第32話 補習からは逃げられない!

 ついにテストの結果発表がやってきた。一真はすでに満面の笑みである。諦めの境地に至ったのかと思われたが、実は違う。一真は見事に赤点を回避したのだ。

 これで、夏休みの補習はない。つまり、一真は勝ったのだ。自分に、己自身に。


 テストが返ってきて、赤点を回避した一真はウキウキでHRの時間を過ごしていたのだが、ここで思わぬ事態が発生する。


「あー、皐月。お前はこのあと、職員室に来てくれ」

「え、あ、はい」


 一体なんなのだろうかと首を傾げる一真だったが、この時点ではまだ何も知らなかった。まさか、このあと天国から地獄に叩き落されることになろうとは予想もできなかったであろう。


 職員室に呼ばれた一真は担任の元へ向かい、用件はなんなのかと声をかけた。


「お、来たか」

「はい。先生、どうして俺は呼ばれたんです?」

「あー、実はだな……」


 何やら話し難いことなのか担任は気まずそうに顔を逸らして後頭部をかいていた。


「その、お前に非常に残念なお知らせがある」

「はあ。それは一体なんですか?」

「お前は夏休みの補習決定だ」

「…………え?」

「ほら、お前は事故で入学が遅れただろ? だから、その分を夏休みに補習でな。ただ、今回のテストで成績良かったから補習期間は通常よりも短めだ。本来なら二週間だったところを一週間になった」


 確かに二週間よりマシであるが、結局補習に変わりはない。一真は必死で勉強に励んだのに補習が決まった。神は死んだ。一真も死んだ。彼は立ったまま、魂が口から抜け出して天に召されてしまった。


 その後、詳しい日時と補習で使う教室を教えてもらった一真は教室へと戻る。そこには、いつもの三人が待ってくれていた。

 待ちくたびれていたであろう三人は一真の姿を見て笑顔を浮かべるのだが、彼は絶望に満ちた顔をしており、頬がコケている。まるで、これから処刑台へ上る囚人のように見えてしまった三人は一真へ声をかけた。


「お、おい、一真。どうした? なんだか顔色が良くないけど、なにかあったのか……?」

「……補習」

「え? なんだって?」


 一真の声があまりにも小さいので聞き取れなかった太一が聞き返す。俯いて震えていた一真は咽び泣くような声で叫んだ。


「補習だよ〜〜〜ッ!」

「え……」

「ええ……」

「え〜〜〜ッ!」


 戸惑い、困惑、そして大絶叫と三人の心が一つになる。そんな三人の前でグスグスと一真は泣いていた。もっとも、涙は流していない泣いているフリである。


「ど、どうすんだ? 遊びに行く予定だったのに補習だと無理だぞ」

「一応、通常よりも短いんだけど、多分遊びに行くのは無理だと思う」

「おいおい……。今から予定変更するか?」

「いや、いいよ。俺のせいで三人の大切な夏休みを奪うのは忍びない。だから、俺抜きで遊びに行くといい」

「それでいいの? 一真だって楽しみにしてたじゃないか……」

「仕方ないんだ。俺はみんなと違って入学が遅れただろ? そのせいで元々補習が決まってたらしい。だけど、今回のテストで思ったよりも成績が良かったらしく期間を短くしてくれたんだ。その事だけでも感謝しなきゃ……」


 そう言う一真だが、その表情は暗いまま。やはり、赤点を回避しただけに補習が決まったのは辛いものがあるだろう。

 とは言えだ。教師の言い分も分からないまでもない。一真は他の生徒よりも入学が遅れたため、勉強の進行速度が追いついていない。

 しかし、だ。それだけのハンデがあったのにも拘らず、一真はテストで赤点を回避したのだから大目に見てもいいだろうが、学園側としては許すわけにはいかなかったのだろう。


「はあ……」


 肩を落として溜息を吐いている一真に言葉が出ない三人。気の利いた言葉など思い浮かべることなど難しいだろう。三人は一真の努力を知っているからこそ、その悲しみを理解しているのだから。もっとも、完全にという事はないが、少なくとも一真の様子を見れば誰だって分かるだろう。


「……なあ、一真。ラーメンでも食いに行くか?」

「なんでラーメンなんだ、幸助?」

「さあ? なんとなくだ。でも、食べたくないか?」

「食べたい……」

「よし! じゃあ、食べに行こうぜ!」


 陽気に幸助は補習が決まって落ち込んでいる一真の肩を組んで歩き出した。


「美味いもん食って元気出そうぜ!」

「幸助…………」

「そうだな。いつまでも落ち込んでるより、美味いもんでも食って忘れようぜ!」

「暁…………」

「まあ、それがいいね。別の記憶で上書きすればいいんだからさ」

「太一………」


 三人の思いやりに一真は涙が溢れそうになった。しかし、流石に恥ずかしいので泣くことはなく、一真は嬉しそうに笑って三人にお礼を言うのであった。


「ありがとな、みんな!」


 夏休み前、四人はラーメンを食べに行くのであった。


 ◇◇◇◇


 とある場所、深い森の中、地中深くでは昆虫型のイビノムがひしめき合っていた。誰にも知られず、人類に感知されないように昆虫型のイビノムは息を潜めている。

 知能があるのか、ないのか。本能なのか、機能なのか。全く分からない。イビノムの行動原理はほとんど解明されておらず、分かっているのは人類に仇なすということだけ。それも詳しい事は分かっていない。


 どうして人を襲うのか、何故人を食らうのかすらも。


 生存するためなのか、それとも人類を滅ぼすためなのか。


 何一つ分かっていないままだ。


 そんなイビノムが静かに、ひそやかに進化をしている。


 ひしめき合うイビノムは共食いを始めた。一匹、また一匹と食われては減っていく。このまま、自滅するだけと思われるだろうが違う。彼等は蠱毒のように、ただ一匹だけを残した。


 残ったイビノムは動かなくなると、眠り始めた。まるで蓄えた力を体に馴染ませるように。

 やがて、イビノムの体は丸い球体へと変わっていく。それは、蝶の蛹のように羽化を待っているようだった。


 その一方で国防軍がイビノムの巣と言われる場所を発見した。勿論、彼等はそこが進化を果たそうとしているイビノムの巣という事は知らない。ただいつものようにイビノムを殲滅するという任務を果たすつもりでいた。


「イビノムの巣を発見しました。これより、偵察機を出します」


 偵察機ドローンをイビノムの巣へと向かわせる。まずは偵察機でイビノムの数を把握し、どのようなタイプのイビノムがいるのかを確認する。偵察機が映したのは昆虫型のイビノムのみ。

 それを確認した国防軍は対昆虫型イビノム誘導兵器を使用することに。偵察機を戻して、兵器を搭載した無人機をイビノムの巣へと投入した。


 数分後、イビノムの巣から爆音が鳴り渡ると、大量のイビノムが飛び出してきた。


 国防軍の兵士は冷静に正確にイビノムを殲滅していく。数こそ多かったが、特に脅威になる個体はおらず、拍子抜けもいいところであった。もっとも、脅威になる個体がいたらいたで厄介なことになるだろう。


 これで巣の中にいたイビノムは全て殲滅されたかどうかを確認する為に、もう一度偵察機を巣の中へと投入した。

 偵察機についているカメラでは確認がされないことが判明したので、探知の異能者と身体強化系の異能者で部隊が組まれて巣の中へと突入した。


「敵影なし。イビノムは先程ので全滅したかと思われます」

「ふむ。大きな巣の割にはそれほどでもなかったか……」

「隊長! C班が何か見つけたそうです!」

「分かった。すぐにそちらへ向かう」


 報告のあった現場へ向かうと、そこには見たことも無い球体があった。国防軍の兵士達は首を傾げて球体を見詰めている。


「アレはなんですかね?」

「丸い玉にしか見えんが……」


 ひとまず、玉の正体を調べる為に探知を行い、イビノムかどうかを確認した。

 すると、玉からイビノムの反応がした為、国防軍は破壊する事を決定する。身体強化系の異能者がそれぞれ武器を使って攻撃をしたが、途轍もない硬度を誇っているようで傷一つつかなかった。


「う~む……。破壊不能か。一旦、情報を持ち帰る。総員、撤収!」


 どれだけやっても傷がつかないので国防軍は破壊不能と結論を出して、一度地上へと戻り情報を整理するのであった。


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