第28話 勉強会

 あっという間に時は過ぎ、一真は土曜日を迎えた。先日の金曜日に香織から寮に迎えに来ると言われているので、一真は幸助と一緒に寮の出入り口で待っていた。


 そこへ香織と恵の二人がやってくる。初めて見る二人の私服に一真は思わず「おおっ」と驚嘆の声を上げる。制服ではない私服姿の可愛らしい香織と恵に新鮮さを感じている。


「ごめん。もしかして、待ってた?」

「いや、そこまで待ってないよ。言われてた時間までまだあるし」

「そっか。よかった。それより、あと二人はどこにいるの?」

「もうすぐ来ると思うよ。さっき寮の前に着いたって連絡が来たから」

「そうなんだ。じゃあ、その二人が来たら行こっか」

「わかった」


 しばらくして、暁と太一が合流して勉強会のメンバーが集まった。それから六人は移動する。香織が今日の勉強会の為に寮にあるパーティルームを予約していると言うので、適当に雑談をしながら向かう。


「寮にパーティルームって贅沢だな」

「あはは。まあ、戦闘科は優遇されてるからね。将来はイビノムと戦う事になるからメンタルケアの意味も込めてるんだよ。他にもリラックスルームとかあるし」

「うへえ~、羨ましいと言えばいいのか分からないな」


 一真と恵が話していると香織が会話に入ってくる。


「まあ、結構競争率が激しくて取り合いになるんだけどね」

「あ、そうなんだ。今回は運が良かったって感じ?」

「そういうこと」

「おお~、感謝します。香織様~」


 両手を合わせて香織を拝む一真だが、香織は苦笑いしていた。


「予約したの槇村さんなんだけどね……」

「おう……。そのなんていうか申し訳ない」

「別に落ち込んでないわよ!」


 そのようなやり取りをしながら、一真達は戦闘科の寮に辿り着いた。支援科の寮とは明らかにスケールが違う。天高くそびえ立つビルということはないが、それでも立派な高級ホテルくらいはあった。


「なあ、幸助。世の中ってやっぱり不平等だよな」

「ああ、俺もそう思う。けど、仕方ねえよ。俺ら支援科と戦闘科じゃ将来性が違いすぎる」

「くそぅ……」


 格差社会に一真が悔しそうにしていると香織達が中へ入るように促した。中へ入ると一階のロビーに連れて行かれて、来客名簿に名前を記入する一真達。記入を終えると恵が一真達へ近付く。


「一階にコンビニあるからお菓子とかジュース買えるよ。これから行くパーティルームは防音機能付いててカラオケも出来るんだけど、お菓子とかジュースは持ち込まないといけないの。だから、先に買ってから行こう」

「マジかよ。コンビニまでついてんのか……」

「俺、ここに住む」


 支援科の寮は残念ながら購買はあってもコンビニはない。またしても突きつけられた格差に一真と幸助は愕然とする。現実は非情であることを知った二人はガックリと項垂うなだれた。


 恵の後に付いていき、四人はお菓子とジュースを買い込む。学生割りがあるのかと思われたが、そこは普通であった。とは言っても大した出費ではないので四人は文句を言わなかった。むしろ、寮にコンビニがあることを羨んでいた。


「それじゃ、これからパーティルームへ案内するわね。一応言っておくけど、はぐれたりしないでね。監視カメラは付いてるけど、戦闘科の生徒には支援科を見下している人が結構いるの。だから、戦闘科の寮で支援科の生徒がフラフラしていると何されるか分からないから」


 香織の注意を聞いて一真以外の三人は身震いしていた。絶対に彼女達から離れないようにしようと固く決心する。

 一方で一真はパーティルームはどんな感じなのだろうかと期待に胸を膨らませていた。


 一真達は二人の後を付いていき、エレベーターに乗って三階にあるパーティルームへやってきた。パーティルームは他にもあるがその中でもここは一番グレードが低い。とは言え、戦闘科の生徒のメンタルケアを兼ねているのでかなり豪勢な作りとなっている。


「す、すげ~……」


 一真達は驚きの声を上げながらパーティルームの中を見回していた。豪勢なソファに大きなテレビ。さらにはカラオケが付いており、ちょっとしたコンサートでも出来そうな広さだった。


「ようやく来たか。待ってたぞ」

「ん、久しぶり」


 そして、パーティルームには今回の勉強会で香織が呼んでいた楓と宮園がいた。楓と宮園は六人を出迎えるように片手を上げている。すると、楓がソファから立ち上がり一真の下へ近付く。


「今日はよろしくね」

「ああ、うん。お手柔らかにお願いします」

「任せなさい」


「ふふん」と鼻を鳴らして胸を張る楓に頭を下げる一真。その様子を近くで見ていた三人は二人の距離感が近い事に困惑していた。


「えっと、夏目さん。あの人は一真とどういう関係なんですか?」


 気になった暁が香織に小声で話しかける。香織は二人を見てしばらく考えた後、暁に二人の関係を話した。


「うーん。難しいんだけど、槇村さんが皐月君のことを気に入っている感じかな」

「ええッ!? それって男女の関係?」

「ううん、そんなんじゃないよ。なんていうか戦友って感じかな?」

「戦友……。一体どうやったら戦闘科の女子と戦友になれるんだ」


 一真は少しばかり頭のおかしい人物だという認識をされていたが、新しく謎の多い人物へジョブチェンジした。


 その後、一真達が買ってきたお菓子とジュースを机に置いて勉強会が始まった。

 今回の勉強会で集まったメンバーの中でぶっちぎりで成績の低い一真は必死に勉強に取り組んだ。


「どこが分からないの?」

「全部!」

「真面目に答えて」

「答えるから念力で頭を潰そうとするのやめてくれないかな!」


 英語の勉強をしている一真に楓が教えてあげようとしたが、一真がふざけた事を言ったので楓は自身の異能である念力を使って一真の頭を万力のように締め上げた。


「トマトみたいにぶちまける所だった……」

「それで、どこが分からないの?」

「ここなんだけど……」


 ケロッとしながら一真は楓に英語を教えてもらっているが、周囲の人間はそうではない。何故、あれほどの攻撃を受けたのに平然としているのか訳が分からなかった。

 少なくとも普通の支援科の生徒なら怯えて挙動不審になるレベルのものだ。にも拘らず、平然としている一真が信じられなかった。


「な、なあ、一真。お前、平気なのか?」

「いや、全然。このままだとマジでやばいかも」


 楓に念力で頭を潰されそうになった一真を心配して暁は声を掛けたが、なにやら微妙に話が噛み合っていない。


「俺が言いたいのは勉強の方じゃなくて、さっきのことだよ」

「ああ、そっちか。まあ、偏頭痛と大して変わらなかったから平気だぞ」

「そうか。それならいいんだけど……」


 大したことはないと言うので暁もそれ以上追及することなく大人しく引き下がった。それからも一真は苦手な分野の勉強を女子達に教えて貰った。時には肉体に直接。


「ぐおわああああっ!」

「次、間違えたら今度こそ背骨へし折るよ!」

「わ、わかったからもうやめてくれ~!」


 意外と理数系に強い宮園が一真に勉強を教えているのだが、時折一真が公式を忘れているので覚えるように身体へ直接叩き込んでいる。はっきり言えば虐めにしか見えない。

 幸いにも他の三人は標的にはならなかった。今回の勉強会は一真の為だからだ。そのおかげで三人は特に問題視されることはなかった。


「内臓飛び出るかと思ったよ」

「安心しな。ちゃんと手加減しているから」

「全然安心できない……」

「ほら、文句言ってないでさっさと次の問題いきな」

「うす!」


 体育会系のようなノリで宮園に返事をする一真は、またプロレス技をかけられるのも嫌なので真面目に頑張った。とはいえ、やはり異世界で過ごした期間が長かった為、ミスを連発してその度に宮園に技をかけられた。


「うぎゃああああああ~」

「どうして、そんな簡単な問題も分からないんだ!」

「だから、こうして教えてもらってるんじゃないか!」

「開き直るんじゃないよ!」

「ちょ、緩めて! このままじゃ折れる!」

「大丈夫さ! アタシの見立ててではあんたはそんなにやわじゃないだろ!」

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど限度があるじゃん!」


 技をかけられながらも一真は割りと余裕があるようで宮園に強気な発言をしている。宮園も一真がそこらの支援科どころか戦闘科の生徒よりも引き締まった身体をしている事を見抜いて、結構強めに技をかけていた。


 その光景に他の三人は恐怖に震えている。もしも、自分達があの立場だったら間違いなく適当な嘘を吐いて勉強会から逃げ出していただろう。あんなことをされても頑張って勉強をしている一真に三人は敬意を払った。


「お疲れ様です、一真さん!」

「一真さん。ジュース注ぎましょうか?」

「一真様! 肩でも揉みましょうか?」

「どしたん? なんか気持ち悪いんだけど」


 妙な雰囲気の三人に一真は率直な気持ちをストレートにぶつけた。その後、三人は元に戻り勉強会は順調に進んだ。

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