第21話 奇襲
香織と恵はひとしきり抱き合っていたが、剛田達が見ていることを思い出して、二人は恥ずかしそうにしながら離れた。剛田はやっと話せる状況が来たと判断して、二人へ話し掛ける。
「もういいだろうか?」
「あ、うん! なにかしら?」
「まずは、チームの状況を把握したい。ここには戦闘科が三人。しかし、支援科は二人しかいない。一人はどこへ行った?」
「あ、それは……」
剛田の質問に、香織は応えることが出来ずに俯いてしまう。その反応に剛田は、不思議そうに首を傾げる。そうしていたら、俯いている香織の代わりに恵が答えた。
「剛田くん。その一人は、倒されたの……」
「む? そうなのか? しかし、いつどこでだ?」
「えっと、まず私達は四人で行動してたんだけど、途中で敵に挟まれちゃったの。相手の方は気づいてなかったんだけど、狭い路地を歩いてたの。でも、気付かれるのは時間の問題だったから、どちらかを倒そうって話になったの」
「ふむ。それで、片方に囮を差し向けたのか?」
「ううん。私の風で通路を塞いでから、一人で行動していた楓ちゃんに、私と香織ちゃんの二人係りで戦ったの」
「楓というと、槇村か! 勝ったのか?」
「うん。でも、私と香織ちゃんの二人係りでも、楓ちゃんに勝つのは難しくて、その時に皐月君っていう支援科の生徒に助けられたの。皐月君が危険を省みずに飛び出してきてくれたおかげで、楓ちゃんが気をそらした隙を突いて勝ったんだ」
「なんと……! 支援科にそんなことをする奴がいるとは! しかし、そうか。では、その時に皐月とやらは楓にやられたのだな」
剛田が想像したのは、飛び出した皐月に楓が咄嗟に反応して攻撃。そして、皐月が作った一瞬の隙を二人が突いたのだと思っている。しかし、実際は違う。剛田の発言を聞いた恵が訂正する。
「それは違うよ、剛田君。皐月君を倒したのは、さっきの二人。私達が、楓ちゃんとの戦いで疲れているところに、さっきの二人が現れて、囮になったの……。たった一人で」
「それは、勇ましい男だな。出来るなら、一度会ってみたかった」
しんみりとした雰囲気だが、別に一真は死んだ訳ではない。ただ、仮想空間からいなくなっただけで、訓練が終われば会えるのだ。まあ、今はそういう雰囲気になってしまうのも無理はないが。
それから、少しして香織が顔を上げる。どうやら、立ち直ったようで、その表情は明るい。
「ごめん。心配かけた」
「ううん、いいよ。香織ちゃんの気持ちは
「ありがと、恵。それで、言い忘れてたんだけど、私が速水を倒してるから、敵は残り一人よ」
「なに? そうなのか?」
「ええ。速水、楓、井上、田村。これで四人。五人一組の班編成だから、あとは一人ね」
「そうか。しかし、あと一人か……」
「対戦相手は会うまで分からないけど、男子が三人だったから、女子なのは確定ね」
「ふむ。速水以外は、身体強化ではないことから、最後の一人は身体強化だという事だな」
戦闘訓練の授業では、戦闘科の生徒は五人編成のチームを組む事から始まる。仲の良いクラスメイトと組むことは許可されているが、異能や組むメンバーが偏ってしまうのを防ぐ為に、毎回違うメンバーと組む必要がある。
そして、異能も同じく、身体強化と自然系が半々になるように組まなければならない。実戦では、どのような相手と組むか分からない為、そうしている。
「でも、あと一人だけなら、こっちが有利だし、そこまで考えなくてもいいんじゃないかな?」
「そういう考えは捨てるべきだ。身体強化の異能者ならば、一人一人不意打ちでもすれば倒せるからな。もっとも、自然系の異能者も同様だが……」
「そうね。私や剛田君なら気付いてない所から、襲えば簡単ね。それに、相手が複数人でも、奇襲が成功すれば、二人、運がよければ三人まではいけると思う」
「まあ、そこは個々の実力次第だな」
「う~、確かに二人が、いきなり襲ってきたら負けちゃうかも……」
二人の言い分に恵は唸り声を上げる。目の前にいる二人は、心強い味方ではあるが、敵になれば脅威となる。二人とも武道の経験者であるので、奇襲を仕掛けられれば、恵は勝てないと確信したのだ。
「さて、この話は終わりにして、ここから移動しよう。もしかしたら、残っているのは俺達だけかもしれないからな」
「そうね。味方がやられてる可能性だってあるものね。先に見つけ出して、三人で仕掛けましょ」
「うん。こっちが有利なのは確かだから、先手必勝あるのみだね!」
そう言って、三人は護衛対象の二人を引き連れて、建物を出て行く。ただ、恵は火傷で足を負傷している。仮想空間なので痛みはないが、足としての機能を失っているので、香織がおんぶした。
建物から出た五人は、大通りを歩いた。物陰から奇襲されるのではないかと思うが、大通りの真ん中を歩く事で、奇襲を防ごうというつもりだ。
ただ、よほどの馬鹿でもなければ、石かなにか投げる物を投げて攻撃してくるだろう。そうなれば、逆にいい的である。
だが、こちらには恵がいる。恵は風の異能を扱う事が出来るので、投擲物などを風の壁を形成すれば無効化する事ができる。ただし、身体強化の異能者が、本気で投擲すれば、凄まじい威力になるので恵も気を抜くことは出来ない。
「大丈夫、恵?」
「うん。平気だよ」
香織は背負っている恵に心配そうな顔を向ける。恵は、香織に背負われながら、周囲に風の壁を形成しており遠距離からの奇襲を防ぐ役割を担っている。だが、やはり、先ほどの火傷が残っているので、香織は心配なのだ。恵が無理をしているのではないかと。
「夏目。木崎が大丈夫と言っているのだから、そう心配することはないだろう。むしろ、心配なのは、お前の方だぞ。警戒を疎かにするな」
「それは! 分かってるけど……」
「香織ちゃん。剛田君の言うとおりだよ。私は香織ちゃんがおんぶしてくれてるおかげで、全然疲れないから、まだまだ平気だよ!」
「恵……。わかったわ。でも、もし辛くなったら、いつでも言ってね」
「うん。その時は、ちゃんと言うね!」
二人の微笑ましいやり取りに、剛田は何も言わずに、周囲の警戒を続けながら先頭を歩く。その後ろを京子が歩き、香織と恵が続く。そして、一番後ろには、佐藤が歩いている。
護衛対象の佐藤が一番後ろなのは、どういうことかというと、単純に男の子だからである。本来ならば、香織が一番後ろだったのだが彼女は恵を背負っているので迅速な対応は難しいとのことで、男子である佐藤になったのだ。
ただ男子というだけで一番後ろを任せられた佐藤は不満そうにしていたが、恵の事を考えるとそれが正しいのだろうと受け入れた。
それからも五人は歩き続けた。どこから、敵が現れるかもしれない不安に苛まれながらも、五人は立ち止まることなく歩き続ける。
ビルに囲まれている大通りを歩き、周囲の警戒を続けながら、味方を探した。
そんな彼ら彼女らを見詰める人影が一つ。ビルとビルの隙間にある狭い路地から、その人影は女性のようで五人を観察するように顔を出した。
「……敵は三人。剛田、木崎、夏目か~。真正面からいったら、勝ち目はないね。それに、遠くから石を投げようにも、木崎の風で守ってるように見えるから、それも無理」
五人の観察を終えた女性は、一度物陰へと引っ込んだ。引っ込んだ後、冷静に観察した五人の状況を確認して、強襲する事を選んだ。
「よし。見た感じ、木崎は負傷してるみたいだから、先に剛田を倒して、次に夏目かな。味方を探した方がいいんだけど、ただ木崎の怪我を見る限りだと、多分あの三人にやられたんだろうな。まあ、そのおかげで戦力はダウンしてるから感謝しなくちゃね!」
そうと決まれば話は早いと、人影はコソコソと路地を抜けて、五人の進行方向へ先回りをする。裏路地を使って、女性はビルへ入る。
ビルへ入った女性は、五人がビルの前を通りかかるのを、息を潜めて待つ。そして、ついに五人がビルの前を通り過ぎようとした時、弾丸のように勢い良く女性は飛び出した。
ガラスを突き破り、騒音を立たせながら、女性は剛田目掛けて突っ込む。その音を聞いた五人は、音の方へ振り返ると、真っ直ぐに突き進んでくる、一人の女性を確認した。
咄嗟に剛田が反撃へ出ようとしたが、それよりも女性の方が速かった。恵が作った風の壁を強引に潜り抜けて、女性は腰を低くしたまま突っ込んだ。
「遅いッ!」
「ぐむッ!」
腰を低くしていた女性は剛田にタックルをする。まるで、トラックにぶつかったような衝撃を受けた剛田は、苦悶の表情を見せる。そして、女性は剛田を捕まえたまま反対側にあったビルへ突っ込み、剛田を壁にぶつけようとする。
しかし、剛田が抵抗し、女性の背中に肘を打ち下ろした。
「そうはさせんぞッ!」
「ぐぅッ!!! さすがだね! でも、アタシの勝ちだよ!」
「なに!? ぐはぁッ!」
剛田が肘打ちを背中に喰らわせたが、女性の勢いは止まらず、剛田は壁に叩きつけられてしまう。その勢いはとてつもないもので、叩きつけられた剛田は壁にめり込んでしまった。
壁にめり込んだ剛田は、意識を失ったかのように崩れ落ちるが、まだ死んではいなかった。だから、女性は確実に止めを刺す為に、崩れ落ちる剛田の首へ肘を叩き込んだ。
首が折れた剛田は死亡判定を受けて、光の粒子となり消えていく。それを見た女性は、小さくガッツポーズをして喜んだ。
「よし! これであと二人!」
恐らく、外にいる四人は唖然としているだろうから、もう一度奇襲が成功するかもしれないと考えた女性は、ビルの二階へ上がっていった。
****
モニタールームの一真達
一真「これ、勝ち確じゃん!」
俊介「いや、まだわかんねえよ」
楓「そうだね。最後までわからないよ~」
一真「え~、でも、こっちはまだ五人いるよ? 流石に勝ち目はないでしょ」
俊介「最後の一人が逆転するかもしれないだろ?」
楓「そうそう。あっ」
井上・田村「げッ!」
一真「モブA、モブB!」
井上・田村「誰がモブだ! ぶっ殺すぞ、テメエ!」
俊介「一真、挑発するなって。今は俺らがいるけど、後でどうなっても知らないぞ?」
楓「そうだよ~。今は私達が守って上げられるけど、こいつら見えない場所で何するか分からないよ」
一真「ごめんなさい、許して!」
井上・田村「手の平返し早いな! おい!」
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