第30話 ある噂

「ああ~、負けた……!」

「ちくしょう~。一真強すぎだろ……」


 賭けボウリングは見事一真の活躍によって一真達のチームが勝利した。圧倒的大差というほどではないが。途中から、香織と楓がコツを掴んだように上手くなったのだ。そのおかげで一真は苦戦を強いられた。

 なにせ、こちらは宮園と一真の二人が一つでもミスをすれば負けてしまうといった状況だったからだ。太一と恵が足を引っ張り、紙一重の勝負となった。


「ハハハ! ホントにね! 皐月がパーフェクト出さなかったら負けてたよ!」


 勝ったので上機嫌な宮園は一真の背中をバンバン叩いている。少しテンションが高いせいで力強く叩いているのだが一真にとっては大したことはなかった。むしろ、過去を懐かしんでいた。


(あ~、向こうの世界でもこんな風にされたな……)


 と、一真が昔の思い出に浸っている間に会計が終わっていた。学割が効いたので思ったより安く済んだと負けたチームは喜んでいた。シューズ代を含めても千円しなかったらしい。それなら、喜んでもおかしくないかと一真は思うのであった。


 その後、八人は適当にゲームセンターで時間を潰してから夕食を食べに向かった。


 夕食はファミレスで済ませることになり八人は男女に分かれて座った。ただし、テーブルを組み合わせて八人で食べれるようにしている。

 一真は真ん中に座っており、その横には楓が座っている。意図してそうなったわけではない。楓が一真を横に座るように呼んだのだ。それを見ていた他の三人はどうして一真だけがと羨ましそうに見ていた。


 実は、もう一つ女子の隣へ座る事のできる席が空いている。しかし、一真以外の三人はどうしてもその席だけは嫌なのか躊躇っている。どうして躊躇うのか。その理由は、そこに座ると宮園が横になるからだ。宮園も美少女の類に入るのだが、残念ながら一真以外は普通の支援科らしく彼女の暴力性が怖いのだ。


 だから、誰も隣に座りたがらない。


「なんだい? 早く座りなよ。ほら、突っ立てないで、不動ここ座りな」


 ポンポンと自身の横にある椅子を叩く宮園に太一は助けを求めるように暁と幸助を見た。しかし、二人は太一から視線を逸らして無視を決め込んだ。太一は二人が自分を見捨てたと知って、泣く泣く宮園の横へ座った。


 全員が席に着いたので注文をすることになる。それぞれメニューを見て食べたいものを選んでいく。八人という大所帯なのもあって品数は相当なものになった。


 注文を終えた八人は料理が届くまで適当に雑談をして時間を潰した。


 しばらくして料理が届き、八人はそれぞれの注文していた料理を食べていく。その時、楓があることを口にした。


「そういえば皆知ってる? 戦闘科には特別なカリキュラムがあるって」


 皆と言っているが楓は同じ戦闘科の女子の方へ顔を向けていた。すぐ側で聞いていた一真も気になっており耳を傾けている。


「え、知らないんだけど……」


 楓の言葉を聞いた女子達は全員知らなかったようで首を傾げている。


「まあ、私も噂で聞いた程度だから詳しくは知らないんだけど、このテスト期間が終わったら夏休みでしょ? その前に戦闘科の一部の生徒は特別カリキュラムがあるんだって」

「それってなんなの?」

「なんでも一部の素行が悪い生徒を懲らしめるって話だよ」

「ええ! そうなの? それって選ばれる基準とかあるの?」

「それは分からない。でも、この噂は本当なんじゃないかって話があるの」

「それは証拠とかあるってこと?」

「ほら、二年生や三年生で言動や素行に問題がある生徒って見かけないでしょ? だから、その特別なカリキュラムで更生させられたんじゃないかって……」


 最後の一言にゴクリと喉を鳴らす女子達。確かに楓の言う事は本当なのかもしれない。なにせ、一年生には素行の悪い生徒が見られるが二年生、三年生になるとほとんどいない。それは楓の話が真実だという証拠でもある。

 勿論、そう決まった訳ではないが信憑性は高い。しかし、それならばどうして最初にその特別カリキュラムを実施しないのだろうかと疑問にも思う。そうすれば、少なくとも支援科の生徒が怯える事はなくなるはずだ。


「どうして、このタイミングなの?」

「ある程度、見極める時間が必要なんじゃない?」

「あー、なるほど。それはあるかもね……」


 横で聞いている支援科の男子は複雑な気持ちであった。彼女達の話が本当ならば自分達は犠牲にされていたのだ。あまり良い感情は持てないだろう。

 しかし、同時に楽しみでもあった。自分達を苦しめていた彼ら彼女らが今度は苦しむのだと知って。出来る事ならその教育現場を見てみたいと思うのは当然だろう。


「それが本当なら支援科としては嬉しい話だな」

「まあ、そうよね。実習では嫌われてる戦闘科の生徒って多いんでしょ?」

「ん~、そうかも?」

「なんで疑問系なの……」

「いや、だって俺は大して被害ないから……」

「あ~、そういえば皐月君はそうだよね~」


 そう一真は他の三人に比べて特殊なのだ。だから、参考にはならない。その質問を聞くなら一真以外の三人にすべきだったのだ。

 一真に聞いたのが良くなかったと気が付いた楓は他の三人に尋ねてみた。本当に嬉しいかどうかを。


「本当なら嬉しいというよりはスカッとするかな。まあ、こっちとしてはやられ損だけど……」


 暁の言葉がすべてだった。他の二人も同じ意見らしく、その通りだと言わんばかりに頷いていた。

 まあ、それも仕方がないだろう。なにせ、彼等は実習の度に痛い目に合わされてきたのだ。少しくらいやり返したいと思うのは人として当たり前のことだ。


「あ~、まあ、そうだよね~」


 そこから少しばかり空気が重たくなる。勿論、理由は一つ。支援科の生徒である一真以外の三人だ。先程の話は確かに嬉しい事ではあるが、その為にあえて自分達を犠牲にしていたのだと分かればいい話ではない。

 どれだけの生徒がトラウマを刻まれた事か。いくら、カウンセリングがあるとはいえ、やはり気持ちのいいものではない。


 もう少し、他にもやり方があったのではないかと思うのだ。そうすれば、自分達だけでなく支援科の生徒全員が楽しく学園生活を遅れていたかもしれないというのに。全く以って酷い話である。


「あ、ごめん。俺、まだ食べたいから注文していい?」


 重苦しい雰囲気の中、一人だけ空気を読まない一真。その反応は流石にどうかと思うが、今は有り難かった。

 彼等彼女等は一真の能天気な発言に助けられて、元のワイワイとした楽しい雰囲気に戻る。勿論、一真は意図してやったわけではない。本当にお腹が減っていたのだ。


「ハハハ。さすが一真だよな」

「まあな!」


 意図してやったわけではないが重苦しい雰囲気だったのは流石に理解していた。とはいえ、一真からすれば非常にどうでもいい話だったので彼は本能に従っただけである。


 その後、他愛も無い雑談を交えながら夕食を取るのであった。


 夕食を済ませた一行は、この後どうするかを話し合い、時間もそこそこなので解散する事に。

 実家へ帰る者と寮へ帰る者に別れて、それぞれの岐路に着く。一真は幸助と道すがら今回の勉強会ついて振り返る。


「ところで一真はどれくらい自信があるんだ?」

「期末テストの事か?」

「それしかないだろ。今回、勉強会開いたけど手応えはどうなんだ?」

「う~ん……。悪くはないと思う。まだ、少し不安な部分もあると思うけど、とりあえず赤点回避くらいはいけそう」

「そうか。でも、油断すんなよ。赤点なんて取ったら夏休みの計画がパーだからな」

「わかってるって。俺だって輝かしい青春を赤点のせいで灰色に染めたくないから頑張るさ」

「おお! その意気だ!」


 バシバシと一真の背中を叩く幸助。宮園に比べれば蚊に指された程度の痛みだと感じながら、一真は期末テストでなんとしても赤点を回避するのだと決意するのだった。


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