第35話 緊急避難

 まだ五人も戦闘員は残っており、数的有利ではあるが先程の戦闘力を見る限りでは、五人程度では足りないだろうと信康は奥歯を噛み締める。

 先程、倒された二人は間違いなく国内でも上位にはいる実力者だ。それがほんの僅かな時間で倒されたのだから不安になるのは当然であった。


「(どうする? 敵は間違いなく強い。国防軍の精鋭を四人も殺したと聞いていたから当然強いだろうとは思っていたが、まさかこれ程とは……考えが浅はかだったか。退くわけにはいかないと言ったが、これでは無駄死にだ)」


 想定を遥かに上回る事態に信康は覚悟を決める。自身が囮になることで部下を逃す事を決めた彼は、単独で飛び出し、部下へ撤退するように命じた。


「こいつは俺が引き付ける。お前達は富田と朝倉を回収次第、撤退しろ! これは命令だ!」

「なッ、社長! いくらなんでもそれは!」

「俺の言う事を聞け! こいつはお前らには荷が重い! 足手纏いなんだよ!」

「ッッッ……! ご武運を!」


 信康の言っている事は正しく、部下達では決して勝てない相手だ。残った所で、殺されるのが関の山だろう。

 部下達は信康の命令を忠実に実行する。倒れている富田と朝倉を回収して、通信機で救助ヘリを要請。すぐに来た救助ヘリに乗って懸命に戦っている信康の勝利を祈りながら、その場を去るのであった。


 一人残った信康は全力の身体強化を行い、人型イビノムと激闘を繰り広げていた。


「はあああッ!」


 切断の異能を発揮し、日本刀でイビノムに切りかかる信康。しかし、その刃は通らずに金属音が鳴り響き、彼が放った斬撃は弾かれてしまった。

 仰け反る信康だが、すぐに体勢を戻し、少しでも時間を稼ごうと必死に戦う。


「(救援が来るまでなんとか持ち堪えてみせる!)」


 信康には確信があった。先程、逃がした部下達はきっと救援を呼んでくるに違いないと。そして、政府へ避難警報を発令するように呼び掛けていることだろう。

 ならば、自分は勝つことではなく出来る限りの時間稼ぎと、一つでも多くの情報を引き出すことだと信康は判断した。


「ふッ!」


 キンッと刀でイビノムの爪を弾き返す信康。苦戦はしているものの、まだまだ余力は残っている。これならば、勝つことは出来ずとも生き残ることは出来るかもしれないと思っていた時、イビノムの動きが止まる。


「(なんだ? 急に止まって。何かあるのか?)」


 一息つけるのは有り難いことでああるが、同時に不気味でもあった。

 数瞬前まで打ち合っていたのに突然動かなくなったイビノム。もしも、人間並みの知能があれば間違いなく止まる事はなかったはずだ。なにせ、自身の方が有利だということは誰の目に見て明らかだったのだから。


「(攻めるか? いや、ここは様子見しておこう。何をしてくるかは分からんが警戒しておくに越したことは無い)」


 乱れていた息を整え、目の前で固まっているイビノムから目を離さず信康が観察していると、目を丸くする光景が映った。


「なんだとッ!?」


 なんとイビノムの手がグニャグニャと形を変えて、信康が手に持っている日本刀のように刀状の形になったのだ。

 驚くのも束の間。信康が叫んでから、すぐにイビノムが動き出し、彼へと迫る。驚きはしたが不意打ちを喰らうほど信康は弱くない。彼は迫り来るイビノムの刃を受け流して後ろへ跳び距離を取った。


「(先ほどの動き……! まさか、俺の動きを真似たのか! そう言うことなら、手が刀状に変化した理由も分かる。しかし、なんと厄介な! 俺の動きを真似した上に武器まで扱えるようになるとは! これが人型ならではの特性か! だとしたら、こいつは早々に討伐しなければ不味い!)」


 これ以上学習されて強くなられると誰にも手が付けられない。その考えに至った信康は撤退をする事に決めた。

 退くことはないと断言していただけに信康は自身の情けなさに涙が出そうになったが、それ以上にあの脅威を排除しなければならないと思ったのだ。


 切断も効かない上に異常な学習能力。下手をしたら『キング』『太陽王』『覇王』といった世界最強と謳われる異能者達でさえも勝てなくなるかもしれない。

 それだけは絶対に阻止せねばならない。でなければ、人類は滅んでしまうかもしれないからだ。


「くッ……なんと情けないことか!」


 全速力でその場から離脱する信康が嘆いている所へイビノムは追いかけて来た。羽蟻のような羽を使い、高速飛行で信康に追いついたイビノム。


 尻目にイビノムの姿を確認した信康は咄嗟に横へ跳ぶが、イビノムが放った斬撃を避ける事が出来ずにやられてしまう。

 幸いにも命に別状はないが、しばらくは戦闘不能であろう。倒れた信康はイビノムに目を向けて自身の最期を悟った。


「(ここで死ぬのか……。我ながら呆気ない最期だな……)」


 そうして彼は目を閉じた。しかし、いくら待っても止めを刺されないので目を開けてみると、そこには何もいなかった。

 まるで、お前にはもう興味がないと言わんばかりに信康はイビノムに見逃されたのだ。


「なぁ……ッ!? 敵に情けを……いや、これは違う。俺では相手にならなかったからか……! くそ、くそ、くそおおおおおおおおおッ!!!」


 人が足元にいる虫を気にしないように、それと同じくイビノムに全く見向きもされなかった事実に信康は悔しそうに吼えるのであった。


 ◇◇◇◇


 一方、その頃一真は補習が終わって街へ遊びに出かけていた。勿論、ボッチである。三人も誘うつもりだったのだが、彼等は実家の用事や他の友達と遊ぶ予定があったりと忙しかったのだ。

 悲しい事に一真は友達が少ない。しかも、同じ支援科は三人だけである。一応、他にもいるが流石に戦闘科の女子を誘う勇気は一真にはなかった。


「ふぁ~……あっついな~」


 一真は噴水広場で移動販売をしていたアイスを購入し、近くのベンチで休んでいた。燦々と輝く太陽が世界を照らし、一真の手にあるアイスを溶かしている。一真はアイスが溶けないうちに素早く口へと放り込んだ。


「んふ~~~。うめ~ッ!」


 一人で寂しくもあったが美味しいアイスのおかげで一真の憂鬱な気分は吹っ飛んだ。さて、次はどこへ行こうかと一真がベンチから立ち上がると、けたたましい警報音があちらこちらから鳴り渡った。


 驚く一真は何事かと周囲を見回すと、警報音は携帯から鳴っている事に気がついた。慌ててポケットにしまっている携帯を取り出した一真は、画面を見て目を丸くした。


「なんだ、こりゃ? 緊急避難警報? すぐに避難シェルターへだと?」


 何かの冗談ということはないだろう。周囲の人たちも一真と同じような反応を示しているのだ。とはいえ、これがどういうことなのか分からない一真はSNSで情報を集める事にした。


「(う~ん。割とマジっぽいかも。ん? 生放送?)」


 よほどの緊急事態らしく政府が生放送で国民に呼びかけていることを知った一真は動画サイトへ移動して、どういう内容なのかを聞いてみた。


「(ふむふむ。未知のイビノムが俺の街に接近中。近隣住民の皆様はただちに近くのシェルターへお急ぎください、と。え? やばくね!?)」


 こうしてはいられないと一真は急いで帰る準備をしていたら、近くにいたカップルが呑気な声で話していた。


「なんかこわ~い」

「大丈夫だって、どうせ大したことないって」

「え~? でも、政府が新種のイビノムだって言ってるよ?」

「だから何だって話だよ。国防軍にサムライとかいるんだぜ? しかも、防壁や防衛システムが街にはあるんだ。新種のイビノムなんて言っても俺達の所まで来るわけないさ」

「あー、確かに~!」

「だから、こんなの無視してデートの続きしようぜ」


 そう言ってどこかへと歩いていくカップルを尻目に一真は一番近くのシェルターを探すことにした。

 GPSを使って確認すると、ここから一番近いシェルターは学園であった。

 一真はとりあえず指示に従って学園へ向かい始めた時、警察が現れて呑気そうにしていた人達をシェルターへと誘導し始めた。


 それを見た一真は少し不安を抱く。


「(警察が動いてる? 緊急事態だからか? でも、それにしちゃ随分と早い対応だな……。まさか、俺等が考えてる以上にやばい感じなのか?)」


 先程のカップルと同じようなことを実は考えていた一真だが、明らかにおかしい街の様子に考えを改める。もしかすると、新種のイビノムは街へ侵入してくるのではなかろうかと不安を抱きながら一真は学園へと急ぐのであった。


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