第36話 安全な場所などないのだ
一真は避難警報に従って学園へ向かっていると、防災グッズなどを持った家族連れが同じ方向に向かっているのを知った。
住宅街の方では警察が避難するように喚起している。続々と出てくる避難民を見て一真は混雑する前に学園へ急いだのだった。
学園に辿り着くと、正門の前には多くの人でごった返している。これでは、中に入れないと一真が困っているとポケットの携帯が鳴った。
一真は携帯を取り出して画面を確認すると幸助から電話が来ていた。何事かと電話に出てみる一真。
「はい、もしもし」
『もしもし、一真か!? 通知見たか?』
「ああ。緊急避難のだろ。今、指示に従って学園に行こうとしてるんだけど、凄い人で中々入れん」
『マジか。俺は今実家だから別の場所に避難するけど、大丈夫だよな?』
「なにが?」
『いや、新種のイビノムだよ。割と結構やばいって話だろ?』
「知らんけど、そういう風になってるのか?」
『SNS見てないのか? なんでもサムライが負けたかもしれないって話だぞ』
「はあ!? サムライって国内最強の異能者がいる会社だろ? それが負けたって……冗談だろ?」
『どこ情報かは分らんけど、サムライの戦闘員が病院に搬送されたのを見たって奴がいるらしい』
「マジかよ……。じゃあ、本当にやばい状況ってこと?」
『恐らくな。噂じゃ、海外の異能者に緊急依頼を出すって話だ』
「おいおい……。マジで街に侵入されるかもしれないのか」
『ああ、そうだ。まあ、もし海外に助けを求めるならアメリカだろうな。あそこには『キング』がいる』
「『キング』か……。確かにあの人ならすぐに来れるのか……」
『まあ、政府がどう動くかだけどな』
政府からの公式発表は未だに何もない。あるのは避難してくださいと言う勧告だけだ。果たして、政府が国防軍の敗北、サムライの敗北を発表するだろうか。
恐らくだが、ギリギリまでは秘匿することだろう。世間体を気にするのが政治家なのだから。
『あ、悪い。俺、呼ばれてるから切るわ。じゃあ、またな』
「ああ。また」
通話が終了し、真っ暗な画面に一真の顔が映る。この事態に自分はどうすればいいのかと葛藤していた。
新種のイビノムがどれほどの脅威なのかは分からないが、自分には戦う力がある。ならば、力ある者の責務を果たさなければならないだろう。
勿論、それは強制ではない。しかし、異世界で戦ってきた彼はその責務を放棄するかを大いに悩んでいた。
平穏に過ごすことを誓った一真であるが、これ程までに大勢の人間がイビノムに脅かされているのだ。
「(…………
一真は政府に委ねることにした。きっと、海外の異能者へ依頼を出して新種のイビノムを討伐してくれることを祈って。
学園に集まった避難民は教師の案内に従ってシェルターへと避難する。大勢の人間で溢れかえったシェルターに一真はいた。
支給された水と食料、それから毛布を持って一真は適当な場所に腰かけた。
「(一応、戦闘科の生徒が見回りとかしてるのか……。まあ、国防軍は新種のイビノムの対応に忙しいだろうから学生も駆り出されるのは当然か……)」
避難民の誘導や支給品の配布を教師や戦闘科の生徒が執り行っていた。
一真はそれを遠くから見ているだけで手伝うようなことはしない。同じ学生とはいえ支援科と戦闘科では大きく違うのだ。下手をしたら邪魔者扱いされかねないので一真の判断は正しかった。
◇◇◇◇
街を囲う防壁の上に多くの国防軍兵士やサムライと同じような会社に勤めている異能者が集まっていた。
これから数分後に接敵すると言われている新種のイビノムから街を守るために集められた彼等は緊張していた。
なにせ、彼等は国内最強の異能者、真田信康が負けたことを聞かされているのだ。これから、自分達が相手にするのは国内最強の異能者を倒した人型のイビノム。これを聞いて緊張しない方がどうかしているだろう。
「諸君。我々は必ずここを死守しなければならない。この防壁が立てられて一世紀は経過した。そう、ここ百年以上築いてきた平和を崩させるわけにはいかない! 奮起せよ! 我等が最後の砦なのだ!」
『おおおおおおおおおおッ!!!』
国防軍の演説が終わり、その場にいた全員が雄叫びを上げる。それから、しばらくして人型のイビノムはやってきた。
まずは防衛システムが作動してイビノムに向かって雨のような銃弾が放たれる。爆炎がイビノムを包み込み、姿を消した。これで終わればいいのだが、そう簡単にはいかない。
爆炎の中から無傷のイビノムが現れた。
イビノムは防壁を超えようとした時、別の防衛システムが発動し、電磁バリアがイビノムの侵入を阻んだ。
バチバチとイビノムの侵入を阻む電磁バリア。苦戦しているであろうイビノムに向かって異能者達が一斉に異能を放つ。夥しい数の攻撃がイビノムに直撃した。
再び、爆炎に包まれたイビノム。流石に今度は傷の一つは出来ただろうと確信していた異能者達であったが、その淡い希望は打ち砕かれる。
爆炎の中から姿を見せたのは先程と同じく無傷のイビノム。それを見た異能者達は驚愕に目を大きく見開いた。
「馬鹿なッ! あれ程の攻撃を受けて無傷だなんて!」
「手を休めるな! 次弾放てッ!!!」
電磁バリアを突破できないイビノムに向かってどんどん放たれる炎や氷といった異能の数々。
しかし、どれもがイビノムの強靭な体を傷つけることが出来ない。だからといって手を緩めるわけにはいかないと力の限りを尽くすが、イビノムを倒すことは出来なかった。
「ハア……ハア……! これだけ撃っても傷一つつかないとは! 化け物め!」
全力を出し尽くした者達が息を乱し、肩を上下させてイビノムを見詰めている。その誰もが絶望していた。目の前の
あの電磁バリアが破られたら終わりだと理解してしまった異能者達は、恐怖に震えて逃げ出した。
残ったのは国防軍の兵士だけだが、すでに全力を尽くし、戦う力は残っていない。後は蹂躙されるだけだろう。
「隊長……」
「ここまでか……」
その呟きの後、イビノムは電磁バリアを突き破って街へと侵入してくる。それでも、最後まで街を守ろうと攻撃を仕掛けようとするが、イビノムによって国防軍の兵士は吹き飛ばされてしまった。
防壁の上に立つイビノムは眼下に見える街を見て、ワナワナと震えると空に向かって鳴いた。
「キエエエエエエエエエエエエエッ!!!」
耳をつんざく鳴き声に誰もが顔を顰めるだろうが、周囲には人っ子一人いない。
イビノムは防壁から落ちる様に身を投げると、その背中に生えている翼を羽ばたかせて飛ぶのだった。
イビノムは街の上空を飛び、獲物である人間を探していた。
すでにシェルターへの避難が完了しており、街には人の影は国防軍の兵士や民間企業の異能者しかいない。
地上から攻撃を仕掛けてくる異能者を斬り裂きながらイビノムは人がいるであろう場所を探していく。
「ギィ……」
見つけた。
イビノムは第七異能学園に人が大量にいるのを知った。
恐ろしいほどの速度で学習し、進化しているイビノムは人間が大量に集まっているシェルターを感知したのだ。
標的を定めたイビノムは爆発的な加速で学園へと飛んでいく。道中の建物を破壊してイビノムはシェルターの上へとやってきた。
見下ろす先には大量の人間の気配がある。イビノムは我慢など出来ずにシェルターに向かって突撃する。
ズドンッとシェルターに激突するイビノム。その音を聞いたシェルターに避難していた人達が驚いた。
「な、なんだッ!?」
「きゃあッ!」
「なに? 何が起こってるの!?」
慌てふためく人達の事情など知らず、イビノムはシェルターを破壊するように何度も爪を振り下ろした。
ドン、ドン、と聞こえる音に恐怖した人達は一斉に出口へと向かって走り出す。ここにいては危険だと感じたのだ。
「出せ! ここから出せ!」
「早くしてよ!」
「邪魔だ、どけッ!」
「お、落ち着いてください! シェルター内は安全です! 外に出る方が危険ですから、落ち着いてください!」
「そんなこと言っても、あの音聞いてたら分かるだろ! ここにいたらやばいんだよ!」
「大丈夫です! ここは絶対に破壊されませんから――」
次の瞬間、絶対に安全だと言われていたシェルターの天井が破壊されてイビノムが姿を見せたのだった。
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