだ! トイレ内には監視カメラがないはず! 多分、出入り口付近には仕掛けられてると思うけど、幻影魔法で姿を変えればいけるはず!)」


 監視カメラに幻影魔法が通じるかどうかの検証もしていないので、下手をしたら一発アウトである。そこまで考慮していない一真はとにかく今は人命救助が最優先だとトイレへ向かった。


 当然、トイレに向かって走っている一真の姿は監視カメラにバッチリと映っていた。


 個室へと駆け込んだ一真は幻影魔法で姿を変える。


 トイレから出てきたのは全身真っ赤な鎧を纏っている一真である。彼は元の世界で一緒に戦った仲間の姿を真似ることにしたのだ。

 何故、全身真っ赤な鎧なのかというと、その仲間は戦場で一番目立つような恰好をすれば敵が自分に向かってくるからだと言っていた事を一真は思い出していた。


 そうすれば味方の被害は減るだろうと豪快に笑って、多くの仲間を救った男を思い出した一真は頬が緩むのを抑えられなかった。


「(フフ、アイツ元気にしてるかな……。悪いが借りるぞ、お前の鎧)」


 これで準備は出来た。後は、シェルター内で戦っているイビノムを倒しに行くだけである。

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