第34話 人型ではない昆虫だ!

「バ、バカな……。藤代、田中、高尾、大都、山崎の五人が敗北したというのか?」

「はい。大都を除く四人は戦死、生き残った大都も重傷を負っており、戦線には復帰出来ないかと……」

「ああ……。なんとうことだ!」


 国内でも指折りの実力者が、まさか出撃して数時間の内に全滅と聞いて上層部の者達は驚愕の表情に染まっていた。

 新種のイビノム。それも人型と聞いて、国防軍でも屈指の者達を送り込んだというのに、結果は全滅。彼等が驚くのも仕方がないだろう。


「……報告を聞いた通りです。『侍』に依頼を出しましょう」

「バカを言え! まだ我々が完全に敗北したわけでもあるまい。ならば、外部に協力を煽るよりも我等の手で解決するべきだ!」

「ふざけたことを言うな! 我が精鋭の兵士がたったの数時間で全滅した相手だぞ! しかも、彼等は我が軍でも指折りの実力者達だ! 残っている戦力を集結させても目標の討伐は困難でしょう……」

「し、しかしだね。世間体と言うものがあるだろう? もしも、我々の敗北を国民が知ったらどうする? 年々、国防軍に志願する者は減ってきているのだぞ」

「(それもこれも全てお前達の所為だろう! 今までどれだけ汚い事をやってきたか! 金、名誉、権力に目が眩んだ者達の所為で国防軍は腐ってしまっている! このままではダメなのだ。膿を出さなければこの国に未来はない!)」


 渋る者達は多くいたが、このままでは埒が明かないと一人決意する者がいた。彼は会議室を抜け出して、秘密裏に『侍』へと依頼を出すのであった。


「もしもし、すまないが緊急事態だ。すぐに出撃して欲しい」

マトは?』

「新種のイビノム。報告では人型をしているそうだ。それから戦闘力が高い。我が軍の精鋭チーム五人の内、四人を殺した。油断は禁物だ」

『ほほう。それはそれは……こちらもそれ相応の覚悟はしておこう』

「討伐は可能か?」

『分からん。だが、最善は尽くそう』

「すまぬ」

『何、構わぬよ。元国防軍であったからな。内情はある程度理解している』

「今度、酒でも飲もう。頼んだぞ」

『ふッ。飛びっきりのを頼むぞ』


 ピッという電子音が鳴って電話は切れた。これでどうにかなればいいが、もしもの場合は国外への依頼を考えておく男であった。


 電話で依頼を受けた『侍』は手の空いている部下を呼び集める。出来るだけ腕に自信がある者を。


「手が空いている者はこれで全員か?」

「はい。他の方々は護衛や討伐任務で今はいません」

「そうか。出来れば、フルメンバーで挑みたかったが仕方ないだろう」

「今から戻しますか?」

「いや、いい。依頼主クライアントがいてこそ成り立っているのだから、その信用を失うわけにはいかんさ」

「しかし、今回の依頼は緊急を要するものだと伺っておりますが?」

「ああ、そうだ。なんでも新種のイビノム。しかも、人型ときた。さらに言えば国防軍の精鋭を四人も殺しているそうだ」

「それは! 危険なのでは……?」

「だが、ここで俺達が引き受けない訳にはいかない。何せ、俺達は侍だ。護国の剣を信念として立ち上げた会社だからな。金に意地汚いと言われているが、国民を守りたい気持ちは本物だ」

「わかっています。ですが、今回の件は流石に社長でも厳しいのでは?」

「国防軍の精鋭が四人も殺されているからか?」

「それもありますが、やはり人型のイビノムという未知の脅威がどれ程のものなのか分からないからです。一旦、情報集めの為に時間をあけた方が得策かと思います」

「確かに、お前の言う通りだ。人型のイビノム、国防軍の精鋭を四人も殺した戦闘力。この二つだけは情報不足だろう。敵の能力も弱点も何も知らない。戦えば負けるかもしれん」


 情報は武器である。戦う前からすでに勝敗がつく言われているほどに情報は重要だ。それが分かっていても、男は退くことが出来ない。


「でしたら!」

「だが、言っただろう。俺は侍。護国の剣だ。ならば、退くわけにもいかん」

「しかし、それで命を落とすようなことがあったら――」

「その時はその時だ」

「ッ……。わかりました。どのみち、私達は社長の部下ですからね。社長がそう言うのなら従います」

「すまんな。俺の身勝手に付き合わせてしまって」

「構いません。元より、私達はそんな社長だからこそ付いてきたのですから」

「ふッ……頼もしい部下を持てて俺は幸せだよ」


 株式会社サムライ。現代日本において国内最高峰の異能者派遣サービスだ。仕事内容は主にイビノムの討伐。それから偶に護衛。この二つを仕事にしている会社だ。

 そして、国内最強の異能者、真田さなだ信康のぶやすが代表を務めていることで有名である。真田信康は日本一のつわものと呼ばれており、国外からも注目されている男だ。


 そんな彼の異能は二つ。一つは身体強化、なんと驚異の強化倍率二十三倍。世界でも指折りの強化倍率である。

 そして、二つ目は彼の二つ名である『侍』の由縁になった異能、【切断】である。文字通り、あらゆるものを切断する能力だ。


 しかし、万物すべてを斬り裂くことは出来ない。本人の能力不足なのか、それとも限界なのか、分からないが斬れないものは確かに存在している。

 とはいえだ、彼は戦ってきたすべてのイビノムを斬り裂いている。よほどのことがなければ彼が負けることは決してないだろう。


 集まった社員は六名。そこに信康を含めれば七名のチームとなる。


「ふっ、七人の侍か。映画のような結末だけは避けねばな」


 信康はそう言って笑うと集まってくれた部下にお礼を言ってから出撃する事になった。


 新たに発見された人型のイビノムは現在、人の密集地を目指して移動していた。その移動速度は極めて素早く、到達するまで残り数時間といったところだろう。

 そこへヘリコプターで移動していた侍の討伐チームが人型のイビノムの進行方向先に到着した。


「接触まで残り三分です!」

「了解! 全員、出るぞ!」


 上空から飛び降りる侍の社員達。そして、最後に着地するのは真田信康。彼は戦国時代にでもタイムスリップしたかのような甲冑を身につけていた。

 彼が身につけている甲冑はイビノムから取れた甲殻などを加工して作られた最新の装備である。見た目が甲冑なのは単に彼の二つ名が『侍』なので、そのイメージである。


 勿論、性能は戦国時代の甲冑に比べたら遥かに上で、銃弾さえも弾き飛ばすほどの防御力だ。当然、イビノムの攻撃にも耐えうるが、今回の人型イビノムにはどこまで通用するかは分からない。


 そして、もう一つ注目すべきものがある。それは、彼の装備している武器。日本刀である。見た目は完全に日本刀であるが、勿論こちらにもイビノムの素材が使われているので切れ味、耐久性は従来のものよりも優れている。


「総員、準備はいいか!」

『問題ありません!』

「よし! では、構えろ! 来るぞ!」


 装備の最終確認を終えた真田信康率いる討伐チームが人型イビノムと対峙するのであった。


「人型? どちらかといえば昆虫のような見た目だが……」


 信康の目の前にいるのは確かに人のような形をしているが、どちらかと言えば昆虫に近い。より正確に言うのなら昆虫人間という表現が一番ピッタリくるだろう。


「二足歩行に四本の手か……。頭部は蟻か?」


 刀を構えて冷静に相手を分析する信康。

 次の瞬間、止まっていたイビノムが動き出した。

 目にも止まらぬ速度スピードで一番後ろに控えていたサムライの一人を狙った。狙われた男は突然目の前に現れたイビノムに目を見開き固まっていた所を襲われ、イビノムの鋭い爪に引き裂かれた。


「があッ……!」

「富田ッ! この、よくもッ!」


 富田と呼ばれた男が崩れ落ちる中、横にいた男が激昂してイビノムへ襲い掛かる。彼もまたサムライの中ではかなりの実力者であったが、現実は残酷である。彼が放った一撃はイビノムに掠り傷一つ負わせることが出来なかった。


「なッ……!?」


 自身が放てる最高の一撃を放った男はイビノムに全く通用しなかった事に動揺してしまう。


「朝倉ッ! すぐに避けろッ!」

「へッ……」


 信康がそう叫ぶも朝倉と呼ばれた男はイビノムによって蹴り飛ばされてしまう。

 ほんの僅かな時間で二人も倒されてしまい、信康は冷や汗を流すのであった。


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