第20話 功労賞

 恵が覚悟を決めて、二人からの攻撃に耐えている時、香織は恵が放った風の大砲により発生した音を聞いて、全速力で恵の下へ向かっていた。その後ろを、支援科の男子生徒を担いでいる男が追いかけていた。両者ともに、真剣な表情で走っている。先程の音が只事ではないことを理解している二人は、一刻も早く駆けつけようと懸命に走った。


 そして、先行していた香織が恵達の下へ辿り着いた。しかし、そこで、香織が目にした光景は、満身創痍の恵と、その彼女をいたぶって笑っている二人組。そして、土操作で拘束されて、凄惨な光景に震えている京子がいた。そのような光景を目にしてしまった香織は、感情が抑えられず、猛スピードで飛び出した。


「このクズ共がああああああああッ!!!」


 薙刀を振り被って、ただ真っ直ぐに二人へ突き進む香織。恵をいたぶっていた二人は、叫び声を上げながら突っ込んでくる香織を見て、不味いと判断した。このままでは、激情に駆られた香織に真っ二つにされかねないと、恐怖を感じた二人は、人質に取っている京子を香織の前に差し出した。


「きゃあッ!」

「ッ〜〜〜!」


 進行上に拘束された京子が、二人を守る盾のように現れて、香織は急ブレーキをかける。京子の前でピタリと止まった香織は、憤怒の表情で二人を睨みつけて吠える。


「貴様ら、それでも男か! 人質を取って恵を痛めつけて、恥を知りなさい!」

「はははッ、なんて言おうが勝てばいいんだよ」

「そうそう。だって、そういう訓練してるんだからな。むしろ、お前の方こそ、よく考えてから行動しろよ。これが本物の戦場だったら、詰んでるのはお前だろ?」

「ッ! 言うに事欠いて、貴様らが道理を説くか!」


 確かに二人の言い分は間違っていないが、それを指摘したのは目の前の二人なのが許せない香織は、怒りに肩を震わせた。しかし、香織がどれだけ怒ろうとも、事態が好転することはない。田村の土操作によって、京子は拘束されたままで、恵は立っているのが不思議なくらい火傷を負っている。


 どうすることも出来ず、ただ黙って二人からの要求を受け入れるしかない。恵がされたように、香織も二人からの攻撃を耐えるしかない。そう思われた時、一人の男が建物の二階から窓ガラスを突き破って、田村へ飛び蹴りを浴びせた。


「げふぅッ!?」

「田村ッ!」


 田村を蹴り飛ばした男は地面に着地すると、すぐに香織へ顔を向けて指示を出した。


「夏目! そっちを頼む! 俺は木崎を助ける!」

「りょ、了解!」


 突然のことに驚いていた香織だが、男の言葉を聞いて、すぐに京子を助け出す。京子を助けた香織は、一度京子を安全な場所に連れて行くため、その場から離れる。


「ゴリラ、テメェッ!!!」

「俺はゴリラではない! 剛田だ!」

「うるせえ、死ねぇッ!」


 仲間意識は強かったのか井上は、田村を蹴り飛ばした剛田に激昂して、火の玉を放つ。しかし、剛田は香織と同じく身体強化の異能者で、火の玉を避けると、ふらついて倒れそうになっていた恵を抱えて、建物の中へ逃げていった。


「くそ、逃げんな!」


 剛田が逃げた建物へ火の玉を放つが、井上の火力ではどうすることも出来なかった。井上は、忌々しそうに舌打ちをすると、跳んでいった田村の方へ向かう。流石に、一人で追いかけるのは分が悪いと判断してのことだろう。


「おい、田村。しっかりしろ!」

「うぅ、くそ! 剛田の野郎、許さねえ! 絶対、ぶっ殺してやる!」

「アイツラなら、建物の中だ。行くぞ!」

「おうよ!」


 怒りを滾らせ田村は、剛田に蹴られた箇所を擦りながら、立ち上がる。井上が、剛田達が逃げた建物を指差して、二人はやられた借りを返すために、建物の中へ入っていく。

 建物の中に隠れた剛田は、満身創痍の恵を床に寝かせていた。そして、自身の護衛対象である支援科の生徒を呼び寄せる。


「佐藤、もう出てきていいぞ」

「て、敵はいない?」

「ああ。だが、直にここへ来る」

「ええ!? じゃあ、なんで僕を呼んだの?」

「ああ、それは、木崎を見てもらいたいからだ。見ての通り、木崎は奴らの卑劣な罠にハマり、満身創痍だ。死亡判定を受けていないのが不思議なくらいの重傷なんだがな……」

「え、うわっ……! これ大丈夫なの? 仮想空間から出した方がいいんじゃない?」

「うむ、俺もそう思うが、死亡判定を受けていない以上は不可能だ。この訓練に降参の二文字はないからな」

「それが理解出来ないよね。木崎さんをここまで痛めつける人がいるんだから、降参機能とか付けてほしいよ」

「まあ、そうだな。それよりも、あまり長話はできん。悪いが、木崎を連れて離れていろ」

「わ、わかったよ」


 そう言って佐藤は、恵を抱えあげて、その場から離れていく。佐藤と恵がいなくなって、すぐに井上と田村が剛田の前に現れた。二人は疲れているのか、それとも怒っているのか、はたまた両方なのか、肩を上下させている。


「見つけたぞ、ゴリラ!」

「何度も言っているが俺はゴリラではない。剛田だ!」

「うるせえ! テメエみたいな脳筋はゴリラなんだよ!」

「やれやれ、人を脳筋呼ばわりするくせに、お前達は周りが見えていないようだ」

「ああ!?」


 怒りに支配されて剛田を口汚く罵っている井上に、肩を竦ませる剛田。井上はそれを見て、さらに頭へ血が上り、顔を真っ赤にさせた。そして、その横にいた田村も剛田に対して、怒っていたので顔を歪ませて、異能を発動させようとした。


「私がいることを、すっかり忘れているようね」

「え、あ!?」

「もう遅い! くたばれ、クズ野郎!!!」


 剛田にばかり夢中になっていた二人は、香織の存在を忘れていた。そのせいで、背後から近づいてきた香織に気が付かずに、井上は香織の薙刀によって真っ二つにされる。それを見た田村は、息を呑み、逃げ出そうと背中を向けた瞬間、目の前に剛田が現れた。


「今度はきっちり仕留めさせてもらう! せいッ!!!」

「うげぇ!!!」


 床が陥没するほど踏み込んで、剛田は正拳突きを、田村の腹部に向けて打ち込んだ。避けることも出来ず、真正面から直撃した田村の腹部は、剛田の拳により突き破られた。そして、田村は死亡判定を受けて光の粒子となり仮想空間から消え去った。


「他愛なし」

「ありがと、剛田。助かったわ」

「なに、気にするな。仲間を助けるのは当然のこと。それよりも、木崎のところへ行ってやれ。今回の功労賞は彼女だろう。人質を取られ、二人に痛めつけられながらも耐え抜き、俺達が来るまで立っていたんだ」

「そうね! でも、その前に瀬戸さんを連れてくるから、待っててくれる?」

「ああ、わかった」


 香織は一度、京子を連れてくるために建物の外へ出ていく。そして、物陰に隠れていた京子に敵を倒したことを伝えて、一緒に剛田の下へ戻った。香織が京子を連れて戻ってきたので、剛田は二人を恵の下へ案内する。


「こっちだ。案内しよう」


 剛田に案内されて香織と京子は、恵の下へ向かう。案内された場所には、体育座りをしている佐藤と、その側で横になっている恵がいた。横になっている恵には、佐藤の制服が掛けられている。恵は井上の火で服が所々、燃えていたので、彼なりの気遣いだろう。


「あ、終わったの?」


 体育座りをしていた佐藤は、近づいてきた三人に気がついて顔をあげる。三人の姿を確認した佐藤の表情は、明るくなった。三人が、こうして無事に来たということは、既に敵が倒されたことを意味しているので、佐藤はもう怯える必要がないとホッと息を吐いた。


「ああ、終わったぞ」

「恵!」


 佐藤の問い掛けに剛田が答えていると、恵を見つけた香織は真っ先に駆け寄った。二人からの異能を受けて、満身創痍の恵は、死亡判定こそ受けていないが、満足に動ける状態ではなかった。仮想空間であり、訓練なので痛覚は遮断されているので痛みこそ感じないが、リアルな感触にやはり身体は反応してしまう。痛くないのに痛いと思い込んでしまうのだ。


「ん……うぅ、香織ちゃん?」

「恵! ごめん! 私がもっと早く、ううん、もっと考えて動くべきだった……。そのせいで恵が……」

「えへへ、これくらい平気だよ。それより、ありがとう、香織ちゃん。助けてくれて」

「お礼なんて必要ないわ! 私がもっと気をつけてれば……」

「それはさっきも聞いたよ。香織ちゃん……、香織ちゃんはお礼なんていらないって言うけど、私はこうして助けて貰ったんだから、お礼を言いたいの。だって、これが現実だったら私は死なずに済んだんだから」

「恵……ッ!」


 感極まったのか、香織は瞳に涙を溜めて、ガバっと恵を抱き締めた。


「あはは、香織ちゃん。私、一応怪我人だから、優しくしてほしいな」

「あ、ご、ごめん!」


 仮想空間といえども、恵は現在、重傷なので抱き締めるのは、流石に不味い。ただそれでも自分を思って抱きしめてくれた香織のことが嬉しくて恵は笑っている。その光景を剛田達はただ静かに見守っていた。


****



モニター室の一真達


一真「あの剛田って人、強くない?」

俊介「ああ、身体強化の異能者で、空手の有段者なんだ」

楓「多分、一年生の男子で上から数えるくらい強いんじゃない?」

一真「ひょえ〜、すげー!」

俊介「それより、いいのか?」

一真「なにが?」

楓「あの二人がここ来るよ。だって、死んだからね!」

一真「あっ……、まあ二人もいるし大丈夫でしょ!」

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