第22話 決着
剛田が負けたことを知らない四人は、ただ立ち尽くしていた。いきなりの奇襲だったが、剛田がそう簡単に負けるはずがない。そう思っている、四人だが、剛田はどれだけ待っても出てこない。
最悪の結果を予想してしまった香織と恵は顔を青くする。そして、ずっと剛田に守られていた佐藤は、血の気がなくなったように真っ白だ。京子は、動かない香織達を見たり、剛田が連れて行かれたビルを見たりしている。
「香織ちゃん……」
「ええ、わかってるわ。戦闘音もなくて、出てこないって事は……」
一向に出てこない剛田に、二人は剛田が負けたことを察した。信じられないが、剛田が出てこないと言う事はそう言うことだ。
二人は、予想外の展開に焦り始める。ここに留まっていれば、剛田を倒した敵が再び襲ってくると。いや、もしかしたら既に襲い掛かる準備が整っているのではと。
このままここに留まるのは危険だと判断して、香織が指示を出した。
「ここから離れましょう! 付いてきて!」
しかし、その判断が少し遅かった。香織が移動しようとした時、ビルの二階から窓を突き破って、剛田を倒した女子生徒が、香織と恵目掛けて飛んで来た。
「ハッハー! もらったよ!」
ガシャーンッと音が響き、女子生徒の勝利を確信した笑い声が二人の耳に届いた。
「嘘ッ!?」
「させないッ!」
驚いた香織は咄嗟に動く事が出来なかったが、香織に背負ってもらっていた恵はフルパワーで風の防壁を作り上げた。
二階から二人を狙って、飛び蹴りを放った女子生徒は、恵が張った風の防壁に阻まれて、吹き飛んでしまう。女子生徒は吹き飛んだものの、空中で器用に宙返りをして、華麗に着地を決めた。
「ちっ。いけると思ったんだけどね」
完全に決まったと確信していた女子生徒は、恵に防がれてしまった事が悔しくて、後頭部をかきむしった。
「まあ、いいさ。今度は正面から突破すればいい」
多少、悔しかったものの、女子生徒はすぐに気持ちを切り替えて、ぺろりと唇を舐めた。今度は確実に仕留めると決めて、女子生徒はクラウチングスタートの姿勢になる。
「まさか、宮園さんが最後の相手だなんて……」
「香織ちゃん。今はそんなこと言ってる暇ないよ。構えて! 来るよ!」
宮園がクラウチングスタートの姿勢を取った時、香織が最後の相手が宮園だという事に嘆く。それを聞いていた恵は、香織を励ます。
「うん、わかってる。恵! フォローお願い!」
「任せて!」
その瞬間、宮園がスタートを切った。ロケットのように飛び出した宮園に、恵が風の大砲で迎え撃つが、宮園の勢いは止まらない。
真っ直ぐに正面から突っ込んでくる宮園に、香織は敬意を払って正面から受け止めた。
身体強化の異能者が二人、真正面からぶつかり合った衝撃は、周囲のものを吹き飛ばした。路肩に止まっていた車が横転し、ビルの窓が割れて、二人のぶつかり合いを見ていた佐藤と京子が吹き飛んだ。
「うわーッ!」
「きゃあッ!」
ゴロゴロと転がっていく二人を心配する余裕もない香織は、宮園と取っ組み合いになる。背負われているだけの恵は、二人のぶつかった衝撃に吹き飛ばされないよう香織にしがみつくのでやっとだった。
「アタシと組み合うなんて、馬鹿なことしたね、夏目!」
「うく……ッ!」
お互いに身体強化の異能者だが、差は当然ある。身体強化の倍率は二倍から十倍と幅広く、世界最大の身体強化は三十倍とされており、桁違いの存在だ。それほどまでに、倍率の差が大きくなる身体強化は強化倍率によって実力が左右される。
勿論、倍率が高い方が有利だが、武術の経験者と素人では動きが変わってくる。ただし、いくら武術の経験者であろうとも強化倍率に大きく差があれば簡単に負けたりする。
そして、宮園の身体強化は四倍で、香織が三.五倍だ。その差は、僅か0.5。香織は武術の経験者なので、多少の差ならば引っくり返すことが出来る。が、それは相手も同じだ。宮園が自信満々な理由は、彼女が現役レスリング選手だからだ。
香織も武術の経験者で、薙刀を扱っているが、レスリングとなれば不利なのは香織だ。しかも、身体強化の倍率も僅かに負けている。これが、逆であったなら、純粋な力のみでねじ伏せる事も可能だったが、現実は厳しい。
だが、しかし、香織が一人であった場合なら、勝敗決していたかもしれないが、ここには恵もいる。力負けして、組み伏せられそうになっている香織を助ける為に恵は、宮園に向かって風の大砲を放とうと手を向ける。
それと同時に宮園がニヤリと笑う。手を伸ばして、自分の方へ手を向けて来た恵の手を、宮園は掴んだ。いきなり宮園が手を離したせいで、香織は体勢が崩れてしまう。
「え!? ちょッ!」
「木崎! あんたがいたら厄介なんでね! 先にやらせてもらうよ!」
体勢が崩れた香織に足を引っ掛けて転ばせると、宮園は恵を片手で掴み上げた。捕まってしまった恵は、なんとか宮園の手から抜け出そうと試みるが、相手は身体強化の異能者。風使いではあるが、身体能力は一般人と変わらない恵では、宮園から逃げる事は不可能だった。
「これで終わりだよ!」
恵を掴んだ腕を振り上げて、宮園は勢い良く恵を地面に叩き付ける。少しでも、衝撃を減らそうと、恵は風を起こして速度を落とそうと試みたが宮園の力に勝てず、地面に激突してしまう。
顔面から落ちた恵は、そのまま死亡判定を受けて光の粒子となって消えた。
これで数の有利はなくなる。一人相手に、二人もやられてしまい、香織は窮地に追い込まれてしまう。手元には武器がなく、相手の間合いにいる香織は大きく息を吸う。
香織が持っていた薙刀は、佐藤が持っていたので、手元にはない。視線だけを動かして香織は、薙刀を探した。
そして、薙刀を見つけたのだが場所は遠い。地面に倒れている佐藤と京子の前に薙刀は落ちていた。流石に、宮園をすり抜けて薙刀を取りに行くのは難しい。
最早ここまでかと、香織が諦めかけた時、一人の男を思い出した。彼は戦う力を持たずとも、最後まで勇敢に立ち向かったのだ。
ならば、戦う力も持っており、まだ負けたわけでもない自分が諦めてどうすると、己を鼓舞して立ち上がる。
「ふふっ、そうよね。ここで諦めたら皐月君に合わせる顔がないわ!」
「誰だい、皐月って? まあ、いいさ。アタシの間合いにいる以上、あんたには勝ち目はないよ!」
不敵に笑いながら立ち上がった香織に、宮園は腰を低くしてタックルを仕掛ける。その速度は常人では決して捕らえられない。同じ身体強化の異能者である香織でも避けるのは難しいだろう。
だが、今の香織は、ほんの少しだけ強い。勿論、身体強化の倍率が上がったというわけではなく、心のことだ。
「もらった!」
「くッ……!」
宮園のタックルを避けきることが出来なかった香織の腰を宮園が、ガッチリとホールドする。ここから香織が、抜け出すことは出来ない。絶体絶命かと思われた、その時――香織が宮園を掴んで、雄叫びを上げた。
「はああああああああッ!!!」
喉がはち切れんばかりの雄叫びを上げた香織は、宮園を掴んだまま、空へ跳び上がった。地上十メートルほど跳び上がった香織に宮園は目を見開き、驚愕の声を上げる。
「なッ!? どこにそんな力が!?」
香織の身体強化は自分よりも弱いと知っていた宮園は、今の状況が信じられななかった。しかし、実際に香織は宮園に掴まれたまま、地上十メートルを跳び上がった。その浮遊感を体感してしまえば、宮園は信じる他なかった。
「く! だけど、有利なのはアタシさ! このまま地面に叩きつけてやる!」
「空中で足場がない貴女なら、私だって投げれる事を知りなさい!」
「なんだって!?」
香織は腰を掴まれたまま、姿勢を低くして腰をホールドしている宮園の腰を上から覆いかぶさるようにガッシリと掴んだ。
「ここはリングの上でもなければ、地面でもない! だから、こういう事だって出来るのよ!」
そう、ここが地面であったなら宮園も足を使って、どうにか出来ただろうが、ここは空中。足場のない場所で宮園は香織に背中を見せていたのだ。
「ま、まさか!?」
「これは貴女の方が、良く知ってるでしょ! 喰らいなさい!」
「なッ! ああああああああああッ!?」
香織は空中で宮園を持ち上げるようにして、そのまま宮園の頭を太腿で挟み、落下する。香織が宮園の方が詳しいと言ったのは、宮園が現役のレスリング選手であるのでプロレス技のパイルドライバーを知っていると思ったからだ。
そして、宮園は地面に脳天から叩きつけられた。勿論、即死だ。地上数メートルからアスファルトに脳天から叩きつけられれば絶命は免れない。
光の粒子となって消えていく宮園を、目にしながら香織は天に向かって拳を突き出した。その姿は、まさしく勝者のものだった。
それから、すぐ宮園が消えたことにより、アナウンスが鳴り渡る。
『勝者、国防軍チーム。三十秒後に、仮想空間からログアウトします』
こうして、一真の初実習は勝利に終わった。
****
モニタールームの一真達
一真「す、すげえええ!」
俊介「マジか……」
楓「嘘……。勝ったと思ったのに」
剛田「おおっ! 見事だ、夏目!」
井上・田村「ちっ……」
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