第17話 一真、死す

 四人が二手に別れたのを見て、井上と田村はどっちを追いかけるか言い争っていた。


「おい、どっち追いかける? あっちは女子ばっかりだぜ」

「バカ! そりゃ、そっちの方が楽しめるけど、一人の方は支援科だろうが! そっちにするぞ」

「はあ? でも、支援科なんて放っておいてもいいだろ。どうせ、なんにも出来ねえよ」

「アホか。狙うなら雑魚からだろ」

「あ、それもそうか! なら、さっさと支援科の野郎をぶっ殺して、三人の方も追いかけるか!」


 物騒な発言であるが、彼らはテロリスト役なのでピッタリだ。まあ、一般人から見れば、彼らの言動はテロリストまではいかないが、犯罪者予備軍には見えるだろう。


 井上と田村は、一人で逃げていく一真を追い掛けていく。しかし、元々、距離が開いてたのと、一真の並外れた体力もあって追いつけない。


「おい、どうなってんだよ! 全然、追いつかねえぞ!」

「俺らだって、身体強化系じゃないから、足の速さは変わらねえよ!」

「でも、さっきから全然距離が縮まんねえ!」

「くそ。バカみたいに体力があるのかもしんねえ! 腹立つけど、速度落として、見失わない程度に追いかけるぞ!」


 そう言うわけで、一真を追いかけていた二人は、縮まらない差を埋めるのではなく、一真が疲れるのを待つことにした。

 そして、一真の方は追いかけて来ている二人の走る速度が落ちた事に気がつき、体力を温存する為、ペースを落とした。


(ラッキー。これなら、しばらく走れるわ)


 異世界で鍛錬を積んだ一真は体力だけなら、長距離ランナーにも負けない。むしろ、何も装備せずに、ただ走るだけなら一真は、世界でもトップクラスの体力がある。そんな一真を追いかける二人は後悔する事になるだろう。


「ハア……ハア……」

「ゼエ……ゼエ……」


 一真の後ろを走っている二人は、ずっと走り続けていたせいで、息を切らしていた。既に、足は重く、まともに動けない。それでも、彼らが足を止めずに走っているのは、自身が選ばれた存在だというプライドがあるからだ。


 戦闘科というよりは、異能の覚醒した時期が多感な十三歳や十五歳の少年少女は、そう言う傾向に陥りやすい。所謂、厨二病というやつだ。何故か、彼ら彼女らは、自身を特別な人間だと勘違いしてしまう。


 それも、仕方がないだろう。


 戦闘系の異能に目覚めれば、誰しもヒーローに憧れる。しかも、それが実在するとなれば、誰だって自分もなれるのではと夢見てしまうのは、不思議な話ではない。国防軍というイビノムと戦い続け、国を守っているヒーロー的存在がいるのだから、尚更だ。


(意外と粘るな。こっちも疲れてきたから、やばいかも……)


 逃げ切れるかもしれないという淡い期待がなくなった一真は、初めて焦りを見せる。走る速度を落とさずに距離を保っていたが、思いの外、井上と田村が粘ったので、一真も疲れが出てきてしまった。


(それにしても仮想空間だっていうのに、リアルに出来てるよな~)


 とは言うものの、まだまだ余力を残している一真は、仮想空間について考えていた。異世界での経験も貴重なものであるが、この仮想空間での訓練も捨てたものではない。リアルに近い体験が出来るのだから、上手く活用すれば異能者のレベルアップにはもってこいの施設だろう。


(やばいな。そろそろ、限界だ)


 考え事をしながら、走っていた一真もついに限界が訪れたようで、走る速度が徐々に落ち始める。このままでは、後ろの二人に捕まってしまうのは時間の問題だと、一真は後ろを振り返る。そこには、ヘロヘロで動いてるのも奇跡な二人が追いかけて来ていた。


「ま、待て~~~……」

「…………」


 井上がフラフラな状態でありながらも、一真に向かって声を上げていた。その横で一緒に走っている田村は死に掛けている。しかし、それでも足を動かして一真を追いかけてるあたり、根性はあるのだろう。その点だけは一真も二人の印象が、教えられたものから変わっていた。


 それから、しばらく走り続けた一真であったが、限界を向かえて止まってしまう。ようやく、止まった一真を目にした二人は、目に輝きを取り戻して一真へ向かって、最後の頑張りを見せた。


「へへ……やっと、観念したか」

「コロス、コロシテヤル」


 既に田村は意識がないのか、完全に頭がイッている。それを見た一真は、二人の印象が元に戻った。この二人は確かに厄介な奴らだと。


(完全に犯罪者予備軍じゃん……)


 彼らは授業の一環でテロリスト役という事になっているのだが、最早本物と呼んでも差し支えのない顔付きになっていた。田村など、何か怪しい薬でもやっているのではないかと思うくらいだ。涎まで垂らしている辺り、本気でそう思える。限界を超えて、走り続けたのは評価できるが、流石にこれは恐ろしい。


(さて、どうするか)


 一真は、戦うか、潔く負けるかと悩んでいた。目の前にいる二人は疲労困憊なので、支援科である一真が戦っても周囲の目は誤魔化せるかもしれない。だが、やはり、戦闘科はそんな簡単に負けるほど、弱くはない。


 一真が悩んでいる間に、田村が地面に手をつけて、異能を発動させた。


「うわッ!? これは!」


 気付かなかったわけではないが、避けたりすれば怪しまれると思ったので、一真は抵抗することなく、地面から生えた土の手に捕まった。


「土操作だ。これでお前は逃げられない」


 先程よりも流暢に喋っている田村に、一真は動揺を隠しきれない。


「普通に喋れるのかッ!?」

「喋れるわ! そもそもお前のせいで、ああなったんだからな!」

「え、俺は走ってただけなのに?」

「うるせえ! お前が逃げなかったら、何も問題なかったんだよ!」

「でも、俺、支援科だから逃げる事しか出来ないし」

「分かってるよ、そんくらいは! いいか? 覚悟しろよ! 俺らを苦しめた事、後悔しやがれ!」


 回復した田村は苦しめられた分だけ、一真を懲らしめてやろうと土操作で作った土の手で、一真の足を握りつぶした。


「うおッ!?」


 両足が突然使えなくなり、立てなくなった一真は地面に倒れる。起き上がろうにも、足がぐしゃぐしゃになっていた。それを見た一真は思わず関心したように驚いた。


(おおっ! こうなるのか。確かに痛みは感じないが、さっきの攻撃ならありえる光景だな。それにしても、流石戦闘科なだけある。人を攻撃する事に躊躇が無い)


「はははッ! ビビッて声も出ねえか!」

「おい、井上。アレやっちまえよ」

「そうだな。さっきのでストレス溜まってたんだ。ストレス発散に付き合ってもらおうか!」


 そう言って井上が、一真に手の平を向けると、バスケットボールと同じくらいの大きさをした火の玉が発射された。火の玉は一真の右腕に直撃して、勢い良く燃え上がる。


「どうだ! 俺の火はよォ!」

「見ろよ、あいつ! 燃やされてるのが信じられなくて固まってるぜ」


 燃やされている右腕を見詰めている一真を見て、二人は笑っている。


(サイコパスかよ! てか、同級生相手にここまでする、普通? こいつら、犯罪者予備軍じゃなくて犯罪者そのものじゃん。いいの? こんなのが戦闘科の生徒でも)


 特に痛みも感じないし、熱くもないので一真は別の事ばかり考えていた。主に目の前の二人についてだ。恐らく、香織や恵が嫌がったのも、この性格があってのことだったのだろう。確かに、相手にはしたくないと一真は思った。


 そして、一真の右腕は炭と化して使い物にならなくなってしまった。一真は、もうこのままされるがままにされようと諦めた。


「おいおい、どうした? ビビッちまって声も出せねえか?」

「元気なのは最初だけだったな! 所詮、お前ら支援科はその程度の人間なんだよ!」


 言いたい放題である。いくら、同級生といえども、ここまで言う必要はあるのかと一真は残った左手を固く握り締めた。しかし、ここで反撃するのは簡単だが、その後の事を考えれば、一真はただ悔しそうに拳を握り締めているのが限界であった。


「ちっ、つまらねえな。もっと、悲鳴を上げて欲しいもんだぜ」

「もう殺そうぜ。さっさと、他の奴ら探しに行った方がいいだろ」

「だな。じゃ、死ね」


 最初以外、いたぶっても悲鳴を上げなかった一真がつまらないと見限り、二人はいたぶるのを切り上げて他の者を探す事にした。

 そして、最後に井上が去り際に、一真へ火の玉をぶつけた。そのまま全身が炎上して一真は死亡判定を受けて仮想空間から姿を消したのだった。

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